発生学

発生学 · 10.4

筋系:臨床

Muscular System — Clinical

疾患
Poland症候群プルーンベリー症候群
症状
合指症

🧠 筋の欠損・低形成を見たら、筋前駆細胞だけでなく、血管・結合組織・隣接臓器との発生相互作用まで考える。 では血管供給途絶が有力仮説、では病因未確定、横隔膜異常では由来結合組織が重要であり、いずれも単純な「筋細胞の分化障害」だけでは説明できない。

Poland症候群

(特に胸肋部)の欠損または低形成を特徴とするで、しばしば同側の・や乳腺・の低形成を伴う。発生頻度はおよそ3万出生に1例とされ、ほぼ常に片側性である(両側例は文献上15例程度の報告にとどまる)。では男性が女性の約3倍、右側が左側の約1.7倍と偏るが、ではこの性差・左右差を認めない。1

  • 胸壁側:以外にも・・・・・の低形成を伴うことがある。を欠くため前腋窩ヒダが形成されず、肋骨・の低形成があると患側の胸壁が陥凹する。1
  • 上肢側:手・手関節の低形成が最も多く、前腕・上腕へ及ぶものほど少ない。異常の幅は・から、まれに様の重度欠損まで広い(09-5-clinical)。1

💡 病因は未確定だが、最も広く受け入れられているのは供給途絶連鎖(SASDS)である。 妊娠6週ごろに近位のとその枝の発生が妨げられ、と遠位上肢への血流が減るという筋立てで、どこで途絶するかによって別の症候群になると説明される。1

途絶する部位 生じるとされる表現型
の血流の途絶 の欠損と同側の乳房低形成
の起始より遠位・の起始より近位でのの途絶
の起始より遠位でのの途絶 横断性の四肢末端欠損
の全長または一部での血流の途絶

⚠️ SASDSは確定機序ではない。 でありながら動脈の異常が見つからなかった症例報告があり、この仮説には反論がある。は体壁の筋(10-2-head-limb-body-wall-muscles)に由来し、の遊走と手指の分離はいずれも妊娠6〜8週に起こるので、血流以外の遺伝的・外的要因がこの時期に働いた可能性も提唱されている。血流障害を確定原因とはせず、複数の発生機序を含みうる症候群として理解する。1

プルーンベリー症候群

の広範な低形成・欠損により腹壁がしわの寄った(プルーン様の)外観を呈するは、Eagle-Barrett症候群とも呼ばれる。欠損・尿路異常・両側がで、遺伝的に不均一な疾患であり男児に多い。2

⚠️ 欠損と尿路異常が合併する機序は未確定である。の尿路閉塞・が発生を二次的に妨げる説を含め、複数の発生学的・遺伝学的仮説が提唱されている。・尿路系・(15-1-urinary-system)の異常が三徴としてセットで問われる点を、病因仮説とは分けて押さえる。2

⚠️ 臨床像の幅が広く、予後は症例ごとに大きく異なる。 まれな疾患だが、をはじめとする重篤な合併症へ進みうる点で軽視できない。2

横隔膜の筋に関連する異常

横隔膜の筋前駆細胞は頸部体節からし(10-2-head-limb-body-wall-muscles)、(pleuroperitoneal folds; PPFs)へ到達してPPFs由来結合組織のシグナルを受けながら広がる。PPFsは筋結合組織とも形成するため、横隔膜は複数の協調で作られる。3

(11-4-clinical)では、筋前駆細胞の動員不全だけでなく、PPFs由来の筋芽細胞の異常が重要である。4 実験的に広い無筋領域を作ってもヘルニアが必ず生じるわけではなく、筋欠損だけでは発症に十分でない——ただし原著は、そうした無筋領域がヘルニアを起こしやすくはあるという但し書きを添えている。5 詳細は横隔膜発生(11-3-diaphragm-formation)を参照。

筋原性調節因子と分化障害

MyoD・Myf5(10-1-skeletal-striated-muscle)は骨格筋を決めるだが、で骨格筋が完全に欠損するのは両方を同時に欠いたときである。マウスのMyoD単独ホモは生存・繁殖可能で、下流のもほぼ正常量が作られ、組織学的な筋の異常も検出されない。骨格筋がまったく形成されず致死になるのはMyoDとMyf5の二重ホモ変異体のときで、両者には機能的ながあるとされる(この整理は同論文のが先行研究をまとめたもので、同論文自身の実験結果ではない)。6 一方Myf5単独は骨格筋自体は正常に発生するものの肋骨を欠き、呼吸できずに出生直後死亡する。7

💡 単独欠損が無症状という意味ではない。MyoD変異マウス胚ではhypaxial(四肢・腹壁)の筋の発生が約2日遅れ、Myf5変異胚ではepaxial(・肋間)の筋で同様の遅れが出る——10-1-skeletal-striated-muscleの epimere/hypomere という筋節の2区分が、そのまま2つの因子に対応する形で現れる。6

ヒトでもの機能喪失は報告されているが、いずれもごく少数の家系にとどまる。

遺伝子 ヒトでの表現型 報告の規模
MYOD1 周産期の連鎖。・・を伴い、子宮内あるいは出生直後に死亡する 2016年に家系の2同胞群3例で報告されたのが最初で、それ以前にMYOD1はヒトの遺伝性疾患と結び付けられていなかった6
MYF5 肋骨・椎体の異常を伴う(EORVA)。先天性・非進行性ののとに、・・肋骨低形成を伴う疾患 2018年の初報以来、2024年時点で4つのバリアントが知られる(既報3バリアントが4家系6例、これに新規1バリアントの1家系3同胞が加わる)7

💡 筋の発生そのものを止める変異が「めったに見つからない」ことには、探索の届きにくさも寄与している。 連鎖には20を超える遺伝子が関連づけられており、その多くは神経筋の経路の構成分子をコードする。周産期致死の疾患は検体の入手との質のから研究しにくく、MYOD1の機能喪失アレルが長く見つからなかった理由の一つに挙げられている。6 臨床で出会う筋の低形成・萎縮も、そのものの欠損としてではなく、神経支配の欠如(など)や結合組織の異常を介した二次的なものとして現れることが多い。

まとめ

  • は(特に胸肋部)の欠損・低形成と同側上肢異常を示す。ほぼ常に片側性で、は男性・右側に偏る。
  • の局所血流障害(SASDS)は確定原因ではなく有力仮説である。のどこで途絶するかで表現型が変わるという枠組みで、の途絶はに対応づけられる。
  • (Eagle-Barrett症候群)は欠損・尿路異常・両側の三徴を示す。男児に多く病因は未確定で、など重篤な合併症へ進みうる。
  • 横隔膜筋は頸部体節由来でPPFsへ動員され、にはPPFs由来結合組織の異常も重要である。無筋領域はヘルニアを起こしやすくするが、それだけでは発症に十分でない。
  • 骨格筋が完全に欠損するのはMyoDとMyf5を同時に欠いたときで、単独欠損ではが働く。ヒトのMYOD1欠損(周産期の連鎖)・MYF5欠損(EORVA)はいずれもごく少数の家系の報告にとどまり、臨床で出会うは神経支配障害などによる二次性のものが中心である。

出典

  1. 1.A narrative review of Poland's syndrome: theories of its genesis, evolution and its diagnosis and treatment(Translational Pediatrics・2021)Poland症候群は大胸筋低形成・欠損を主徴とし、鎖骨下動脈供給途絶連鎖(SASDS)が「the most accepted pathogenic mechanism」だが確定機序ではない(動脈の異常を認めない症例報告がある)。全文の Epidemiology 節は、総説が引く先行文献の値としておよそ1:30,000出生、男女比3:1、右:左=1.7:1、家族例では性差も右側優位も認めないことを挙げる。Clinical spectrum 節は片側性の大胸筋大・小の低形成/無形成を特徴とし、広背筋・三角筋・前鋸筋・棘上筋・棘下筋・外腹斜筋の低形成を伴いうること、大胸筋の欠損で前腋窩ヒダが形成されないこと、手・手関節(89%)から前腕(37%)・上腕(7%)へ及ぶほど頻度が下がりまれにphocomelia様の欠損に至ること、両側例は文献上15例の報告にとどまることを述べる。SASDSの枠組みでは、内胸動脈の血流途絶=大胸筋欠損と同側乳房低形成、椎骨動脈起始より遠位かつ内胸動脈起始より近位の鎖骨下動脈途絶=Poland症候群、内胸動脈起始より遠位の途絶=横断性四肢欠損、椎骨動脈の途絶=Klippel-Feil症候群、と表現型が対応づけられている。大胸筋の遊走と手指の分離はともに妊娠6〜8週に起こる閲覧 2026-09-06
  2. 2.Prune-belly Syndrome: An Update(Current Pediatric Reviews・2025)抄録が「The Prune-Belly (Eagle-Barrett) syndrome (PBS) is a congenital and genetically heterogeneous disease, more prevalent in males, defined by the clinical triad (1) deficiency of abdominal muscles, (2) bilateral cryptorchidism, and (3) urinary tract abnormalities」と述べ、病因は未解明で複数の理論・変異・遺伝的異常が提唱されていること、臨床像の幅が広く予後が症例ごとに大きく異なること、まれではあるが慢性腎臓病その他の重篤な合併症へ進みうることを述べる。非オープンアクセスで、確認できたのは抄録の範囲である閲覧 2026-09-06
  3. 3.Developmental origin and morphogenesis of the diaphragm, an essential mammalian muscle(Developmental Biology・2018)横隔膜筋前駆細胞は頸部体節から遊出して胸腹膜襞へ到達し、胸腹膜襞は結合組織と中心腱を生じる閲覧 2026-08-22
  4. 4.Muscle connective tissue controls development of the diaphragm and is a source of congenital diaphragmatic hernias(Nature Genetics・2015)胸腹膜襞由来の筋結合組織線維芽細胞は横隔膜形成を制御し、その異常は先天性横隔膜ヘルニアの発生源となる閲覧 2026-08-22
  5. 5.Fibroblast-derived Hgf controls recruitment and expansion of muscle during morphogenesis of the mammalian diaphragm(eLife・2022)胸腹膜襞由来線維芽細胞のHGFは筋前駆細胞の動員に必要だが、広い無筋領域だけでは横隔膜ヘルニア成立に十分でない。要旨は「Surprisingly, large muscleless regions in HGF and Met mutants do not lead to hernias. While these regions are likely more susceptible to CDH, muscle loss is not sufficient to cause CDH.」と、無筋領域がCDHを起こしやすくはあることを但し書きとして残している閲覧 2026-08-22
  6. 6.Deficiency of the myogenic factor MyoD causes a perinatally lethal fetal akinesia(Journal of Medical Genetics・2016)近親婚家系の2同胞群3例の周産期致死性胎児無動連鎖について、MYOD1のホモ接合ナンセンス変異 c.188C>A p.(Ser63*) を同定し「the first human phenotype that appears to be attributable to LOF of the myogenic factor MyoD」と述べる。考察は、MyoDホモノックアウトマウスが「viable and fertile, produce seemingly normal amounts of the downstream myogenin protein and have no histologically detectable muscle abnormalities」であり、骨格筋が完全に欠損する致死表現型はMyf5との二重ホモ変異体でのみ生じる(機能的冗長性がある)こと、MyoD変異マウス胚ではhypaxial(四肢・腹壁)筋の発生が2日遅れ、Myf5変異体ではepaxial(傍脊柱・肋間)筋で同様の遅れが出ることを整理する。導入は胎児無動連鎖に20を超える遺伝子が関連づけられ、その多くが神経筋の経路の構成分子をコードすることを述べる。周産期致死疾患が検体とDNAの制約で研究しにくいという記述は考察にある閲覧 2026-09-06
  7. 7.Identification of a Novel Frameshift Variant in MYF5 Leading to External Ophthalmoplegia with Rib and Vertebral Anomalies(Genes・2024)EORVA(external ophthalmoplegia with rib and vertebral anomalies)はMYF5の両アレル性バリアントによる常染色体潜性疾患で、先天性・非進行性の外眼筋麻痺と眼瞼下垂に椎体・肋骨の異常、側弯、斜頸を伴い、2018年にDi Gioiaらが3家系で初めて報告した。既報の3バリアントは4つの無関係な家系の6人で報告されており、本報告はこれに新規の c.596dupA p.(Asn199Lysfs*49) をもつ1家系3同胞を加えて「With four MYF5 variants now discovered」と述べる。またMYF5とMYODの両方を欠くマウスでは骨格筋が形成されず出生直後に死亡し、どちらか一方の正常コピーがあれば筋は部分的あるいは完全に発生すること、Myf5単独ノックアウトマウスは骨格筋自体は正常に発生するが肋骨遠位部を欠き呼吸不全で出生直後に死亡することを整理している閲覧 2026-09-06