組織学

組織学 · 13.1

内分泌:下垂体

Endocrine system — Pituitary (hypophysis)

疾患
Rathke嚢胞視隔膜異形成症
画像所見
下垂体後葉異所性

🧠 下垂体はが全く異なる2つの組織が合体してできた器官、と覚える——(腺組織)は「自分でホルモンを合成・分泌する」、(脳組織)は「視床下部で作られたホルモンをただ貯めて放出する倉庫」。 前者は染色性の異なる細胞(好酸性・好塩基性・)が主役、後者は細胞体を欠く()が主役——「作る側」と「運ぶだけの側」という機能の違いがそのまま組織像の違いになる。

腺性下垂体と神経性下垂体:発生起源の違う2部分

flowchart TD
  A["下垂体"]
  A --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='adenohypophysis'>腺性下垂体</span>:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Rathke pouch'>ラトケ嚢</span>由来、外胚葉性(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oral ectoderm'>口腔外胚葉</span>)"]
  A --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neurohypophysis'>神経性下垂体</span>:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='diencephalic floor'>間脳床</span>の陥入、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neuroectoderm'>神経外胚葉</span>性"]
発生 () の床が下方へ陥入
実質の性質 細胞そのものがホルモンを合成 ホルモンは視床下部の神経細胞体で作られ、軸索を通って運ばれるだけ
亜区分 ・・ ・・

💡 ヒトのは痕跡的である。 の内腔が閉じ残った裂隙(ラトケ裂)に沿う細い帯にすぎず、を含む小濾胞の集まりとして見えることが多い。両生類・げっ歯類では独立した葉としてよく発達しα-MSHを分泌するが、ヒトでは独立した葉を作らない——「前葉・・の3葉」で覚えるとヒトの組織像と合わなくなる。この裂隙が拡張したものがである。

💡 「=、=」という二分は、近年の追跡で揺らいでいる。 ゼブラフィッシュ下垂体の単一細胞解析で、のアストログリア性pituicyteとのprop1陽性前駆細胞が共通のマーカーを発現することが見つかり、遺伝学的追跡ではゼブラフィッシュとマウスの前駆細胞がだけでなく細胞の一部にも寄与することが示された1。=という古典的な図式は器官の大枠として今も有効だが、「は非神経性外胚葉のみに由来する」と言い切る形では成り立たない。

腺性下垂体(遠位部)の細胞:染色性による分類

の細胞はH&Eでの染色性により3群に分けられる。

染色性 細胞群 分泌ホルモン 系列を規定する転写因子
好酸性 、 GH、プロラクチン PIT1
好塩基性 、、 /、、 SF-1(性腺刺激)、PIT1(甲状腺刺激)、TPIT(副腎皮質刺激)
したまたは未分化な前駆細胞 特になし(が乏しく染まりにくいだけ) 元の系列の転写因子は保たれる

⚠️ 染色性による3分類と、免疫染色による分類は一対一で対応しない。 ここが最大の落とし穴で、は好塩基性なのに、系列としては好酸性のGH細胞・と同じPIT1系列である。ヒト非腫瘍性でPit-1タンパク質が核に検出されるのはGH・プロラクチン・βを含む細胞だけで、・では陰性であり2、SF-1は二重免疫染色でと確認された細胞の核にのみ局在する3。つまり——

💡 3つの分類の層が重なっている、と整理する。 ①H&Eの染色性(好酸性・好塩基性・)=の化学的性質を見ている、②ホルモンの免疫染色(GH・PRL・・・/)=その細胞が何を作っているかを見ている、③転写因子の免疫染色(PIT1・TPIT・SF-1、加えてGATA2/3・ERα)=その細胞がどの系列から来たかを見ている。①と③がずれるのがで、②が消えても③は残るのがしたである。この③の層は2022年の分類で下垂体の亜型分類の基準として正式に採用され、転写因子がすべて陰性のものだけを系列不明(null cell腫瘍など)と扱うようになった4。

⭐ (・/・産生)はホルモンを合成するため・が発達し好塩基性を示す一方、(GH・プロラクチン)は単純タンパク質を大量にとして蓄えるため好酸性を示す——00-2-stainingの「rER発達=好塩基性」という原則がの分類にも一貫して適用される。

神経性下垂体:ヘリング小体と下垂体細胞

には視床下部の神経細胞体をもたない——・(13-5-diffuse-endocrineに関連する神経内分泌の原則)のニューロンが作ったオキシトシン・が、軸索を通って運ばれ、に一時的に貯留される。

  • :に膨大して見える好酸性の構造、ホルモンの貯留部位
  • :に特有の、軸索を支持する(アストロサイトに類似した機能)。を包み込んだり離したりして、ホルモン放出の場であるへのの接触面を物理的に調節する

💡 pituicyteは「ただの支持細胞」ではない。 の実質は視床下部ニューロンの軸索とpituicyteだけでできており、pituicyteはその唯一の細胞体である。単一細胞解析ではアストログリア性の独自の細胞型として区別され、分解酵素Cyp26b1を出して側の前駆細胞の分化にまで影響することが示されている1——は「倉庫」ではあるが、倉庫番が何もしていないわけではない。

下垂体門脈系

視床下部のでに取り込まれた・抑制ホルモンは、を通って()へ運ばれ、そこで各ホルモン産生細胞の分泌を制御する——は視床下部から神経の直接支配ではなく血流を介したホルモン制御を受ける点がとの対比で重要。

まとめ

  • 下垂体は発生起源の異なる(由来)と()からなる。
  • の細胞は好酸性(GH・プロラクチン)・好塩基性(・/・)・に分類されるが、この染色性の分類は転写因子による系列分類(PIT1=GH・プロラクチン・、TPIT=、SF-1=/)と一対一に対応しない。
  • ヒトのは痕跡的で、独立した葉を作らずラトケ裂に沿う小濾胞として見えるにすぎない。
  • は視床下部ニューロンの()にホルモンを貯留するだけで自らは合成しない。
  • はを介した視床下部からの制御を受ける。

出典

  1. 1.Neural plate progenitors give rise to both anterior and posterior pituitary cells(Developmental Cell・2023)ゼブラフィッシュ下垂体の単一細胞トランスクリプトーム解析で、神経性下垂体のcyp26b1陽性アストログリア性pituicyteと腺性下垂体のprop1陽性前駆細胞が共通マーカーを発現することが示された。遺伝学的系譜追跡により、ゼブラフィッシュ(her4.3陽性)とマウス(Sox1陽性)の神経板前駆細胞が神経性下垂体だけでなく腺性下垂体細胞の一部にも寄与することが示され、腺性下垂体細胞が非神経性外胚葉のみに由来するという通説が覆された。pituicyte由来のレチノイン酸分解酵素Cyp26b1がprop1陽性前駆細胞のホルモン産生細胞への分化を調節する閲覧 2026-08-24
  2. 2.Cell type-specific expression of the pituitary transcription activator pit-1 in the human pituitary and pituitary adenomas(The Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism・1993)ヒト非腫瘍性腺性下垂体において、in situ hybridizationとPit-1タンパク質の免疫染色はGH・プロラクチン・TSHβを含む細胞の核にのみ陽性で、副腎皮質刺激ホルモン細胞・性腺刺激ホルモン細胞・null cellでは検出されない。ヒトpit-1遺伝子はGH/プロラクチン/TSHを合成する細胞系列に選択的に発現する閲覧 2026-08-24
  3. 3.The transcription activator steroidogenic factor-1 is preferentially expressed in the human pituitary gonadotroph(The Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism・1996)ヒト非腫瘍性腺性下垂体でSF-1タンパク質は二重免疫染色により性腺刺激ホルモン細胞と確認された散在性の細胞の核にのみ局在し、他の細胞型では陰性であった。SF-1は性腺刺激ホルモン細胞の分化を規定する細胞特異的転写因子である閲覧 2026-08-24
  4. 4.Overview of the 2022 WHO Classification of Pituitary Adenomas/Pituitary Neuroendocrine Tumors: Clinical Practices, Controversies, and Perspectives(Current Medical Science・2022)2022年のWHO分類では、下垂体特異的転写因子(PIT1・TPIT・SF-1・GATA2/3・ERα)の免疫染色によって腫瘍細胞の系列を判定し、下垂体神経内分泌腫瘍/下垂体腺腫の亜型分類を行うことが推奨されている。転写因子がすべて陰性の場合は系列不明の腫瘍(多ホルモン性分類不能腫瘍・null cell腫瘍)とされる閲覧 2026-08-24