微生物学

微生物学 · 1/35

院内(医原性)感染とその主要な起因菌

Nosocomial (iatrogenic) infections and their most important causative agents

応用トピック
院内肺炎・人工呼吸器関連肺炎尿路感染症:腎盂腎炎・カテーテル関連尿路感染症薬剤耐性と抗菌薬適正使用
疾患
カテーテル関連血流感染

🧠 院内感染は「ESKAPEを制する者が院内感染を制す」と言われるほど、の頭文字ゴロに集約される。 Enterococcus faecium・黄色ブドウ球菌・Klebsiella pneumoniae・Acinetobacter baumannii・緑膿菌 aeruginosa・Enterobacter属——この6属が、抗菌薬から「escape(脱出)」するの代表である。はこれとは別の切り口で、「医療行為そのものが原因で生じる害」全般を指す、より広いカテゴリーとして区別する。

院内感染

院内感染とは、入院後48時間以降に発症した感染症をいう。入院中や医療スタッフからの感染も含まれる。

原因

  • 医療従事者が適切な衛生手技を実践していない場合
  • 身体の自然な防御バリアを迂回する医療処置(・手術など)はリスクを高める

主な伝播経路

  • 直接接触
  • (咳・くしゃみ・会話・など)
  • (したや塵埃粒子を介する)
  • 共通(食品、水、薬剤、医療器具、機器)
  • 媒介動物(蚊、ハエ、ネズミなど)

頻度の高い院内感染

  • ・
  • カテーテル関連尿路感染症
  • 抗菌薬治療中の患者に生じる感染症

⭐ 「どれくらい多いのか」を数字で持っておく。 ECDCのプロトコルで2022年にドイツの252病院・66,586例を一斉調査したポイント調査では、のは4.9%——ある1日に入院しているおよそ20人に1人がを抱えている計算になる。抗菌薬使用のは26.9%だった。いずれも2016年の前回調査からほぼ変わっていない。内訳は23.5%、21.6%、尿路感染19.0%の順で多かった1。上の5つの並びと概ね一致する。

💡 これら5つの感染はいずれも「」で予防する。 バンドルとは、単独では効果が限られる少数の実践をひとまとめにして全項目の遵守を求める方式で、部分的な実施では効果が出にくいことが要点である。中心静脈カテーテル関連なら・マキシマルバリアプリコーション・による・を避ける選択・不要になったカテーテルの毎日の検討。なら・鎮静の毎日の中断と可能性の評価・・消化性潰瘍と深部静脈血栓の予防。なら適応の限定・無菌的挿入・閉鎖式回路の維持・不要になったら即座に。なら適切なタイミングの・・体温管理・除毛法の選択。共通しているのは「いちばん効くのはデバイスを入れないこと・早く抜くこと」である。

主要な起因菌:ESKAPE病原体

多剤耐性院内病原体は、頭文字をとってESKAPE病原体と呼ばれる。

病原体 懸念される耐性
Enterococcus faecium バンコマイシン耐性腸球菌のリスク
黄色ブドウ球菌 のリスク
Klebsiella pneumoniae 産生菌、のリスク。2024年版リストでは全24菌種中の最高点(84%)を得た筆頭のである2
Acinetobacter baumannii A. baumannii(carbapenem-resistant A. baumannii, )のリスク。2017年版・2024年版のいずれでも層に入り続けている2
Pseudomonas aeruginosa 緑膿菌のリスク。ただし2017年版で critical だったものが2024年版では high へ格下げされた——優先順位は固定ではなく、耐性の推移と新薬の開発状況で動く2
Enterobacter属 、CREのリスク

これに加えて、芽胞を形成しにも抵抗性を示す、Stenotrophomonas maltophilia、E. coli、、S. epidermidis(MRSE)なども重要な院内病原体である。

⚠️ ESKAPEは語呂合わせであって、の優先順位ではない。 世界の政策・投資の基準になっているのはので、2024年に2017年版から改訂された。24菌種を死亡・非致死的負担・・10年間の耐性傾向・予防可能性・伝播性・治療可能性・新薬パイプラインの8基準で採点し、四分位で3層に分けている2。改訂で押さえるべき変化は3つ。①「」という科レベルの呼称が「Enterobacterales(腸内細菌目)」という目レベルの呼称に改められた——CREも今日では carbapenem-resistant Enterobacterales と読む。②緑膿菌が critical から high へ移った。③菌が critical に加わった。

2024年版優先リストの層 含まれる耐性菌
critical(最) Acinetobacter baumannii、耐性 Enterobacterales、 Enterobacterales、リファンピシン耐性 Mycobacterium tuberculosis
high Salmonella Typhi、 Shigella、 Enterococcus faecium、 Pseudomonas aeruginosa、サルモネラ、Neisseria gonorrhoeae(耐性または)、
medium 、肺炎球菌、アンピシリン耐性 Haemophilus influenzae、ペニシリン耐性B群レンサ球菌

⚠️ には、他の耐性菌と同じ対策がそのままは通用しない。 ・との決定的な違いは芽胞を作ることで、芽胞はアルコールにも系・塩といった一般的な病院用にも抵抗する。ただし「だからアルコール擦式は無効」で話を終えてはいけない——これは実験室レベルの所見であり、臨床研究ではアルコール擦式の使用でが増えたことも、石けんと流水への切り替えでが減ったことも示されていない。しかも手洗いは60秒かけても芽胞を1 log10 も除去できない。したがって現行の推奨では、最優先は手袋の着用と自己汚染しない外し方であり、石けんと流水は患者のケア後の「望ましい方法」として(エビデンスの質はLOWで)、アルコール擦式の前に行う追加戦略と位置づけられている3。学名は Clostridium difficile から Clostridioides difficile へ変わっており、旧名も文献では現役である。

⚠️ 真菌にも同じ問題が起きている——Candida auris の。 多剤耐性を示し、皮膚に定着して患者から患者へ広がる。こそが主要なリザーバーで、流行を退室した50例の追跡では、2回以上検体が得られた37例のうち22例(59.4%)は中央値5か月(3〜7か月)で保菌を失ったが、14例(38%)は最終追跡時点でもなお保菌しており、そのうち6例がを発症した。抗菌薬・抗真菌薬の投与期間が長いことが保菌の持続と関連していた4。をいつ解除するかが実務上の難問になる。なお2024年の系統分類学的再検討で新属 Candidozyma への移動(Candidozyma auris)が提案されたが、採用すべきかは専門誌上でなお議論中で呼称は定着していない5。

⭐ ESKAPEはこの6属で完結する語呂合わせ。 Enterococcus faecium・Staphylococcus aureus・Klebsiella pneumoniae・Acinetobacter baumannii・Pseudomonas aeruginosa・Enterobacter属の頭文字を取ると「ESKAPE」となり、抗菌薬から「escape」するという語呂そのものが特徴を表している。

予防策

  • 患者・スタッフのスクリーニングと除菌
  • 、
  • 環境清掃
  • (監視)

⭐ は「いつやるか」を5つに定型化して教える——の「の5つのタイミング」。 ①患者に触れる前、②清潔・の前、③体液曝露のリスクのあとで、④患者に触れたあと、⑤患者周囲の環境に触れたあと。この枠組みは、環境を患者ゾーンと医療ゾーンという2つの区域に分ける発想を中核に持ち、ケアの流れのなかで微生物の伝播を実際に断ち切れる瞬間だけを指定するように設計されている。教育・観察・報告を共通の言葉で行えるようにした点に意義がある6。③と⑤が抜けやすい——とくに⑤(患者には触れていないが周囲の物に触れた)は忘れられやすく、環境表面が保菌圧の源になる理由でもある。

治療

治療は困難であることが多く、可能であれば(薬剤感受性プロファイル)に基づいて選択する。バンコマイシン、、、アミノグリコシドなどを、に対しては抗菌薬併用療法として用いる。

医原性感染

とは、医療スタッフによる治療・ケアの過程で伝播する感染をいう。

原因

  • 薬物相互作用の副作用、薬剤の過剰使用、薬剤有害事象
  • 手術手技に伴う合併症
  • 医療過誤(誤った処方を含む)
  • ・
  • 医療提供者側の不安・苛立ち
  • 院内感染(原典でも「?」が付され、位置づけが曖昧なまま挙げられている)

まとめ

  • 院内感染は入院後48時間以降に発症する感染で、直接接触・・・共通・媒介動物によって伝播する。
  • はCR-・VAP・SSI・CAUTI・の5つに集約される。
  • 主要な起因菌はESKAPE病原体(Enterococcus faecium・S. aureus・Klebsiella pneumoniae・Acinetobacter baumannii・Pseudomonas aeruginosa・Enterobacter属)で、それぞれ・・/CRE・などのを持つである。ただしの優先順位はの優先リストで、2024年の改訂で Klebsiella pneumoniae が最高点、緑膿菌が critical から high へ移り、「」は「Enterobacterales(腸内細菌目)」へ改称された。
  • (Clostridioides difficile、旧 Clostridium difficile)は芽胞を作るためアルコールが効かず、対策の軸は手袋の徹底と石けんと流水による手洗いに移る。Candida auris も皮膚保菌を介してする多剤耐性真菌として同じ位置づけにある。
  • 予防には・スクリーニングと除菌・と・環境清掃・が重要で、治療はに基づく選択と抗菌薬併用が基本となる。
  • は院内感染よりも広い概念で、薬剤の副作用・手術合併症・医療過誤・なども含む、医療行為に起因する害全般を指す。

出典

  1. 1.Healthcare-Associated Infections and the Use of Antibiotics in German Hospitals—Results of the Point Prevalence Survey of 2022 and Comparison With Earlier Findings(Deutsches Ärzteblatt International(ECDC の欧州横断ポイント有病率調査の一環)・2024)ECDCのプロトコルに沿って2022年にドイツの252病院・66,586例で行われたポイント有病率調査で、医療関連感染の有病率が4.9%(およそ入院患者20人に1人)、抗菌薬使用の有病率が26.9%であり、いずれも2016年からほぼ変わっていないこと、最も多い医療関連感染は手術部位感染23.5%、下気道感染21.6%、尿路感染19.0%であったことを確認した。欧州の実測値としての基準になる。閲覧 2026-08-26
  2. 2.The WHO Bacterial Priority Pathogens List 2024: a prioritisation study to guide research, development, and public health strategies against antimicrobial resistance(The Lancet Infectious Diseases(世界保健機関 AMR部門)・2025)2024年版WHO細菌性病原体優先リストが24菌種を8基準(死亡・非致死的負担・発生率・10年間の耐性傾向・予防可能性・伝播性・治療可能性・開発パイプライン)で採点し、四分位で critical/high/medium の3層に分けたことを確認した。最高点はカルバペネム耐性 Klebsiella pneumoniae の84%、最低点はペニシリン耐性B群レンサ球菌の28%。critical層はカルバペネム耐性 Acinetobacter baumannii、第3世代セファロスポリン耐性 Enterobacterales、カルバペネム耐性 Enterobacterales、リファンピシン耐性 Mycobacterium tuberculosis。high層はフルオロキノロン耐性 Salmonella Typhi と Shigella、バンコマイシン耐性 Enterococcus faecium、**カルバペネム耐性 Pseudomonas aeruginosa**、フルオロキノロン耐性非チフス性サルモネラ、Neisseria gonorrhoeae、MRSA。medium層はマクロライド耐性A群レンサ球菌と肺炎球菌、アンピシリン耐性 Haemophilus influenzae、ペニシリン耐性B群レンサ球菌。2017年版と比べると、カルバペネム耐性緑膿菌が critical から high へ格下げされ、分類名が「Enterobacteriaceae(腸内細菌科)」から「Enterobacterales(腸内細菌目)」へ改められ、リファンピシン耐性結核菌が新たに critical に加わった。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Strategies to prevent Clostridioides difficile infections in acute-care hospitals: 2022 Update(Infection Control & Hospital Epidemiology(SHEA/IDSA/APIC 合同コンペンディウム)・2023)MRSA・VRE と Clostridioides difficile の決定的な違いが芽胞を作る点にあり、C. difficile の芽胞がアルコールおよびフェノール系・第四級アンモニウム塩といった一般的な病院用消毒薬の殺菌作用に抵抗することを確認した。ただし**「アルコール擦式は無効」は実験室レベルの話であり、臨床研究ではアルコール擦式の使用でCDIが増えたことも、石けんと流水への切り替えでCDIが減ったことも示されていない**こと、手洗いは60秒かけても芽胞を1 log10 も除去できないこと、むしろ手袋の着用と汚染しない外し方の徹底が最優先であること、石けんと流水はCDI患者のケア後の「望ましい方法」として(エビデンスの質はLOWで)推奨され、アルコール擦式の前に行う追加戦略と位置づけられることを確認した。閲覧 2026-08-26
  4. 4.Evaluation of persistence of Candidozyma auris colonization(Clinical Microbiology and Infection (ESCMID)・2026)保菌者が Candida(Candidozyma)auris の主たるリザーバーであり、その院内伝播と有病率上昇を駆動していることを確認した。流行ICUから退室した保菌者50例の前向き研究では、2回以上のフォロー検体が得られた37例のうち22例(59.4%)が中央値5か月(四分位範囲3〜7か月)で保菌を失った一方、14例(38%)は最終追跡時点でなお保菌しており、そのうち6例が真菌血症を発症した。抗菌薬・抗真菌薬の投与期間が長いことが保菌の持続と関連していた。閲覧 2026-08-26
  5. 5.Beyond candidiasis: should infections caused by Candidozyma auris be renamed?(Journal of Clinical Microbiology (ASM)・2025)2024年の系統分類学的再検討でCandida aurisが新属Candidozymaへ再分類されCandidozyma aurisという名称が提案されたこと、およびその改名を採用すべきかが専門誌上でなお議論中で呼称が定着していないことを確認した。閲覧 2026-08-26
  6. 6.'My five moments for hand hygiene': a user-centred design approach to understand, train, monitor and report hand hygiene(The Journal of Hospital Infection(WHO 患者安全チャレンジ Clean Care is Safer Care)・2007)WHOの「手指衛生の5つのタイミング(My five moments for hand hygiene)」が、医療従事者にとっての時間的・空間的な基準点を定め、ケアの一連の流れのなかで微生物の伝播を実際に断ち切れる瞬間を指定した概念であること、患者ゾーンと医療ゾーンという2つの区域に環境を分ける発想を中核に持つこと、この枠組みが教育・観察・報告を共通の言葉で行えるようにするために設計されたことを確認した。閲覧 2026-08-26