微生物ノート一覧へ

Microbe Atlas · 原虫

Trypanosoma cruzi

分類
鞭毛虫 / FlagellatesTrypanosoma
科目
Medical Microbiology
トピック
4/20: Trypanosoma cruzi4/19: Trypanosoma brucei5/11: Zoonotic infections (list) and their prevention
原因となる疾患
アカラシア拡張型心筋症

🧠 全体像T. bruceiが「注射器」で感染するなら、T. cruziは「汚染」で感染する。(reduviid bug、通称kissing bug)は刺した直後にその場で排便し、掻いた傷やなどの粘膜から便中の栄養型が侵入する——ハエの唾液から直接注入されるT. bruceiとは感染様式が根本的に違う。さらにT. cruziは血中の栄養型だけでなく、細胞内で鞭毛を失ったという第3の形態を持ち、心筋・脳髄膜・神経節に住みつく。急性期を生き延びても、寄生虫が誘導するが数年〜数十年かけて心臓・消化管を破壊し続ける——これがを「治療の勝負が急性期にしかない」病気にしている。

微生物学的な特徴

原虫の分類ではT. bruceiと同じ血液・組織)に属する。

形態 特徴
栄養型 血液・リンパ・臓器の組織腔・CNS内に存在。C字〜S字形でを持つ
組織内の細胞内寄生形態。卵形で栄養型より小型、鞭毛・を欠く——本種だけが持つ第3の形態
媒介動物の・培養培地内

疫学:ラテンアメリカで高頻度。

生活環

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='assassin bug'>サシガメ</span>が吸血し排便<br>便中に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='metacyclic trypomastigote'>メタサイクリック栄養型</span>"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='curettage'>掻爬</span>・粘膜(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='conjunctiva'>結膜</span>など)から侵入"]
    B --> C["細胞に侵入し鞭毛を失う<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='amastigote'>無鞭毛型</span>に変化"]
    C --> D["細胞内で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='binary fission'>二分裂</span>増殖"]
    D --> E["栄養型に再変化"]
    E --> F["他の細胞に感染 or<br>細胞を破壊し血流へ"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='assassin bug'>サシガメ</span>が吸血し栄養型を摂取"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='midgut'>中腸</span>で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='promastigote'>前鞭毛型</span>に変化・増殖"]
    H --> A

病原性の仕組み

急性期は栄養型が血中を循環し組織に侵入してとして増殖する直接的な組織破壊が中心だが、臨床的に重要なのは慢性期の機序である。

⚠️ Chagas心筋症——遅発性・不可逆的な自己免疫破壊。 T. cruziが患者自身のに類似した抗原を産生し、これに対する自己抗体が正常組織を攻撃し続ける(, molecular mimicry)。数年〜数十年かけて肝脾腫、——いずれもの破壊による——、、脳内腫などを引き起こし、多臓器の破壊により死に至ることがある。この「急性期の寄生虫量」と「慢性期の自己免疫破壊」が直接結びつかない点が、T. bruceiによるとは異なる病態機序である。

感染経路と疫学

  • 媒介動物:(reduviid bug、通称kissing bug)——口の近くを痛みなく刺すためこの通称がある。
  • 感染経路は刺咬そのものではなく、の糞に含まれる栄養型が、掻いた傷や粘膜(など)から侵入するである。
  • 輸血・臓器移植・母子感染()・(汚染した食品・ジュースの摂取)でも伝播しうる——ベクター媒介以外の経路が複数ある点は、T. bruceiなど多くの原虫と異なる特異な性質である。
  • 主要:メキシコから南米にかけてのラテンアメリカ。

起こす疾患

は急性期と慢性期で臨床像が大きく異なる。

病期 臨床像
急性期 5歳未満の小児で最も重症(CNS病変のため)。の炎症性・紅斑性結節=、眼周囲の浮腫=(Romaña’s sign)、発熱、感、皮疹、
慢性期 自己免疫機序による不可逆的な臓器破壊:肝脾腫、類似の病態)、、脳内

急性期は回復する場合、慢性期に移行する場合、死亡する場合がある。の続発性の原因として本種が挙げられる。

診断

  • :患者の血液をに吸わせ、30〜60日後に糞便中の寄生虫を確認する。
  • (厚層・薄層):急性期に運動性の栄養型を確認する。
  • 生検(リンパ節・肝・脾):相の検出。
  • 血清学的検査、培養、(慢性期はが乏しく血清学・PCRが主体になる)。

治療と予防

病期 治療
急性期 も代替)
慢性期 有効な治療法はない——臓器障害への対症療法(への心不全治療、への外科的介入など)が中心

予防:媒介動物()の個体数制御・住居環境の改善、防虫ネットの使用、輸血・移植でのスクリーニング。ワクチンはない。

T. bruceiT. cruziの比較

項目 T. brucei T. cruzi
媒介動物 (刺咬時に唾液から直接注入) (排便、
特有の形態 栄養型・(2形態) 左記+(細胞内寄生、3形態)
主要な標的臓器 血液・リンパ・CSF→CNS 心筋・消化管平滑筋・神経節
慢性期の病態機序 による 自己免疫()による慢性臓器破壊
急性期治療
慢性期治療 (CNS移行例) 有効な治療法なし

まとめ

  • T. cruziの糞に含まれる栄養型が、刺咬部の掻き傷や粘膜から侵入するで伝播する(唾液から直接注入されるT. bruceiとは対照的)。輸血・臓器移植・・母子感染でも伝播しうる。
  • 生活環は栄養型・(細胞内、無鞭毛)・の3形態を行き来し、は本種だけが持つ形態である。
  • 急性期は・発熱・で、5歳未満の小児で最重症となる。
  • 慢性期はによる自己免疫機序で心筋・消化管の不可逆的破壊()が起こるのが特徴で、有効な治療法がない。
  • 診断は(急性期)・生検・血清学/PCR(慢性期)で行う。
  • 治療は急性期ののみが有効で、慢性期には効果的ながないことが最大の臨床的課題である。