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Disease Atlas · 内分泌・代謝 · 先天性疾患

Tangier病

Tangier disease

別名
タンジール病ABCA1欠損症無αリポタンパク血症
臓器系
内分泌・代謝神経循環器
科目
Medical BiochemistryTranslational Medicine and Pathophysiology
トピック
生化学 5/11:動脈硬化におけるコレステロール恒常性に関わる危険因子(糖尿病・高トリグリセリド血症);動脈硬化予防の生化学的基盤生化学 5/8:コレステロールの代謝;血中コレステロール輸送病態生理学 I-12:脂質異常症の分類;原発性高リポタンパク血症
上位概念
先天代謝異常症
鑑別疾患
LCAT欠損症無βリポタンパク血症
合併症
アテローム性動脈硬化症
症状
末梢神経障害肝腫大脾腫リンパ節腫脹筋力低下
検査値
脂質検査

🧠 全体像:は ABCA1 の両アレル欠損によって細胞から脂質をへ積み出す最初の一歩が止まる疾患である。コレステロールはほぼ消失し、も極低値になる。⚠️ 同じ「コレステロールが低い」でもとは壊れている場所が正反対である。 はapoB系の粒子そのものを作れない(脂質とが血中に出て行けない)のに対し、は粒子は作れるがに脂質を積めない——だから欠乏もも起こらず、代わりに行き場を失ったコレステロールが全身のにとして溜まる。橙色の扁桃・肝脾腫・末梢神経障害・はすべてこの「溜まる」ほうの病態の現れであり、が低いにもかかわらず性の冠動脈疾患を来すもここから理解できる。

ABCA1が担う「最初の一歩」

は、細胞内のリン脂質とコレステロールを細胞外の脂質に乏しい(主に)へ受け渡し、粒子を作るのに必須の輸送体である1。——末梢の余分なコレステロールを肝へ戻す唯一の経路——の出発点にあたる。

flowchart TD
    A["末梢細胞・マクロファージ内の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='free cholesterol'>遊離コレステロール</span>"] --> B{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ATP-binding cassette transporter A1'>ABCA1</span>が脂質を<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='apolipoprotein A-I'>アポA-I</span>へ積み出せるか"}
    B -->|"正常"| C["新生(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='disc-shaped'>円盤状</span>)<span class='jp-term jp-term-diagram' title='high-density lipoprotein'>HDL</span>が生成"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lecithin-cholesterol acyltransferase'>LCAT</span>で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='esterification'>エステル化</span>され成熟<span class='jp-term jp-term-diagram' title='high-density lipoprotein'>HDL</span>へ"]
    D --> E["肝へ回収され胆汁酸として排泄"]
    B -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ATP-binding cassette transporter A1'>ABCA1</span>両アレル欠損"| F["脂質を受け取れない<span class='jp-term jp-term-diagram' title='apolipoprotein A-I'>アポA-I</span>は<br>速やかに<span class='jp-term jp-term-diagram' title='catabolism'>異化</span>される"]
    F --> G["血漿<span class='jp-term jp-term-diagram' title='HDL cholesterol'>HDL-C</span>と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='apolipoprotein A-I'>アポA-I</span>がほぼ消失"]
    B -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ATP-binding cassette transporter A1'>ABCA1</span>両アレル欠損"| H["コレステロールが細胞内に蓄積"]
    H --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='reticuloendothelial system (RES)'>細網内皮系</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='foam cells'>泡沫細胞</span>化<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='orange tonsils'>橙色扁桃</span>・肝脾腫・リンパ節腫大"]
    H --> J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Schwann cell'>Schwann細胞</span>・神経での蓄積<br>末梢神経障害"]

💡 が「消える」のは合成が止まるからではなく、脂質を積めなかったが速やかに壊されるからである。 自体は作られているため、が検出不能になるとは区別できる(本症では極低値だがゼロではない)2。

検査所見と診断基準

項目 GeneReviewsの記載2 日本の1
コレステロール 典型的に5 mg/dL未満(まれに5〜10 mg/dL) 25 mg/dL未満
通常30 mg/dL未満(典型的には5 mg/dL未満) 20 mg/dL未満
典型的に150 mg/dL未満 —
トリグリセリド 最大400 mg/dL —
コレステロール 低下 —

⚠️ 日本ののほうが緩い。 日本の基準は上記2つのに加えて、・肝脾腫・・神経障害・心血管疾患のいずれか1つ以上と ABCA1 変異の遺伝学的確認をそろえて確定診断とする1。だけで診断しない設計になっている。

💡 なぜまで低いのかは決着していない。 ヒト血漿の中のコレステロールのかなりの部分は、いったんでアシルされてから/へ転送されたものであり、の高度欠乏がを二次的に下げているのではないかという説明が提案されている1。

臨床像

所見 内容
⭐ の黄橙色の・。小児期後期から思春期に気づかれる2。コレステロールを溜め込んだの色である1
肝脾腫 ・脾腫。成人期により多い2。リンパ節腫脹も伴いうる1
末梢神経障害 下記の2型2
後年に生じ、通常は視力に影響しない2
血液 軽度の血小板減少・・・溶血性貧血2
心血管 性の冠動脈疾患(後述)

2つの神経障害の型

型 特徴
多巣性の単/ のことものこともある2
上肢を侵す進行性の筋力低下2

日本の総説はこれに加えて下肢優位の対称性神経障害の型も挙げ、重症度が軽症から重症まで多様であることを記している1。⚠️ はと紛らわしい。 低を見落とすと、免疫治療を繰り返して原因にたどり着けない。

逆説:LDLが低いのに早発性の冠動脈疾患

集団 心血管疾患を有した割合1
日本の報告例 35例中12例(34.3%)
国外の報告例 109例中34例(31.2%)

GeneReviewsは冠動脈疾患の発症を通常50〜60代とし、40歳未満での発症は通常みられないとしている2。

💡 「が低い=動脈硬化が進む」という単純な図式ではない。 生化学5/11でも触れられているとおり、コレステロールの濃度そのものを因果的なとはみなせない。本症でが進むのは、という機能が断たれ、動脈壁の細胞にコレステロールが溜まるからである。加えて、コレステロール蓄積によるの障害とが危険因子として重なる1。

疫学

報告例はきわめて少ない。GeneReviewsは2019年時点で100例未満の報告としており2、日本の総説は2020年までに日本で35例・国外で109例(重複を含む可能性あり)を集計している1。の頻度からの推定は少なくとも64万人に1人である1。

は無症状で、血漿コレステロールは概ね正常の約半分になる2。ただし低下の程度は一定しない1。生化学5/11の表が「ではを来しうる」と記すのはこの状態を指す。

鑑別——著明な低HDLを来す病態

がほとんど無いという入口は本症の専有ではない2。

分かれ目
欠損症 著明なが前面に出る。完全欠損型()は腎病変を伴い、型()はが主体。いずれも本症の・末梢神経障害を欠く
血漿apoA-Iが検出不能(本症では「きわめて低い」が検出はされる)
二次性の低 アンドロゲン系ステロイド、作動薬への、マラリア、感染症、悪性腫瘍、肝疾患

⭐ が前面に出るなら、まず欠損症(完全欠損型・)を考える。 本症のは微細でを要することが多く、・末梢神経障害・肝脾腫という組み合わせのほうが手がかりになる。

無βリポタンパク血症との対比

⚠️ どちらも「が著明に低い」という同じ入口に立つが、以下は何一つ共通しない。

遺伝子 ABCA1() MTTP()
壊れる段階 細胞からへ脂質を積み出す輸送 腸・肝でapoB含有リポ蛋白を構築・分泌する段階
コレステロール ほぼ消失(5 mg/dL未満) 低〜正常
が極低値 アポBが欠如または極低値
脂肪の吸収 正常(を来さない) 障害される(・)
保たれる A・D・E・Kすべてが欠乏
神経障害の機序 末梢神経への ビタミンE欠乏
・肝脾腫・ ・
動脈硬化 性の冠動脈疾患 問題にならない
治療 危険因子の制御(補充は不要) の生涯補充

なお、同じ生化学5/11の表に並ぶ(CYP27A1)はと蓄積による別の病態であり、そちらの項に譲る。

治療とサーベイランス

⚠️ を上げる治療は目標にならない。 ABCA1 に対する遺伝子治療のような根治療法は確立しておらず、管理は動脈硬化の危険因子を制御することに向けられる1。

対象 対応
心血管予防 高血圧・喫煙・糖尿病の管理。コレステロールが高ければスタチンで下げる。21
監視 ・心エコー・による定期評価1。成人期から心血管評価を行う2
75 gで評価する1
扁桃 気道閉塞を来す場合に2
神経障害 一時的なと運動療法2
定期評価 年1回のと眼科評価、受診ごとの肝脾腫の評価2

まとめ

  • ABCA1 の両アレル欠損で、細胞からへ脂質を積み出せなくなる。脂質を受け取れないは速やかに壊され、コレステロールとがほぼ消失する。
  • ⭐ ・肝脾腫・末梢神経障害・が古典的4所見で、いずれも「行き場を失ったコレステロールが溜まる」病態の現れ。
  • 末梢神経障害には多巣性で再発寛解しうる型と様の型があり、前者はと紛らわしい。
  • ⚠️ が低いのに性の冠動脈疾患を来す。 という機能の喪失とが重なる。日本の報告例の34.3%が心血管疾患を有した。
  • ⚠️ との違いは「積めない」か「作れない」か。 では脂肪の吸収もも保たれ、の補充は不要である。
  • 治療はを上げることではなく、動脈硬化危険因子の制御と定期的な心血管・神経・眼科評価である。

出典

  1. 1.Current Diagnosis and Management of Tangier Disease(Journal of Atherosclerosis and Thrombosis・2021)日本の診断基準がHDLコレステロール25 mg/dL未満かつアポリポタンパクA-I 20 mg/dL未満という検査所見に、橙色扁桃・肝脾腫・角膜混濁・神経障害・心血管疾患のいずれか1つ以上の臨床症状とABCA1変異の遺伝学的確認を加えて確定とすること、2020年までに日本で35例・国外で109例(重複を含む可能性がある)が報告されていること、機能喪失型バリアント頻度からの世界の推定有病率が少なくとも64万人に1人であること、ABCA1が細胞のリン脂質とコレステロールを細胞外のヘリカルアポリポタンパクへ輸送して新生HDL粒子を作るのに必須の因子であること、ABCA1が働かないとマクロファージなどにコレステロールが蓄積して泡沫細胞となり橙色扁桃として現れること、LDLコレステロールが低い機序は不明だがヒト血漿のLDL中のコレステロールのかなりの部分がHDLでアシルエステル化されVLDL/LDLへ転送されたものであることが説明として提案されていること、LDLコレステロールが低いにもかかわらず早発性の冠動脈疾患が高頻度にみられ日本の35例中12例(34.3%)・国外の109例中34例(31.2%)が心血管疾患を有したこと、末梢神経障害が軽症から重症まで多様で再発性の非対称性神経障害・下肢優位の対称性神経障害・脊髄空洞症様の型を含むこと、ABCA1遺伝子治療のような根治療法が確立していないこと、管理がHDLを上げることではなく高血圧・喫煙・糖尿病の管理とLDL低下(高値ならスタチン)といった動脈硬化危険因子の制御であること、運動負荷心電図・心エコー・冠動脈CTによる定期的な監視と75 g経口ブドウ糖負荷試験による耐糖能評価が推奨されること、コレステロール蓄積による膵β細胞のインスリン分泌障害が時に報告されていること、ヘテロ接合体ではHDLコレステロールが様々な程度に低下し概ね正常者の約50%だが低下の程度は一定しないことを確認した。全文を閲覧した閲覧 2026-09-02
  2. 2.Tangier Disease(GeneReviews (University of Washington, Seattle)・2019)本症が9q31.1上のABCA1の両アレル病的バリアントによる常染色体潜性疾患であること、報告例が100例未満でTangier島(バージニア州)のような創始者集団を除けばまれであること、主要な生化学所見がHDLコレステロール典型的に5 mg/dL未満(0.125 mmol/L、まれに5〜10 mg/dL)・アポリポタンパクA-I通常30 mg/dL未満(典型的には5 mg/dL未満)であること、その他の所見として総コレステロール典型的に150 mg/dL未満(4 mmol/L)・トリグリセリド最大400 mg/dL(4.5 mmol/L)・LDLコレステロール低下があること、過形成性の黄橙色の口蓋扁桃・咽頭扁桃が小児期後期から思春期に気づかれること、肝脾腫が成人期により多くみられること、末梢神経障害が多巣性の単/多発ニューロパチー(単相性または再発寛解型)と上肢優位の進行性筋力低下を示す脊髄空洞症様ニューロパチーの2型をとること、角膜混濁が後年に生じ通常視力に影響しないこと、冠動脈疾患が通常50〜60代に発症し40歳未満での発症は通常みられないこと、血液学的に軽度の血小板減少・網状赤血球増加・有口赤血球症・溶血性貧血がみられうること、ヘテロ接合体は無症状で血漿HDLコレステロールが正常の約半分であること、管理が気道閉塞に対する扁桃摘出・神経障害に対する一時的な装具と運動療法・心血管予防としてのスタチン療法と低脂肪食からなること、サーベイランスとして年1回の神経学的評価と眼科評価・成人期からの心血管評価・受診ごとの肝脾腫の評価を行うこと、鑑別にLCAT欠損症(著明な角膜混濁を伴う)とアポリポタンパクA-I欠損症(血漿アポA-Iが検出不能であるのに対し本症では極低値)および二次性の低HDL(アンドロゲン系ステロイド・マラリア・HIV・悪性腫瘍・肝疾患)が挙がることを確認した閲覧 2026-09-02