微生物学 · 1/34
感染の病態機序:分子擬態とマスキング・抗原シフト・免疫抑制。微生物の免疫調節・免疫抑制作用(例)
Pathomechanism of infection: molecular mimicry and masking; antigen-shift; immunosuppression. Immunomodulant and immunosuppressive effects of microbes
🧠 感染の病態機序Pathogenesis of infection 感染の病態機序(Pathogenesis of infection)Pathogenesis of infection(感染の病態機序) の最終段階は「宿主にどう見つからずに生き延びるか」である。 分子擬態molecular mimicry 分子擬態(molecular mimicry)molecular mimicry(分子擬態) は「宿主に似せて紛れる」、マスキングmasking マスキング(masking)masking(マスキング) は「隠れる・覆う」、抗原シフトantigenic shift 抗原シフト(antigenic shift)antigenic shift(抗原シフト) は「変装を着替える」——3つとも目的は同じ「免疫記憶secondary exposure 免疫記憶(secondary exposure)secondary exposure(免疫記憶) に認識されないこと」だが、手段が違う。さらに免疫抑制は「見つからない」を通り越して「免疫系そのものを機能不全にする」という、もう一段階踏み込んだ回避戦略である。
感染の病態機序:全体の復習
感染の病態機序Pathogenesis of infection 感染の病態機序(Pathogenesis of infection)Pathogenesis of infection(感染の病態機序) (付着・侵入・侵襲・播種)で扱った7段階を簡潔に振り返る。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| ① 侵入 | 病原体が宿主に侵入し、一次防御機構を回避する。莢膜を持つ細菌はこの防御を突破しやすい |
| ② 組織への付着 | 多くの細菌は感染を成立させるためにまず粘膜表面へ付着する必要がある。線毛(フィンブリエfimbriaeフィンブリエ(fimbriae)fimbriae(フィンブリエ))・細胞表面接着分子 adhesion molecules 接着分子(adhesion molecules) adhesion molecules(接着分子) を介する付着や、疎水性の細胞壁による付着(洗い流されにくく微小コロニー microcolony 微小コロニー(microcolony) microcolony(微小コロニー) を形成できる)がある |
| ③ 定着 | 侵入部位またはその近傍での不可逆的な増殖 |
| ④ 侵襲性と増殖 | 宿主細胞内に侵入する、または粘膜表面を貫いて初感染部位から拡がることができる細菌は侵襲性とされる |
| ⑤ 傷害 | 細菌毒素bacterial toxin 細菌毒素(bacterial toxin)bacterial toxin(細菌毒素) または宿主の炎症反応による宿主細胞の傷害。侵入後には化膿性(膿を伴う)または肉芽腫性(結節性病変nodular lesion 結節性病変(nodular lesion)nodular lesion(結節性病変) を伴う)の炎症が続く。内毒素(LPS、グラム陰性菌の細胞壁成分)と外毒素(グラム陽性・陰性菌いずれもが分泌するタンパク質)が産生されうる |
| ⑥ 播種 | 感染が侵入門戸 portal of entry 侵入門戸(portal of entry) portal of entry(侵入門戸) を越えて拡がること。血流に乗って全身の他部位へ「播種」する。血中の状態は菌血症(bacteraemia、血中に細菌が存在)と毒素血症toxemia 毒素血症(toxemia)toxemia(毒素血症) (血中に毒素が存在)に分けられる |
| ⑦ 宿主からの回避Evasion of the host宿主からの回避(Evasion of the host)Evasion of the host(宿主からの回避) | 二次的な宿主防御機構からの回避——本項のテーマ |
⚠️ 抗菌薬投与が大量の内毒素放出を招くことがある(Jarisch-Herxheimer反応Jarisch-Herxheimer reactionJarisch-Herxheimer反応(Jarisch-Herxheimer reaction)Jarisch-Herxheimer reaction(Jarisch-Herxheimer反応))。 抗菌薬によって大量の細菌が急速に死滅すると、グラム陰性菌細胞壁由来の内毒素が一気に血中へ放出され、発熱・悪寒などの反応を起こすことがある。
宿主からの回避:分子擬態とマスキング
分子擬態
宿主の分子と病原体の分子が構造的に似ていることをいう。
- 免疫応答が低下する=病原体の生存に有利に働く
- 一方で、免疫系がその共通エピトープを発現する宿主自身の細胞・組織を攻撃してしまい、自己免疫反応autoimmune reaction自己免疫反応(autoimmune reaction)autoimmune reaction(自己免疫反応)を引き起こすことがある
⚠️ 「分子擬態molecular mimicry分子擬態(molecular mimicry)molecular mimicry(分子擬態)」は機序として確立した事実ではなく、証明の難しい仮説である。 配列や立体構造 conformational 立体構造(conformational) conformational(立体構造) が似ていることを示すのは容易でも、「その類似が実際にその患者の自己免疫を起こした」と示すのは別問題で、この分野を通覧した総説は支持しているのは主として間接的な証拠だと述べている。自己寛容Self-tolerance 自己寛容(Self-tolerance)Self-tolerance(自己寛容) が破れる経路は分子擬態 molecular mimicry 分子擬態(molecular mimicry) molecular mimicry(分子擬態) だけではなく、中枢性寛容central tolerance 中枢性寛容(central tolerance)central tolerance(中枢性寛容) の欠陥・傍観者活性化(bystander activation)・エピトープ拡大・持続的な抗原刺激も同時に働きうる1。そのなかでB細胞レベルの真の分子擬態 molecular mimicry 分子擬態(molecular mimicry) molecular mimicry(分子擬態) が最もよく裏づけられている例がギラン・バレー症候群 Guillain-Barré syndromeギラン・バレー症候群(Guillain-Barré syndrome) Guillain-Barré syndrome(ギラン・バレー症候群)であり2、リウマチ熱rheumatic fever リウマチ熱(rheumatic fever)rheumatic fever(リウマチ熱) はそれに次いで証拠の厚い例と位置づけられる。「〜が分子擬態 molecular mimicry 分子擬態(molecular mimicry) molecular mimicry(分子擬態) で説明される」と読んだら、証拠の強さがどの段階(配列の相同性/交差反応cross-reactivity 交差反応(cross-reactivity)cross-reactivity(交差反応) 抗体の検出/動物モデルanimal models 動物モデル(animal models)animal models(動物モデル) での再現)にあるかまで意識する。
| 例 | 機序 |
|---|---|
| Streptococcus pyogenesのM蛋白 | 心筋ミオシンcardiac myosin 心筋ミオシン(cardiac myosin)cardiac myosin(心筋ミオシン) と交差反応 cross-reactivity 交差反応(cross-reactivity) cross-reactivity(交差反応) する自己抗体を誘導し、リウマチ熱rheumatic fever リウマチ熱(rheumatic fever)rheumatic fever(リウマチ熱) における心臓の傷害につながる。ヒトのモノクローナル自己抗体を用いた研究から、弁に結合した抗体が弁内皮を活性化してT細胞の浸潤を呼び込む機序が示され、ラットrat ラット(rat)rat(ラット) のリウマチ性 rheumatic リウマチ性(rheumatic) rheumatic(リウマチ性) 心炎 carditis 心炎(carditis) carditis(心炎) モデルへの抗レンサ球菌T細胞株の受動移入でも弁へのCD4陽性T細胞の作用が再現された。同じ枠組みでシデナム舞踏病 chorea (disease) 舞踏病(chorea (disease)) chorea (disease)(舞踏病) (脳との交差反応 cross-reactivity交差反応(cross-reactivity) cross-reactivity(交差反応))も説明される3 |
| Neisseria meningitidis血清型Bの莢膜 | 宿主分子を擬態する→病原体の認識が低下する→この血清型に対して多糖ワクチンが使えない理由であり、組換えタンパクrecombinant protein 組換えタンパク(recombinant protein)recombinant protein(組換えタンパク) ワクチンが代わりに用いられる。擬態の中身は具体的で、B群の莢膜多糖 capsular polysaccharide 莢膜多糖(capsular polysaccharide) capsular polysaccharide(莢膜多糖) はヒトの神経細胞が発現するポリシアル酸 sialic acid シアル酸(sialic acid) sialic acid(シアル酸) とほぼ同じ構造を持つ。免疫系はこれを自己抗原 autoantigen 自己抗原(autoantigen) autoantigen(自己抗原) とみなすため免疫原性 immunogenicity 免疫原性(immunogenicity) immunogenicity(免疫原性) が乏しく、しかも誘導される抗体の一部は自己抗体になりうる4 |
| Campylobacter jejuniのリポオリゴ糖 lipooligosaccharide (LOS)リポオリゴ糖(lipooligosaccharide (LOS)) lipooligosaccharide (LOS)(リポオリゴ糖) | 菌体表面のリポオリゴ糖 lipooligosaccharide (LOS) リポオリゴ糖(lipooligosaccharide (LOS)) lipooligosaccharide (LOS)(リポオリゴ糖) の糖鎖 glycan (sugar chain) 糖鎖(glycan (sugar chain)) glycan (sugar chain)(糖鎖) がヒト末梢神経のガングリオシド ganglioside ガングリオシド(ganglioside) ganglioside(ガングリオシド) (GM1・GQ1bなど)と同じ構造をとり、感染後に産生された交差反応性 cross-reactivity 交差反応性(cross-reactivity) cross-reactivity(交差反応性) 抗体が末梢神経を攻撃してギラン・バレー症候群Guillain-Barré syndromeギラン・バレー症候群(Guillain-Barré syndrome)Guillain-Barré syndrome(ギラン・バレー症候群)を起こす。少なくとも5種類の細菌・ウイルス病原体が同症候群の引き金になりうる2 |
マスキング
病原体を免疫系から隠すことをいう。
- S. aureusのプロテインAprotein AプロテインA(protein A)protein A(プロテインA)は免疫グロブリンのFc領域 Fc region Fc領域(Fc region) Fc region(Fc領域) に結合し、抗体の向きを外側へ反転させる→細菌の認識が低下する
- バイオフィルム形成biofilm formationバイオフィルム形成(biofilm formation)biofilm formation(バイオフィルム形成)(コアグラーゼ陰性ブドウ球菌coagulase-negative staphylococci (CoNS)コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negative staphylococci (CoNS))coagulase-negative staphylococci (CoNS)(コアグラーゼ陰性ブドウ球菌)、Pseudomonasなど):細菌が細胞外マトリックス extracellular matrix (ECM) 細胞外マトリックス(extracellular matrix (ECM)) extracellular matrix (ECM)(細胞外マトリックス) の下に隠れる→免疫認識の低下、抗菌薬の浸透低下
- 細菌の莢膜は通常多糖からなり弱い抗原である→より強い抗原性 antigenicity 抗原性(antigenicity) antigenicity(抗原性) を持つ細胞壁抗原を覆い隠す→免疫認識が低下する(非毒素性病原因子 virulence factor病原因子(virulence factor) virulence factor(病原因子)としての莢膜も参照)
抗原シフト
病原体表面の抗原性 antigenicity 抗原性(antigenicity) antigenicity(抗原性) が変化し、以前の変異株 variant strain 変異株(variant strain) variant strain(変異株) に対する免疫記憶 secondary exposure 免疫記憶(secondary exposure) secondary exposure(免疫記憶) では新しい型を認識できなくなることをいう。
⚠️ この見出しの下には、機序の異なる2つの現象が同居している。 細菌学で 抗原性変異antigenic variation抗原性変異(antigenic variation)antigenic variation(抗原性変異) と呼ぶのは、あらかじめゲノム上に用意された多数のサイレント遺伝子コピーから遺伝子変換などで型を差し替える仕組みで、ボレリアBorreliaボレリア(Borrelia)Borrelia(ボレリア)・トリパノソーマTrypanosomeトリパノソーマ(Trypanosome)Trypanosome(トリパノソーマ)・淋菌がこれにあたる。これとは別に、発現そのものをオン・オフする 相変異phase variation相変異(phase variation)phase variation(相変異) がある。いずれもクローン集団のなかに不均一な表現型を作り、既存の抗体が効かない菌が常に残る状態を生む5。一方、インフルエンザの 抗原シフトantigenic shift抗原シフト(antigenic shift)antigenic shift(抗原シフト) は分節ゲノムの再集合 reassortment 再集合(reassortment) reassortment(再集合) で起こる別物である。試験では両方を「抗原シフトantigenic shift抗原シフト(antigenic shift)antigenic shift(抗原シフト)」の見出しで扱うことがあるが、機序は「既存レパートリーからの切り替え」と「ゲノムの組み換え」で全く違うと整理しておく。
Borrelia recurrentisによる回帰熱
Borrelia recurrentis(回帰熱ボレリアrelapsing fever Borrelia回帰熱ボレリア(relapsing fever Borrelia)relapsing fever Borrelia(回帰熱ボレリア))による回帰熱 relapsing fever回帰熱(relapsing fever) relapsing fever(回帰熱)、および類似の機序を持つTrypanosoma bruceiで見られる。
Trypanosoma bruceiでは表面を一様に覆う変異型表面糖タンパクvariant surface glycoprotein, VSG変異型表面糖タンパク(variant surface glycoprotein, VSG)variant surface glycoprotein, VSG(変異型表面糖タンパク)が対象で、ゲノム上に千を超えるVSG遺伝子のレパートリーを持ちながら一度に発現するのは1種類だけ(単一対立遺伝子発現)という点が特徴である。淋菌ではIV型線毛の主要サブユニット pilin(pilE)が同じやり方で切り替わる——発現部位 pilE とサイレントな pilS コピーの間の遺伝子変換によって、機能する線毛を保ったまま抗原型だけを変える。いずれも「あらかじめ持っている札を切り替える」型の変異である5。
flowchart TD
A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bloodstream infection'>血流感染</span>+発熱"] --> B["免疫応答が増殖を抑制<br>発熱は一旦軽快、菌は組織に潜伏"]
B --> C["複数回の増殖サイクルの後、<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='antigenicity'>抗原性</span>が変化"]
C --> D["変化した抗原型が血流に再出現"]
D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='secondary exposure'>免疫記憶</span>が新しい型を認識できず<br>再び発熱(=回帰)"]
E --> B
インフルエンザウイルスの抗原変異
- 抗原シフトantigenic shift抗原シフト(antigenic shift)antigenic shift(抗原シフト):1つの細胞に2種類の異なるインフルエンザウイルスinfluenza virusインフルエンザウイルス(influenza virus)influenza virus(インフルエンザウイルス)が共感染 coinfection 共感染(coinfection) coinfection(共感染) し、両者が組み換わって新しい変異株 variant strain 変異株(variant strain) variant strain(変異株) が生じること
- 抗原ドリフトantigenic drift抗原ドリフト(antigenic drift)antigenic drift(抗原ドリフト):変異の蓄積によって少しずつ抗原性 antigenicity 抗原性(antigenicity) antigenicity(抗原性) が変化すること
いずれも、既存の免疫がまったく働かない新しい型を生み出しうる→流行につながる→これがインフルエンザワクチンInfluenza virus vaccines インフルエンザワクチン(Influenza virus vaccines)Influenza virus vaccines(インフルエンザワクチン) が毎年必要な理由である。
微生物による免疫調節・免疫抑制作用
免疫抑制
一部の病原体(主にウイルス、まれに細菌)は感染した宿主に免疫抑制を引き起こす。すなわち、宿主は病原体自身の抗原を含む抗原全般に対して、抑制された免疫応答しか示せなくなる。抑制された免疫応答は結核・ハンセン病leprosyハンセン病(leprosy)leprosy(ハンセン病)のような慢性細菌感染の際にもみられることがある。
| 病原体 | 免疫抑制・免疫調節の機序 |
|---|---|
| S. aureus | Panton-Valentine白血球溶解毒 leukocidin 白血球溶解毒(leukocidin) leukocidin(白血球溶解毒) が白血球に対して毒性を持つ |
| Mycobacterium tuberculosis | マクロファージに貪食されるが、ファゴソームとリソソームの融合を妨げることで、リソソーム内容物による殺菌作用 bactericidal effect 殺菌作用(bactericidal effect) bactericidal effect(殺菌作用) から自身を守る(Listeria monocytogenesも同様の機序を持つ) |
| 細菌スーパー抗原 superantigenスーパー抗原(superantigen) superantigen(スーパー抗原) | 免疫系を過剰活性化 hyperactivation 過剰活性化(hyperactivation) hyperactivation(過剰活性化) する→サイトカインストーム cytokine stormサイトカインストーム(cytokine storm) cytokine storm(サイトカインストーム)。例:TSST(毒素性ショック症候群毒素toxic shock syndrome toxin-1 (TSST-1)毒素性ショック症候群毒素(toxic shock syndrome toxin-1 (TSST-1))toxic shock syndrome toxin-1 (TSST-1)(毒素性ショック症候群毒素), toxic shock syndrome toxin)、S. aureusのエンテロトキシン enterotoxinエンテロトキシン(enterotoxin) enterotoxin(エンテロトキシン) |
ウイルスによる免疫調節
| ウイルス | 機序 |
|---|---|
| EBウイルスEpstein-Barr virusEBウイルス(Epstein-Barr virus)Epstein-Barr virus(EBウイルス) | ウイルスがコードするIL-10(インターロイキンinterleukin インターロイキン(interleukin)interleukin(インターロイキン) 10, interleukin-10)類似物質がT細胞の活性化を阻害する |
| 麻疹ウイルスmeasles virus麻疹ウイルス(measles virus)measles virus(麻疹ウイルス) | 感染後、樹状細胞dendritic cell 樹状細胞(dendritic cell)dendritic cell(樹状細胞) への作用を介して数か月間T細胞・B細胞機能が低下する |
| HIV(human immunodeficiency virus) | CD4陽性Tリンパ球CD4-positive T lymphocyte CD4陽性Tリンパ球(CD4-positive T lymphocyte)CD4-positive T lymphocyte(CD4陽性Tリンパ球) に感染し破壊する——後天性免疫不全症候群 acquired immunodeficiency syndrome, AIDS 後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome, AIDS) acquired immunodeficiency syndrome, AIDS(後天性免疫不全症候群) に至る |
まとめ
- 感染の病態機序Pathogenesis of infection 感染の病態機序(Pathogenesis of infection)Pathogenesis of infection(感染の病態機序) の最終段階(宿主からの回避Evasion of the host宿主からの回避(Evasion of the host)Evasion of the host(宿主からの回避))には、分子擬態molecular mimicry分子擬態(molecular mimicry)molecular mimicry(分子擬態)・マスキングmaskingマスキング(masking)masking(マスキング)・抗原シフトantigenic shift抗原シフト(antigenic shift)antigenic shift(抗原シフト)・免疫抑制という4つの異なる戦略がある。
- 分子擬態molecular mimicry 分子擬態(molecular mimicry)molecular mimicry(分子擬態) は宿主分子に似せて認識を逃れる戦略で、S. pyogenesのM蛋白による自己免疫(リウマチ熱rheumatic feverリウマチ熱(rheumatic fever)rheumatic fever(リウマチ熱))、Campylobacter jejuniのリポオリゴ糖 lipooligosaccharide (LOS) リポオリゴ糖(lipooligosaccharide (LOS)) lipooligosaccharide (LOS)(リポオリゴ糖) とガングリオシド ganglioside ガングリオシド(ganglioside) ganglioside(ガングリオシド) の擬態によるギラン・バレー症候群 Guillain-Barré syndromeギラン・バレー症候群(Guillain-Barré syndrome) Guillain-Barré syndrome(ギラン・バレー症候群)、N. meningitidis血清型Bの莢膜(ポリシアル酸 sialic acid シアル酸(sialic acid) sialic acid(シアル酸) との類似が多糖ワクチンを無効にする)が代表例。ただし分子擬態 molecular mimicry 分子擬態(molecular mimicry) molecular mimicry(分子擬態) は証明の難しい仮説であり、証拠の厚さは例ごとに違う(最も確かなのはギラン・バレー症候群 Guillain-Barré syndromeギラン・バレー症候群(Guillain-Barré syndrome) Guillain-Barré syndrome(ギラン・バレー症候群))。
- マスキングmasking マスキング(masking)masking(マスキング) は病原体を物理的・化学的に隠す戦略で、S. aureusのプロテインA protein AプロテインA(protein A) protein A(プロテインA)、バイオフィルム形成biofilm formationバイオフィルム形成(biofilm formation)biofilm formation(バイオフィルム形成)、莢膜による細胞壁抗原の被覆が該当する。
- 抗原シフトantigenic shift 抗原シフト(antigenic shift)antigenic shift(抗原シフト) は表面抗原 surface antigen 表面抗原(surface antigen) surface antigen(表面抗原) そのものを変える戦略で、Borrelia recurrentisの回帰熱 relapsing fever 回帰熱(relapsing fever) relapsing fever(回帰熱) サイクルや、インフルエンザの抗原シフト antigenic shift抗原シフト(antigenic shift) antigenic shift(抗原シフト)/抗原ドリフトantigenic drift 抗原ドリフト(antigenic drift)antigenic drift(抗原ドリフト) (毎年のワクチン接種が必要な理由)が代表例。細菌・原虫側の「既存レパートリーからの切り替え」(ボレリアBorreliaボレリア(Borrelia)Borrelia(ボレリア)、トリパノソーマTrypanosome トリパノソーマ(Trypanosome)Trypanosome(トリパノソーマ) のVSG、淋菌のpilin=抗原性 antigenicity 抗原性(antigenicity) antigenicity(抗原性) 変異/相変異)と、インフルエンザの再集合 reassortment 再集合(reassortment) reassortment(再集合) による抗原シフト antigenic shift 抗原シフト(antigenic shift) antigenic shift(抗原シフト) は機序が別物である点に注意する。
- 免疫抑制は病原体(S. aureusのPVL、M. tuberculosisのファゴソーム・リソソーム融合阻害、スーパー抗原superantigenスーパー抗原(superantigen)superantigen(スーパー抗原))やウイルス(EBVEBV(Epstein-Barr virus)、麻疹ウイルスmeasles virus麻疹ウイルス(measles virus)measles virus(麻疹ウイルス)、HIVHIV(human immunodeficiency virus))が宿主免疫 host immunity 宿主免疫(host immunity) host immunity(宿主免疫) 系そのものを機能不全にする、より踏み込んだ回避戦略である。
出典
- 1.Potential clinical implications of molecular mimicry-induced autoimmunity(Immunity, Inflammation and Disease・2024)分子擬態が自己免疫疾患の引き金になるという説明は**あくまで仮説であり、支持しているのは主として間接的な証拠である**こと、多発性硬化症・1型糖尿病・関節リウマチ・全身性エリテマトーデス・ギラン・バレー症候群・自己免疫性心筋炎・原発性胆汁性肝硬変について2000〜2023年の文献を通覧した結果、EBウイルス・コクサッキーウイルス・Campylobacter jejuni・常在細菌が候補の引き金として挙げられていること、自己免疫の維持にはエピトープ拡大・炎症性メディエーター・遺伝的因子も関与することを確認した。閲覧 2026-08-26
- 2.Guillain-Barré syndrome: expanding the concept of molecular mimicry(Trends in Immunology・2022)ギラン・バレー症候群が先行感染によってヒト末梢神経に濃縮しているガングリオシドに対する交差反応性抗体の産生を引き起こして発症すること、少なくとも5種類の細菌・ウイルス病原体が引き金となりうること、そして**B細胞レベルで真の分子擬態が成り立つことが最もよく裏づけられている例がギラン・バレー症候群である**ことを確認した。微生物側の糖鎖エピトープが単独および多重の形でIgM・IgA・IgGを誘導する様式は、胸腺依存性/非依存性という従来の二分法では説明しきれないことも指摘されている。閲覧 2026-08-26
- 3.Rheumatic fever, autoimmunity, and molecular mimicry: the streptococcal connection(International Reviews of Immunology・2014)A群レンサ球菌と心臓・脳との分子擬態がリウマチ熱における免疫応答の方向づけに重要であるという仮説を、ヒトのモノクローナル自己抗体とT細胞クローンの交差反応性の研究が支持していること、リウマチ性心炎・シデナム舞踏病・レンサ球菌感染に伴う小児自己免疫性神経精神障害(PANDAS)が同じ枠組みで論じられること、ヒトモノクローナル自己抗体の研究から、弁に対する抗体が弁の内皮を活性化してT細胞の浸潤を招くという機序が示されたこと、ラットのリウマチ性心炎モデルへの抗レンサ球菌T細胞株の受動移入で弁へのCD4陽性T細胞の作用が再現されたことを確認した。閲覧 2026-08-26
- 4.Approach to the Discovery, Development, and Evaluation of a Novel Neisseria meningitidis Serogroup B Vaccine(Methods in Molecular Biology (Springer)・2016)A・C・W・Y群では莢膜多糖-タンパク結合型ワクチンが成功したのに対し、B群の莢膜多糖はヒトの神経細胞が発現するポリシアル酸と類似した構造を持つ(抗原的擬態)ため自己抗原とみなされて免疫原性が乏しく、多糖を用いた初期のB群ワクチン開発が失敗したこと、そのため莢膜以外の表面露出抗原を探索する非多糖アプローチへ転換したことを確認した。閲覧 2026-08-26
- 5.Phase and antigenic variation in bacteria(Clinical Microbiology Reviews・2004)相変異(phase variation、発現のオン・オフ)と抗原性変異(antigenic variation、同じタンパクの複数の抗原型の切り替え)が別々の現象として定義されること、いずれもクローン集団のなかに不均一な表現型を作り出し、主に動物病原体の表面構造で見つかっていること、ゲノム配列解析から相変異は現在認識されているよりずっと広く存在する可能性が示されたこと、そして免疫回避における役割については「宿主内での持続への寄与」と「交差免疫の回避」を区別すべきという賛否両論があることを確認した。閲覧 2026-08-26