病態生理学

病態生理学 · 1-6

脂肪組織の機能と機能障害

Adipose tissue function and dysfunction

応用トピック
バイオインピーダンス分光法による体組成計生体電気インピーダンス測定の臨床応用

🧠 「太ること」より「どう太るか」が問題。 余剰エネルギーを新しいを増やして(過形成)蓄えれば健全、既存細胞を膨らませて(肥大)蓄えると不健全 → ↓・炎症・FFA漏れが始まる。これが「代謝的に健康な肥満」の概念の根拠。ただしその表現型は時間とともに崩れやすく、安全を意味しない(肥満の全身性影響で扱う)。

脂肪組織の種類

種類 特徴
による熱産生;新生児、成人は上半身(前頸部から胸郭)。💡 かつて成人には生理的意義がないとされていたが、2009年の-研究で女性の7.5%・男性の3.1%に代謝活性の高い集積が確認された1
、(TAG)貯蔵、/活動で放出。: 上半身+下半身();: 内臓周囲
BAT+WATの特徴;寒冷でWATから可逆的に生成。基礎状態では発現が低いが刺激で誘導される、白色・褐色いずれとも異なる遺伝子発現パターンをもつ独立した細胞集団として同定された2

💡 が「熱」を作れる理由はにある。 ふつうの細胞では、が内膜の内外に作ったは ATP 合成酵素を通って ATP になる。細胞の内膜に大量に発現する は、このプロトンを ATP 合成酵素を迂回してマトリックスへ戻す通路を作る。勾配のエネルギーは ATP にならずそのまま熱になり、しかも勾配が下がるぶんとはさらに速く回り続ける。多数の小さな脂肪滴()と豊富なミトコンドリアは、燃料と装置を積んでいることの形態的な表れである。 細胞は単一の大きな脂肪滴で を持たないので、同じ脂肪酸を貯めても熱にはできない。

⭐ 「成人のには生理的意義がない」は否定されたが、意義の中身は10年かけて変わった。 2009年の研究が示したのは存在と分布までで、集積が見つかる確率は加齢・撮影時の外気温・β遮断薬の使用とし、高齢者ではとくに とした1。その後、がん診療の目的で撮られた 52,487人・134,529件の - をの有無で後ろ向きに分類しでマッチさせた解析で、がある人は 2型糖尿病・・冠動脈疾患・・・高血圧のが独立に低く、血糖・・ の値も良好で、この関連は・肥満の人でより顕著だった3。

⚠️ ただしこれは後ろ向きの観察研究で、「を増やせば心代謝疾患が減る」ことは示していない。 撮影の目的も患者背景も揃っていないうえ、量・・といった残余を排除できない。の量は「代謝が健全であること」の指標かもしれないが、治療標的として立証されてはいない。

白色脂肪組織の生理

構成:、、内皮、線維芽細胞、マクロファージ、。

  • ・の恒常性: グルコース/(FFA)を取込み TAG 合成、需要時に TAG → FFA+グリセロール→ 循環へ。
  • : インスリンは促進・抑制(PKA抑制 → FFA放出を遮断)。効かないと優位 → FFA を持続放出。
  • : ホルモン、miRNA、、補体因子。

💡 「ホルモン」にはだけでなくステロイドの変換も含まれる。 アロマターゼがアンドロゲンをエストロゲンへ変換するため、脂肪組織は閉経後の主なエストロゲン供給源になる(肥満が閉経後乳癌・のリスクになる経路のひとつ)。11β-HSD1 は不活性なコルチゾンを活性型コルチゾールへ戻し、血中濃度を上げずに脂肪組織の中だけでグルココルチコイド作用を高める。脂肪組織はであると同時に内分泌器官であり、切除も肥大もそのまま内分泌の変化になる。

アディポサイトカイン

💡 善玉と/。 健全な脂肪は(↑・抗炎症)を多く出す。不健全になると↓・/↑ に傾く。

  • (“good”): 血中濃度が際立って高い。主に sWAT(とくに下半身)から分泌され、女性で高値。
    • 肝:増強(糖新生↓)、肝細胞の生存促進、線維化抑制
    • 筋:増強(グルコース取込み↑・↑)
    • 心血管:、eNOS 活性化
    • 抗炎症
    • 脂肪組織の中では(・)・を促し、炎症を抑える
  • : 主に sWAT、女性で高値、脂肪量とよく相関()。
    • 中枢神経系: 食物摂取↓・消費↑(甲状腺・・に作用)
    • CNS非依存: 、β細胞インスリン産生抑制
    • 免疫: 炎症促進、発癌関与
  • (“bad”): 主にマクロファージ由来。インスリン抵抗性誘導、炎症促進。

⚠️ 肥満ではは不足しているのではなく、むしろ高い。 脂肪量に比例して分泌されるホルモンなので、肥満者の血中は高値である。それでも摂食が抑えられないのは(視床下部での受容体シグナルの減弱と、血液脳関門を越える輸送の飽和)による。💡 したがって補充がはっきり効くのは「本当にが足りない」病態である——と、脂肪組織そのものを失う(が使われる)が代表で、ふつうの肥満にを足しても抵抗性の壁を越えられない。の異常は「多い/少ない」ではなく「効いているかどうか」で読む。

脂肪組織の拡大:過形成/肥大

💡 の「数」は思春期までにほぼ決まり、成人ではその総数自体は動きにくい。 核爆実験由来の炭素14を利用した研究では、数は肥満・非肥満を問わず成人期を通じてほぼ一定で、大幅な減量後も変化しなかった。一方では静止しているわけではなく、年齢・によらず年間約10%が死と新生によって入れ替わっている4。つまり過形成で増減するのは「新規に分化する速度」であって、生涯の総数の天井そのものは容易に動かない。

flowchart TD
  O["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyperphagia'>過食</span> → TAG貯蔵限界を超える"] --> Q{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='adipocyte differentiation'>脂肪細胞分化</span>に成功?"}
  Q -->|"成功 = 健全"| HP["過形成:新規<span class='jp-term jp-term-diagram' title='adipocyte'>脂肪細胞</span>↑(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='peroxisome proliferator-activated receptor'>PPAR</span>γ・SREBP1c)"]
  HP --> HPok["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='adiponectin'>アディポネクチン</span>正常・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='insulin sensitivity'>インスリン感受性</span>正常<br>血管新生十分・M2マクロファージ・抗炎症"]
  Q -->|"失敗 = 不健全"| HT["肥大:既存細胞が膨張"]
  HT --> HTbad["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='adiponectin'>アディポネクチン</span>↓・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='leptin'>レプチン</span>/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tumor necrosis factor-alpha'>TNF-α</span>↑・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='insulin sensitivity'>インスリン感受性</span>↓<br>→ FFA漏出・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='necrosis-like cell death'>壊死様死</span>と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='crown-like structures'>クラウン様構造</span><br>低酸素・線維化・M1マクロファージ・IL-6/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tumour necrosis factor'>TNF</span>/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='resistin'>レジスチン</span>"]

過形成(健全)

  • 分化 → 細胞数↑ → 貯蔵能↑(sWAT は能が高い)。鍵:
    • PPARγ(↑、薬理標的)
    • SREBP1c(酵素↑)
  • 支持細胞も健全:
    • 血管新生(低酸素回避)
    • リモデリング(線維化回避)
    • M2マクロファージ・好酸球・Th2・抗炎症

肥大(不健全)

  • 細胞サイズ↑ → 膜硬化(破裂)、シグナル破綻。↓、/↑、↓ → ↑ → FFA漏出。
  • → 、。支持細胞も破綻:
    • 血管新生不足→低酸素
    • 不足→線維化
    • M1・好中球・Th1・IL-6//

⚠️ M1/M2というは単純化しすぎとの指摘がある。 ヒト肥満脂肪組織のマクロファージは感染症で見られる古典的M1活性化のマーカーに乏しい一方、グルコース・インスリン・への曝露(を模した条件)で古典的活性化とは異なる「」表現型を示すことが報告されており、肥満脂肪組織のマクロファージ表現型はM1/M2の二軸だけでは説明しきれない可能性がある5

⭐ さらに、単一細胞解析はこのに収まらない亜群を実際に見つけている。 マウスとヒトの肥満脂肪組織のを網羅的に地図化した2019年の研究は、両種で保存された Trem2 陽性の「脂質関連マクロファージ」 を同定した。💡 注目点は向きである——マウスで Trem2 を欠損させてこの亜群のプログラムを止めると、炎症が軽くなるどころかの肥大・・体脂肪の蓄積・が生じた6。つまりこの亜群は炎症の実行役というより、組織レベルの脂質恒常性が崩れたことを感知して代償する側として働いている。「浸潤したマクロファージ=害」と読むと、この向きを取り違える。

まとめ

項目 押さえる点
3種の脂肪 褐色= によるで熱産生(成人にも存在)、白色=TAG の貯蔵と内分泌、ベージュ=寒冷での中に誘導される熱産生細胞
の生理 インスリンはを促しを抑える。効かなくなると FFA が持続的に漏れる。アロマターゼ・11β-HSD1 によるステロイド変換も担う
(↑・抗炎症)は不健全な脂肪で↓。は肥満で高値だが抵抗性で効かない。は炎症・インスリン抵抗性側
拡大の2様式 過形成(の分化、γ・SREBP1c、血管新生と リモデリングが伴う)=健全。肥大(既存細胞の膨張 → 低酸素・線維化・・・炎症性細胞)=不健全
数 成人ではほぼ一定だが、年間約10%が入れ替わっている
マクロファージ M1/M2 のでは収まらない。「」表現型や、脂質恒常性の破綻を代償する Trem2 陽性の脂質関連マクロファージがある

出典

  1. 1.Identification and importance of brown adipose tissue in adult humans(The New England Journal of Medicine・2009)1,972人・3,640件の18F-FDG PET-CT読影で、前頸部から胸郭にかけて代謝活性の高い褐色脂肪組織の集積が女性1,013人中76人(7.5%)・男性959人中30人(3.1%)に認められたこと。同部位の生検組織はUCP1陽性の多胞性脂肪細胞で、量はBMIと逆相関し、成人の褐色脂肪組織は生理的意義をもたないという従来の理解を否定した。閲覧 2026-08-26
  2. 2.Beige adipocytes are a distinct type of thermogenic fat cell in mouse and human(Cell・2012)白色脂肪組織由来のベージュ脂肪細胞は基礎状態ではUCP1発現が極めて低いが、cAMP刺激で高いUCP1発現と呼吸速度を示し、白色・褐色いずれとも異なる遺伝子発現パターンをもつ独立した細胞系譜であること。成人ヒトで同定されていた褐色脂肪の集積の多くはベージュ脂肪細胞から構成される。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Brown adipose tissue is associated with cardiometabolic health(Nature Medicine・2021)抄録で確認した。がん診療の目的で撮影された52,487人・134,529件の18F-FDG PET-CTを褐色脂肪の有無で後ろ向きに分類し傾向スコアマッチングでコホートを組んだ解析。褐色脂肪がある人は心代謝疾患の有病率が低く、褐色脂肪の存在は2型糖尿病・脂質異常症・冠動脈疾患・脳血管疾患・うっ血性心不全・高血圧のオッズの低さと独立に相関した。血糖・中性脂肪・HDLの値も良好で、この関連は過体重・肥満の人でより顕著だった。後ろ向きの観察研究であり因果は示していない。閲覧 2026-09-14
  4. 4.Dynamics of fat cell turnover in humans(Nature・2008)成人の脂肪細胞数は肥満・非肥満を問わずほぼ一定に保たれ、大幅な減量後も変化しないこと(脂肪細胞数は小児期・思春期に決定される)、一方で年間約10%の脂肪細胞がBMI・年齢によらず新陳代謝で入れ替わっており、この代謝回転(脂肪細胞の死と新生)が肥満治療の新たな標的になりうること。閲覧 2026-08-26
  5. 5.Metabolic dysfunction drives a mechanistically distinct proinflammatory phenotype in adipose tissue macrophages(Cell Metabolism・2014)肥満ヒトの脂肪組織マクロファージには感染症を模した古典的M1活性化のマーカーが乏しい一方、グルコース・インスリン・パルミチン酸への曝露(メタボリックシンドロームを模した条件)で古典的活性化とは異なる「代謝活性化」表現型が誘導されること。この表現型は肥満ヒト・マウスの炎症性脂肪組織マクロファージで検出され、脂肪量と正相関する。閲覧 2026-08-26
  6. 6.Lipid-Associated Macrophages Control Metabolic Homeostasis in a Trem2-Dependent Manner(Cell・2019)抄録で確認した。マウスとヒトの肥満時の白色脂肪組織の免疫細胞を単一細胞レベルで網羅的に地図化し、両種で保存されたTrem2陽性の脂質関連マクロファージ(LAM)という新しい亜群を同定した。マウスでTrem2を欠損させるとLAMの下流プログラムが働かなくなり、脂肪細胞の肥大に加えて全身性の高コレステロール血症・体脂肪の蓄積・耐糖能異常が生じた。Trem2シグナルは組織レベルの脂質恒常性の破綻にマクロファージが応答する主要な経路と位置づけられる。閲覧 2026-09-14