微生物学

微生物学 · 1/34

感染の病態機序:分子擬態とマスキング・抗原シフト・免疫抑制。微生物の免疫調節・免疫抑制作用(例)

Pathomechanism of infection: molecular mimicry and masking; antigen-shift; immunosuppression. Immunomodulant and immunosuppressive effects of microbes

応用トピック
小児神経免疫疾患:ADEM・多発性硬化症・Guillain-Barré症候群
検査値
抗ガングリオシド抗体

🧠 の最終段階は「宿主にどう見つからずに生き延びるか」である。 は「宿主に似せて紛れる」、は「隠れる・覆う」、は「変装を着替える」——3つとも目的は同じ「に認識されないこと」だが、手段が違う。さらに免疫抑制は「見つからない」を通り越して「免疫系そのものを機能不全にする」という、もう一段階踏み込んだ回避戦略である。

感染の病態機序:全体の復習

(付着・侵入・侵襲・播種)で扱った7段階を簡潔に振り返る。

段階 内容
① 侵入 病原体が宿主に侵入し、一次防御機構を回避する。莢膜を持つ細菌はこの防御を突破しやすい
② 組織への付着 多くの細菌は感染を成立させるためにまず粘膜表面へ付着する必要がある。線毛()・細胞表面を介する付着や、疎水性の細胞壁による付着(洗い流されにくくを形成できる)がある
③ 定着 侵入部位またはその近傍での不可逆的な増殖
④ 侵襲性と増殖 宿主細胞内に侵入する、または粘膜表面を貫いて初感染部位から拡がることができる細菌は侵襲性とされる
⑤ 傷害 または宿主の炎症反応による宿主細胞の傷害。侵入後には化膿性(膿を伴う)または肉芽腫性(を伴う)の炎症が続く。内毒素(LPS、グラム陰性菌の細胞壁成分)と外毒素(グラム陽性・陰性菌いずれもが分泌するタンパク質)が産生されうる
⑥ 播種 感染がを越えて拡がること。血流に乗って全身の他部位へ「播種」する。血中の状態は菌血症(bacteraemia、血中に細菌が存在)と(血中に毒素が存在)に分けられる
⑦ 二次的な宿主防御機構からの回避——本項のテーマ

⚠️ 抗菌薬投与が大量の内毒素放出を招くことがある()。 抗菌薬によって大量の細菌が急速に死滅すると、グラム陰性菌細胞壁由来の内毒素が一気に血中へ放出され、発熱・悪寒などの反応を起こすことがある。

宿主からの回避:分子擬態とマスキング

分子擬態

宿主の分子と病原体の分子が構造的に似ていることをいう。

  • 免疫応答が低下する=病原体の生存に有利に働く
  • 一方で、免疫系がその共通エピトープを発現する宿主自身の細胞・組織を攻撃してしまい、を引き起こすことがある

⚠️ 「」は機序として確立した事実ではなく、証明の難しい仮説である。 配列やが似ていることを示すのは容易でも、「その類似が実際にその患者の自己免疫を起こした」と示すのは別問題で、この分野を通覧した総説は支持しているのは主として間接的な証拠だと述べている。が破れる経路はだけではなく、の欠陥・傍観者活性化(bystander activation)・エピトープ拡大・持続的な抗原刺激も同時に働きうる1。そのなかでB細胞レベルの真のが最もよく裏づけられている例がであり2、はそれに次いで証拠の厚い例と位置づけられる。「〜がで説明される」と読んだら、証拠の強さがどの段階(配列の相同性/抗体の検出/での再現)にあるかまで意識する。

例 機序
Streptococcus pyogenesのM蛋白 とする自己抗体を誘導し、における心臓の傷害につながる。ヒトのモノクローナル自己抗体を用いた研究から、弁に結合した抗体が弁内皮を活性化してT細胞の浸潤を呼び込む機序が示され、のモデルへの抗レンサ球菌T細胞株の受動移入でも弁へのCD4陽性T細胞の作用が再現された。同じ枠組みでシデナム(脳との)も説明される3
Neisseria meningitidis血清型Bの莢膜 宿主分子を擬態する→病原体の認識が低下する→この血清型に対して多糖ワクチンが使えない理由であり、ワクチンが代わりに用いられる。擬態の中身は具体的で、B群のはヒトの神経細胞が発現するポリとほぼ同じ構造を持つ。免疫系はこれをとみなすためが乏しく、しかも誘導される抗体の一部は自己抗体になりうる4
Campylobacter jejuniの 菌体表面ののがヒト末梢神経の(GM1・GQ1bなど)と同じ構造をとり、感染後に産生された抗体が末梢神経を攻撃してを起こす。少なくとも5種類の細菌・ウイルス病原体が同症候群の引き金になりうる2

マスキング

病原体を免疫系から隠すことをいう。

  • S. aureusのは免疫グロブリンのに結合し、抗体の向きを外側へ反転させる→細菌の認識が低下する
  • (、Pseudomonasなど):細菌がの下に隠れる→免疫認識の低下、抗菌薬の浸透低下
  • 細菌の莢膜は通常多糖からなり弱い抗原である→より強いを持つ細胞壁抗原を覆い隠す→免疫認識が低下する(非毒素性としての莢膜も参照)

抗原シフト

病原体表面のが変化し、以前のに対するでは新しい型を認識できなくなることをいう。

⚠️ この見出しの下には、機序の異なる2つの現象が同居している。 細菌学で と呼ぶのは、あらかじめゲノム上に用意された多数のサイレント遺伝子コピーから遺伝子変換などで型を差し替える仕組みで、・・淋菌がこれにあたる。これとは別に、発現そのものをオン・オフする がある。いずれもクローン集団のなかに不均一な表現型を作り、既存の抗体が効かない菌が常に残る状態を生む5。一方、インフルエンザの は分節ゲノムので起こる別物である。試験では両方を「」の見出しで扱うことがあるが、機序は「既存レパートリーからの切り替え」と「ゲノムの組み換え」で全く違うと整理しておく。

Borrelia recurrentisによる回帰熱

Borrelia recurrentis()による、および類似の機序を持つTrypanosoma bruceiで見られる。

Trypanosoma bruceiでは表面を一様に覆うが対象で、ゲノム上に千を超えるVSG遺伝子のレパートリーを持ちながら一度に発現するのは1種類だけ(単一対立遺伝子発現)という点が特徴である。淋菌ではIV型線毛の主要サブユニット pilin(pilE)が同じやり方で切り替わる——発現部位 pilE とサイレントな pilS コピーの間の遺伝子変換によって、機能する線毛を保ったまま抗原型だけを変える。いずれも「あらかじめ持っている札を切り替える」型の変異である5。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bloodstream infection'>血流感染</span>+発熱"] --> B["免疫応答が増殖を抑制<br>発熱は一旦軽快、菌は組織に潜伏"]
  B --> C["複数回の増殖サイクルの後、<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='antigenicity'>抗原性</span>が変化"]
  C --> D["変化した抗原型が血流に再出現"]
  D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='secondary exposure'>免疫記憶</span>が新しい型を認識できず<br>再び発熱(=回帰)"]
  E --> B

インフルエンザウイルスの抗原変異

いずれも、既存の免疫がまったく働かない新しい型を生み出しうる→流行につながる→これがが毎年必要な理由である。

微生物による免疫調節・免疫抑制作用

免疫抑制

一部の病原体(主にウイルス、まれに細菌)は感染した宿主に免疫抑制を引き起こす。すなわち、宿主は病原体自身の抗原を含む抗原全般に対して、抑制された免疫応答しか示せなくなる。抑制された免疫応答は結核・のような慢性細菌感染の際にもみられることがある。

病原体 免疫抑制・免疫調節の機序
S. aureus Panton-Valentineが白血球に対して毒性を持つ
Mycobacterium tuberculosis マクロファージに貪食されるが、ファゴソームとリソソームの融合を妨げることで、リソソーム内容物によるから自身を守る(Listeria monocytogenesも同様の機序を持つ)
細菌 免疫系をする→。例:TSST(, toxic shock syndrome toxin)、S. aureusの

ウイルスによる免疫調節

ウイルス 機序
ウイルスがコードするIL-10(10, interleukin-10)類似物質がT細胞の活性化を阻害する
感染後、への作用を介して数か月間T細胞・B細胞機能が低下する
HIV(human immunodeficiency virus) に感染し破壊する——に至る

まとめ

  • の最終段階()には、・・・免疫抑制という4つの異なる戦略がある。
  • は宿主分子に似せて認識を逃れる戦略で、S. pyogenesのM蛋白による自己免疫()、Campylobacter jejuniのとの擬態による、N. meningitidis血清型Bの莢膜(ポリとの類似が多糖ワクチンを無効にする)が代表例。ただしは証明の難しい仮説であり、証拠の厚さは例ごとに違う(最も確かなのは)。
  • は病原体を物理的・化学的に隠す戦略で、S. aureusの、、莢膜による細胞壁抗原の被覆が該当する。
  • はそのものを変える戦略で、Borrelia recurrentisのサイクルや、インフルエンザの/(毎年のワクチン接種が必要な理由)が代表例。細菌・原虫側の「既存レパートリーからの切り替え」(、のVSG、淋菌のpilin=変異/相変異)と、インフルエンザのによるは機序が別物である点に注意する。
  • 免疫抑制は病原体(S. aureusのPVL、M. tuberculosisのファゴソーム・リソソーム融合阻害、)やウイルス(、、)が系そのものを機能不全にする、より踏み込んだ回避戦略である。

出典

  1. 1.Potential clinical implications of molecular mimicry-induced autoimmunity(Immunity, Inflammation and Disease・2024)分子擬態が自己免疫疾患の引き金になるという説明は**あくまで仮説であり、支持しているのは主として間接的な証拠である**こと、多発性硬化症・1型糖尿病・関節リウマチ・全身性エリテマトーデス・ギラン・バレー症候群・自己免疫性心筋炎・原発性胆汁性肝硬変について2000〜2023年の文献を通覧した結果、EBウイルス・コクサッキーウイルス・Campylobacter jejuni・常在細菌が候補の引き金として挙げられていること、自己免疫の維持にはエピトープ拡大・炎症性メディエーター・遺伝的因子も関与することを確認した。閲覧 2026-08-26
  2. 2.Guillain-Barré syndrome: expanding the concept of molecular mimicry(Trends in Immunology・2022)ギラン・バレー症候群が先行感染によってヒト末梢神経に濃縮しているガングリオシドに対する交差反応性抗体の産生を引き起こして発症すること、少なくとも5種類の細菌・ウイルス病原体が引き金となりうること、そして**B細胞レベルで真の分子擬態が成り立つことが最もよく裏づけられている例がギラン・バレー症候群である**ことを確認した。微生物側の糖鎖エピトープが単独および多重の形でIgM・IgA・IgGを誘導する様式は、胸腺依存性/非依存性という従来の二分法では説明しきれないことも指摘されている。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Rheumatic fever, autoimmunity, and molecular mimicry: the streptococcal connection(International Reviews of Immunology・2014)A群レンサ球菌と心臓・脳との分子擬態がリウマチ熱における免疫応答の方向づけに重要であるという仮説を、ヒトのモノクローナル自己抗体とT細胞クローンの交差反応性の研究が支持していること、リウマチ性心炎・シデナム舞踏病・レンサ球菌感染に伴う小児自己免疫性神経精神障害(PANDAS)が同じ枠組みで論じられること、ヒトモノクローナル自己抗体の研究から、弁に対する抗体が弁の内皮を活性化してT細胞の浸潤を招くという機序が示されたこと、ラットのリウマチ性心炎モデルへの抗レンサ球菌T細胞株の受動移入で弁へのCD4陽性T細胞の作用が再現されたことを確認した。閲覧 2026-08-26
  4. 4.Approach to the Discovery, Development, and Evaluation of a Novel Neisseria meningitidis Serogroup B Vaccine(Methods in Molecular Biology (Springer)・2016)A・C・W・Y群では莢膜多糖-タンパク結合型ワクチンが成功したのに対し、B群の莢膜多糖はヒトの神経細胞が発現するポリシアル酸と類似した構造を持つ(抗原的擬態)ため自己抗原とみなされて免疫原性が乏しく、多糖を用いた初期のB群ワクチン開発が失敗したこと、そのため莢膜以外の表面露出抗原を探索する非多糖アプローチへ転換したことを確認した。閲覧 2026-08-26
  5. 5.Phase and antigenic variation in bacteria(Clinical Microbiology Reviews・2004)相変異(phase variation、発現のオン・オフ)と抗原性変異(antigenic variation、同じタンパクの複数の抗原型の切り替え)が別々の現象として定義されること、いずれもクローン集団のなかに不均一な表現型を作り出し、主に動物病原体の表面構造で見つかっていること、ゲノム配列解析から相変異は現在認識されているよりずっと広く存在する可能性が示されたこと、そして免疫回避における役割については「宿主内での持続への寄与」と「交差免疫の回避」を区別すべきという賛否両論があることを確認した。閲覧 2026-08-26