微生物学

微生物学 · 2/32

ジフテリア菌、ジフテロイド、プロピオニバクテリウム属

Corynebacterium diphtheriae, diphtheroids and the Propionibacterium genus

応用トピック
尋常性痤瘡の臨床型と治療
微生物
Corynebacterium diphtheriaeDiphteroidsPropionibacteriumRhodococcus equi
疾患
ジフテリア紅色陰癬人工関節感染

🧠 は「菌自体は喉に留まるのに、毒素だけが全身を回る」という二重構造で読む。 菌の増殖は常に咽頭局所にとどまるが、そこで作られるが血流に乗って心臓・末梢神経へ届き、全身症状(心筋炎・神経麻痺)を引き起こす。同じCorynebacterium属でも、皮膚・の常在菌である無害な「」やPropionibacteriumとは対照的な存在——「病原性のある一種」と「常在無害な同属他種」を対比させて覚える。

形態・生化学的性状

項目 内容
形態 、の両端
異染小体 (metachromatic granules=volutin granules)——ポリリン酸を菌体内に貯蔵する構造
生息地 皮膚、鼻・咽頭粘膜——ヒトのみに感染するヒト特異的病原体
生化学的性状 、好気性、、サッカロース(ショ糖)分解陰性

病原性因子

で伝播する。

:——A(active)サブユニットが活性、B(binding)サブユニットがを担う。

⚠️ 毒素を作る遺伝子は菌のものではなく、ファージが持ち込んだもの。 をコードする tox 遺伝子は由来の因子で、したファージを持つ株だけが毒素を産生する。tox の発現は dtxR がコードする鉄依存性の DtxR によって厳しく抑えられており、鉄が乏しい環境で抑制が外れて毒素が作られる。tox はで菌株間を移動しうる1。だから「C. diphtheriae が分離された=ジフテリアである」とは言えず、などで毒素産生能そのものを確かめる必要がある——同じ理由で、tox を獲得した C. ulcerans もジフテリア様疾患を起こす。

💡 の作用機序。 毒素はeEF2(真核生物翻訳、eukaryotic elongation factor 2)をし、リボソームの機能を阻害→蛋白合成を停止させる。蛋白合成停止は細胞死を招き、咽頭粘膜表面に厚く灰色の滲出物であるを形成する。

臨床像:ジフテリア

この毒素が引き起こす疾患がジフテリアで、経過は局所(と気道閉塞)と全身()の2系統に分かれる。

病態 機序・症状
障害(菌は常に局所にとどまる) 咽頭炎。発症2〜3日で青白色のが形成され、扁桃の小さな斑からの大半までを覆い、喉頭・鼻腔・気管へ伸びうる。が剥がれ落ちると気道閉塞(窒息)の危険2
「牛の」 重症例で部から前頸部にかけての著明な浮腫にリンパ節腫脹が加わって生じる外観2。⚠️ 喉頭・気管への進展そのものではなく、頸部軟部組織の浮腫とが正体である
全身性合併症(毒素が遠隔臓器へ拡散=, toxemia) 深部皮膚病変(「」)、心毒性(心筋炎・不整脈・→心不全に至りうる。経過の早期にも数週間後にも起こりうる)、神経毒性(脱髄性の神経障害——・・四肢の一過性麻痺)2

⚠️ 神経麻痺は「上から下へ」時間差で降りてくる。 CDCはの麻痺が第3週に最も多く、眼筋・四肢・そして横隔膜の麻痺は第5週以降に起こりうるとしている2。局所症状が治まったあとに現れるため、急性期を乗り切ってもの監視期間が残る。の推定はおおむね5〜10%2。

診断

検査 内容
(volutin granules=Babes-Ernst顆粒)が青紫色、菌体の残りは黄緑〜褐色に染まる。細胞質は淡く見え、顕微鏡下で「」様に観察される
毒素の検出。を含むを培地に埋め込み、各菌株を線状に接種——毒素とが出会う位置にが現れる
グリセリン・血液・システイン・を含む。Corynebacteriumはを還元し、を伴う黒色コロニーを形成
凝固血清・卵・心臓抽出物からなる象牙色の培地。発育が速く、形成が強く現れる
Römer試験 からの培養液をに接種し、一方にはをあらかじめ投与——での毒素産生を確認

治療・予防

  • (受動免疫)+抗菌薬(ペニシリンまたはを14日間3)——の現行推奨はこの2剤のみで、は適応としない。は抗菌薬のみで通常足りる(を併用するのは呼吸器ジフテリア)4
  • への予防投与は7〜10日間、またはGの単回筋注3
  • ⚠️ ペニシリン耐性が世界の複数地域で高率に報告されているため、薬剤選択にあたっては現地の感受性状況を考慮する43

⚠️ 抗菌薬はの代わりにならない。 治療の主体はあくまでで、抗菌薬の役割は毒素の産生を止めることと伝播を断つことに限られる4。すでに細胞へ結合した毒素はでも中和できないため、は診断を待たず臨床診断の段階で投与するという時間の勝負になる。

  • 気道閉塞をきたした場合は
  • 予防:DTPワクチン()——の(不活化毒素)を用いる

その他のCorynebacterium属

「」はC. diphtheriae以外のCorynebacterium属菌種をまとめて指す総称で、その大半は皮膚・咽頭の正常フローラである。

⚠️ ただし「=」と言い切らない。 C. ulceransはtoxを獲得すればそのものを産生し、C. jeikeiumなどは免疫抑制患者・留置患者で真のになる。下表には対比のため、常在菌ではない近縁種(C. pseudotuberculosis・Rhodococcus equi)も並べてある。

菌種 特徴
C. urealyticum 皮膚・尿路の正常フローラ、日和見病原体。強いウレアーゼ産生性で尿路感染症や(腎結石)の原因となりうる
C. ulcerans と同じ毒素を産生しジフテリア様疾患を起こしうる。扁桃炎の原因にも
C. jeikeium 皮膚の正常フローラ、日和見病原体。免疫抑制患者で心内膜炎・敗血症・髄膜炎・肺炎などの重症感染。・カテーテル表面に定着しやすく、多剤耐性を示す
C. minutissimum 皮膚の正常フローラ、(院内感染)。の(, erythrasma——好発部位はが最多で、次いで・腋窩・)や菌血症の原因
C. pyogenes(現*Trueperella pyogenes*) 潰瘍性皮膚病変。1982年にCorynebacterium属を離れてActinomyces pyogenesへ再分類され5、その後Arcanobacterium pyogenesを経て2011年に新属Trueperellaへ移された6。旧名は文献に残るので読めるようにしておく
C. xerosis 上気道・の正常フローラ。心内膜炎の原因になりうる
C. pseudodiphtheriticum 上気道・皮膚の正常フローラ、病原性はまれ
C. striatum 上気道・皮膚の正常フローラ、免疫不全時に感染
C. amycolatum Corynebacterium属では例外的にを持たない種。血液・尿・呼吸器からの検出頻度が高い。⚠️ 「唯一」ではない——C. kroppenstedtii(との関連で知られる)も同じくを欠く種として記載されている7
C. pseudotuberculosis むしろ動物に疾患を起こす
Rhodococcus equi(旧C. equi) ウマとその糞便・放牧地土壌に由来する環境菌で、ヒトの常在菌ではない。細胞性免疫が破綻した宿主(とくに進行/)で優位のを起こす日和見病原体

Propionibacterium属

  • Propionibacterium属はCorynebacteriumに近縁で、皮膚の正常フローラの一員
  • 一般にで、脂肪酸を産生し皮膚を真菌・酵母の増殖から保護する
  • しかしであるPropionibacterium acnesが毛包内に閉じ込められると急速に増殖し、炎症・()を起こす
  • の正常フローラとしても検出される

⚠️ 学名が変わっている:Propionibacterium acnes → Cutibacterium acnes(2016年)。 Propionibacteriaceae科162株の全ゲノム比較で、16S による系統と高のコアゲノム系統が大きく食い違うことが示され、皮膚常在のプロピオニバクテリウム群がCutibacterium属として分離された(同時にAcidipropionibacterium属・Pseudopropionibacterium属も新設)8。旧名のP. acnesは教科書・実習・文献に大量に残るので両方読めるようにしておく。

💡 だけの菌ではない——で本領を発揮する。 Cutibacterium acnesはの多い肩・胸部の皮膚に濃く常在するため、ので最多の起因菌として問題になる。発育が遅く、通常の5日程度の培養では検出できない。人工関節再置換術198件の検体に28日間のを適用した検討では、からの検出には13日間の培養が必要で、13日を超えると臨床的に意味のない(汚染菌)の検出が増え始めた(21.7%)。またを嫌気培地だけに限っていた場合は患者の29.4%で診断を取り逃がしていた9。「培養陰性の」を見たらこの菌を疑い、あらかじめ2週間の培養を検査室に依頼する。

flowchart TD
  A["Corynebacterium diphtheriae<br>(咽頭局所にとどまる)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='diphtheria toxin'>ジフテリア毒素</span>産生<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='AB-type exotoxin'>AB型外毒素</span>)"]
  B --> C["eEF2の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ADP-ribosylation'>ADP-リボシル化</span><br>→<span class='jp-term jp-term-diagram' title='protein synthesis inhibition'>蛋白合成阻害</span>→細胞死"]
  C --> D["局所:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pseudomembrane formation'>偽膜形成</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='bull-neck appearance'>牛の首徴候</span>・気道閉塞"]
  B --> E["毒素が血流で拡散(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='toxemia'>毒血症</span>)"]
  E --> F["心毒性:心筋炎・不整脈・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='heart block'>心ブロック</span>"]
  E --> G["神経毒性:脱髄・四肢/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ophthalmoplegia'>眼筋麻痺</span>"]

まとめ

  • C. diphtheriaeは(・)で、ヒトのみに感染し伝播する。菌自体は咽頭局所にとどまるが、AB型のがeEF2をして蛋白合成を止め、局所と全身毒性(心毒性・神経毒性)を引き起こす。
  • 診断は()、()、・での培養性状、Römer試験(in vivo毒素確認)を組み合わせる。
  • 治療は(受動免疫)+抗菌薬、気道閉塞時は。予防はDTPワクチン(、)。
  • 「」と総称される他のCorynebacterium属菌種は基本的に皮膚・咽頭の常在菌だが、免疫抑制患者や患者では日和見感染源となりうる(C. jeikeiumの多剤耐性に注意)。
  • Propionibacterium属も皮膚常在の近縁菌で通常は無害だが、P. acnes(2016年にCutibacterium acnesへ改称)が毛包に閉塞するとの原因となる。人工関節・の術後感染では最多の起因菌となり、検出には13日間のを要する。

出典

  1. 1.Genomic regulation of the diphtheria toxin gene and Its implications for molecular diagnostics and surveillance in low-resource settings(Molecular Biology Reports・2026)ジフテリアの病原性が主にジフテリア毒素によって決まり、その毒素をコードする tox 遺伝子がバクテリオファージ由来の因子であること、tox の発現が dtxR 遺伝子がコードする鉄依存性の転写抑制因子 DtxR によって厳密に制御されること、tox が水平伝播によって菌株間を移動しうること——つまり毒素産生能は Corynebacterium diphtheriae という菌種そのものの性質ではなく溶原化したファージが持ち込む性質であることを確認した。閲覧 2026-08-26
  2. 2.Chapter 7: Diphtheria — Epidemiology and Prevention of Vaccine-Preventable Diseases (Pink Book)(CDC・2024)偽膜が発症2〜3日で形成され扁桃の一部から軟口蓋の大半までを覆いうること(原文「Within 2 to 3 days, a bluish-white membrane forms and extends, varying in size from covering a small patch on the tonsils to covering most of the soft palate.」)、いわゆる「牛の首」が重症例における顎下部と前頸部の著明な浮腫にリンパ節腫脹を伴った外観であること(原文「Patients with severe disease may develop marked edema of the submandibular areas and the anterior neck along with lymphadenopathy, giving a characteristic bull neck appearance.」)、神経麻痺の順序が「軟口蓋麻痺は第3週に最も多く、眼筋・四肢・横隔膜の麻痺は第5週以降に起こりうる」であること(原文「Paralysis of the soft palate is most frequent during the third week of illness. Paralysis of eye muscles, limbs, and the diaphragm can occur after the fifth week.」)、心筋炎が経過の早期にも数週間後にも起こりうること、致命率の推定がおおむね5〜10%であることを確認した。最終更新は2024年4月23日。⚠️ cdc.gov は素の curl が403を返すため WebFetch 経由で取得した(上記の引用は逐語で返っている)閲覧 2026-09-08
  3. 3.Chapter 1: Diphtheria — Manual for the Surveillance of Vaccine-Preventable Diseases(Centers for Disease Control and Prevention・2025)C. diphtheriae 感染者は感染部位・症状の有無・毒素産生性にかかわらず抗菌薬治療を受けるべきであること、その治療期間が「エリスロマイシンまたはペニシリンを14日間(administered over 14 days)」であること、濃厚接触者への予防投与がエリスロマイシン7〜10日間またはベンザチンペニシリンG単回筋注であることを確認した(最終更新は2025年1月8日で、2026-09-08 の再取得でも変わっていない)閲覧 2026-09-08
  4. 4.Clinical Guidance for Diphtheria(CDC・2026)呼吸器・皮膚ジフテリアの抗菌薬治療について「Only erythromycin or penicillin is recommended.」とし、この2剤以外を推奨しないこと、世界の複数地域でペニシリン耐性が高率に報告されており薬剤選択時に考慮すべきこと、呼吸器ジフテリアは抗毒素と抗菌薬で治療し皮膚ジフテリアは抗菌薬のみで通常足りること、抗菌薬は毒素の産生停止・伝播防止が目的であって抗毒素の代替にはならないことを確認した。用量・投与期間および年齢による使い分けはこの文書には記載が無い。最終更新は2026年7月31日で、2026-09-08 の再取得でも変わっていない。⚠️ cdc.gov は素の curl が403を返すため WebFetch 経由で取得しており、記載の不在は要約経由の判定である。閲覧 2026-09-08
  5. 5.Reclassification of Corynebacterium pyogenes (Glage) in the genus Actinomyces, as Actinomyces pyogenes comb. nov.(Journal of General Microbiology・1982)Corynebacterium pyogenes が Corynebacterium 属の基準種 C. diphtheriae と大きく異なるため同属に留められないこと、数値表現型データと化学分類データが Actinomyces bovis との近縁性を示すことから Actinomyces pyogenes へ再分類されたことを確認した——すなわち pyogenes は1982年の時点で既に Corynebacterium 属を離れている。閲覧 2026-08-26
  6. 6.Comparative chemotaxonomic and phylogenetic studies on the genus Arcanobacterium Collins et al. 1982 emend. Lehnen et al. 2006: proposal for Trueperella gen. nov. and emended description of the genus Arcanobacterium(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology・2011)Arcanobacterium属が単系統ではないことが16S rRNAシグナチャー塩基・メナキノン・リン脂質組成の比較で示され、A. abortisuis・A. bernardiae・A. bialowiezense・A. bonasi・A. pyogenes の5種が新属 Trueperella へ移されたこと(Arcanobacterium pyogenes → Trueperella pyogenes)を確認した。閲覧 2026-08-26
  7. 7.Corynebacterium kroppenstedtii sp. nov., a novel corynebacterium that does not contain mycolic acids(International Journal of Systematic Bacteriology・1998)ヒト臨床検体から分離された新種 Corynebacterium kroppenstedtii が Corynebacterium sensu stricto の中の深い独立した系統枝を成し、化学分析で「ミコール酸を欠く」点が異例であるとして記載されたことを確認した——すなわちミコール酸を持たない Corynebacterium 属菌種は C. amycolatum だけではない閲覧 2026-09-08
  8. 8.The natural history of cutaneous propionibacteria, and reclassification of selected species within the genus Propionibacterium to the proposed novel genera Acidipropionibacterium gen. nov., Cutibacterium gen. nov. and Pseudopropionibacterium gen. nov.(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology・2016)Propionibacteriaceae科162株の全ゲノム比較により16S rRNA遺伝子系統と高解像度コアゲノム系統の間に大きな乖離があることが示され、皮膚常在の「cutaneous propionibacteria」がCutibacterium属として新属に移されたこと(Propionibacterium acnes → Cutibacterium acnes)、同時にAcidipropionibacterium属・Pseudopropionibacterium属も新設されたことを確認した。閲覧 2026-08-26
  9. 9.Optimization of periprosthetic culture for diagnosis of Propionibacterium acnes prosthetic joint infection(Journal of Clinical Microbiology・2011)人工関節再置換術198件の関節周囲検体すべてに28日間の延長培養を適用して後方視的に検討した結果、人工関節感染からの Propionibacterium acnes(現 Cutibacterium acnes)の検出には13日間の培養が必要であること、13日を超えて培養を続けると臨床的に意味のない分離株の検出が増えること(21.7%)、延長培養を嫌気培地にのみ適用していた場合は患者の29.4%で診断を取り逃がしていたことを確認した。閲覧 2026-08-26