微生物学

微生物学 · 4/19

トリパノソーマ・ブルーセイ

Trypanosoma brucei

薬剤
エフロルニチンスラミンフェキシニダゾールメラルソプロール
微生物
Trypanosoma bruceiTrypanosoma cruzi
疾患
アフリカ睡眠病
症状
傾眠

🧠 は「同じ姿のまま宿主を渡り歩く」戦略と「姿を変えて免疫から逃げる」戦略を両方使う血液寄生虫として読む。 T. bruceiはの刺咬で直接血中に注入され、血液・リンパ・脳脊髄液を移動しながら増殖する間、を次々に着せ替えるによって抗体からの攻撃を逃れ続ける——これが「波状に繰り返す発熱」の正体である。同じ属でも刺し傷から直接注入されるのではなく糞からするT. cruzi(4/20)とは、感染様式・寄生形態・臨床経過のすべてが対照的になる。

形態・生活環

項目 内容
分類 ——原虫の分類では血液・組織に寄生する
鞭毛+
形態① 栄養型——血液・リンパ・臓器の組織腔・中枢神経系内に存在
形態② ——媒介動物の唾液腺・内に存在
T. b. gambiense(西アフリカ、慢性型)/T. b. rhodesiense(東アフリカ、急性型・人獣共通感染症)
flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tsetse fly'>ツェツェバエ</span>が吸血<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='metacyclic trypomastigote'>メタサイクリック栄養型</span>を注入"] --> B["血液・リンパ・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cerebrospinal fluid'>CSF</span>に播種<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='binary fission'>二分裂</span>で増殖(栄養型)"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tsetse fly'>ツェツェバエ</span>が2回目の吸血<br>栄養型を摂取"]
  C --> D["ハエ<span class='jp-term jp-term-diagram' title='midgut'>中腸</span>で前周期型栄養型に変化"]
  D --> E["唾液腺で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='promastigote'>前鞭毛型</span>に成熟・増殖"]
  E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='metacyclic trypomastigote'>メタサイクリック栄養型</span>に変化<br>再び感染可能に"]
  F --> A

感染経路・媒介動物

  • 媒介動物:(Glossina属)の刺咬。
  • :および野生の有蹄類——特にT. b. rhodesienseは人獣共通感染症としての性格が強い。

臨床像:アフリカ睡眠病

  • 潜伏期は数日〜2週間。
  • 最初の徴候はハエに刺された部位の潰瘍。

リンパ系・血流を介する症状:

  • リンパ節経路:頸部・→()。
  • 血流経路:発熱(による波状の変動)、筋肉痛・関節痛、頭痛。

💡 波状の発熱=の可視化。 T. bruceiはの種類を次々に切り替えることで、宿主が作った抗体をすり抜け続ける。1つのVSGに対する抗体ができるたびに新しいVSGへ切り替わるため、発熱が寛解とを繰り返す——これが本症の発熱パターンの機序である。

慢性化するとCNSへ進展する(血流→CNSまで通常9〜10ヶ月)。

  • 、振戦、、認知症、傾眠。
  • 末期には痙攣・が出現する。
  • 未治療では昏睡・死に至る。
分布 経過 血中寄生虫量 実験動物への感染性
T. b. gambiense 西アフリカ 慢性(数ヶ月〜数年) 少ない 感染しない
T. b. rhodesiense 東アフリカ 急性(数週間〜数ヶ月) 多い 感染する

診断

  • :栄養型を直接観察する。
  • 血清学的検査:(T. b. rhodesienseのみ有効)。
  • 検体の血清学:免疫グロブリン値の上昇。

治療

⚠️ は化合物であり毒性が強い。 CNSに移行した病期でしか使われないのは血液脳関門を越える必要があるためだが、その代償として重篤な副作用(など)のリスクを伴う。2019年以降は経口1剤で病期を問わずほぼ全例を治療できるようになり、の位置づけは大きくした1。単回投与で有効なは、2026年2月24日にのCHMPが-M4all手続きで肯定的意見を採択した。適応は12歳以上かつ体重40 kg以上で、100/µL以上の重症第2期を含む2——が重症第2期に推奨されないのと対照的である。 2024ガイドラインには未収載である(同ガイドラインの全文に acoziborole の語は現れない)3。

💡 T. b. gambienseによるはが2030年までのを目標に掲げるところまで排除が進んでいる。 国レベルでは新規の自国内感染例が5年間報告されないことが排除達成の指標とされる4。

予防

  • 媒介動物()の個体数制御、防虫ネットの使用など。

まとめ

  • T. bruceiはの刺咬により直接血中に注入されるで、栄養型(ヒト体内)と(ハエ体内)の2形態を行き来する。
  • 西アフリカのT. b. gambiense(慢性・少)と東アフリカのT. b. rhodesiense(急性・人獣共通感染症)に分かれる。
  • 臨床像は——刺咬部潰瘍→・(による)→CNS進展(・振戦・昏睡)と進行する。
  • 診断は、血清学、(T. b. rhodesienseでは)。
  • 治療の一次選択は経口( 2024、両・両病期)。旧レジメン(rhodesiense型の第1期、第2期)はしたが、重症第2期ではNECTが今も優る。
  • 糞便を介したで心筋・消化管に自己免疫性の慢性障害を起こすT. cruziとは、感染様式・標的臓器・病態機序のすべてが対照的である。

出典

  1. 1.Transforming the chemotherapy of human African trypanosomiasis(Clinical Microbiology Reviews・2025)2019年以降は経口フェキシニダゾール1剤でHAT(*T. b. gambiense*・*T. b. rhodesiense*)のほぼ全例を病期を問わず治療できるようになり、かつて必須だったメラルソプロールの役割が大きく後退したこと、単回投与で有効なアコジアボロールは数年内の実用化が見込まれるものの本レビュー時点ではまだ実用化されていない開発中の薬剤であることを確認した閲覧 2026-08-26
  2. 2.Acoziborole Winthrop: Assessment report for EU-M4All (Art 58) scientific opinion (EMA/87927/2026)(European Medicines Agency (CHMP)・2026)CHMPが2026年2月24日に肯定的意見を採択し、その適応が「12歳以上かつ体重40 kg以上の青少年および成人における、gambiense型アフリカ睡眠病の第1期および第2期——髄液白血球100/µL以上の重症第2期を含む——の治療」と定められたこと、既存の唯一の経口薬フェキシニダゾールが重症第2期には推奨されないこと、アコジアボロールが第1期・第2期の双方に投与できるため治療前の腰椎穿刺を不要にすることを確認した。PDF全文(196ページ)を取得して確認閲覧 2026-09-05
  3. 3.Guidelines for the treatment of human African trypanosomiasis(World Health Organization・2024)2019年のWHO暫定ガイドラインがgambiense型の第1期・第2期にフェキシニダゾールを導入し、2024年版でrhodesiense型の一次治療にも拡大したこと、重症第2期(髄液白血球100/µL以上)ではNECTをフェキシニダゾールより優先すること、およびIRIS版PDF全文の本文中に acoziborole の語が一度も現れないことを確認した閲覧 2026-09-05
  4. 4.Measuring elimination of gambiense human African trypanosomiasis: a comparison of deceptively different metrics(Parasites & Vectors・2025)WHOが*T. b. gambiense*によるHATについて2030年までの伝播断絶(elimination of transmission)を目標に掲げており、国レベルでは新規自国内感染症例が5年間報告されないことを排除達成の指標としていることを確認した閲覧 2026-08-26