微生物学

微生物学 · 3/29

ピコルナウイルス:ポリオウイルス

Picornaviruses: Poliovirus

微生物
Enterovirus A, B, C, D
疾患
ポリオポリオ後症候群
症状
弛緩性麻痺

🧠 の設計は「殻だけの小さな」1文で説明できる。 エンベロープを持たない(naked)ため環境・胃酸に強く、糞口感染に向く。ssRNAは宿主のリボソームでそのまま翻訳できるため、逆転写酵素のような特殊な酵素を運ぶ必要がない——その代わり1本の長いとして翻訳されたものを、ウイルス自身のプロテアーゼが切り分けて機能的な蛋白にする。はこの科の中でも「の運動ニューロンだけを選んで殺す」という特殊なを持つ代表格であり、その臨床像の95%以上が無症候〜軽症である一方、稀に起こる麻痺型がこの疾患を有名にしている。

ピコルナウイルス科の基本的性状

は属に属し、この属はの一員である。同じ科・属の性状は以外の腸管系ウイルス(・エコー・)にも共通する。

項目 内容
核酸 (positive-sense ssRNA)
構造 エンベロープなし(naked)、
複製部位 細胞質
翻訳の特徴 は宿主のリボソームで直接翻訳できる(逆転写酵素のような依存性ポリメラーゼを自前で運ぶ必要がない、ウイルスとの違い)
蛋白合成 1本の長いとして翻訳され、ウイルス由来プロテアーゼによって機能的なへ切断される
伝播経路 糞口感染——例外は(呼吸器経由)

この科に属する医学的に重要なウイルス

ウイルス 特記事項
のみを起こす(慢性化しない)。3-34参照
(ポリオ・A/B・エコー) 無菌性(=ウイルス性)髄膜炎の第1位の原因、小児に多い。3-30参照
感冒()の第1位の原因。3-30参照

💡 の髄液所見。 と異なり、糖は正常、蛋白は軽度上昇にとどまる——この「糖正常・蛋白軽度上昇」パターンはを疑う際の基本所見。

治療は特異的なものがなく、予防の基本は手洗い(糞口感染対策)。とにはワクチンが存在する。

ポリオウイルスの性状

項目 内容
血清型 3種類(1・2・3型)
酸耐性 酸に——胃酸を通過できる
伝播経路 糞口感染:汚染された食物・水

病態生理

は通常は腸管そのものに病気を起こすわけではないが、で伝播・複製する。多くのは細胞を溶解させ、糞便中に長期間排出される。夏季に流行しやすい。

  1. での増殖:回腸のを含む・扁桃で複製(約2〜3週間)
  2. ウイルス血症:リンパ組織から血流に乗り、・脳幹へ拡散
  3. 運動ニューロンでの複製:運動ニューロンに感染してを起こし、麻痺につながる
flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='poliovirus'>ポリオウイルス</span>経口摂取"] --> B["咽頭・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intestinal mucosa'>腸管粘膜</span>で増殖<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Peyer patch'>パイエル板</span>・リンパ組織、2-3週)"]
  B --> C["ウイルス血症"]
  C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ventral horn'>脊髄前角</span>・脳幹へ到達"]
  D --> E["運動ニューロンに感染・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cytolysis'>細胞溶解</span>"]
  E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acute flaccid paralysis'>急性弛緩性麻痺</span><br>(下肢に多い)"]

臨床像:ポリオ

3つの血清型すべてが同じ疾患名「ポリオ」を起こす。転帰は感染ごとに以下の4パターンに分かれる。

パターン 頻度 症状
① 75% 主に免疫能が正常な人に多い
② 20% 様の・発熱、消化器症状
③ 1〜5% 中枢神経まで進むが麻痺は起こさない。・筋肉痛・頭痛
④(主要疾患) 0.1〜0.5% 最重症型。筋の脱力・弛緩・麻痺()、下肢に多い

⚠️ は部位によって重症度が変わる。 ・・に分類され、が最重症——によりで死に至りうる。

:感染から回復して15〜30年後に、筋力低下・筋肉痛・がする遅発性の。

診断

  • 便・からのウイルス分離とが標準。血清学(の上昇)は補助的
  • ウイルスは(cerebrospinal fluid, 脳脊髄液)中にはほとんど検出されないため、が陰性でもポリオを除外できない点に注意

治療

  • 支持療法のみ(特異的治療なし)

予防:2種類のワクチン

ワクチン 種類 特徴
IPV(inactivated poliovirus vaccine, )=Salkワクチン 不活化3価ワクチン 筋注(i.m.) IgGのみ産生(IgAは作らない=消化管を介さない)
OPV(oral poliovirus vaccine, 経口生ポリオワクチン)=Sabinワクチン 弱毒生2価ワクチン 経口 IgAとIgGの両方を産生。ただし免疫不全者に感染しうる欠点あり

⚠️ OPVは糞便中にウイルスを排出しうるため、米国・ハンガリーなど一部地域ではすでに使用されていない。 株が排出後に病原性を取り戻す(ワクチン由来)リスクがあるため。

⭐ 世界のOPVは2016年に3価から2価へ切り替わった。 1999年以降検出がなかった2型が2015年に認定されたことを受け、循環型ワクチン由来(VDPV)症例の9割以上を占めていた2型を除くため、2016年4月に全世界で3価OPV(1・2・3型)から2価OPV(1・3型のみ)へ同時切替が行われた——切替前にIPVをへ1回以上組み込むことが前提条件とされた1。は現在1型のみアフガニスタン・パキスタンに常在流行し、2型・3型は認定済みである一方、2型の循環型ワクチン由来(cVDPV2)の流行は続いており、対策として遺伝的安定性を高めたnOPV2(新型2型)が2020年にのリストに登録され、2021年以降対応で使用されている2。

まとめ

  • はssRNA・エンベロープなし・の小型ウイルスで、を自己プロテアーゼで切断する点が共通する。多くは糞口感染(例外:は呼吸器感染)。
  • は3血清型・酸耐性で、などので増殖後、ウイルス血症を経て・脳幹の運動ニューロンに感染しを起こす。
  • 臨床像は無症候性(75%)が大半で、(0.1〜0.5%)はまれだが最重症——はで致死的。
  • 感染から15〜30年後にとして筋力低下がしうる。
  • 予防はIPV(Salk、不活化・筋注・IgGのみ)とOPV(Sabin、生ワクチン・経口・IgA+IgG)の2種類——OPVは糞便排出による感染拡大リスクから一部先進国では廃止されている。

出典

  1. 1.Introduction of Inactivated Poliovirus Vaccine and Switch from Trivalent to Bivalent Oral Poliovirus Vaccine — Worldwide, 2013–2016(CDC / Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR)・2015)2015年に野生株2型ポリオウイルスの根絶が確認され、循環型ワクチン由来ポリオウイルス症例の9割以上を占めていた2型の排除を目的に、2016年4月に世界同時で3価OPVから2価OPV(1・3型のみ)へ切替が行われ、切替前にIPVを定期接種へ導入することが前提とされた閲覧 2026-08-26
  2. 2.Statement of the Forty-fourth Meeting of the Polio IHR Emergency Committee(World Health Organization・2026)野生株ポリオウイルスは1型のみアフガニスタン・パキスタンに常在流行し、2型(1999年以降未検出、2015年根絶認定)・3型(2012年11月のナイジェリアの症例が最後、2019年根絶認定)は根絶認定済みであること、循環型ワクチン由来ポリオウイルス(cVDPV)の流行が続き2021年以降nOPV2が導入されていることを確認した閲覧 2026-08-26