組織病理学

組織病理学 · H2-125A

多発脳転移(組織像・鑑別編)

Metastasis multiplex cerebri

描出疾患
中枢神経系腫瘍(成人・小児)

🧠 全体像:多発脳転移の頻度・代表的な・単発/多発によるはH2-139:多発脳転移、悪性黒色腫による脳転移の肉眼・所見はH1-088:悪性黒色腫の脳転移で扱った。本項目では、標本を顕微鏡で観察したときに「これはである」と判断するための組織学的な手がかりと、との鑑別を整理する。

転移巣を示唆する低倍率所見

所見 解釈
境界明瞭な 周囲をしながら発育し、浸潤性境界に乏しいというに典型的な
への分布 血管径が急に変化する部位でが捕捉されやすいという、に特徴的な分布様式。288例の解析では大脳半球の転移が解剖学的なwatershed領域に偏り、脳表面積の29%に転移の37%が集まった1
多発性・両側性の病変 単一の播種イベントではなく、繰り返すを示唆する
病変周囲の とによる二次的な浮腫
病変内の出血・壊死 急速な増殖や血流の不均衡に伴う変化で、悪性黒色腫・・などの転移で目立ちやすい
flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='primary tumor'>原発腫瘍</span>からの腫瘍細胞の血管内侵入"] --> B["動脈血流で脳へ到達"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='gray-white matter junction'>灰白質・白質境界</span>の細い血管で捕捉"]
    C --> D["複数部位での結節性増殖"]
    D --> E["境界明瞭な<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mass effect'>圧排</span>性腫瘤"]
    E --> F["周囲<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Vasogenic Edema'>血管原性浮腫</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mass effect'>占拠効果</span>"]

原発性脳腫瘍との組織学的鑑別

多発性の造影増強病変を顕微鏡で確認する際、原発性の(とくに)や中枢神経系リンパ腫とを区別する必要がある。

所見 原発性(など)
腫瘍境界 周囲との境界が比較的明瞭 正常へ連続的に浸潤し境界が不明瞭
細胞形態 上皮性の胞巣・腺管様構造、によっては角化やを伴う 由来の、線維性突起を伴う
壊死パターン 壊死が多い 壊死が特徴的
陽性、GFAP陰性が典型的。の推定には転写因子・の組み合わせ(TTF-1、CK7/CK20、GATA3、SOX10、PAX8など)を重ねる2 GFAP陽性、陰性が典型的
周囲でも生じうるが、の異常はでより特徴的 が特徴的

⚠️ 「境界明瞭=転移」と単純化しない。やのように境界明瞭にみえる原発性腫瘍もあり、逆にでも辺縁にわずかな浸潤性変化を示すことがある。既知の悪性腫瘍の既往、病変分布、を組み合わせて判断する。

頻度についての注意

などでは、のおよそ半数が転移性であるとされ、肺癌・乳癌・悪性黒色腫・消化管/大腸癌が代表的なとして挙げられる。ただしこの割合はや統計の取り方で変動しうる目安であり、個々の症例の確率を直接示すものではない。別の頻度・単発/多発によるはH2-139:多発脳転移を参照する。

⚠️ 「何を分母にした割合か」で数字は大きく動く。 剖検や脳外科手術例を分母にすればの比率は高く出るが、癌患者側を分母にとったの解析では脳転移のは全原発合計で9.6%にとどまり、原発別では肺癌19.9%・悪性黒色腫6.9%・6.5%・乳癌5.1%・大腸癌1.8%だった3。乳癌・大腸癌の脳転移が「代表的」として挙がるのはが多いためであって、その癌にかかった人が脳転移を起こしやすいからではない。代表的の一覧(を分母にした構成比)と、原発別の脳転移リスク(癌患者を分母にした)を取り違えない。

💡 脳転移が最初の手がかりになる症例は珍しくない。 脳転移の生検75例の集積では、生検の時点でが不明だった例が30例(40%)にのぼった2。したがって「既知の悪性腫瘍の既往」は転移を示唆する強い所見だが、その欠如は転移を否定しない。の局在も原発の推定材料になり、369例・3,313個の転移をで空間的にマッピングした研究では、由来がに、乳癌・由来が小脳に有意に集積した4。

⚠️ 免疫染色は「陽性なら示唆」であって「陰性なら除外」ではない。 TTF-1は転移性肺癌の78%で陽性、非肺癌由来では3%と特異度が高い一方、組織型別では腺癌100%・86%・79%に対し扁平上皮癌は0%であった2。TTF-1陰性を根拠に肺原発を外すと扁平上皮癌を取り落とす。

まとめ

  • はに好発する境界明瞭なとして、周囲をしながら発育する。
  • 病変周囲の、病変内の出血・壊死はで目立ちやすい所見である。
  • 原発性との鑑別は、腫瘍境界、壊死パターン( vs 偽柵状)、( vs GFAP)を組み合わせて行う。
  • 「の約半数が転移性」という目安は集団統計であり、個々の症例の確定診断の代わりにはならない。癌患者を分母にとったの解析では脳転移のは全原発合計9.6%(肺癌19.9%・悪性黒色腫6.9%・6.5%・乳癌5.1%・大腸癌1.8%)で、分母の取り方により数字は大きく変わる3。
  • 脳転移の生検例の約4割は生検時点でが不明であり、TTF-1などの免疫染色と病変分布がの推定に用いられる(ただしTTF-1はでは陰性)24。
  • 別の頻度・治療アルゴリズムはH2-139:多発脳転移、悪性黒色腫の詳しい所見はH1-088:悪性黒色腫の脳転移を参照する。

出典

  1. 1.Distribution of brain metastases(Archives of Neurology(Delattre JY, Krol G, Thaler HT, Posner JB)・1988)脳転移288例のCTで転移巣が単発49%・2個21%・3個13%・4個6%・5個以上11%であったこと、単発例では原発が骨盤内(前立腺・子宮)または消化管の場合に後頭蓋窩が50%で侵されたのに対し他の原発では10%にとどまったこと、大脳半球の転移が解剖学的なwatershed領域に偏り脳表面積の29%に転移の37%が集まったことから腫瘍性微小塞栓が表在動脈の遠位部の毛細血管に捕捉されると考えられること、骨盤・消化管原発でのテント下病変の多さは動脈性塞栓だけでもBatson静脈叢経由の播種でも説明できないことを確認した。閲覧 2026-08-24
  2. 2.Immunohistochemical staining for thyroid transcription factor-1: a helpful aid in discerning primary site of tumor origin in patients with brain metastases(Human Pathology・2002)抄録で、原発不明の転移性癌が初診時の全固形腫瘍の10〜15%を占めること、脳転移の生検75例のうち生検時点で原発巣が不明だった例が30例(40%)にのぼったこと、最終的に71例(95%)で原発が判明し肺癌由来40例(56%)・非肺癌由来31例(44%)だったこと、TTF-1が転移性肺癌40例中31例(78%)で陽性だったのに対し非肺癌由来31例では1例(3%)のみだったこと、組織型別では腺癌11/11例(100%)・小細胞癌6/7例(86%)・大細胞癌15/19例(79%)で陽性だが扁平上皮癌は0/3例(0%)だったこと、脳転移が初発症状の症例でTTF-1免疫染色が原発巣の検索を絞り込みうることを確認した閲覧 2026-08-24
  3. 3.Incidence proportions of brain metastases in patients diagnosed (1973 to 2001) in the Metropolitan Detroit Cancer Surveillance System(Journal of Clinical Oncology(Barnholtz-Sloan JS, Sloan AE, Davis FG, et al.)・2004)1973〜2001年のMetropolitan Detroit Cancer Surveillance Systemを用いた集団ベースの解析で、脳転移の発生割合が全原発合計9.6%、原発別では肺癌19.9%・悪性黒色腫6.9%・腎癌6.5%・乳癌5.1%・大腸癌1.8%であったこと、この値が従来報告より低かったこと、原発癌のSEER病期が進むほど脳転移の発生割合が有意に上昇したこと、悪性黒色腫では男性で有意に高く発生割合が最も高い診断時年齢層は50〜59歳であったことを確認した。閲覧 2026-08-24
  4. 4.Mapping distribution of brain metastases: does the primary tumor matter?(Journal of Neuro-Oncology(Schroeder T, Bittrich P, Kuhne JF, et al.)・2020)未治療の369例・3,313個の脳実質内転移をMRIで半自動セグメンテーションし空間的確率分布地図を作成した研究で、脳転移の局在が原発ごとに大きく異なること、小脳が全体として想定より多く占められていたこと、多変量解析で皮膚癌由来の脳転移が前頭部に、乳癌および消化管癌由来の脳転移が小脳に有意に集積したこと、この分布の型が原発不明時に原発巣を推定する助けになりうることを確認した。閲覧 2026-08-24