微生物ノート一覧へ

Microbe Atlas · 細菌

Corynebacterium diphtheriae

ジフテリア菌

分類
G+ 桿菌・非芽胞 / Gram+ rods (non-spore)Corynebacterium
性状
Gram陽性 (G+)桿菌 Bacilli
科目
Medical Microbiology
トピック
2/32: Corynebacterium diphtheriae, diphtheroids and the Propionibacterium genus5/1: Bacteria causing skin and wound infections (list) and their diagnosis5/4: Bacteria causing air-borne upper respiratory tract infections (list) and their diagnostics
原因となる疾患
ジフテリア
作用する薬剤
エリスロマイシンペニシリンG

🧠 全体像は「菌自体は咽頭局所から一歩も動かないのに、毒素だけが全身を回る」という二重構造で読む菌である。しかも毒素を作れるかどうかは菌そのものの性質ではなく、したファージが持ち込む遺伝子次第という点が最大のになる——同じCorynebacterium diphtheriaeでも、tox遺伝子を運ぶβファージに感染していない株は毒素を作らず、臨床的なにならない。皮膚・に常在する無害な「」やPropionibacteriumとは、この毒素産生能の有無が本質的な違いになる。

微生物学的な特徴

で、両端がわずかに膨らんだの形態を示す。分裂の際に完全に離れず折れ曲がるため、標本上では柵状・V字状・「英字」様配置をとる。ヒトのみに感染するヒト特異的病原体で、動物を持たない。

項目 内容
染色性・形態 の両端、柵状・V字状配置
異染小体 (metachromatic granules=volutin granules=Babes-Ernst顆粒)——ポリリン酸を貯蔵する構造。で青紫色に染まり、菌体本体は黄緑〜褐色となるため「」様に見える
生化学的性状 、好気性、、サッカロース(ショ糖)分解陰性
生息部位 皮膚、鼻・咽頭粘膜

培養での同定

培地 所見
凝固血清・卵・心臓抽出物からなる象牙色の培地。発育が速く、形成が強く現れる——毒素産生の有無に関わらず菌の発育・形態確認に用いる
グリセリン・血液・システイン・を含む。本菌はを還元し、を伴う黒色コロニーを形成する

は「菌がいるか」、は「毒素を作るか」を見る、役割の違う2つの検査。 培養でC. diphtheriaeと同定できても、それだけでは毒素産生株かどうかは分からない。

病原性の仕組み

菌の増殖は常に咽頭局所にとどまる。病原性の中心はというで、A(active)サブユニットが酵素活性を、B(binding)サブユニットがへの結合を担う。

flowchart TD
  A["Corynebacterium diphtheriae<br>(tox遺伝子を持つβファージに<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lysogenization'>溶原化</span>)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='diphtheria toxin'>ジフテリア毒素</span>産生<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='AB-type exotoxin'>AB型外毒素</span>)"]
  B --> C["Bサブユニットが受容体に結合し<br>細胞内へ取り込まれる"]
  C --> D["AサブユニットがeEF2を<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='ADP-ribosylation'>ADP-リボシル化</span>"]
  D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='protein synthesis inhibition'>蛋白合成阻害</span>→細胞死"]
  E --> F["局所:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pseudomembrane formation'>偽膜形成</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='bull-neck appearance'>牛の首徴候</span>・気道閉塞"]
  B --> G["毒素が血流で拡散(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='toxemia'>毒血症</span>)"]
  G --> H["心毒性:心筋炎・不整脈・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='heart block'>心ブロック</span>"]
  G --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neurotoxin'>神経毒</span>性:脱髄・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='soft palate'>軟口蓋</span>/四肢/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ophthalmoplegia'>眼筋麻痺</span>"]

💡 毒素を作れるかどうかは菌自体の遺伝子ではなく、感染しているファージ次第。 tox遺伝子は染色体上ではなくしたコリネファージβ(corynephage β)が運ぶ。非株(tox遺伝子を持たない株)は同じC. diphtheriaeでも毒素を作れず、咽頭炎を起こしてもも全身毒性も生じない——「菌がいる」ことと「毒素を作る」ことは別問題である。

💡 毒素産生は鉄が少ないほど強くなる。 毒素遺伝子の発現は鉄結合性のDtxR(diphtheria toxin repressor)が制御しており、鉄が十分にあるとDtxRが毒素遺伝子を抑え込む。咽頭粘膜のように鉄が乏しい環境ではDtxRが外れ、毒素産生が促進される——「鉄不足で病原性が上がる」という直感に反する仕組みが試験で問われやすい。

局所と全身、2つの病態

病態 機序・症状
障害(菌は局所にとどまる) 蛋白合成停止によるの壊死が、線維素・炎症細胞・壊死組織と一体化した厚い灰色のを形成する。無理に剥がすと出血する。咽頭から喉頭・気管へ広がるとと軟部組織浮腫による「牛の」徴候を呈し、が剥離・脱落すると急性の気道閉塞(窒息)を招く
全身性合併症(毒素が血流で拡散= 心毒性(心筋炎・不整脈・→心不全)は発症後1〜2週間で顕在化することが多い。性は・嚥下障害)から始まり、、後に四肢のへ進展する。深部皮膚病変(「」)を伴うこともある

⚠️ 緑膿菌のと同一機序。 Pseudomonas aeruginosaもeEF2をして蛋白合成を止める——系統の全く異なる菌が同じ分子標的に収束進化した好例で、対比して覚えると両方が定着しやすい。

感染経路と疫学

  • 伝播が主体。咽頭・鼻腔の・患者からので伝播する
  • 皮膚の創傷を介した接触伝播()もある。とくに衛生状態の悪い環境・熱帯地域で見られる
  • ヒトのみを宿主とし、ジフテリアはワクチンが高い地域では稀だが、が低下した地域では輸入例・が今も報告される
  • 潜伏期は2〜5日程度

起こす疾患

菌は局所(咽頭・喉頭・皮膚)にとどまるが、産生された毒素が全身に及ぶため、臨床像は局所病変と全身合併症の組み合わせで決まる。詳細はジフテリアを参照。

病型 特徴
咽頭・扁桃ジフテリア 最も多い病型。灰色の
が気道を狭窄・閉塞させうる緊急症
慢性の潰瘍性病変。熱帯地域・衛生不良環境で多い
全身毒性合併症 心筋炎・不整脈・、脱髄性神経障害(→眼筋→四肢の順で進展しやすい)

診断

検査 内容
が青紫色、菌体は黄緑〜褐色——「」様の外観
培養( 菌の存在を確認する。ではを伴う黒色コロニー
毒素の検出を含むを培地に埋め込み、菌株を線状に接種——毒素とが出会う位置にが現れる
Römer試験 の培養液をに接種し、一方にはを先に投与——での毒素産生を確認する(歴史的手法)
PCR tox遺伝子の検出。近年はより迅速な確認法として用いられる

⚠️ 臨床診断が先、検査確定は後。 の進行は急速で、培養・の結果を待っていると治療が手遅れになりうる。臨床像でジフテリアを疑った時点で、確定を待たずに投与を開始するのが原則である。

治療と予防

治療 内容
(受動免疫) 血流中の未結合の毒素だけを中和する——細胞に結合し終えた毒素にはもはや無効なため、臨床的に疑った時点で検査結果を待たずに投与する
抗菌薬 またはを14日間。CDCの現行推奨はこの2剤のみで、アミノグリコシド系は適応としない。抗菌薬は菌を排除して毒素産生を止め、周囲への伝播を断つ目的で用いる——の代わりにはならない
気道管理 気道閉塞をきたした場合は挿管・を含む
予防 DTaP/Tdワクチン(——(不活化毒素)を用いる

⚠️ ワクチンは毒素を防ぐが、感染・保菌までは防がない。 で毒素を中和するため重症化は防げるが、接種者でも咽頭への定着・は起こりうる。には曝露後の抗菌薬予防と、接種歴に応じたを行う。

まとめ

  • )で、ヒトのみに感染し伝播する。菌自体は局所にとどまるが、したβファージが運ぶtox遺伝子を持つ株だけがを産生する。
  • 毒素はで、eEF2をして蛋白合成を止める——緑膿菌と同一機序。毒素産生は鉄欠乏環境(DtxRの解除)で促進される
  • 局所では・気道閉塞、全身では心毒性(心筋炎・)と性(→眼筋→四肢の脱髄)を起こす。
  • 診断はで菌を確認し、で毒素産生を別途確認する——両者は役割が違う。
  • 治療の本体は(未結合の毒素だけに有効)+または。アミノグリコシドは適応外。臨床的に疑った時点で検査結果を待たずにを開始する。
  • 予防はDTaP/Td。ワクチンはを防ぐが咽頭定着・保菌までは防がない。
  • 皮膚・の常在菌である「Diphteroids)」やPropionibacteriumは同属・近縁属だが非毒素産生・低病原性で、対照的な存在として押さえる。