組織病理学

組織病理学 · H2-096A

卵巣子宮内膜症関連癌の分子機序

Endometriosis ovarii

描出疾患
子宮内膜症・子宮腺筋症卵巣癌

🧠 全体像:卵巣は反復する周期性出血の場であり、貯留した血液に含まれる鉄がを介して上皮の損傷を蓄積させることで、一部の症例で関連卵巣癌(endometriosis-associated ovarian carcinoma:EAOC、主に・)へ進展する経路が想定されている。

悪性転化の機序

flowchart TD
    A["卵巣<span class='jp-term jp-term-diagram' title='endometriosis'>子宮内膜症</span>"] --> B["周期的出血が嚢胞内に反復"]
    B --> C["ヘム・鉄の蓄積"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Fenton reaction'>フェントン反応</span>による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='reactive oxygen species (ROS)'>活性酸素種</span>の産生"]
    D --> E["上皮細胞の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deoxyribonucleic acid'>DNA</span>損傷"]
    E --> F["ARID1A・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='phosphatase and tensin homolog'>PTEN</span>などの<span class='jp-term jp-term-diagram' title='somatic mutation'>体細胞変異</span>の蓄積"]
    F --> G["異型<span class='jp-term jp-term-diagram' title='endometriosis'>子宮内膜症</span>(細胞異型を伴うが浸潤のない<span class='jp-term jp-term-diagram' title='precursor lesion'>前駆病変</span>)"]
    G --> H["卵巣<span class='jp-term jp-term-diagram' title='clear cell carcinoma'>明細胞癌</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='endometrioid carcinoma'>類内膜癌</span>(EAOC)"]

💡 鉄は「量」として測られている。 21検体の内容液中の遊離「触媒」鉄濃度は100.9 mmol/Lで、非11検体の0.075 mmol/Lより桁違いに高く、・8-ヒドロキシ-2’-デオキシといった指標の上昇と変異の高頻度を伴っていた1。上図の経路は推定ではあるが、嚢胞内容という実際に測れる対象で裏づけられている点が重要である。

がのSTIC()からTP53異常を介して生じる経路(参照)とは異なり、関連癌は主に・として生じ、ARID1A遺伝子(クロマチン)のが高頻度にみられる点が特徴である(119例中55例=46%、33例中10例=30%、76例では0例)2。

異型子宮内膜症という前駆病変

病変 特徴
典型的な ・間質、反復出血、。詳細は卵巣を参照
内膜症性上皮に細胞異型(・核・重層化)を認めるが、を欠くと考えられている
関連癌 異型に隣接して発生することが多く、両者でARID1Aなど同一の変異を共有する例が報告されている

隣接する病変と癌が同一のを共有することは、両者が単一の腫瘍性クローンから生じたことを支持する所見である。実際、2例では腫瘍とそれに連続する異型内膜症の両方にARID1A変異とBAF250a蛋白の消失が認められ、離れた内膜症病変には認められなかった——これが「ARID1A変異は癌化の早期事象」と推測される根拠である2。この事実はが単なる「危険因子」ではなく直接のとなりうることを示す。

臨床的意味合い

⚠️ ()の存在だけで癌化を疑う必要はない。良性の型でも39中10(26%)がARID1A・PIK3CA・KRAS・PPP2R1Aといった既知の癌を有していながら、この病型自体のリスクはほぼ無いとされており、の存在そのものは悪性の証明にならない3。一方で疫学的な関連は組織型特異的に確認されており、13のを統合した解析では既往がのリスクを3.05(95%CI 2.43〜3.84)で高めた4。長期にわたる病変、閉経後の新規結節、急速な増大、不整な造影増強域を伴う場合は、・への進展を含めて評価する。の全体像・症状・治療は卵巣およびと、疾患横断的な整理は/内膜増殖症/を参照する。

まとめ

  • 反復出血による鉄・がARID1A・などの変異蓄積を介してに関与すると考えられている。
  • 異型は細胞異型を伴うが浸潤のないである。
  • 関連癌は主に・であり、のSTIC経路とは異なる。
  • 隣接病変間での変異共有はクローン関係を支持する所見である。

出典

  1. 1.Contents of endometriotic cysts, especially the high concentration of free iron, are a possible cause of carcinogenesis in the cysts through the iron-induced persistent oxidative stress(Clinical Cancer Research(Yamaguchi K, Mandai M, Toyokuni S, et al.)・2008)ヒト卵巣嚢胞内容液(内膜症性嚢胞21件、明細胞癌4件、非内膜症性嚢胞11件)の分析で、内膜症性嚢胞の遊離「触媒」鉄濃度が100.9 mmol/Lと非内膜症性嚢胞の0.075 mmol/Lより著明に高かったこと。遊離鉄の豊富さが酸化ストレスの亢進(脂質過酸化物・8-ヒドロキシ-2'-デオキシグアノシン)および高頻度のDNA変異と強く関連し、in vitroで内膜症性嚢胞内容が活性酸素種の産生と変異原性を示したこと。生殖年齢を通じて嚢胞内に赤血球が蓄積し続けることが生む酸化ストレスが、内膜症性嚢胞の悪性転化の一因となりうること閲覧 2026-08-24
  2. 2.ARID1A mutations in endometriosis-associated ovarian carcinomas(The New England Journal of Medicine・2010)ARID1A(SWI–SNFクロマチン再構成複合体の構成因子BAF250aをコードする)の体細胞変異が、卵巣明細胞癌119例中55例(46%)、類内膜癌33例中10例(30%)に認められ、高異型度漿液性癌76例では1例も認められなかったこと。BAF250a蛋白の消失は明細胞癌・類内膜癌という組織型およびARID1A変異と強く相関したこと。2例では腫瘍とそれに連続する異型内膜症の両方にARID1A変異とBAF250a消失が認められ、離れた内膜症病変には認められなかったことから、ARID1A変異は子宮内膜症の癌化における早期事象と推測されること閲覧 2026-08-24
  3. 3.Cancer-Associated Mutations in Endometriosis without Cancer(The New England Journal of Medicine・2017)深部浸潤型子宮内膜症27例のエクソーム解析で24例中19例(79%)に体細胞変異が見つかり、5例はARID1A・PIK3CA・KRAS・PPP2R1Aという既知の癌ドライバー変異を有したこと。深部浸潤型病変39個のうち10個(26%)がドライバー変異を有し、KRAS変異は上皮成分に存在して間質成分には存在しなかったこと。それでも深部浸潤型子宮内膜症は悪性転化のリスクがほぼ無い病変であること閲覧 2026-08-24
  4. 4.Association between endometriosis and risk of histological subtypes of ovarian cancer: a pooled analysis of case-control studies(The Lancet Oncology(Ovarian Cancer Association Consortium)・2012)13の症例対照研究を統合した解析(対照13,226人、浸潤性卵巣癌7,911人、境界悪性1,907人)で、自己申告の子宮内膜症既往は明細胞癌のリスク上昇と有意に関連したこと(明細胞癌674例中136例=20.2%が既往あり、対照は13,226人中818人=6.2%、オッズ比3.05、95%CI 2.43–3.84)。関連は全組織型に一様ではなく組織型特異的であること閲覧 2026-08-24