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Disease Atlas · 内分泌・代謝 · 疾患

尿崩症

Diabetes insipidus

臓器系
内分泌・代謝
科目
Internal MedicinePathology
トピック
内科学 E-01:下垂体・視床下部疾患内科学 S-09:尿崩症と抗利尿不適合症候群病理学 C/84:視床下部・下垂体系の機能低下・亢進
合併症
脱水
関連疾患
下垂体機能低下症抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)
治療薬
デスモプレシンヒドロクロロチアジド
原因薬剤
リチウム
症状
意識障害倦怠感多尿頭痛発熱夜間頻尿
検査値
浸透圧高ナトリウム血症デスモプレシン試験
画像所見
下垂体MRI
元疾患
頭蓋咽頭腫

🧠 全体像は、(arginine vasopressin:AVP、/ADH)軸の異常により、で水を再吸収できず大量のが出る病態である。原因の部位で二分され、視床下部・でのAVP合成・分泌そのものが障害される(AVP欠乏症)と、AVPは十分にあるのにが反応できない(AVP抵抗性)を鑑別する。が保たれ自由に飲水できれば血清Naは正常〜軽度高値にとどまるが、意識障害やの消失があると致死的な高Na血症に至る。診断は長年「」が基準とされてきたが、2018年のFenskeらのNEJM試験以降、の精度がを明確に上回ることが示され、可能な施設では第一選択として位置づけられるようになった。SIADHはこの軸の対極(AVP過剰による低Na血症)にあり、対比して理解すると整理しやすい。

病態

AVP軸のどこが壊れるか

視床下部ので合成されたAVPはに運ばれて貯蔵・放出され、主細胞のに結合して(AQP2)を細胞膜へ移動させ、水の再吸収を促す。

flowchart TD
    A["視床下部(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='supraoptic nucleus'>視索上核</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='paraventricular nucleus'>室傍核</span>)でAVPを合成"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='posterior pituitary'>下垂体後葉</span>に輸送・貯蔵"]
    B --> C["血中へAVP分泌"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='renal collecting duct'>腎集合管</span>主細胞の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='V2 receptor'>V2受容体</span>に結合"]
    D --> E["AQP2<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ion/water channel'>水チャネル</span>が細胞膜へ移動"]
    E --> F["集合管で水を再吸収→尿を濃縮"]
    A -.->|"合成・分泌の障害"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='central diabetes insipidus'>中枢性尿崩症</span>(AVP欠乏)"]
    D -.->|"受容体・AQP2の障害"| H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nephrogenic diabetes insipidus'>腎性尿崩症</span>(AVP抵抗性)"]

💡 中枢性・腎性のどちらも「腎臓が尿を濃縮できない」という共通の結果(多尿)に至るが、AVPそのものが足りないのか、AVPはあるのに腎臓が反応しないのかという一点で機序も治療も正反対になる。この鑑別が診断の核心である。

中枢性尿崩症 vs 腎性尿崩症

項目 (AVP欠乏) (AVP抵抗性)
視床下部・(AVP合成・分泌) ・AQP2)
主な原因 下垂体手術後、、腫瘍(、胚細胞腫、転移)、などの浸潤性疾患、特発性 長期使用(最多)、遺伝性(AVPR2・AQP2遺伝子変異)、高Ca血症、低K血症、慢性腎疾患、の多尿
への反応 良好(尿浸透圧が改善) 乏しい〜なし
血中AVP/ 低値(刺激後も上昇不良) 正常〜高値(腎が反応できないため代償性に上昇)
治療の軸 補充 原因是正+低ナトリウム食+±NSAID

の原因として最も頻度が高い薬剤である。内でAQP2発現を抑制し、長期使用(特に15年以上)では中止後も不可逆的になり得るため、治療中は定期的な腎機能・尿量のモニタリングが重要になる。

⚠️ と紛らわしい病態としてがある。こちらはの異常な亢進または習慣的なが先にあり、AVP分泌自体は正常〜抑制されている。検査はこの3者を鑑別するために行う。

臨床像

  • 多尿:希釈された大量の尿(成人でおおむね>3 L/日または>50 mL/kg/日)。で睡眠が妨げられることが多い。
  • :口渇に応じて大量の水分(しばしば冷水)を欲する。
  • 口渇が保たれていれば飲水で代償され、血清Naは正常〜軽度高値にとどまることが多い。
  • 下垂体腫瘍やが原因の場合は、頭痛、)、他のホルモン欠乏症状(感、低血圧、無月経など)を合併し得る(を参照)。
  • 小児では、乳児では原因不明の発熱・・体重増加不良として現れることがある。

⚠️ が保たれない状態(意識障害、乳幼児、adipsic DI=視床下部の自体が障害された)では、飲水による代償が働かず短時間で重篤な・脱水に陥る。周術期の下垂体手術後などでが低下している患者の多尿は特に注意が必要で、飲水制限が困難な状況では計画的な補液とNaモニタリングが欠かせない。

診断

初期評価

多尿を確認したら、まず糖尿病()、利尿薬使用、高Ca血症、低K血症、慢性腎疾患など他の多尿の原因を除外する。

flowchart TD
    A["多尿を疑う(尿量>3L/日 or >50mL/kg/日)"] --> B["24時間尿量+尿浸透圧を確認"]
    B --> C{"尿浸透圧が低く<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypotonicity'>低張性</span>多尿か"}
    C -->|"いいえ"| D["高血糖・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='osmotic diuresis'>浸透圧利尿</span>など<span class='jp-term jp-term-diagram' title='solute diuresis'>溶質利尿</span>を評価"]
    C -->|"はい"| E["血清Na・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='plasma osmolality'>血漿浸透圧</span>、Ca、K、腎機能を確認し他原因を除外"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='copeptin'>コペプチン</span>ベースの検査(可能な施設で第一選択)または<span class='jp-term jp-term-diagram' title='water deprivation test'>水制限試験</span>"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='central diabetes insipidus'>中枢性尿崩症</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nephrogenic diabetes insipidus'>腎性尿崩症</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='primary polydipsia'>原発性多飲症</span>を鑑別"]

確定検査:コペプチンベースの検査が現行の第一選択

かつての基準検査であった(間接法)は、飲水を止めて尿浸透圧の変化を追う検査だが、特に部分的なの鑑別で精度が低いという弱点があった。2018年にFenskeらがNEJMに報告した多施設研究では、と部分型を正しく鑑別できたのは105例中77例(73.3%)にとどまったのに対し、下での(copeptin、AVP前駆体由来の安定な)測定は104例中99例(95.2%)で正しく鑑別でき、有意に優れていた。

  • してを上昇させ、の反応を見る。が十分上昇した時点での値がおよそ4.9 pmol/L以下であれば(完全型・部分型)を、それを上回ればを強く示唆する。精度は最も高いが、中の頻回採血・厳密なNaモニタリングを要し、心不全・のある患者では負荷自体が問題となり得る。
  • 試験を負荷しての反応を見る。2019年にWinzelerらがLancetに報告した前向き研究では、60分値3.8 pmol/Lをとして93%の診断精度が示され、より簡便で安全な代替として期待された1。しかし2023年にRefardtらがNEJMに報告した頭対頭比較試験では、の診断精度は74.4%にとどまり、の95.6%を21.2ポイント下回った2。⚠️ 患者のでは優れ(72%がを選好)、を行えない状況での選択肢にはなるが、精度が同等という理解は誤りである。
  • 基礎値(無負荷):著明な高Na血症・の状態や、他のホルモン欠乏を伴う場合は、なしでも基礎値のみでを強く示唆できることがある。
  • 試験測定が利用できない施設では、で尿を十分濃縮できないことを確認したのちにを投与し、尿浸透圧がさらに50%以上上昇すれば、ほとんど反応しなければと判定する、という従来法も依然として用いられる。

⭐ 「が唯一の基準検査」という理解は現在では古い。ベースの検査(特に)がより高い診断精度を持つことがされた多施設試験で示されており、利用可能な施設ではこちらを優先する。は脱水・重度高Na血症を来し得るため、いずれの検査も入院・監視下で行う。

画像検査

が疑われれば、下垂体・視床下部の造影MRIで腫瘍・浸潤性病変・の肥厚を確認する。健常者でに見られる「posterior pituitary bright spot」(画像での高信号)が消失していることはを支持する所見だが、単独では診断確定に用いない。

治療

中枢性尿崩症:デスモプレシン

第一選択は選択的な合成AVPアナログであるで、経口・点鼻・注射のいずれの剤形でも使用できる。

  • 点鼻:1日1〜3回、少量から開始し尿量・症状で調整する。
  • 経口:点鼻より高用量を要し、同様に1日2〜3回に分けて開始し個別に調整する。
  • 自由に飲水できる患者では、によるを避けるため必要最小量を目指し、定期的に血清Na・尿量・体重をモニタリングする。特に高齢者や飲水量の調整が難しい患者ではのリスクが高い。
  • 周術期・意識障害を伴う患者では、飲水による代償が働かないため補液計画と厳密なNaモニタリングを並行する。

💡 は天然のAVPと異なりV1受容体(血管収縮作用)への親和性がほとんどなく(腎の作用)に選択的なため、を来さず治療に用いやすい。同じ性質を利用して軽症血友病Aやでの第VIII因子・vWF放出にも応用される。

腎性尿崩症:原因是正とサイアザイドの逆説的効果

の治療の軸は、可能な限り原因を是正すること(の中止・減量、高Ca血症・低K血症の補正)である。原因を除去できない場合(遺伝性、が治療上中止できない場合など)は以下を組み合わせる。

  • 低ナトリウム・:腎に届く溶質量を減らし尿量を減らす。
  • など):でのNa・を代償性に増やし、集合管に届く水量そのものを減らすことで、に尿量を減少させる。
  • などのと併用すると低K血症を防ぎつつ効果がになる。特に誘発性では、のENaCを介した取り込み自体を減らすため機序的にも合理的な併用となる。
  • NSAIDs(など):腎を阻害し、AVP作用を妨げるプロスタグランジンの効果を減弱させることで尿量をさらに減らせるが、腎毒性・消化管毒性のため長期使用は慎重に選択する。

💡 「利尿薬なのに尿量が減る」という一見矛盾した現象は、での水・Na再吸収を増やし、そもそも集合管に到達する水量自体を減らしてしまうために起こる。集合管でのAVP作用が効かないでは、この上流での代償のほうが有効に働く。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='diabetes insipidus, DI'>尿崩症</span>の診断確定"] --> B{"中枢性か腎性か"}
    B -->|"中枢性(AVP欠乏)"| C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='desmopressin'>デスモプレシン</span>を補充"]
    C --> D["最小<span class='jp-term jp-term-diagram' title='effective dose'>有効量</span>を探りつつ血清Na・尿量をモニタリング"]
    B -->|"腎性(AVP抵抗性)"| E["原因薬剤の中止・電解質是正を試みる"]
    E --> F["原因是正が困難または不十分"]
    F --> G["低ナトリウム食+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='thiazide diuretics'>サイアザイド系利尿薬</span>±<span class='jp-term jp-term-diagram' title='amiloride'>アミロライド</span>"]
    G --> H["必要に応じNSAIDsを追加(腎毒性に注意)"]

⚠️ いずれの病型でも、自由に飲水できる環境を確保すること自体が治療の一部である。飲水制限や意識障害でこの代償が失われると、短時間で重篤な高Na血症に至り得る。

SIADHとの対比:ADH軸の裏表

とSIADH()は、同じAVP--AQP2軸の欠乏 vs 過剰という対極に位置する病態であり、対比させて覚えると整理しやすい。

項目 SIADH
AVP作用 不足(中枢性)または無効(腎性) 過剰(不適切に持続)
尿量・尿浸透圧 多尿・尿浸透圧低値( 尿量は正常〜低め・尿浸透圧は不適切に高値(濃縮尿)
血清Na 高値傾向(口渇代償不十分・adipsic DIで顕著) 低値(
循環血液量 口渇・飲水で代償されれば正常〜軽度脱水 臨床的に正常容量
主症状 多尿、、口渇 、痙攣などの低Na血症性神経症状
治療の方向性 水分摂取を確保しつつAVP作用を補う・高める( 水分制限またはAVP作用を減弱させる方向(原因薬中止、重症例では低Na是正目的)

まとめ

  • 多尿を来す病態で、AVP合成・分泌の障害である中枢性(AVP欠乏症)と、でのAVP抵抗性である腎性に大別する。中枢性は下垂体手術・外傷・腫瘍・自己免疫性/浸潤性疾患・特発性が主因、腎性はが最多で高Ca血症・低K血症・遺伝性変異も原因になる。
  • が保たれていれば飲水で代償され重症化しにくいが、意識障害やがあると急速に重篤な高Na血症に至るため注意する。
  • 診断は従来のに代わり、が優れた精度を示し、の高い試験(Refardt et al. NEJM 2023)も選択肢に加わった。が使えない施設では後の反応性評価で中枢性・腎性を鑑別する。
  • 治療は補充、→原因是正+低ナトリウム食+に尿量を減らす)±・NSAIDsが軸となる。
  • SIADH(ADH過剰・低Na血症)とは同じAVP軸の対極にあり、対比して理解すると鑑別が整理しやすい。

出典

  1. 1.Arginine-stimulated copeptin measurements in the differential diagnosis of diabetes insipidus: a prospective diagnostic study(The Lancet・2019)アルギニン刺激コペプチンの60分値3.8 pmol/Lをカットオフとした診断精度が、開発コホートと検証コホートを合わせて93%(95%CI 86〜97)であったことを確認した。この研究は高張食塩水負荷との頭対頭比較ではない。閲覧 2026-08-02
  2. 2.Arginine or Hypertonic Saline-Stimulated Copeptin to Diagnose AVP Deficiency(New England Journal of Medicine・2023)頭対頭比較試験でアルギニン刺激コペプチンの診断精度が74.4%(95%CI 67.0〜80.6)、高張食塩水負荷コペプチンが95.6%(95%CI 91.1〜97.8)で、差は21.2ポイント高張食塩水負荷が優れたこと、一方で72%の患者がアルギニン負荷を選好したことを確認した。閲覧 2026-08-02