発生学

発生学 · 10.3

筋系:心筋と平滑筋

Muscular System — Cardiac & smooth muscle

🧠 心筋はMESP1陽性前心臓中胚葉から心前駆細胞へ進む一本の、平滑筋は部位ごとに起源が異なるモザイクとして分けて覚える。 平滑筋の大部分は中胚葉由来だが、その中胚葉が・・・などに分かれ、さらにと頭頸部血管の平滑筋は、の筋はのに由来する。汗腺・乳腺のは、平滑筋様の収縮能をもつ細胞である。

心筋

心筋はのうち、MESP1陽性前心臓中胚葉からNKX2-5陽性心前駆細胞を経て分化する。MESP1の発現は一過性で、続いて心臓三日月形成期にNKX2-5が発現するという時間順序を押さえる(12-1-heart-tube-loopingの形成も参照)。1

特徴 骨格筋との違い
細胞の連結 は融合しない。代わりにで端どうしが連結し、その横方向の成分(・)が収縮力を機械的に伝え、縦方向のが活動電位を隣接細胞へ伝える。解剖学的には独立した細胞の集まりのまま一体に興奮するのでと呼ぶ(骨格筋はが融合した真の多核合胞体。詳細は組織学:心筋)
分化制御 骨格筋のMyoD/Myf5(10-1-skeletal-striated-muscle)とは異なる心臓(Nkx2-5など)が心筋分化を制御する
特殊心筋(, 12-3-valves-conducting-system)が自発的な電気的興奮を生み出すをもつ
核 単核〜2核(骨格筋は融合の結果、1本の筋線維に多数の核が並ぶ)。ヒト成人の左心室では単核74%・2核25.5%・3核0.4%・4核0.1%で単核が多数派2

💡 心筋の「2核」は融合ではなく、の取りやめでできる。 のはとの両方を完了して数を増やすが、出生直後の最後の細胞周期ではだけが完了し、が完了しない——このの結果として2核のが生じ、その細胞は細胞周期から離脱してする。骨格筋がで多核になるのとは機序が正反対である点が、この対比の核心である3。

⚠️ ただし、この経路をたどって2核になる細胞が集団のどれだけを占めるかは種による。 総説は図の説明で「種によって、この時期に大多数のが細胞周期から離脱し、2核・多倍体になる」と書き、げっ歯類については2核化が生後14日以内に限って起こると述べている(機序を述べた一文そのものには種の限定が付いていない)。ヒトで大多数が2核になるわけではないことは下の箱のとおりである。

💡 あわせて、核の数とは別の軸である。はの失敗とendoreduplication(分裂を挟まない複製の反復)によって多倍体にもなり、ヒト成人ではの核のおよそ60%が4倍体だとする報告が引かれている。「単核」であることは「2倍体」であることを意味しない3。

⚠️ 2核の割合には大きな種差がある。 総説は、成体げっ歯類ではの90%(マウスでは約96%)が2核であるのに対し、ヒト成人心では25〜60%と報告されると整理している(成体ゼブラフィッシュは99%が単核)3。マウス・の実験データを「ヒトでもそうである」と読み替えない。

平滑筋

平滑筋は、骨格筋・心筋と違って単一の起源をもたない。消化管・呼吸器の壁の平滑筋は内胚葉に接するに由来する(06-2-mesoderm-derivatives)。一方で血管の平滑筋は血管ごとに由来が異なるモザイクであり、・・または・という複数のから供給される。4 さらにの筋のように、中胚葉ですらない例外もある。

flowchart TD
  A["平滑筋の起源"]
  A --> B["消化管・呼吸器の壁<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='splanchnic mesoderm'>臓側中胚葉</span>"]
  A --> C["血管壁:血管ごとに異なるモザイク"]
  C --> C1["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pharyngeal/aortic arch arteries'>咽頭弓動脈</span>・頭頸部の血管:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neural crest'>神経堤</span>"]
  C --> C2["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dorsal aorta'>背側大動脈</span>:体節の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sclerotome'>硬節</span><br>(初期の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='splanchnic mesoderm'>臓側中胚葉</span>由来細胞を置き換える)"]
  C --> C3["冠動脈:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='proepicardium'>前心外膜</span>→<span class='jp-term jp-term-diagram' title='epicardium'>心外膜</span>"]
  C --> C4["肺血管:胸膜<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mesothelium'>中皮</span>/腎血管:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='metanephric mesenchyme'>後腎間葉</span>"]
  A --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='iris'>虹彩</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sphincter pupillae'>瞳孔括約筋</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dilator pupillae'>瞳孔散大筋</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='optic cup'>眼杯</span>前縁の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neuroectoderm'>神経外胚葉</span>"]
  A --> E["平滑筋様の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='epithelial lineage'>上皮系</span>細胞<br>汗腺・乳腺の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='myoepithelial cells'>筋上皮細胞</span>"]
部位 由来
消化管・呼吸器の壁の平滑筋
(12-4-vascular-development)と頭頸部の血管の平滑筋 。実験では、の平滑筋に寄与するはだけだと報告されている4
の平滑筋 体節の。当初は由来の細胞(一次平滑筋)が大動脈底部を占めるが、腹側へ移動してきた由来の細胞(二次平滑筋)がこれを置き換える4
冠動脈の平滑筋 の前駆組織()に由来する細胞4
肺血管・腎血管の平滑筋 肺血管はWT1陽性の胸膜が–間葉転換を起こしたもの、腎血管はの腎形成に由来する4
の・ 前縁の(ではない、19-2-retina-iris-ciliary-body参照)5
汗腺・乳腺の 細胞。アクチン・ミオシンに富み平滑筋様に収縮する6

⭐ 「の筋(・筋)は平滑筋なのに中胚葉由来ではなく、の」という例外は非常によく問われる。同じ「中胚葉以外の平滑筋」でも、神経堤由来の・頭頸部血管の平滑筋とは区別する(19-2-retina-iris-ciliary-body参照)。

💡 由来がこれだけばらけていても同じ収縮装置ができるのは、下流の分化制御が共通だからである。 平滑筋マーカー遺伝子の多くはプロモーターのCArG boxに血清応答因子(SRF)が結合して転写され、その主要ながである。骨格筋のMyoD/Myf5、心筋のNkx2-5にあたる位置を、平滑筋ではこのSRF–系が占めていると押さえる。4

⚠️ は分化したあともを保つ。 は他の細胞型より大きなをもち、収縮型と合成型(増殖・遊走してを作る型)のあいだを行き来する。血管傷害後のやで内膜へ集まるは、この表現型スイッチの産物である。4

💡 汗腺・乳腺のがなのは、これらの腺そのものが表皮の陥入から発生する(20-2-appendages参照)ため、その収縮装置も外胚葉由来になるという一貫した論理で理解できる。

まとめ

  • 心筋はMESP1陽性前心臓中胚葉からNKX2-5陽性心前駆細胞を経て分化する。は融合せず、ので連結してとして働く(骨格筋の真の多核合胞体とは別物)。2核化は出生直後にだけが完了してが完了しないことで生じ、その割合はヒト成人で25〜60%(左心室の実測では2核25.5%)、成体げっ歯類では90%と種差が大きい23。
  • 消化管・呼吸器の壁の平滑筋は由来だが、血管の平滑筋は血管ごとに由来が異なるモザイクで、「=」とはまとめられない(=、=、冠動脈=、肺血管=胸膜、腎血管=)。
  • の・筋はのであり、神経堤由来ではない。
  • 由来は多様でも、平滑筋分化はSRF–系(CArG box)という共通の制御を受ける。は分化後もを保ち、収縮型と合成型を行き来する。
  • 汗腺・乳腺のは、譜でありながら平滑筋様の収縮能をもつ。

出典

  1. 1.Dual reporter MESP1 mCherry/w-NKX2-5 eGFP/w hESCs enable studying early human cardiac differentiation(STEM CELLS・2015)心系譜ではMESP1陽性前心臓中胚葉に続いてNKX2-5陽性心前駆細胞が現れ、心筋へ優先的に分化する閲覧 2026-08-22
  2. 2.Aging, Cardiac Hypertrophy and Ischemic Cardiomyopathy Do Not Affect the Proportion of Mononucleated and Multinucleated Myocytes in the Human Heart(Journal of Molecular and Cellular Cardiology・1996)心血管疾患以外の原因で死亡したヒト正常心72例(対照)を心肥大81例・虚血性心筋症95例と比較した研究で、検討された年齢範囲は研究全体で26〜93歳である。対照の左心室から酵素処理で単離した心筋細胞を数えると、単核74%・2核25.5%・3核0.4%・4核0.1%であった。心室中隔・右室自由壁でも単核が最も多い集団であり、加齢・心肥大・虚血性心筋症のいずれもこの単核と多核の比率を変えなかった。以上はすべて抄録に逐語で載っている範囲であり、誌上版の全文は取得できていない(Europe PMC で isOpenAccess N・inEPMC N、PMCID なし)閲覧 2026-09-08
  3. 3.Cardiomyocyte nuclearity and ploidy: when is double trouble?(Journal of Muscle Research and Cell Motility・2020)総説の本文が、成体哺乳類の心筋細胞における2核と単核の比は種によって異なり、成体げっ歯類では心筋細胞集団の90%が2核であるのにヒト成人心ではその割合が著しく低く25〜60%と報告されている(総説はBotting 2012とParadis 2014を引く)と述べる。マウスでは成体心筋細胞の約96%が2核(Leone and Engel 2019を引く)、成体ゼブラフィッシュでは99%が単核である。2核化の機序は出生直後の最後の細胞周期で核分裂だけが完了して細胞質分裂が完了しないこと(karyokinesisとcytokinesisの脱共役)で、その結果2核細胞は細胞周期から離脱して終末分化する。心筋細胞が細胞質分裂の失敗とendoreduplicationで多倍体になるのに対し、骨格筋細胞は細胞融合で多核になる点で対照的だと整理している。核の数と代謝需要の関係については、一定の大きさに達した心筋細胞の高い代謝需要を支えるには2個の核が必要かもしれないという可能性を挙げ、ヒトのような大型哺乳類では心拍数したがって代謝需要が低いため心筋細胞の大きさが小型の哺乳類と同程度でも1個の核で足りるのではないかと述べる(いずれも可能性の提示にとどまり、げっ歯類が2核である理由として断定してはいない)。2核化の割合が種で違うことについては、図1の説明が「Depending on the species, it is around this time that a majority of CMs exit the cell cycle (transitioning from hyperplasia to hypertrophy) becoming binucleated and polyploid」と述べ、本文がげっ歯類について「In rodents, binuclearity occurs only within the first 14 days of life」と述べる(機序の一文そのものには種の限定が付いていない)。核数と代謝需要の考察は「a single nucleus is sufficient to support the entire volume of most CMs in larger mammals such as humans where heart rate, and thus metabolic needs, are lower even if CM size is similar to that in smaller mammals」と、成体げっ歯類と成体ヒトの比較として書かれている。倍数性については、細胞周期からの離脱の結果としてヒト成人の心筋細胞の核の60%が4倍体になるとする1975年のAdlerとCostabelの報告を引き、マウスについては成体心筋細胞の約96%が2核でありそのうち単核集団の30〜60%が4倍体だとするLeone and Engel 2019を引く。全文は https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6980477/ にブラウザUAを付けて取得した(Europe PMC の fullTextXML は404、pdf=render は500、pmc.ncbi.nlm.nih.gov はボット判定)。⚠️ 取得できたのはPMCに収載された著者最終稿(Author manuscript)であって誌上版ではない閲覧 2026-09-08
  4. 4.Origin and differentiation of vascular smooth muscle cells(The Journal of Physiology・2015)導入が「Vascular SMCs originate from various mesodermal lineages such as the splanchnic mesoderm, lateral plate mesoderm, somatic or paraxial mesoderm … and neural crest」と述べ、「Embryonic SMC development is complicated because of both complex regulatory signalling pathways and a mosaic pattern of differentiation」と整理する。「Neural crest and branchial arch angiogenesis」節はキメラ実験で神経堤が咽頭弓動脈の平滑筋に寄与する唯一の系譜とされたこと、「Somite and dorsal aorta angiogenesis」節は背側大動脈で臓側中胚葉由来の一次平滑筋が硬節由来の二次平滑筋に置き換わること、「Coronary artery angiogenesis」節は前心外膜細胞が冠動脈平滑筋を生じることを述べる。あわせて肺血管の平滑筋がWT1陽性の胸膜中皮から、腎血管の平滑筋が後腎間葉の腎形成間質細胞から生じること、平滑筋マーカー遺伝子の多くがプロモーターのCArG boxに結合する血清応答因子(SRF)と共役因子ミオカルディンに制御されること、平滑筋細胞が他の細胞型より高い可塑性を保ち収縮型と合成型を行き来することも同総説で確認した閲覧 2026-09-06
  5. 5.Neuroectoderm-derived iris muscle characterization at the single-cell resolution in native human iris and a pluripotent stem cell eye model(Nature Communications・2025)ヒト虹彩平滑筋は神経堤ではなく眼杯系の神経外胚葉から生じる閲覧 2026-08-22
  6. 6.A closer look into the cellular and molecular biology of myoepithelial cells across various exocrine glands(The Ocular Surface・2024)筋上皮細胞は外分泌腺に分布し、上皮細胞でありながらアクチン・ミオシンと収縮能を備える閲覧 2026-08-22