組織学

組織学 · 11.2

呼吸器:呼吸部

Respiratory system — Respiratory portion

応用トピック
間質性肺疾患呼吸器救急間質性肺疾患の病理と診断特発性肺線維症
疾患
肺胞蛋白症
検査値
抗GM-CSF自己抗体

🧠 肺胞は「ガス交換に特化した薄い細胞(I型)」と「サーファクタントを分泌する厚い細胞(II型)」の2種類の上皮細胞で成り立つ、と数の少ないシンプルな図式で覚える。 I型は面積の大部分を占めるが数は少なく、II型は面積は小さいが数が多い——「広く薄いI型」「狭く厚いII型」という対比で2型の役割分担を押さえる。

肺胞とⅠ型・Ⅱ型肺胞上皮細胞

肺胞は(, pneumocytes)に裏打ちされたの袋状構造で、ここでガス交換が行われる。

💡 肺胞の数は「約3億個」と一律に覚えないほうがよい。 仮定に依存しないデザインベース定量でヒト成人肺を実測すると、肺胞数の平均は4億8000万個、範囲は2億7400万〜7億9000万個(37%)とが大きい1。一方で肺胞1個の大きさは肺の大小によらずほぼ一定(平均4.2×10⁶ µm³、10%)で、肺実質1 mm³あたり約170個——つまり「肺が大きい人は肺胞が大きいのではなく、数が多い」。ガス交換面積も生体推定で男性118±22 m²、女性91±18 m²と性差・加齢差があり、加齢とともに減少する2。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pneumocytes'>肺胞上皮細胞</span>"]
  A --> B["I型<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pneumocytes'>肺胞上皮細胞</span>(type I):扁平・薄い、ガス交換の主体、面積の大部分を占める"]
  A --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='type II alveolar epithelial cell (pneumocyte)'>II型肺胞上皮細胞</span>(type II):立<span class='jp-term jp-term-diagram' title='squared-off'>方形</span>、サーファクタント分泌"]
細胞 形態 機能
I型 扁平、細胞質が極めて薄い ガス交換(拡散)に特化、をもたない
立、を含む サーファクタントの分泌、I型細胞の前駆細胞としての幹細胞的性質ももつ3

⭐ サーファクタントは肺胞のを下げ、肺胞の虚脱を防ぐ——が高いままだと小さな肺胞ほど内圧が高くなり(の法則)虚脱しやすくなるが、サーファクタントがこれを緩和することで肺全体の柔軟性(コンプライアンス)が保たれる。はの直接的な原因となる。

血液空気関門

肺胞とその周囲の毛細血管との間には、ガスが拡散する経路として極めて薄いが形成される。

flowchart TD
  A["I型<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pneumocytes'>肺胞上皮細胞</span>(薄い細胞質)"]
  A --> B["融合した基底膜(肺胞上皮+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='capillary endothelium'>毛細血管内皮</span>)"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='capillary endothelium'>毛細血管内皮</span>細胞(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='continuous capillary'>連続性毛細血管</span>)"]

この3層構造は合計でも0.2〜0.5μm程度と極めて薄く、酸素・の効率的な拡散を可能にする。

💡 この「0.2〜0.5 µm」は関門の最も薄い部分の値で、肺全体の平均ではない。 ではヒトのの最薄部が0.2〜0.4 µm、の推定に最も重要な調和平均厚は約0.62 µmとされる4。毛細血管がへ膨らむため、関門には基底膜が融合した「薄い側」と間質が挟まる「厚い側」ができ、ガス交換は主に薄い側で起こる——最薄部の値と平均値が食い違うのはこのためで、どちらか一方だけを「関門の厚さ」と覚えると数字が合わなくなる。代謝が極端に高いトガリネズミではさらに薄く0.33 µmになる。

肺胞マクロファージとⅠ型肺胞上皮細胞

内には遊走性の(塵埃細胞, dust cells)が存在し、吸入された微粒子・病原体を貪食する(03-1-cellsの)。

⚠️ は「血中の単球が肺胞へ出てきたもの」ではない。 成体マウスのBrdU標識とパラビオーシスで、定常状態の集団への血中単球の寄与は最小限であることが示されている56。実体は単球(原始マクロファージではない)に由来し、生後3日でを占拠し、GM-依存的に生後1週間で表現型が固まり、以後はその場で自己複製して一生維持される組織常在集団である。GM-欠損マウスではが分化しない——でGM-シグナルの破綻が問題になるのは、この依存性の裏返しとして理解できる。にはさらにという小孔があり、隣接する肺胞間で空気のを可能にする。

💡 「なぜI型は分裂しないのに、肺の傷害後に上皮が再生できるのか」という一見矛盾する現象は、II型細胞がI型細胞の幹細胞的な前駆体として働き、傷害後に増殖してI型細胞へ分化することで説明できる——II型細胞はサーファクタント分泌だけでなく、肺胞上皮の再生源としての役割も担っている。これは「II型細胞は前駆細胞らしい」という印象論ではなく、追跡でSFTPC陽性細胞が約1年にわたり自己複製と分化を続けること、単離した1個の細胞が3次元培養で自己複製するアルベオロスフェアを作りI型細胞マーカー陽性細胞を生じることによって示された3。

💡 肺胞上皮を「I型とII型の2種類だけ」で閉じると、近年の細胞地図と合わなくなる。 2022年にヒト末梢肺の単一細胞・空間トランスーム解析が2報同時に発表され、に固有の細胞集団が同定された——一方は(RA、呼吸細胞)で、でII型細胞へのの前駆細胞として働き、で転写状態が変化する7。もう一方はAT0細胞という二方向性の中間状態で、再生中のII型細胞が一過性にこの状態を取り、そこからI型細胞にものにも分化しうる8。⚠️ どちらもマウスには対応する構造・経路がないヒト/霊長類固有の所見で、マウスの実験結果をそのままヒトへ持ち込めない例として重要。I型・II型という古典的な2分類は今も肺胞の骨格だが、その周辺に「移行状態」と「気道側の供給源」が加わった、と位置づける。

まとめ

  • 肺胞上皮はI型(薄い、ガス交換主体)とII型(サーファクタント分泌、I型の前駆細胞)の2種の細胞からなる。
  • サーファクタントはを下げ肺胞の虚脱を防ぎ、欠乏はの原因となる。
  • はI型肺胞上皮・融合した基底膜・の3層からなる極めて薄い構造。
  • は単球に由来しGM-依存的に定着する組織常在集団で、その場で自己複製しながら吸入した微粒子・病原体を貪食する。は隣接肺胞間のを可能にする。
  • 肺胞数はヒト成人で平均4億8000万個(範囲2億7400万〜7億9000万)とが大きく、肺胞1個の大きさはほぼ一定である。
  • 単一細胞解析により、のRAとAT0細胞というヒト固有の前駆/中間状態が同定され、I型・II型の2分類の外側に細胞地図が広がった。

出典

  1. 1.The number of alveoli in the human lung(American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine・2004)仮定に依存しないデザインベース定量形態計測(physical disectorとEuler数)でヒト成人肺6例を実測した結果、肺胞数の平均は4億8000万個(範囲2億7400万〜7億9000万、変動係数37%)。肺胞数は全肺容積と強く相関する一方、肺胞1個の大きさは肺の大小によらずほぼ一定で平均4.2×10⁶ µm³(範囲3.3〜4.8×10⁶ µm³、変動係数10%)。肺実質1 mm³あたり約170個の肺胞が含まれる閲覧 2026-08-24
  2. 2.Estimating alveolar surface area during life(Respiration Physiology・1992)全肺気量と平均線状切片長から生体で肺胞表面積を推定した健常者147人の実測で、男性95人(平均40±16歳)は118±22 m²、女性52人(平均38±17歳)は91±18 m²であり、いずれも加齢とともに減少した(p<0.001)閲覧 2026-08-24
  3. 3.Type 2 alveolar cells are stem cells in adult lung(The Journal of Clinical Investigation・2013)遺伝学的系譜追跡により、SFTPC陽性のII型肺胞上皮細胞は約1年にわたり自己複製と分化を続ける長期の肺胞幹細胞集団であることが示された。II型細胞を大量に除去すると生き残った個々の細胞が急速にクローン性増殖を起こし、単離した1個のII型細胞は3次元培養で自己複製する「アルベオロスフェア」を形成してII型細胞とI型細胞マーカー(HOPX等)陽性細胞の両方を生じる。この分化はPDGFRα陽性間質細胞との共培養で最もよく起こる閲覧 2026-08-24
  4. 4.Bioengineering the Blood-gas Barrier(Comprehensive Physiology・2020)ヒトの血液空気関門は、拡散能の推定に最も重要とされる調和平均厚が0.62 µm、最も薄い部分は0.2〜0.4 µmと見積もられる。毛細血管が肺胞腔へ膨隆するため関門には「薄い側」と「厚い側」ができる。代謝が極めて高いトガリネズミではさらに薄く0.33 µmである閲覧 2026-08-24
  5. 5.Alveolar macrophages develop from fetal monocytes that differentiate into long-lived cells in the first week of life via GM-CSF(The Journal of Experimental Medicine・2013)成体マウスのBrdU標識とパラビオーシスにより、定常状態の肺胞マクロファージ集団への血中単球の寄与は最小限であることが示された。成熟肺胞マクロファージは出生前には存在せず、生後3日で肺胞腔を占拠する。移入実験により主たる前駆細胞は原始マクロファージではなく胎生期単球であると同定され、GM-CSF欠損マウスでは分化が起こらない。胎生期単球由来の肺胞マクロファージは生後1週間で表現型が安定し、以後は自己維持する閲覧 2026-08-24
  6. 6.Tissue-resident macrophages self-maintain locally throughout adult life with minimal contribution from circulating monocytes(Immunity・2013)パラビオーシスと運命追跡により、定常状態の組織マクロファージへの血中単球の寄与は有意でないことが確認された。肺マクロファージ枯渇後の回復も大半がM-CSF・GM-CSF依存性のその場での確率的増殖による閲覧 2026-08-24
  7. 7.Human distal airways contain a multipotent secretory cell that can regenerate alveoli(Nature・2022)ヒトの呼吸細気管支には、より中枢側の気道の細胞とは異なる固有の分泌細胞集団(呼吸気道分泌細胞、RAS細胞)が存在する。オルガノイド解析でRAS細胞はII型肺胞上皮細胞への一方向性の前駆細胞として働き、その分化はNotchとWntで制御される。慢性閉塞性肺疾患ではRAS細胞の転写状態が変化し、異常なII型肺胞上皮細胞状態と対応する。マウスには対応する構造がない閲覧 2026-08-24
  8. 8.Human distal lung maps and lineage hierarchies reveal a bipotent progenitor(Nature・2022)ヒト末梢気道の空間トランスクリプトームと単一細胞解析により、終末細気管支・呼吸細気管支に特異的な細胞型として「AT0細胞」と終末/呼吸細気管支分泌細胞(TRB-SC)、および気道関連LGR5陽性線維芽細胞が同定された。非ヒト霊長類の肺傷害モデルとヒト検体で、再生中のII型肺胞上皮細胞は一過性にAT0状態を取り、そこからI型肺胞上皮細胞にもTRB-SCにも分化しうる。この分化経路はマウス肺で同定されたものとは異なる閲覧 2026-08-24