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Disease Atlas · 血液 · 疾患

遊走脾

Wandering spleen

別名
遊走脾臓
臓器系
血液消化器
科目
PathologyInternal Medicine
トピック
病理学 A/04:凝固壊死(臓器別の所見)内科学 L-54:急性腹症と腹痛の鑑別診断
続発疾患
脾梗塞
症状
腹痛嘔吐
画像所見
楔状の造影欠損渦巻き徴候

🧠 全体像:遊走脾は、脾臓を正常位置(・)に留めておく腹膜(脾胃間膜・など)が形成不全または弛緩し、脾臓が長い「茎」だけでぶら下がった状態である。固定を失った脾臓は腹腔内を自由に動き回れるようになり、その長い茎自体が捻転(ねじれ)という新しい弱点を生む。茎がねじれれば脾動静脈の血流が絶たれ、・うっ血・壊死へ一直線に進む。「なぜ脾が普段いない場所にあるのか」に気づけるかどうかが診断の入口であり、気づいたあとは「茎が今ねじれていないか」を常に問い続ける疾患である。

病態生理

脾臓は通常、脾胃間膜・・脾結腸間膜・脾横隔膜間膜という複数の腹膜によってに固定されている。遊走脾では、これらのが先天的に発育不全であるか、後天的に弛緩することで固定が失われる1。

flowchart TD
    A["脾臓を固定する腹膜<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ligament'>靱帯</span>(脾胃間膜・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='splenorenal ligament'>脾腎間膜</span>など)"] --> B{"固定の破綻"}
    B --> C["先天性<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='embryonic period'>胎生期</span>に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dorsal mesentery'>背側腸間膜</span>が後腹壁と癒合しない"]
    B --> D["後天性<br>妊娠の反復・ホルモン変化・脾腫による牽引"]
    C --> E["脾臓が長い脾茎だけで<br>可動性に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='buoyancy'>浮遊</span>"]
    D --> E
    E --> F{"脾茎が捻転するか"}
    F -->|"はい"| G["脾動静脈の血流が途絶"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='splenic infarct'>脾梗塞</span>・うっ血・壊死"]
    F -->|"いいえ"| I["無症状〜間欠的な腫瘤感・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dull pain'>鈍痛</span>"]

💡 先天性と後天性で、機序の焦点が違う。 先天性はにが後腹壁と正しく癒合しないことに起因し、後天性はの増加・ホルモン変化・脾腫によるの牽引・弛緩と関連する。そのため後天性の遊走脾は出産可能年齢の女性に多いとされる2。

⚠️ 遊走脾そのものは無症候のこともあるが、本当の危険は「茎がねじれた瞬間」から始まる。 の欠損・弛緩によって生じた長い脾茎は、正常な脾臓には無い捻転という新しい破綻点を作る。捻転が起これば脾動静脈の血流が途絶し、またはに進む1。の側から見ても、遊走脾の脾はその原因の一つとして症例報告レベルで知られている3。

疫学

⭐ 遊走脾は稀な疾患で、頻度の実数がそのまま「見逃されやすさ」を裏づける。 推定頻度は0.2%未満で、文献上の報告例は500例に満たない2。

  • 症例の約3分の1が小児例で、そのうち70%は10歳超である2。
  • 後天性の遊走脾は出産可能年齢の女性に多い傾向があり、の増加・ホルモン変化・脾腫が背景因子として挙げられる2。

💡 「小児の先天性」と「女性の後天性」という二峰性の患者像を持つ。 どちらの年齢層で出会っても、遊走脾を鑑別に残す価値がある。

臨床像

臨床像は無症状から生命を脅かすまで幅広い2。

  • 捻転していない間欠期は、腹痛を伴わない可動性の腹部腫瘤として偶発的に触知されることがある。
  • 脾茎が急性に捻転すると、突然発症の腹痛・嘔吐・発熱を伴うを呈する。
  • ⚠️ 周囲構造への症状として、胃流出路閉塞・水腎症・門脈圧亢進を来すことがある2。腫大した遊走脾が隣接臓器を機械的に圧迫するために起こる。

診断

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='left upper quadrant'>左上腹部</span>に脾臓を触れない、または腹部に可動性の腫瘤"] --> B["造影CT:脾の位置異常と脾茎血管の評価"]
    B --> C{"脾茎血管に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='whirl / whorl'>渦巻</span>き状所見(捻転)があるか"}
    C -->|"あり"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='color Doppler'>カラードプラ</span>で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='splenic hilum'>脾門</span>部血流を確認"]
    D --> E{"血流が途絶しているか"}
    E -->|"はい"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='splenic infarct'>脾梗塞</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='splenic vein occlusion'>脾静脈閉塞</span>と判断し緊急対応"]
    E -->|"いいえ"| G["viable:緊急脾固定術を検討"]
    C -->|"なし"| H["非緊急:脾固定術か経過観察を検討"]

治療

⭐ は「脾が生きているかどうか」で二分される。 確定診断が得られた患者では、を伴わなければ脾固定術(splenopexy)が望ましい治療とされ、を伴えば(splenectomy)が適応される1。同じは、viable(生存している)脾臓には脾固定術、梗塞した脾臓にはという形でも述べられている2。

  • 脾固定術:脾臓を後腹壁またはに人工的に固定し直し、脾機能を温存する術式。捻転が繰り返される前、または捻転はあっても脾が生存している段階での第一選択となる。
  • :・壊死に至った脾臓に対して行う。は、のノートで詳述する莢膜を持つ細菌に対するワクチン接種が重要になる。

鑑別診断

疾患 鑑別のポイント
遊走脾の脾が原因の一つになりうるが、・など他の原因でも起こる
卵巣腫瘤・卵巣 女性の下腹部腫瘤・として紛れる。画像で脾組織としての性状を確認する
その他の腹腔内可動性腫瘤(腸間膜など) 脾臓に特徴的な造影パターン・部血管の同定で除外する

まとめ

  • 遊走脾は、脾臓を固定する腹膜(脾胃間膜・など)の先天性発育不全または後天性弛緩により、脾臓が長い脾茎だけで可動性になった状態である。
  • 先天性はのと後腹壁の、後天性は妊娠の反復・ホルモン変化・脾腫によるの弛緩が背景にある。
  • 推定頻度0.2%未満・報告500例未満の稀な疾患で、小児例(3分の1、うち70%は10歳超)と出産可能年齢の女性という二峰性の患者像を持つ。
  • 最大の危険は脾で、から・に進みうる。
  • 診断はでの脾の位置異常・脾茎血管のき状所見と、での部血流評価による。
  • 治療は「脾が生きているか」で二分され、梗塞のない生存脾には脾固定術、梗塞した脾にはが選択される。

出典

  1. 1.Wandering spleen(Hepatobiliary Surgery and Nutrition・2026)遊走脾が脾靱帯(脾胃間膜・脾腎間膜など)の先天性発育不全または後天性弛緩に起因する稀な疾患であり、靱帯の欠損・弛緩が脾茎の捻転を来して脾梗塞または脾静脈血栓症につながりうること、確定診断が得られた患者では脾梗塞を伴わなければ脾固定術が望ましい治療で脾梗塞を伴えば脾摘出術が適応されることを確認した(25歳女性の症例:左上腹部痛と触知可能な腫瘤で発症し1日で軽快、術中に脾胃間膜・脾腎間膜が同定されず脾は脾門部構造のみで固定されていた)閲覧 2026-09-08
  2. 2.Massively Enlarged Wandering Spleen With Torsion and Infarction in a 10-Year-Old: Case Report and Comprehensive Literature Review(Case Reports in Pediatrics・2025)遊走脾の推定頻度が0.2%未満で文献報告500例未満の稀な疾患であること、症例の約3分の1が小児例で、そのうち70%が10歳超であること、後天性の遊走脾は妊娠回数の増加・ホルモン変化・脾腫と関連し出産可能年齢の女性に多いこと、先天性は胎生期に背側腸間膜が後腹壁と癒合しないことに起因すること、無症状から急性腹症・脾破裂まで臨床像が幅広いこと、CTでは脾茎血管の「渦巻き状(whirled)」所見と本来の左上腹部に脾が無いことが特徴的であること、カラードプラで脾門部の血流途絶が脾静脈閉塞を示唆すること、viable(生存脾)なら脾固定術、梗塞していれば脾摘出術が選択されること、周囲構造の圧排により胃流出路閉塞・水腎症・門脈圧亢進などの合併症を来しうることを確認した(10歳女児の症例:4日間の非胆汁性嘔吐・腹痛・発熱38℃、脾19cm・血流途絶で緊急脾摘出、3か月後の追跡で無症状)閲覧 2026-09-08
  3. 3.Splenic Infarcts(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)遊走脾の茎捻転が脾梗塞の原因の一つとして症例報告レベルで挙げられていることを確認した(Etiology節)閲覧 2026-09-08