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Disease Atlas · 内分泌・代謝 · 症候群

抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)

Syndrome of inappropriate antidiuretic hormone secretion (SIADH)

別名
SIADH
臓器系
内分泌・代謝
科目
Internal Medicine
トピック
内科学 E-01:下垂体・視床下部疾患内科学 S-09:尿崩症と抗利尿不適合症候群
鑑別疾患
脱水
関連疾患
尿崩症
治療薬
トルバプタン
症状
悪心意識障害倦怠感昏睡頭痛脳浮腫歩行不安定痙攣
検査値
コルチゾール浸透圧低ナトリウム血症
原因となる疾患
ポルフィリン症肺癌

🧠 全体像:SIADHは、調節の観点からは不要なのに、antidiuretic hormone/AVP)の作用が止まらず、でのが続いてしまう病態である。結果として起こるのは「Naが失われる」低Na血症ではなく「水で薄まる」低Na血症であり、浮腫も脱水所見もない点が診断上の鍵になる。診断は他の低Na血症の原因(症、副腎不全、腎不全、利尿薬、真の)をすべて除外して初めて成立するであり、治療は重症度に応じて水分制限→塩錠・尿素・(vaptan)→症候性の場合は、という段階を踏む。(AVP欠乏症)がADH軸の「欠乏」側なら、SIADHは同じ軸の「過剰」側にあたる対極の病態である。

病態

何が起きているか

  • 視床下部・、あるいは異所性の産生源から、の恒常性からみて不適切にAVPが分泌され続ける(一部は下流のによるもので、AVP値自体は上昇しないこともある)。
  • 集合管のを介した)の発現が持続し、の再吸収が止まらない。
  • 体内総水分量が増えることで血漿が希釈され、血清Na・が低下する。
  • 一方でレニン--アルドステロン系は正常に働き続けるため、そのものは正常範囲に保たれる( euvolemic)。Na摂取に応じた排泄(natriuresis)も保たれるため、はむしろ正常〜高値になる。

💡 SIADHは「体内のNaが足りない」病態ではなく「水が過剰で薄まっている」病態である。だからこそ治療の第一選択は塩分補給ではなく水分制限になる。

⭐ 末梢の浮腫・過剰を示唆)も、を示唆)もないのに低Na血症がある、という「所見の乏しさ」自体がSIADHを疑う手がかりになる。

flowchart TD
    A["ADHの不適切な過剰分泌・作用(腫瘍性、中枢性、肺性、薬剤性など)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='V2 receptor'>V2受容体</span>を介した集合管での<span class='jp-term jp-term-diagram' title='water reabsorption'>水再吸収</span>が持続"]
    B --> C["体内総水分量が増加"]
    C --> D["血漿が希釈され、血清Na・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='plasma osmolality'>血漿浸透圧</span>が低下"]
    C --> E["RAAS系は正常に機能し<span class='jp-term jp-term-diagram' title='body fluid volume'>体液量</span>は正常範囲を維持"]
    E --> F["浮腫も脱水所見もない<span class='jp-term jp-term-diagram' title='euvolemic'>等容量性</span>低Na血症"]
    D --> F

原因

分類 代表例
悪性腫瘍、特になど他の悪性腫瘍でも報告される
中枢 髄膜炎・脳炎、、水頭症
肺疾患 肺炎、結核、
薬剤性 SSRI、カルバマゼピン、(特に静注)、、MDMAなど
その他 術後(特に疼痛・悪心を伴う状態)、HIV感染、内分泌疾患(重症の症・副腎不全がSIADH類似の低Na血症を来すこともあり、除外が必要)

中枢性尿崩症(AVP欠乏症)との対比

SIADHと(AVP欠乏症)は、同じ「視床下部--AVP」軸の異常でありながら、過剰欠乏という正反対の位置にある。

項目 SIADH (AVP欠乏症)
AVP分泌・作用 不適切に過剰(または受容体の 欠乏(視床下部・の破壊・機能低下)
血清Na 低値( 〜高値(喪失)
尿量 正常〜やや減少 多尿(多尿、しばしば3 L/日以上)
尿浸透圧 不適切に高い(>100 mOsm/kg) 不適切に低い
正常( 口渇・飲水が保たれれば正常に近い
治療の軸 水分制限、重症は、難治例は塩錠・尿素・vaptan 補充、自由な飲水

臨床像

症状は血清Naの絶対値そのものより、低下の速さに強く左右される。数日〜数週かけて緩徐に進行した軽度〜中等度の低Na血症では無症状のこともある。

  • 軽度〜中等度:悪心、頭痛、感、集中力低下、・易転倒性(特に高齢者)。
  • 高齢者では緩徐な低Na血症でも・転倒のリスクが上がることが知られている。
  • 重度・急速:痙攣、意識障害、昏睡、に至りうる脳浮腫の症状。

⚠️ 血清Naが同じ値でも、数時間〜1日程度で急速に低下した場合の方が、数週間かけて緩徐に低下した場合より脳浮腫・痙攣のリスクが高い。逆に慢性の低Na血症では脳がすでに浸透圧調整(適応)を済ませているため、後述する補正速度の制限がより重要になる。

診断

SIADHは積極的な「陽性所見」で確定する疾患ではなく、他の低Na血症の原因を除外して初めて成立するである。

診断基準(満たすべき項目)

  • :血清Na<135 mEq/L、<275 mOsm/kg
  • 尿浸透圧の不適切な上昇:尿浸透圧>100 mOsm/kg(体が水を排出できていない証拠)
  • の上昇:通常>30〜40 mEq/L(正常な塩分・水分摂取下で)
  • 臨床的に正常(浮腫なし、脱水所見なし)
  • 甲状腺機能(TSH・遊離T4)、副腎機能(コルチゾール)、腎機能が保たれている
  • 利尿薬使用、副腎不全、重症症、心不全・肝硬変・など他の低Na血症の原因がない

⭐ 副腎不全(特に)はSIADHに酷似した低Na血症を来しうるため、コルチゾールの評価を省略しないことが重要。副腎不全を見逃したまま水分制限のみで管理すると危険である。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypotonic hyponatremia'>低張性低Na血症</span>を確認(血清Na<135、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='plasma osmolality'>血漿浸透圧</span><275)"] --> B["臨床的<span class='jp-term jp-term-diagram' title='body fluid volume'>体液量</span>を評価"]
    B --> C{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='body fluid volume'>体液量</span>正常か"}
    C -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='volume depletion'>体液量減少</span>・過剰の所見あり"| D["他の低Na血症の原因を検討(脱水、心不全、肝硬変、ネフローゼなど)"]
    C -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='body fluid volume'>体液量</span>正常"| E["甲状腺機能・副腎機能・腎機能を確認"]
    E --> F{"甲状腺・副腎・腎機能は正常か"}
    F -->|"異常あり"| D
    F -->|"正常"| G["尿浸透圧・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='urine sodium'>尿中Na</span>を確認"]
    G --> H{"尿浸透圧>100 mOsm/kgかつ<span class='jp-term jp-term-diagram' title='urine sodium'>尿中Na</span>>30 mEq/L"}
    H -->|"はい"| I["SIADHと診断し原因(腫瘍・中枢神経・肺・薬剤)を検索"]
    H -->|"いいえ"| D

治療

治療の柱は重症度(症状の有無)と発症・進行の速さで選ぶ。

病態 対応
痙攣・昏睡など重度の神経症状 3%を100〜150 mLを10〜20分かけて静注し、症状とNaを再評価しながら必要に応じて反復する
慢性・軽症〜中等症(無症状〜軽微な症状) 水分制限を第一選択とし、原因薬剤の中止・基礎疾患の治療を並行する
水分制限のみで効果不十分 塩錠・尿素、またはなどのを専門管理下で追加検討する

急性・症候性低Na血症:高張食塩水と補正速度の上限

痙攣や意識障害を伴う重度のでは、原因の確定を待たずに3%を行う。初期目標は最初の数時間で血清Naを4〜6 mmol/L程度上昇させ、症状を改善させることであり、正常値まで一気に戻すことではない。

⚠️ (osmotic demyelination syndrome, ODS;を含む)の予防が最重要。過度に急速な補正は不可逆的な神経障害を起こしうる。現行の目安は以下の通り。

  • 24時間の上昇は8 mmol/L以内を目標とする(欧州の低Na血症診療ガイドラインでは「最初の24時間で10 mmol/L以内、それ以降の24時間ごとに8 mmol/L以内」とされ、実務上はをとって24時間8 mmol/L以内を上限目標にすることが多い)。
  • 48時間での上昇は18 mmol/L以内にとどめる。
  • 高リスク患者、進行した肝疾患、低K血症、高齢者、血清Na<105 mEq/Lの高度低Na血症など)では、さらに厳格に24時間で4〜6 mmol/L以内を目標とする。
  • 目標を超えて過剰補正してしまった場合は、投与+(5%ブドウ糖液など)によるな「」を検討する。

💡 慢性の低Na血症では脳がすでに浸透圧に適応しているため、急に補正すると脳が急速に脱水されてODSを起こしやすい。逆に発症から数時間以内の急性低Na血症(例:術後の急激な)ではODSのリスクは相対的に低く、症状改善を優先して良いとされる。発症時期が不明な場合は「慢性」として保守的に扱う。

慢性・難治性SIADH:バソプレシン受容体拮抗薬(vaptan)

水分制限で効果不十分な慢性SIADHには、拮抗薬であるなどのvaptanが選択肢になる。SALT試験などではSIADH・心不全・肝硬変に伴う低Na血症で有意な血清Na上昇を示した。

⚠️ には肝毒性に関するFDAのがある。での長期投与試験で重篤な肝障害(肝不全・に至った例を含む)が報告されており、肝硬変に伴う低Na血症に対しては30日を超える投与を行わないよう添付文書上制限されている。SIADHへの使用でも、開始後は肝を確認し、投与開始時は水分制限を解除して急速な補正・ODSを防ぐことが必要である。

flowchart TD
    A["SIADHの診断確定+原因検索(腫瘍・中枢神経・肺・薬剤)"] --> B{"痙攣・昏睡など重度の症候性か"}
    B -->|"はい"| C["3%<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypertonic saline'>高張食塩水</span>を<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bolus administration'>ボーラス投与</span>し症状とNaを頻回に再評価"]
    C --> D["24時間の上昇を8 mmol/L以内(高リスク例は4-6 mmol/L以内)に制限"]
    B -->|"いいえ(慢性・軽症)"| E["水分制限+原因薬剤の中止・基礎疾患治療"]
    E --> F{"改善不十分か"}
    F -->|"はい"| G["塩錠・尿素、またはvaptan(肝機能を確認しつつ)を追加検討"]
    F -->|"改善"| H["水分制限を維持しNaをフォロー"]
    D --> I["過剰補正時は<span class='jp-term jp-term-diagram' title='desmopressin'>デスモプレシン</span>+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypotonic fluid'>低張液</span>で再低下を検討"]

まとめ

  • SIADHはADHの不適切な過剰分泌・作用による低Na血症であり、浮腫も脱水もない点が特徴。
  • 診断は甲状腺・副腎・腎機能が正常で利尿薬などの他原因がないことを確認したうえで、尿浸透圧>100 mOsm/kg・>30 mEq/Lを満たすである。
  • 原因はなど)、中枢、肺疾患、薬剤性が代表的。
  • 治療は水分制限が第一選択で、効果不十分なら塩錠・尿素・などのvaptanを追加する。
  • 重度のにはを用いるが、を防ぐため24時間の補正を8 mmol/L以内(高リスク例は4〜6 mmol/L以内)に厳格に制限する
  • (AVP欠乏症)はADH軸の「欠乏」側にあたる対極の病態であり、両者を血清Na・尿浸透圧・の方向性で対比して覚えると整理しやすい。