微生物学

微生物学 · 2/24

炭疽菌とその他のバチルス属

Bacillus anthracis and other species of the Bacillus genus

微生物
Bacillus anthracisBacillus cereus
疾患
炭疽
症状
エスカー痂皮
画像所見
縦隔拡大出血性縦隔リンパ節腫脹

🧠 は「2つの毒素は必ずセットで働く」というAB毒素の教科書的モデルとして読む。 (PA=Protective Antigen)は細胞への「入口」を作るだけで、それ自体は無害。そこへ(EF)が乗れば細胞内が上昇し浮腫・を起こし、(LF)が乗ればMAPK(活性化タンパクキナーゼ)を切断し細胞死・壊死(=eschar)を起こす——PAなしにEF・LFは細胞内に入れず、EF・LFなしにPAは何も起こさない。侵入経路(肺・皮膚・消化管)が違っても、この「PAが鍵穴、EF/LFが実行犯」という構造は共通している。

炭疽菌

形態・生化学的性状

項目 内容
形態 グラム陽性大型桿菌、に配列
生息地 人獣共通感染症(動物)、土壌、皮膚
莢膜 ()——通常の細菌莢膜が多糖なのに対し、ポリペプチド性である点が特異的。合成オペロン capBCAD はプラスミド pXO2 上にあり、莢膜を欠く株はマクロファージに容易に貪食され、マウス吸入モデルでは肺で発芽しても脾臓へ播種できず著明にする——莢膜はだけでなく播種そのものに必要1
発育条件 ——酸素存在下でしか増殖できない
芽胞を形成——長期間・あらゆる環境で。栄養が乏しい間は代謝的に不活性な芽胞のまま留まり、環境条件が整うと発芽して活動を再開する

病原性因子:2つの毒素

の毒性はを介して細胞内に運び込まれる2つの酵素——と——による。両方が揃って初めて症状が成立する。

⚠️ 孔を作るのはPAであって、EF・LFではない。 PAは受容体に結合して複合体を集合させ、膜に孔(ポア)を形成してEF・LFを細胞質へ転送する。EF・LFはいずれも細胞質の基質に作用する酵素で、膜に穴を開ける活性は持たない2。つまり「PA+EF=浮腫毒素」「PA+LF=致死毒素」という2つの二成分毒素で、共通部品がPAである。

💡 毒素と莢膜は別々のプラスミドに載っている。 毒素3成分の構造遺伝子 pagA(PA)・lef(LF)・cya(EF)は pXO1(182 kb)上の別々の座位に、莢膜合成遺伝子 capBCA と遺伝子 dep は pXO2(96 kb)上のオペロンにある。pXO1 上の制御遺伝子 atxA が毒素・莢膜の両方を正に制御し、転写は37℃とイオン/——すなわち宿主体内の条件——で誘導される3。どちらか一方のプラスミドを失った株はする(がこの原理を使う)。

因子 機序 効果
(EF) PAにより細胞内へ運ばれ、として作用→細胞内上昇 浮腫の形成、マクロファージ機能障害(を可能にする)
(LF) プロテアーゼとして働き、MAPK(mitogen-activated protein kinase)を切断 細胞増殖シグナルの破綻→壊死(臨床的にはとして現れる)
flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='protective antigen, PA'>防御抗原</span>(PA)が細胞膜上の受容体に結合"] --> B["PA が孔を形成し<br>EF・LF を細胞内へ運び込む"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='edema factor, EF'>浮腫因子</span>(EF)流入"]
  B --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lethal factor, LF'>致死因子</span>(LF)流入"]
  C --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='adenylyl cyclase, AC'>アデニル酸シクラーゼ</span>活性化 → <span class='jp-term jp-term-diagram' title='cyclic adenosine monophosphate'>cAMP</span>↑"]
  D --> F["MAPK を切断(プロテアーゼ活性)"]
  E --> G["浮腫・マクロファージ機能障害"]
  F --> H["細胞増殖破綻 → 壊死(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='black eschar'>黒色痂皮</span>)"]

臨床像:炭疽の病型(古典的な3型+注射炭疽)

病型 経路・機序 症状
() 土壌中の芽胞が動物(特に羊毛)を汚染→ヒトが吸入 、。未治療ならほぼ致死的だが、現代の下での致死率は約46%——2001年の米国のでも11例中5例がショックを呈した4
の芽胞が皮膚から侵入し発芽・増殖 無痛性の丘疹→水疱を伴う潰瘍→壊死()
芽胞の摂食(まれ) 侵入部位に→・腹痛・嘔吐→浮腫・敗血症→死亡。致死率25〜60%4
芽胞に汚染されたの注射(近年ヨーロッパで2度の)——従来の3病型に加わった第4の病型 注射部位の重症軟部組織感染。を欠き潜伏期も推奨治療もと異なるため見落とされやすい。治療しても致死率約33〜35%54

共通所見:——周囲を紅斑で縁取られた性皮膚病変。

診断・治療

項目 内容
培養 培地で「」コロニー(病変滲出液の塗抹検体から)
血液寒天培地 溶血なし()
血清学 抗PA IgGの
治療 単剤では治療しない。 2023 のTable 8は全身性のレジメンをレジメン1〜8として推奨順の降順に並べており、髄膜炎の有無で表を分けるのではなくどこから始めるかで切り替える。第1選択は異なるクラスの2剤+()または合成阻害薬1剤(例:++)で、髄膜炎が疑われず感受性が判明していればレジメン2(1剤+ 1剤、例:+ドキシサイクリン)から始めてよい。⚠️ は・ドキシサイクリンが優先される——/の観点から血漿・髄液中のがリネゾリド・クリンダマイシンより大きいためである(ただし髄膜炎ではが期待される薬剤としてクリンダマイシンも選択肢に残る)。いずれもの併用が推奨される6。合併症のないはまたはドキシサイクリンの単剤経口でよい
曝露後予防 抗菌薬(またはドキシサイクリン)60日間投与が基本——芽胞が肺内で長期間発芽しうるため6

Bacillus cereus(セレウス菌)

形態・生化学的性状

項目 内容
形態 グラム陽性大型桿菌、配列
生息地 自然環境に広く分布
莢膜 莢膜なし、鞭毛を有する
発育条件 、

病原性因子・臨床像:食中毒の2病型

B. cereusのは毒素の種類によってが対照的な2つの型に分かれる。

病型 潜伏期 毒素 汚染源
短い(1〜6時間)——黄色ブドウ球菌のに類似 =()。極めて安定で通常の食品加工では不活化されないため、食品中で作られた毒素をそのまま摂取して発症する食品内毒素型である7 調理後常温放置された米飯料理
長い(8〜16時間)——のに類似 →上昇 汚染された食肉・野菜

・外傷への直接侵入により創傷感染を起こすこともある。

:嘔吐、悪心、腹部けいれん、下痢

診断・治療・予防

項目 内容
培養 培地で「」コロニー
血液寒天培地 β溶血
陽性
治療 輸液による支持療法のみ
予防 調理後の食品の適切な保存

その他の好気性芽胞形成菌

一部のBacillus属・近縁属は抗菌薬(多くはポリペプチド系)の産生菌として、あるいは工程の検証用生物指標として利用される。

菌 産生される抗菌薬の例
Brevibacillus brevis グラミシジン、チロトリシン
Bacillus cereus セレキシン、ズウィッターマイシン
Bacillus circulans サーキュリン
Brevibacillus laterosporus ラテロスポリン
Paenibacillus polymyxa 、
Bacillus pumilus プムリン
Bacillus subtilis 、ディフィシジン、スブチリン、マイコバチリン

は熱手順(オートクレーブなど)の有効性を検証する生物学的インジケーターとして用いられる。

まとめ

  • はグラム陽性大型桿菌でに配列し、()とを特徴とする。
  • 毒性はPA()が細胞内への「入口」を作り、そこにEF(、上昇)またはLF(、MAPK切断)が乗ることで発揮される——両方が揃って初めて症状化するAB毒素の典型例。膜に孔を開けるのはPAであってEF・LFではない2。毒素遺伝子は pXO1、莢膜遺伝子は pXO2 という別々のプラスミド上にある3。
  • は経路により(吸入)・()・(摂食、まれ)の3病型に分かれ、近年これに(汚染の注射)が加わった。致死率は皮膚約1%・消化管25〜60%・肺46%・注射33%で、の「ほぼ100%」は未治療時の値であり現代の下の実測とは異なる4。
  • Bacillus cereusは菌で、短潜伏の(、S. aureus類似)と長潜伏の(、C. perfringens類似)の対照的な2病型を持つ。
  • は抗菌薬(、など)の産生源や、に利用される。

出典

  1. 1.Capsule synthesis by Bacillus anthracis is required for dissemination in murine inhalation anthrax(The EMBO Journal・2005)炭疽菌の莢膜がポリD-グルタミン酸(アミノ酸残基)からなり、その合成オペロン capBCAD がプラスミド pXO2 上にあること、莢膜非産生株はマクロファージ株に容易に貪食されるのに対し莢膜産生株は貪食抵抗性であること、capBCAD を特異的に欠失させた株はマウス吸入炭疽モデルで肺での発芽は起こすものの脾臓への播種ができず著明に弱毒化することを確認した。莢膜は貪食回避だけでなく播種そのものに必要である。閲覧 2026-08-26
  2. 2.Anthrax toxin: receptor binding, internalization, pore formation, and translocation(Annual Review of Biochemistry・2007)炭疽毒素は単独では無毒な3つの蛋白からなる。防御抗原(PA)が受容体に結合して複合体の集合と取り込みを担い、エンドソーム膜に孔を形成して致死因子(LF)と浮腫因子(EF)を細胞質へ転送する。LFとEFはいずれも細胞質の基質に作用する酵素であり、孔を作るのはPAであってEFではない。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Bacillus anthracis genetics and virulence gene regulation(Current Topics in Microbiology and Immunology・2002)炭疽菌のゲノムは約5.3 Mbの染色体と2つのプラスミド pXO1(182 kb)・pXO2(96 kb)からなる。毒素3成分の構造遺伝子 pagA(防御抗原)・lef(致死因子)・cya(浮腫因子)は pXO1 上の別々の座位にあり、莢膜合成遺伝子 capB・capC・capA と脱重合遺伝子 dep は pXO2 上のオペロンに並ぶ。pXO1 上の atxA が毒素遺伝子と莢膜遺伝子の両方を正に制御し、転写は37℃と重炭酸イオン/二酸化炭素で誘導される。閲覧 2026-08-26
  4. 4.Anthrax infection(American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine・2011)症例集積に基づく推計で、皮膚炭疽・消化管炭疽・肺炭疽・注射炭疽の致死率はそれぞれ約1%、25〜60%、46%、33%である。2001年の米国のアウトブレイクでは肺炭疽11例中5例がショックを呈した。従来の3病型(皮膚・消化管・吸入)に加え、注射薬物使用者の重症軟部組織感染という第4の病型が新たに現れている。閲覧 2026-08-26
  5. 5.Injectional anthrax in human: A new face of the old disease(Advances in Clinical and Experimental Medicine・2018)注射炭疽(injectional anthrax)は炭疽菌の芽胞に汚染されたヘロインによって起こる新しい病型で、近年ヨーロッパで2度のアウトブレイクを引き起こした。症状・潜伏期間・推奨される治療のいずれも従来の「自然」病型と異なり、治療を行っても致死率は約35%である。ヘロインの汚染源は特定されておらず、今後も新たな症例が起こりうる。閲覧 2026-08-26
  6. 6.CDC Guidelines for the Prevention and Treatment of Anthrax, 2023(Centers for Disease Control and Prevention (MMWR Recommendations and Reports)・2023)全身性炭疽(髄膜炎を除外できる場合)の治療が異なるクラスの殺菌性抗菌薬2剤に蛋白合成阻害薬1剤(テトラサイクリン系など)を加えた3剤併用を基本とすること、髄膜炎合併・除外できない場合はフルオロキノロン系+β-ラクタム系/カルバペネム系の殺菌薬2剤にリネゾリドまたはクリンダマイシンを加えた3剤併用へ構成が変わること、いずれも抗毒素の併用が推奨されること、曝露後予防が抗菌薬60日間投与を基本とすることを確認した。閲覧 2026-08-26
  7. 7.Cereulide and Emetic Bacillus cereus: Characterizations, Impacts and Public Precautions(Foods (MDPI)・2023)嘔吐型食中毒の原因毒素セレウリドは極めて安定な毒素で、通常の食品加工では不活化されない。菌そのものではなく食品中で産生済みのセレウリドを摂取することで発症する食品内毒素型(intoxication)である。閲覧 2026-08-26