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Disease Atlas · 感染症 · 疾患

炭疽

Anthrax

臓器系
感染症皮膚呼吸器
科目
Medical Microbiology
トピック
微生物学 2/24:炭疽菌とその他のバチルス属微生物学 5/1:皮膚・創傷感染を起こす細菌(一覧)とその診断
鑑別疾患
野兎病
合併症
細菌性髄膜炎
続発疾患
敗血症
治療薬
シプロフロキサシンレボフロキサシンドキシサイクリンミノサイクリンメロペネムリネゾリドクリンダマイシンラキシバクマブオビルトキサキシマブ
原因微生物
Bacillus anthracis
症状
エスカー浮腫発熱
画像所見
縦隔拡大出血性縦隔リンパ節腫脹
適応薬
オビルトキサキシマブノルフロキサシンラキシバクマブ

🧠 全体像:は(Bacillus anthracis)の芽胞がどこから体内に入ったかで臨床像がまったく別物になる感染症である。皮膚・吸入・経口・注射という4つのが、そのまま4つの病型に対応する——この一対一対応さえ押さえれば、症状の羅列を覚える必要はない。もう一つの軸は、という位置づけで、疑った時点での検査室への事前連絡と、通常の細菌感染とは異なる長期の曝露後予防(曝露なら最長60日間)が求められる。

病態:侵入経路が病型を決める

芽胞は皮膚の微小な傷、吸入、汚染食肉の摂取、汚染の注射のいずれかから体内に入り、発芽したが局所で増殖しながら莢膜(貪食からの回避)と(PA・EF・LF)によりを起こす(毒素のはを参照)。EFによる浮腫とLFによる壊死という同じ2つの効果が、侵入部位ごとに異なる臨床像として現れる。

flowchart TD
    A["芽胞の侵入経路"] --> B["皮膚:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='microtrauma'>微小外傷</span>から侵入"]
    A --> C["肺:吸入"]
    A --> D["消化管:汚染食肉の摂食"]
    A --> D2["注射:汚染<span class='jp-term jp-term-diagram' title='heroin'>ヘロイン</span>の注射"]
    B --> E["局所で発芽・増殖<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='edema factor, EF'>浮腫因子</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lethal factor, LF'>致死因子</span>が作用"]
    C --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='alveolar macrophages'>肺胞マクロファージ</span>に貪食され<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='mediastinal lymph nodes'>縦隔リンパ節</span>へ運ばれて発芽"]
    D --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intestinal mucosa'>腸管粘膜</span>で発芽・増殖"]
    D2 --> G2["注射部位の軟部組織で発芽・増殖"]
    E --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='black eschar'>黒色壊死</span>性<span class='jp-term jp-term-diagram' title='eschar'>エスカー</span>+著明な浮腫"]
    F --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mediastinal lymph nodes'>縦隔リンパ節</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hemorrhagic necrosis'>出血性壊死</span><br>→<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mediastinal widening'>縦隔拡大</span>・急激な呼吸不全"]
    G --> J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mesenteric lymphadenopathy'>腸間膜リンパ節腫脹</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hemorrhagic enteritis'>出血性腸炎</span>"]
    G2 --> K["深部真皮・皮下の広範な壊死と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='non-pitting edema'>非圧痕性浮腫</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='eschar'>エスカー</span>を作らない"]

感染経路と疫学

  • 人獣共通感染症:・ヒツジ・ヤギなど草食動物がで、芽胞は土壌中で数十年単位生存する。
  • (獣毛・皮革・骨粉を扱う労働者)に加え、として散布が想定される1。
  • は欧州の使用者にほぼ限定して報告されており、注射薬物使用歴のない人での報告は無い1。原因不明の重症軟部組織感染で注射薬物使用歴があればする。
  • ヒト-ヒト感染はまれで、主要な伝播経路とは考えられていない1。

臨床像:4つの病型

病型 頻度 特徴 致死率1
最多(世界の報告例の95〜99%) 無痛性・の丘疹→水疱を経て、周囲を著明な浮腫で縁取られた無痛性の黒色に進行する。発熱は約3分の1にとどまり、はあっても疼痛・排膿は乏しい1 適切な抗菌薬治療下では1%未満。未治療では最大20%が全身性へ進展し、その場合の致死率は10〜20%
吸入 まれ 潜伏期1〜7日での経過をとる——発熱・倦怠感・筋痛・という非特異的なに続き、突然の呼吸困難・低酸素血症・発汗・ショックへ急転する。のにより胸部X線・でと胸水を来す 未治療で85〜90%。との速やかな開始で40〜50%低下するが、48時間を超える遅れは予後を著しく悪化させる
まれ 汚染食肉の摂食による。型(・・嚥下障害・)と腸管型(腹痛・嘔吐・血性下痢・腹水・腹膜炎)に分かれる 未治療で25〜60%、とで10〜20%へ低下
まれ(欧州の使用者にほぼ限定) 汚染の注射による。を作らず、深部真皮・皮下の壊死と広範なを呈し、組織学的にはに似る 治療下でも20〜35%。外科的で改善する。未治療はほぼ全例致死的

いずれの病型も発熱を伴いうる。全身性に進展すると敗血症性ショックに至り、出血性の髄膜炎はどの病型からも起こりうる合併症で、3剤併用・ステロイド・を用いても致死率は50〜90%に達する1。

💡 どの病型にも共通する組織像は「菌量が多いのに膿が少ない」ことである。 ・がにアポトーシスを誘導するため、広範な壊死と出血が起きているのには乏しい。の病変に疼痛と排膿が乏しいのも、が「膿瘍らしくない」のも同じ理由による1。

⚠️ 見逃してはいけないもの

  • ⚠️ 無痛性の黒色は「痛みが無いから軽症」ではない。 周囲の著明な浮腫を伴う無痛性壊死という組み合わせ自体がを疑う所見であり、曝露歴(動物・獣毛・皮革との接触、原因不明の集団発生)を積極的にする。
  • ⚠️ 吸入のはのため見逃しやすい。 発熱・倦怠感・筋痛・というから突然の呼吸困難・ショックへ転じるの経過が鍵で、・出血性胸水・急激な増悪という組み合わせで積極的に疑う。治療開始が48時間を超えて遅れると予後が著しく悪化する1。
  • ⚠️ (カテゴリーA)として扱う。 疑った時点で検体を提出する前に必ず検査室へ事前連絡し、当局へ報告する1。も同じカテゴリーAに属し、原因不明の重症感染の集団発生では鑑別に挙げる。
  • ⚠️ 皮膚病変を切開・排膿してはならない。 局所操作により菌・毒素が全身に播種するリスクがある。

診断

⭐ 診断の要は培養であり、抗菌薬を始める前に検体を採ることが検出率を左右する1。

手法 検体・所見 位置づけ
培養(診断の基準) では下の水疱液か、全身症状があれば必ず血液培養。胸水・腹水・髄液・も併せる。寒天培地上での「」様コロニー、グラム染色で角ばった「貨車」状のとして見える 確定診断
pagA・lef・capB などに特異的な遺伝子を血液・組織・病変ぬぐい液から増幅する 感度・特異度が高く、抗菌薬が投与済みで培養が陰性化しうる場合やが要る場合に有用
血清学(抗PA抗体の) 急性期・のが要る 主として後ろ向き診断とに用い、急性期の意思決定には使えない
組織中のを染める。ホルマリン固定標本でも実施できる 培養陰性例・抗菌薬投与後・剖検例での確認
画像 胸部X線・での・胸水・出血性の腫脹 吸入の同定に不可欠。の軟部組織病変、の合併症の評価にも用いる

重症例では・血小板減少・凝固異常・がみられ、毒素のの程度を測る手がかりになる1。

⚠️ を疑った時点で、検体を出す前に検査室へ連絡する。 カテゴリーA病原体であり、通常の細菌検査の手順では検査技師が曝露する。同時に当局へ報告する1。

治療と予防

⭐ 2023年のガイドラインは、全身性の治療を「髄膜炎の有無で別の表に分ける」のではなく、1つの推奨順リストの上から何番目で始めるかで切り替える。 髄膜炎が否定できないうちは最のレジメン1から、髄膜炎が疑われず感受性が判明していればレジメン2から始める2。

状況 治療
(髄膜炎の徴候なし) ドキシサイクリン・・・のいずれか単剤を経口で7〜10日間(ペニシリン感性株と判明していればアモキシシリン・も第一選択)。曝露の可能性があれば治療から曝露後予防のレジメンへ移行し、曝露時点から通算42〜60日間とする(ワクチン接種状況と免疫能による)2
全身性で髄膜炎が疑われる/除外できない場合 レジメン1=異なるクラスの2剤+(または合成阻害薬)1剤の3剤併用。例:++2
全身性で髄膜炎が疑われず感受性が判明している場合 レジメン2=1剤+1剤の2剤併用から開始してよい。例:+ドキシサイクリン2
全身性の 以外の全身性には全例、抗菌薬の補助としてを単回併用する。 40 mg/kg静注、16 mg/kg静注(いずれもPA標的モノクローナル抗体)、または420単位。モノクローナル抗体が製剤より優先される2
全身性の期間 抗菌薬は2週間以上。曝露の可能性があれば、免疫能が保たれていれば自然免疫が成立するため追加の予防は不要だが、免疫不全者は経口の予防レジメンへ移行し、発症時点から治療+予防の通算60日間とする2
曝露後予防 曝露:ワクチンを併用しない成人では抗菌薬60日間。健常な18〜65歳でワクチンを併用する場合は初回接種から42日後または最終接種の2週間後のいずれか遅い方で中止できる。66歳以上・免疫不全者・妊娠授乳中はワクチンの有無によらず60日間。非曝露(皮膚・経口)は7日間でよく、ワクチンは不要2

💡 なぜ曝露後予防がこれほど長いのか。 と広域散布事故の報告から、抗菌薬予防を受けた者では吸入の潜伏期が60日に及びうるとされる。芽胞が肺内に残ったまま発芽を遅らせるためで、通常の細菌感染の予防期間の感覚を持ち込むと早すぎる中止になる2。

⚠️ 髄膜炎が関わる場面でを選ぶときは、・ドキシサイクリンを優先する。 2023は・の観点からこの2剤を「望ましい」とし、血漿・髄液中のがクリンダマイシン・リネゾリドより安定して高いことを理由に挙げている。実際、同ガイドラインのモンテカルロ・シミュレーションでは、髄膜炎に対する微生物学的治療成功確率が・ドキシサイクリンで「高い」、クリンダマイシン・リネゾリドで「低い」に分類されている2。

⚠️ リファンピシン(合成阻害薬)は単剤で使わない。 急速に耐性を獲得しうるためで、併用レジメンの一角としてのみ用いる2。

  • 予防:へのワクチン接種、死亡動物との接触回避、高リスク職種での着用。
  • ⚠️ 芽胞はアルコール消毒では死滅しないため、環境にはなど芽胞に有効な薬剤が必要になる。

まとめ

  • は侵入経路によって(最多・無痛性の黒色+著明な浮腫)・吸入(の経過・・致死率最高)・(型と腸管型)・(使用者・を作らない)の4病型に分かれる。
  • ⚠️ であり、疑ったら検体提出前の検査室への事前連絡と当局への報告を行う。診断の基準は培養で、抗菌薬を始める前に検体を採る。抗菌薬投与後はとが効く。
  • 治療は推奨順リストの上から何番目で始めるかで切り替える——髄膜炎が除外できないうちはレジメン1(異なるクラスの2剤+1剤)、髄膜炎が疑われず感受性が判明していればレジメン2(1剤+1剤)から始めてよい。以外の全身性には・などのを全例併用する。
  • 曝露後予防は曝露で60日間(ワクチン併用の健常成人は42日で中止しうる)、皮膚・経口の非曝露なら(18〜65歳で)7日間。長期投与が要るのは、抗菌薬予防下では吸入の潜伏期が60日に及びうるためである。
  • 皮膚病変は切開・排膿せず、芽胞はアルコールでは死滅しないためでする。

出典

  1. 1.Anthrax Infection(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2025)皮膚炭疽が無痛性・掻痒性の丘疹から水疱を経て著明な浮腫を伴う黒色エスカーへ進行すること、炭疽菌がCDCのカテゴリーA生物テロ病原体に指定されていることを確認した。加えて、炭疽が皮膚・吸入・消化管・注射の4病型に分かれ皮膚炭疽が世界の報告例の95〜99%を占めること、注射炭疽が欧州のヘロイン使用者にほぼ限られエスカーを作らない軟部組織壊死を呈すること、吸入炭疽が1〜7日の潜伏期の後に二相性の経過をとり画像で縦隔拡大・胸水・出血性縦隔リンパ節腫脹を示すこと、診断は培養が基準で抗菌薬投与前の採取が検出率を左右し寒天培地上で非溶血性の「メデューサの頭」様コロニー・グラム染色で「貨車」状の大型グラム陽性桿菌として見えること、PCRがpagA・lef・capBを標的とし抗菌薬投与後に有用なこと、抗PA抗体の酵素免疫測定法はペア血清を要する後ろ向き診断・疫学調査用であること、免疫組織化学が組織中の菌体を検出すること、致死率が皮膚炭疽で治療下1%未満・未治療では最大20%が全身性へ進展しその場合10〜20%、吸入炭疽が未治療85〜90%、消化管炭疽が未治療25〜60%・治療下10〜20%、注射炭疽が治療下でも20〜35%、髄膜炎合併例が50〜90%であることを確認した。閲覧 2026-08-19
  2. 2.CDC Guidelines for the Prevention and Treatment of Anthrax, 2023(Centers for Disease Control and Prevention (MMWR Recommendations and Reports)・2023)成人の全身性炭疽(髄膜炎の有無を問わない)の経験的治療がTable 8の推奨順リストで示され、レジメン1が「異なるクラスの殺菌薬2剤+蛋白合成阻害薬またはRNA合成阻害薬1剤」(例:シプロフロキサシン+メロペネム+ミノサイクリン)、レジメン2が「殺菌薬1剤+蛋白合成阻害薬1剤」(例:メロペネム+ドキシサイクリン)であり、同表の脚注が「髄膜炎が疑われず感受性が判明していればレジメン2から開始する」と定めていること、薬物動態・薬力学上ミノサイクリンとドキシサイクリンが望ましい蛋白合成阻害薬でありクリンダマイシン・リネゾリドは髄膜炎に対する治療成功確率が「低い」に分類されること、リファンピシンを単剤で用いないこと、皮膚炭疽以外の全身性炭疽の全例に抗毒素(モノクローナルを優先)を補助療法として併用すること、皮膚炭疽の治療が単剤経口7〜10日間であること、曝露後予防がエアロゾル曝露で60日間(健常な18〜65歳でワクチン併用時は初回接種から42日後または最終接種2週間後の遅い方まで)・非エアロゾル曝露で7日間であることを確認した。閲覧 2026-08-19