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Disease Atlas · 内分泌・代謝 · 先天性疾患

Rathke嚢胞

Rathke cleft cyst

別名
ラトケ裂嚢胞ラトケ嚢胞Rathke裂嚢胞
臓器系
内分泌・代謝神経
科目
Microscopic Anatomy and Embryology (Microscopic Anatomy)Microscopic Anatomy and Embryology (Embryology)Internal Medicine
トピック
組織学 13.1:内分泌:下垂体発生学 6.1:胚子期(器官形成):外胚葉由来組織内科学 E-01:下垂体・視床下部疾患
鑑別疾患
下垂体偶発腫先端巨大症・プロラクチノーマ(下垂体腺腫)頭蓋咽頭腫
合併症
下垂体機能低下症尿崩症
症状
頭痛両耳側半盲乳汁漏出
検査値
血清プロラクチン
画像所見
下垂体MRI空虚トルコ鞍

🧠 全体像:は、のが退縮する際に閉じ残った裂隙が拡張してできる非腫瘍性の嚢胞である。臨床でこの名前に出会う場面はほぼ2つに絞られる——①頭部MRIで見つかった内の嚢胞をどうするか、②との鑑別。①の答えは「多くは経過観察でよい」で、②の分かれ目は「石灰化と造影されるがあるか」である。⚠️ 同じから生じるとは、という起源を共有しながら腫瘍性かどうかで完全に別物であり、この2つを区別できることがこのノートの目的になる。

発生:Rathke嚢とRathke嚢胞は別物

⚠️ 「」と「」を混同しない。 (Rathke pouch)はのそのもので、が上方へ陥入してできる構造であり、()の由来である。一方(Rathke cleft cyst)は、そのが退縮する過程で内腔が閉じ残った裂隙()が拡張した病変を指す。前者は正常発生の一段階、後者は病変の名前である。

用語 何を指すか 性質
(Rathke pouch) にが陥入してできるの 正常発生の構造
嚢の内腔が閉じ残った裂隙。ヒトの痕跡的なに沿う 正常の解剖学的変異
(本ノート) が拡張して嚢胞となったもの 非腫瘍性の病変
同じから発生する上皮性腫瘍 CNS grade 1の腫瘍

組織学的には、線毛を持つまたは円柱上皮に裏打ちされ、しばしばを混じえ、を伴うことがある1。内容は脳脊髄液様の漿液から、コレステロールと蛋白に富む粘稠な粘液までさまざまで、この内容物の違いがそのまま信号の多様さになる。

疫学:ほとんどは無症候で小さい

⭐ は「見つかること」自体はまれではない。 なでは11.3%に認められ、そのうち2 mmを超えるものは3.3%であった。どちらの割合も、同じシリーズでのや過形成の頻度を上回る1。健常な若年者のでとして見つかる頻度は3.9%と報告されている。手術シリーズでは、非下垂体性の病変のうち28〜42%を占める1。

つまり、剖検と画像で見れば高頻度、手術に至るのはごく一部という分布であり、「見つかったものをどう扱うか」が臨床上の主題になる理由がここにある。

一般に10 mm未満のものは無症候で、12 mmを超えると症候性になりやすい1。

臨床像

症状は嚢胞の大きさ・位置・内容物の性状・炎症の有無で決まる。

症状 補足
頭痛 症候性例で最も多い。⚠️ 多くの研究で嚢胞の大きさと相関しない——単純な圧迫や硬膜の伸展だけでは説明できず、内容による炎症反応や上昇が関与すると考えられている1
・() へ進展して視交叉を圧迫した場合
低下() 報告により13〜69%と幅が大きい1。が目立つ
・ の圧迫による。の上昇は通常軽度で、の水準には達しないことが多い
(欠損症) ・への影響。術後に新規発症することが多い

急性の経過をとる合併症

  • (卒中):急性発症の激しい頭痛、下垂体機能障害、視力障害に加えて悪心・嘔吐・・を伴う。の卒中に比べて病変が小さく、内分泌・視覚の予後は良好とされる1。
  • 非出血性の破裂:の内容が漏出してを来し、激しい頭痛とを呈する1。
  • :まれだが、の存在自体が続発性ののリスクになる。発熱・頭痛・欠乏・視力障害で発症し、分離されるはが最も多い1。

画像診断

が診断の基準となる。位置は正中で、多くはとの間(の高さ)に位置する。

⚠️ 「=T1高信号」と単純化しない。 信号は内容物のコレステロール・蛋白・血液成分の濃度で決まるため、T1・T2いずれにおいても多様である1。脳脊髄液と同じ信号を示す漿液性のものから、蛋白に富み・T1高信号を示すものまで幅がある。

所見 内容
嚢胞壁 非常に薄く平滑で、周囲構造へ浸潤しない。造影で増強されない1
⭐ 15〜75%に報告される。蛋白・・コレステロールからなり、T1で等〜高信号、T2で著明な低信号。多くは嚢胞内を遊離しており体位で位置が変わる。その存在自体がと独立しての診断につながる1
境界明瞭な嚢胞性病変で、通常は石灰化を伴わない。内容により等〜のこともあるが典型的には低吸収1

💡 の信号は、よりも()に似ることが多い。 蛋白含量が高いためで、そのぶんT1高信号のとの区別が難しくなる。この点はや大きなとの鑑別で問題になる1。下垂体が明らかに・偏位していれば区別は容易になる。

⭐ 頭蓋咽頭腫との鑑別

⚠️ これがこのノートの臨床上の核心である。 嚢胞性のとは、の信号強度だけでは区別が難しい。

所見
性質 非腫瘍性の嚢胞
造影される壁・ 増強されない 2 mm以上の厚く不整な壁が網状・結節状に増強されればを示唆し、を支持する
石灰化 通常なし 特徴的(純粋な嚢胞性病変では頻度は下がる)。検出にはが適する
大きさ 多くは小さい 2 cmを超える病変はの可能性が高い
の 少ない より多い
分子背景 (CTNNB1)変異なし adamantinomatous型でCTNNB1変異が多い

出典はこの表全体を扱っている1。分子背景についてはのノートに詳しい。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sella turcica'>トルコ鞍</span>内・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='suprasellar region'>鞍上部</span>の嚢胞性病変"] --> B{"造影で厚く不整に増強される<br>壁や<span class='jp-term jp-term-diagram' title='solid component'>充実成分</span>があるか"}
    B -->|"ある"| C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='craniopharyngioma'>頭蓋咽頭腫</span>を優先して考える"]
    B -->|"ない"| D{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='computed tomography'>CT</span>で石灰化があるか"}
    D -->|"ある"| C
    D -->|"ない"| E{"T1で等〜高信号・T2で著明な低信号の<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='intracystic nodule'>嚢胞内結節</span>があるか"}
    E -->|"ある"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Rathke cleft cyst'>Rathke嚢胞</span>の可能性が高い"]
    E -->|"ない"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pituitary adenoma'>下垂体腺腫</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cystic degeneration'>嚢胞変性</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='arachnoid cyst'>くも膜嚢胞</span>なども<br>並べて経過を追う"]

その他の鑑別として、の、、が挙がる。との違いは内部信号が脳脊髄液と完全に一致するかどうかで、は蛋白成分のため純粋なからずれることが多い(も参照)。

治療:多くは経過観察でよい

⭐ 無症候・小型のは、定期とに応じたホルモン評価による経過観察が適切である1。この方針を支えるのデータがある。

スペインの15施設・では、手術を行わずに追跡した177例(追跡中央値67.3か月)のうち嚢胞が増大したのは約4分の1にとどまり、増大したものも大半は数mmであった2。増大するかどうかは初回の大きさで決まらず(10 mm未満で28.3%、10 mm超で25.3%が増大)、いずれのベースライン所見からも増大は予測できなかった2。無症候例の増大率を5.3%とする報告や、10 mm未満の嚢胞では5年間で大きさに変化がなく5年の経過観察で足りるとする報告もある1。

さらに、経過観察群では頭痛がむしろ改善した(28.8%→13.6%、p<0.001)。追跡中に手術へ移行したのは177例中7例(3.9%)にとどまる2。

手術の適応と、その代償

手術(が標準)は、や難治性の頭痛といった症候性の病変に対して行う。同研究では、手術を要することと関連したのは診断時の頭痛(OR 11.2、95%CI 1.13〜110.5)と進展(OR 11.7、95%CI 1.37〜99.7)であった2。

⚠️ 手術は症状を改善させる一方で、下垂体機能を悪化させる。 手術群88例では頭痛(50.0%→6.8%)と(47.7%→17.0%)が明らかに改善したが、下垂体機能低下は45.5%から59.1%へ増加し、欠損は22.7%から44.3%へ、欠損は8.0%から23.9%へ増えた。合併症は35.2%に生じ、内訳は23.9%、永続的欠損15.9%、11.4%、髄膜炎4.5%であった2。「症状は取れるがホルモンは失う」というが、無症候例に手術を勧めない実質的な根拠になる。

再発は88例中8例(9.1%)で、再発までの中央値は96か月と長い。8例のうち4例は100か月以上経ってからの再発であり、再発を予測する因子は同定されなかった2。⚠️ 「5年で再発がなければ大丈夫」とは言えない——長期の追跡が要る。

術式上は、嚢胞壁の全摘出はの頻度を上げるため通常は勧められず、開窓・を主体とする1。再発例に対してはが低リスクで有効な選択肢とされる1。

まとめ

  • はの遺残が拡張した非腫瘍性の嚢胞で、のである「」とは別物である。線毛を持つ立方〜円柱上皮に裏打ちされる。
  • 剖検で11.3%、健常若年者ので3.9%に見つかる高頻度の所見で、大半は無症候・小型である。10 mm未満は無症候、12 mm超は症候性になりやすい。
  • 症状は頭痛(大きさと相関しない)、、低下(13〜69%)、、。急性の合併症として・・がある。
  • 信号は内容物により多様で「T1高信号」と一括りにできない。造影されない薄い壁と、T1等〜高信号・T2著明低信号のが診断の手がかりになる。で通常石灰化がない。
  • ⭐ との分かれ目は、2 mm以上の厚く不整に増強される壁・、石灰化、2 cm超の大きさ、。これらがあればを優先する。
  • 無症候例は経過観察が原則。増大は約4分の1にとどまり初回サイズでは予測できず、経過観察群では頭痛がむしろ改善し、手術へ移行したのは3.9%だった。
  • 手術は頭痛とを改善させるが、下垂体機能低下(45.5%→59.1%)と欠損(8.0%→23.9%)を増やす。再発は9.1%・中央値96か月と遅く、長期の追跡が必要になる。

出典

  1. 1.Rathke's cleft cyst: From history to molecular genetics(Reviews in Endocrine and Metabolic Disorders(Hacioglu A, Tekiner H, Altinoz MA, Ekinci G, Bonneville JF, Yaltirik K, Sav A, Ture U, Kelestimur F)・2025)全文をPMC(PMC11920404)で閲覧して確認した。Rathke嚢胞が胎生期Rathke嚢の遺残に由来し線毛のある立方〜円柱上皮(時に杯細胞・扁平上皮化生を伴う)に裏打ちされること、手術シリーズにおける非下垂体性トルコ鞍病変のうち28〜42%を占め健常若年者のMRIでの偶発所見としての頻度が3.9%、大規模剖検シリーズでの頻度が11.3%(うち2 mm超は3.3%)で腺腫・過形成の頻度を上回ること、無症候例の経過観察中の増大率が5.3%と報告されること、10 mm未満の嚢胞では5年間で大きさに変化がなかったとの報告があり同期間の経過観察が推奨されること、一般に10 mm未満は無症候・12 mm超は症候性であること、症状の主体が頭痛で内分泌障害の頻度が13〜69%と幅があること、嚢胞壁が薄く平滑で周囲へ浸潤せず造影で増強されないこと、MRI信号が内容物(コレステロール・蛋白・血液成分)により多様であること、嚢胞内結節が15〜75%に報告されT1で等〜高信号・T2で著明な低信号を示しその存在自体が診断的であること、CTでは境界明瞭で通常石灰化を伴わない低吸収の嚢胞性病変として写ること、頭蓋咽頭腫との鑑別では2 mm以上の厚く不整な増強される壁・石灰化・2 cmを超える大きさ・第三脳室の圧排が頭蓋咽頭腫を支持すること、石灰化の検出にはCTが適すること、嚢胞内出血では急性発症の激しい頭痛・下垂体機能障害・視力障害を来し非出血性の破裂では無菌性髄膜炎を来しうること、稀な合併症として下垂体膿瘍があり起炎菌はグラム陽性球菌が最多であること、無症候・小型例では定期MRIとホルモン評価による経過観察が適切であること、βカテニン変異が多くの頭蓋咽頭腫にみられRathke嚢胞にはみられないことを確認した閲覧 2026-09-03
  2. 2.Natural history and surgical outcomes of Rathke's cleft cysts: a Spanish multicenter study(Frontiers in Endocrinology(Menéndez-Torre EL, Gutiérrez-Hurtado A, Ollero MD, et al.)・2024)全文をPMC(PMC11215184)で閲覧して確認した。スペインの15施設で2000年以降に診断された症例の後ろ向き多施設研究であること、非手術群177例を中央値67.3か月追跡して増大は一部にとどまり増大例でも数mmであったこと、増大の割合が初回サイズで変わらなかったこと(10 mm未満28.3%、10 mm超25.3%)、非手術群の頭痛が経過中に28.8%から13.6%へ有意に減少したこと(p<0.001)、追跡期間中に手術へ移行したのは177例中7例(3.9%)にとどまること、手術を要する因子が診断時の頭痛(OR 11.2、95%CI 1.13〜110.5)と鞍上部進展(OR 11.7、95%CI 1.37〜99.7)であったこと、手術群88例では頭痛が50.0%から6.8%へ・視野障害が47.7%から17.0%へ改善した一方で下垂体機能低下が45.5%から59.1%へ増加しACTH欠損が22.7%から44.3%へ・AVP欠損が8.0%から23.9%へ増えたこと、合併症が35.2%に生じ一過性尿崩症23.9%・永続的AVP欠損15.9%・髄液漏11.4%・髄膜炎4.5%であったこと、術後の再増大が88例中8例(9.1%)で再発までの中央値が96か月であり再発を予測する因子は同定されなかったことを確認した。なお抄録は「3 mm超の増大は9例(5.1%)」と記すが本文の対応箇所は「12例(6.9%)」であり、要旨と本文が食い違うため本ノートではこの数値を用いていない閲覧 2026-09-03