組織学

組織学 · 4.2

筋組織:心筋

Muscle tissue — Cardiac muscle

応用トピック
拡張型心筋症肥大型心筋症心筋症

🧠 心筋は「骨格筋の横紋」と「平滑筋の不随意性」のと覚える。 横紋(構造、04-1-skeletal-muscle)はもつが多核ではなく単核〜2核、随意ではなく不随意(意識的に動かせない点は04-3-smooth-muscleと共通で、心筋の拍動は固有のから生じ、自律神経はその調節にあたる)——さらに心筋だけがもつという細胞間結合構造が、をつなげてとして一体的に興奮を伝える鍵になる。

心筋細胞の基本構造

は骨格筋と同様に横紋をもつが、以下の点で骨格筋とは異なる。

骨格筋(04-1-skeletal-muscle) 心筋
核の数 多核 単核〜2核(中心性)
細胞の形 、分枝なし しばしば分枝する
支配 随意() 不随意(自律神経が調節、固有のをもつ)
細胞間結合 なし(各線維は独立) で細胞同士が連結

⭐ 「単核〜2核」の内訳は、ヒトでは単核が多数派である。 根拠になっているのは、心血管疾患以外の原因で死亡したヒト正常心72例(対照群)を81例・95例と比較した研究で、検討された年齢範囲は3群を通じて26〜93歳である。この対照群の左心室でを酵素処理で単離して核を数えると、単核74%・2核25.5%・3核0.4%・4核0.1%だった。心室中隔・右室でも単核が最も多い集団で、加齢でもでもでもこの比率は変わらなかった(3群を比べたのがこの研究の主眼である)1。

下図は同研究の正常対照群における左室の内訳である。3核と4核は合わせて「3核以上」とし、ヒトでは単核が多数派であることを示す。

pie
  title ヒト正常左室心筋細胞の核数(研究対象72例)
  "単核(74%)" : 74
  "2核(25.5%)" : 25.5
  "3核以上(0.5%)" : 0.5

⚠️ げっ歯類の数字をそのままヒトに持ち込まない——2核率は種でまるで違う。 総説は、成体の2核/単核の比が種によって異なり、成体げっ歯類ではの90%(マウスでは約96%)が2核であるのに対し、ヒト成人心では25〜60%と報告される(成体ゼブラフィッシュに至っては99%が単核)と整理している2。上のOlivettiらの25.5%はこのヒトの幅の下端にあたる。実験でよく使われるマウス・の心筋を見て「は2核が普通」と覚えると、ヒトの組織像と食い違う。💡 同じ総説は核の数と代謝需要の関係について、一定の大きさに達したの高い代謝需要を支えるには2個の核が必要かもしれないという可能性を挙げ、ヒトのような大型では心拍数、したがって代謝需要が低いので、の大きさが小型のと同程度でも1個の核で足りるのではないかと述べている——ただしこれは総説が「可能性の一つ」として提示しているで、げっ歯類が2核である理由として確定しているわけではない2。⚠️ このは種のあいだ(成体げっ歯類と成体ヒト)の心拍数・代謝需要の違いについてのものである。 上の⭐が示した「同じヒトの心臓では加齢でもでも2核率が変わらない」という観察とは水準が違うので、「細胞が大きくなれば核が2個要る」を同一個体に起きるへそのまま当てはめない。

💡 核のとは別の軸である——「単核」は「2倍体」を意味しない。 同じ総説は、がの失敗とendoreduplication(分裂を挟まない複製の反復)によって多倍体になる点で、で多核になる骨格筋とは対照的だと整理している。そのうえで、細胞周期からの離脱の結果としてヒト成人ではの核のおよそ60%が4倍体になるとした1975年の報告を引き、マウスでも単核の集団の30〜60%が4倍体だとする。したがって上の「単核74%」は、その74%が2倍体だという意味ではない2。

T管とダイアド

でも、が細胞内へ陥入して()のを作る。ただし位置・数・太さが骨格筋のとは異なり、心臓の中でも一様ではない——成熟した網はで最もよく発達し、のはまばらで不規則、では時折認められる程度である。次の対比はいずれも心臓の総説によるものである3。

骨格筋(04-1-skeletal-muscle) 心筋
の位置 A帯とI帯の境界 のZ線の位置(Z線から0.5 µm以内)
1個あたり 2組(両側のA帯・I帯境界) 1本(約1.8〜2 µm間隔)
の内径 平均20〜40 nm 100〜400 nm(種による)と太い

💡 とが接する場所が「ダイアド」で、ここがの現場である。 膜のL型と、向かい合う接合部(jSR)のが至近距離に並んでCa²⁺放出単位=ダイアドを作り、拍動ごとの活動電位に続いてここでCa²⁺トランジェントが始まる3。骨格筋が1本の両側にの2つを付けた三つ組(骨格筋の)を作るのに対し、心筋では膜2枚が向かい合う形になる——「三つ組かダイアドか」が両者の形態上の分かれ目である。

⚠️ 心不全ではのそのものが失われる。 不全ではが失われ、にあったイオンチャネルやシグナル分子が減少するか、非部のへする。その結果ダイアドが破綻してがし、収縮機能が損なわれるだけでなく、局所の濃度勾配が変わってへの感受性も高まる3。

介在板

同士はという特殊な細胞間結合部で端と端が接続され、機能的に1つの合胞体のように振る舞う(上皮の細胞間結合との対応は02-3-cell-junctions)。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intercalated discs'>介在板</span>"]
  A --> B["横成分:Z線の位置に対応<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='zonula adherens / belt desmosome'>接着帯</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='macula adherens / desmosome'>接着斑</span>(機械的結合)"]
  A --> C["縦成分:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='gap junction'>ギャップ結合</span><br>電気的興奮の伝播"]
構成要素 位置 機能
・ の横方向の成分 の機械的な力を細胞間で伝達
の縦方向の成分 活動電位を隣接細胞へ電気的に伝播させる

💡 の接着装置は「とが別々に並ぶ」のではなく、両者の分子が同じ結合部に混じり合った混合型結合になっている。 ヒト・・・マウス・魚類の心筋でと免疫を行うと、デスモプラキンをはじめとする成分と、N-・α/・ビンキュリンなどの成分がの同じプラークに共存し、この心筋に固有の混合型結合がarea compositaと呼ばれている——のプラーク型結合としては最も多い型である4。上の表の「・」という上皮由来の区分は覚え方としては有効だが、実体は上皮のように帯状・点状に分かれておらず、面状に広がった混合体だと補正しておく。関連遺伝子(PKP2など)の変異がを起こすのも、このの接着装置が壊れるためである。

⭐ のにより、心筋は1つの細胞の興奮が瞬時に隣接細胞へ伝わり、心房・心室全体がまとまって収縮する——これが心臓を「」と呼ぶ理由。骨格筋のように神経ごとに個々の線維が独立して興奮するのとは対照的な仕組み。

心筋の特殊化:刺激伝導系

の一部は収縮機能よりも・興奮伝導に特化しており、・・・などのを構成する(詳細は06-5-heart)。の細胞は通常のより大型でグリコーゲンに富み、収縮タンパクは少ない。

⚠️ 「心筋は再生しない」は言い過ぎで、緩やかだが確かに入れ替わっている。 冷戦期の核実験由来の¹⁴Cがへ取り込まれた量から細胞の年齢を測る方法で、ヒトの年間交代率は25歳で約1%、75歳で0.45%と定量され、一生のあいだに入れ替わるのは全の50%未満と見積もられた5。の総数そのものは周産期までに確立して生涯ほぼ一定であり、成人期の交代率は1%未満にとどまる(同じ心臓の中でも内皮細胞は年15%超と桁違いに速く入れ替わる)6。骨格筋ののような強力な再生系はないため、心筋梗塞で失われた心筋がに置き換わるという臨床像は変わらない。

💡 が単核〜2核である一方、骨格筋が多核であるのは、発生の由来の違いを反映している(発生:心筋と平滑筋)——骨格筋は同士が融合して多核のになるのに対し、は融合せず、代わりにという結合構造で連結することで「多細胞が一体として働く」という骨格筋と同じ目的を別の方法で達成している。

まとめ

  • 心筋は横紋をもつが単核〜2核・分枝性・不随意という点で骨格筋と異なる。ヒト成人の左心室では単核74%・2核25.5%と単核が多数派で、成体げっ歯類(約90%が2核)とは逆である12。
  • は骨格筋と違ってのZ線の位置に1本ずつ走り、接合部と向かい合ってダイアドを作る(骨格筋は三つ組)。心室筋で最も発達しではまばらで、心不全では網が失われてダイアドが破綻する3。
  • は横方向の・(機械的結合)と縦方向の(電気的伝播)からなる心筋特有の細胞間結合。
  • による興奮の伝播が心筋をとして一体的に収縮させる。
  • の(など)は収縮より・伝導に特化している。
  • の接着装置は成分と成分が混じり合ったarea compositaという混合型結合が主体である。
  • は完全な分裂終了細胞ではなく、25歳で年約1%・75歳で年0.45%の割合で入れ替わる(生涯で50%未満)。

出典

  1. 1.Aging, Cardiac Hypertrophy and Ischemic Cardiomyopathy Do Not Affect the Proportion of Mononucleated and Multinucleated Myocytes in the Human Heart(Journal of Molecular and Cellular Cardiology・1996)心血管疾患以外の原因で死亡したヒト正常心72例(対照)を心肥大81例・虚血性心筋症95例と比較した研究で、検討された年齢範囲は研究全体で26〜93歳である。対照の左心室から酵素処理で単離した心筋細胞を数えると、単核74%・2核25.5%・3核0.4%・4核0.1%であった。心室中隔・右室自由壁でも単核が最も多い集団であり、加齢・心肥大・虚血性心筋症のいずれもこの単核と多核の比率を変えなかった。以上はすべて抄録に逐語で載っている範囲であり、誌上版の全文は取得できていない(Europe PMC で isOpenAccess N・inEPMC N、PMCID なし)閲覧 2026-09-08
  2. 2.Cardiomyocyte nuclearity and ploidy: when is double trouble?(Journal of Muscle Research and Cell Motility・2020)総説の本文が、成体哺乳類の心筋細胞における2核と単核の比は種によって異なり、成体げっ歯類では心筋細胞集団の90%が2核であるのにヒト成人心ではその割合が著しく低く25〜60%と報告されている(総説はBotting 2012とParadis 2014を引く)と述べる。マウスでは成体心筋細胞の約96%が2核(Leone and Engel 2019を引く)、成体ゼブラフィッシュでは99%が単核である。2核化の機序は出生直後の最後の細胞周期で核分裂だけが完了して細胞質分裂が完了しないこと(karyokinesisとcytokinesisの脱共役)で、その結果2核細胞は細胞周期から離脱して終末分化する。心筋細胞が細胞質分裂の失敗とendoreduplicationで多倍体になるのに対し、骨格筋細胞は細胞融合で多核になる点で対照的だと整理している。核の数と代謝需要の関係については、一定の大きさに達した心筋細胞の高い代謝需要を支えるには2個の核が必要かもしれないという可能性を挙げ、ヒトのような大型哺乳類では心拍数したがって代謝需要が低いため心筋細胞の大きさが小型の哺乳類と同程度でも1個の核で足りるのではないかと述べる(いずれも可能性の提示にとどまり、げっ歯類が2核である理由として断定してはいない)。2核化の割合が種で違うことについては、図1の説明が「Depending on the species, it is around this time that a majority of CMs exit the cell cycle (transitioning from hyperplasia to hypertrophy) becoming binucleated and polyploid」と述べ、本文がげっ歯類について「In rodents, binuclearity occurs only within the first 14 days of life」と述べる(機序の一文そのものには種の限定が付いていない)。核数と代謝需要の考察は「a single nucleus is sufficient to support the entire volume of most CMs in larger mammals such as humans where heart rate, and thus metabolic needs, are lower even if CM size is similar to that in smaller mammals」と、成体げっ歯類と成体ヒトの比較として書かれている。倍数性については、細胞周期からの離脱の結果としてヒト成人の心筋細胞の核の60%が4倍体になるとする1975年のAdlerとCostabelの報告を引き、マウスについては成体心筋細胞の約96%が2核でありそのうち単核集団の30〜60%が4倍体だとするLeone and Engel 2019を引く。全文は https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6980477/ にブラウザUAを付けて取得した(Europe PMC の fullTextXML は404、pdf=render は500、pmc.ncbi.nlm.nih.gov はボット判定)。⚠️ 取得できたのはPMCに収載された著者最終稿(Author manuscript)であって誌上版ではない閲覧 2026-09-08
  3. 3.Cardiac T-Tubule Microanatomy and Function(Physiological Reviews・2017)総説の本文が、成熟したT管網は哺乳類の心室筋細胞にみられ心房筋のT管はまばらで不規則、プルキンエ伝導系では時折認められる程度だと述べる。横行成分はサルコメアのZ線の位置(Z線から0.5 µm以内)に周期的に現れ、サルコメア長ごとに約1.8〜2 µm間隔で並ぶ。一方で骨格筋のT管はA帯とI帯の境界に局在し、サルコメア1個につき2組ある。内径は骨格筋が平均20〜40 nm、心筋は種により100〜400 nmで心筋のほうが太い。T管膜のL型Ca²⁺チャネルと、向かい合う接合部筋小胞体(jSR)のリアノジン受容体が至近距離に並んでCa²⁺放出単位(ダイアド)を作り、拍動ごとの活動電位に続いてここでCa²⁺トランジェントが始まる。心不全ではT管が失われ、T管にあったイオンチャネルやシグナル分子が減少するか非T管部のサルコレンマへ再分布し、ダイアドの破綻による興奮収縮連関の脱共役が収縮機能を損なうだけでなく、局所の濃度勾配を変えて心室性不整脈への感受性を高める。全文は https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6151489/ にブラウザUAを付けて取得した。2026-09-08に `https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6151489/` へブラウザUA付きで再取得(200、476 KB)し、本ノートの対比表3点を逐語で照合した——原文は「skeletal tubules with diameter averaged at 20–40 nm, cardiac t-tubules are much larger with estimated diameter to be 100–400 nm depending on species. Meanwhile, cardiac t-tubules are present within 0.5 μm of Z-discs, whereas skeletal t-tubules are localized to the interface between A band and I band of the sarcomere. Thus cardiac t-tubules appear once every sarcomere length spaced out at ∼1.8–2 μm along the longitudinal edge of the myocytes. The skeletal t-tubules, on the other hand, consist of two sets of transverse tubules at each A band/I band interface within individual sarcomeres of skeletal myofilaments.」であり、①T管の位置(心筋=Z線から0.5 µm以内/骨格筋=A帯・I帯境界)②サルコメアあたりの本数(心筋1本・約1.8〜2 µm間隔/骨格筋2組)③内径(骨格筋20〜40 nm/心筋100〜400 nm・種による)の3点すべてが原文と一致することを確認した。💡 同じ節は心筋T管の内径についてラット心筋細胞の平均を200〜300 nm、横行成分と軸方向成分の比を60対40%、分岐間の平均長を約6.7 µmとも述べている閲覧 2026-09-08
  4. 4.The area composita of adhering junctions connecting heart muscle cells of vertebrates. II. Colocalizations of desmosomal and fascia adhaerens molecules in the intercalated disk(European Journal of Cell Biology・2006)ヒト・ウシ・ラット・マウス・魚類の心筋で免疫蛍光と免疫電顕を行うと、介在板のプラーク型結合の大部分ではデスモプラキンなどのデスモソーム成分とN-カドヘリン・αβカテニン・ビンキュリンなどの接着結合成分が同一の結合部に共存する。この混合型結合をarea compositaと呼び、介在板の接着装置としては最も多い型である閲覧 2026-08-24
  5. 5.Evidence for cardiomyocyte renewal in humans(Science・2009)冷戦期の核実験由来の¹⁴CがDNAへ取り込まれた量からヒト心筋細胞の年齢を測ると、心筋細胞は入れ替わっており、その年間交代率は25歳で約1%、75歳で0.45%へ漸減する。一生のあいだに入れ替わる心筋細胞は50%未満である閲覧 2026-08-24
  6. 6.Dynamics of Cell Generation and Turnover in the Human Heart(Cell・2015)ヒト心筋細胞の総数は周産期までに確立し生涯ほぼ一定に保たれる。¹⁴C解析による年間交代率は小児期に最も高く、成人期には1%未満へ低下する。一方で内皮細胞は生涯を通じて年15%超、間葉系細胞は成人期で年4%未満と細胞種で大きく異なる閲覧 2026-08-24