疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 神経 · 症候群

浸透圧性脱髄症候群

Osmotic demyelination syndrome

別名
橋中心髄鞘崩壊症中心性橋髄鞘崩壊症ODSCPMcentral pontine myelinolysis
臓器系
神経内分泌・代謝
科目
AnesthesiologyInternal MedicineNeurologyPathologyPathophysiology
トピック
麻酔科学 A-01:ホメオスタシスとその障害麻酔科学 B-13:生命を脅かす電解質異常(Na・K・Ca)の補正内科学 N-05:電解質異常神経内科 G1-09:代謝性意識障害病理学 C/110:髄鞘疾患(脱髄性疾患)病態生理学 2-18:ナトリウム(Na+)と水分平衡の異常
鑑別疾患
ウェルニッケ・コルサコフ症候群
関連疾患
アルコール使用障害
治療薬
デスモプレシン
症状
嚥下障害偽性球麻痺麻痺
検査値
低ナトリウム血症
画像所見
拡散強調画像高信号

🧠 全体像は、という病気そのものではなく、その補正が速すぎることで起こる医原性の脳障害である。慢性のでは、脳がグルタミン酸・などのを細胞外へ排出して容積を保つ「適応」を済ませている。この適応済みの脳に対して血清Naを急速に戻すと、失った浸透圧物質を再獲得できないニューロン・が過度に脱水されて脱髄に至る——病態を作るのは低Naそのものではなく、低Naと血清Naの「差」を急いで埋める行為である。もっとも代表的な病型が橋の中心部を侵すで、症状は急性期の脳症が改善したあと3〜5日してから現れるの経過をたどり、重症例は「閉じ込め」状態に至る。治療の主眼は発症してからの介入より補正速度の上限を守るにある。

病態

flowchart TD
    A["慢性の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyponatremia'>低ナトリウム血症</span><br>(48時間超)"] --> B["脳が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='organic osmolyte'>有機浸透圧物質</span><br>(グルタミン酸・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='taurine'>タウリン</span>など)を排出して適応"]
    B --> C["急速な血清Na補正<br>(補正速度の上限を超える)"]
    C --> D["失った浸透圧物質を再獲得できない"]
    D --> E["ニューロン・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oligodendrocyte'>オリゴデンドロサイト</span>の過度な脱水"]
    E --> F["アストロサイトのアポトーシス<br>(補正後48〜72時間以内)"]
    F --> G["髄鞘の喪失<br>(橋中心部に好発、橋外にも波及しうる)"]
    G --> H["3〜5日後に神経症状が顕在化<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bi-phasic'>二相性</span>の経過)"]

💡 急性の低Na血症では、この機序はほぼ働かない。 脳が浸透圧物質を排出する適応を済ませる前(発症48時間以内)であれば、むしろ急速な補正で症状改善を優先してよい。ODSのリスクが問題になるのは慢性、あるいは発症時期が不明な低Na血症に限られる。

危険因子

危険因子 備考
慢性(48時間超)かつ高度(Na<120 mEq/L)の低Na血症 最も重要な背景因子1
最初の報告例(1959年)もを背景としていた1
発症までの期間が10日以内と短く、1年死亡率63%と予後不良因子でもある1
予後不良因子でもある1
重症熱傷、 いずれも・電解質異常を伴いやすい状態1
低いグラスゴー・コーマ・スケール(GCS) 予後不良因子でもある1

ガイドラインが許容する範囲内の補正速度(24時間10 mEq/L以内)でも、これらの高リスク群ではODSが発症しうる。 初期血清Na 115 mmol/L未満などの高リスク例では、通常の上限よりさらに厳しい24時間8 mEq/L未満を目安にすべきとされる2

臨床像

の経過が最大の特徴である。

  1. 第1相(急性期):低Na血症そのものによる・痙攣。とともに一旦軽快する。
  2. 第2相(3〜5日後):症状が改善したはずのタイミングで、嚥下障害・痙性四肢麻痺・傾眠・振戦が新たに出現する。重症例は意識を保ったままをほぼ失う「閉じ込め」状態に至る1

症状発現は後1〜14日である1第1相の改善で「もう大丈夫」と判断し、数日後の第2相を見逃さないことが臨床上の要点になる。

画像所見

⚠️ 発症直後の画像陰性は診断を除外しない。 では橋中心部のが発症から24時間以内に描出されうる一方、・FLAIR画像での典型的な信号変化は遅れて出現し、画像所見全体が最大2週間遅延することがある1。橋外病変(中脳・視床・基底核・小脳)を伴う例も症例の10%以上にみられ、橋だけを確認して除外しない1

鑑別

臨床的にも画像的にも、、橋腫瘍、、急性の自己免疫性・感染性脳炎などが鑑別に挙がる。とくには、という同じ背景を共有し、意識変容・という症状も重なるため、両者が同一患者に併存しうることも念頭に置く。

予防:補正速度の管理

⚠️ 治療の主眼は発症後の対応より、補正速度を守るにある。

状況 補正速度の上限
標準(急性でない・発症時期不明を含む) 24時間あたり6〜8 mEq/L以内1
高リスク群(Na<115 mmol/Lなど) 24時間あたり8 mEq/L未満2

慢性の低Na血症(SIADHなど)では、急速な補正を要する重度の症候性でない限り水分制限を第一選択とし、尿素やは効果不十分な場合に慎重に第二選択として用いる3。頻回の血清Na再検、尿量の監視(急なは過剰補正の前触れ)を怠らない。

過補正時の対応

補正速度の上限を超えてしまった場合は、専門医と連携してとブドウ糖液(5%ブドウ糖液など)を用いた再低下療法を検討する。に結合しての発現を促し、水の再吸収を再び強めることで血清Naをいったん引き下げ、の影響を緩和する。

予後

近年の研究ではが94%まで改善しているが、これは歴史的な高い死亡率からの改善であり、軽症とみなしてよいわけではない1。完全回復は25〜40%にとどまり、25〜30%は機能障害が残存する1。予後不良因子は血清Na 120 mEq/L未満、、低いGCS、後(1年死亡率63%)である1

まとめ

  • (ODS、を含む)は、慢性低Na血症に適応した脳を急速に補正することで、を再獲得できないニューロン・が脱水され脱髄に至る医原性の病態である。
  • 危険因子は慢性・高度(Na<120)の低Na血症、後、、低GCSなどで、ガイドライン範囲内の補正でも高リスク群では発症しうる。
  • 臨床像はで、の改善後3〜5日してから嚥下障害・・痙性などが新たに出現し、重症例はに至る。
  • は早期からを示しうるがT2/FLAIR変化は最大2週間遅れることがあり、画像陰性は診断を除外しない。
  • 予防が治療の中心で、補正速度は慢性・発症時期不明では24時間6〜8 mEq/L以内(急性であることが確かな例に限り8〜12 mEq/L)、高リスク群では24時間8 mEq/L未満を目安にする。時はによる再低下療法を検討する。

出典

  1. 1.Central Pontine Myelinolysis(StatPearls (Danyalian A, Heller D)・2023)中心橋髄鞘崩壊症を含む浸透圧性脱髄症候群(ODS)の集中治療室(ICU)入室例における発生率が2.5%であること、慢性(48時間超)かつ高度(Na<120 mEq/L)の低ナトリウム血症・アルコール使用障害・低栄養・肝移植後・重症熱傷・神経性やせ症・妊娠悪阻・低カリウム血症・低いグラスゴー・コーマ・スケール(GCS)が危険因子であること、肝移植後は特に発症までの期間が10日以内と短いこと、動物モデルでアストロサイトのアポトーシスが髄鞘喪失に先行し低ナトリウム血症補正後48〜72時間以内に観察されること、臨床像が二相性の経過(第1相:急性脳症・痙攣で電解質正常化とともに軽快、第2相:3〜5日後に嚥下障害・構音障害・痙性四肢麻痺・偽性球麻痺・運動失調・閉じ込め症候群として顕在化)をとること、症状発現が電解質補正後1〜14日であること、拡散強調画像で橋中心部の拡散制限が24時間以内に描出されうる一方T2/FLAIR画像での「bat-wing」型信号変化は遅れて出現し画像所見が最大2週間遅延することがあり陰性所見が診断を除外しないこと、橋外病変(中脳・視床・基底核・小脳)が症例の10%以上にみられること、標準的な補正速度の上限が24時間あたり6〜8 mEq/L以内、48時間超または発症時期不明の例では24時間あたり6〜8 mEq/L以内とされること、過補正時のデスモプレシンによる再低下療法、近年の後方視的研究で生存率94%まで改善したこと、完全回復が25〜40%、機能障害が残存する例が25〜30%であること、予後不良因子が血清Na 120 mEq/L未満・低カリウム血症・低いGCS・肝移植後(1年死亡率63%)であることを確認した閲覧 2026-08-11
  2. 2.Osmotic Demyelination Syndrome following Correction of Hyponatremia by ≤10 mEq/L per Day(Kidney360・2021)初期血清Na 115 mmol/L未満などODS高リスクの慢性低Na血症では、ガイドラインが許容する範囲内の補正(24時間10 mEq/L以内)であってもODSが発症しうるため、こうした高リスク群では補正を24時間あたり8 mEq/L未満にさらに制限すべきことを確認した閲覧 2026-08-11
  3. 3.Treatment of chronic hyponatremia and controversy about osmotic demyelination syndrome(Best Practice & Research Clinical Endocrinology & Metabolism・2026)慢性低ナトリウム血症(SIADHなど)の治療では水分制限を第一選択とし、尿素またはバソプレシン受容体拮抗薬を効果不十分な場合の第二選択として慎重に用いるべきことを確認した閲覧 2026-08-11