微生物学

微生物学 · 2/1

黄色ブドウ球菌

Staphylococcus aureus

応用トピック
感染性心内膜炎アトピー性皮膚炎伝染性膿痂疹・毛包炎・せつ・よう院内肺炎・人工呼吸器関連肺炎骨髄炎気管疾患と気道異物急性喉頭蓋炎・細菌性気管炎・クループ小児急性血行性骨髄炎ブドウ球菌感染症と毒素性ショック症候群創感染の症状と治療
微生物
Staphylococcus aureusStaphylococcus epidermidisStaphylococcus haemolyticusStaphylococcus saprophyticus
疾患
ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群化膿性関節炎(敗血症性関節炎)化膿性肩峰下滑液包炎
症状
ひょう疽表皮剥離

🧠 黄色ブドウ球菌の病原性は「隠れる」と「乗っ取る」の二段構えで読む。 でを作って自らを覆い隠し、(Protein A)でIgGのを占拠してとを妨げる——これが免疫から「隠れる」側の武器。一方、毒素・はとして働き、MHCクラスIIとを非特異的に橋渡ししてサイトカインを大量放出させる——これが免疫を「乗っ取る」側の武器。これに対しはではなく、グルタミン酸特異的として表皮のだけを切断する「切り離す」武器である。骨・関節・肺・心内膜への限局した化膿性感染は「隠れる」側の産物、全身に及ぶ・はの産物、はの産物として整理できる。

形態・生化学的性状

項目 内容
形態 、直径約1.0μm、染色でブドウのを呈する
生息地 鼻腔・咽頭・皮膚の正常フローラ
カタラーゼ 陽性——2H₂O₂→2H₂O+O₂の反応でが生じる。との鑑別に使う
陽性——フィブリノゲンをフィブリンへ変換し、自身をで覆って免疫から隠れる()。(coagulase-negative staphylococci)との鑑別点

💡 カタラーゼとは役割が違う2段階の鑑別試験。 でをから区別し、続いて陽性でS. aureusをそれ以外のブドウ球菌()から区別する。

病原性因子

  • (Protein A):細胞壁に存在し、IgG(免疫グロブリンG)のに結合する。これによりとが妨げられ、貪食を回避する

  • PVL(Panton-Valentine , Panton-Valentine leucocidin):好中球の細胞膜に孔を開けて破壊する二成分毒素。市中型(CA-)の多くが保有し、壊死性の皮膚軟部組織感染やの報告と結びつけて語られてきた

⚠️ PVLが侵襲性感染の主犯だという通説には、正面から反する証拠がある。 31か国76研究のでは、PVL遺伝子は皮膚軟部組織感染とは強く関連する一方、肺炎(OR 0.37、95%CI 0.22〜0.63)・(0.44、0.19〜0.99)・菌血症(0.10、0.06〜0.18)・保菌株(0.07、0.01〜0.31)では相対的にまれだった1。PVL陽性の皮膚軟部組織感染は外科的処置を要しやすく、小児のでは重症度が増す可能性が示されたが、それ以外の病型では転帰への影響を示す証拠は得られていない。PVLは「病原性の主因」というより「市中型クローンの疫学マーカー」寄りに位置づけられており、この論点は現在も決着していない。

  • 伝播経路:、呼吸器、手指接触

  • 誘因:手術、創傷、異物留置(タンポンなど)

臨床像①:化膿性感染症

疾患 特徴
骨髄炎 骨感染の原因菌第1位
の原因菌第1位
肺炎 胸部X線で斑状浸潤影
・・よう・ 発赤・腫脹・膿を伴う皮膚感染
非では(・大動脈弁)が主体。が前に出るのはで、この集団では発症リスク自体も高い

臨床像②:外毒素性症候群

症候群 原因毒素 機序 臨床像
(ETA・ETB) グルタミン酸特異的としてのみを切断し、で表皮内剥離を起こす。ではない と熱傷様の。粘膜は侵されない
1(toxic shock syndrome toxin-1, TSST-1) としてMHCクラスIIとを橋渡しし、を誘発 タンポン使用などが誘因。日焼け様の特徴的な発疹、、蜂窩織炎・膿瘍を伴う発熱、
() 摂取後急速に発症 悪心・嘔吐・下痢
flowchart TD
  A["Staphylococcus aureus"] --> B["隠れる<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='coagulase'>コアグラーゼ</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='protein A'>プロテインA</span>)"]
  A --> C["乗っ取る<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='superantigen'>スーパー抗原</span>毒素)"]
  A --> H["切り離す<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='exfoliative toxin'>剥脱毒素</span>=<span class='jp-term jp-term-diagram' title='serine protease'>セリンプロテアーゼ</span>)"]
  B --> D["限局した化膿性感染<br>骨髄炎・関節炎・肺炎・心内膜炎・皮膚感染"]
  C --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='toxic shock syndrome (TSS)'>毒素性ショック症候群</span><br>(TSST-1)"]
  C --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='food poisoning'>食中毒</span><br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='enterotoxin'>エンテロトキシン</span>)"]
  H --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='scalded skin syndrome'>熱傷様皮膚症候群</span><br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='desmoglein 1'>デスモグレイン1</span>の切断)"]

診断

検査 所見
血液寒天培地 β溶血
単純培地 ——菌名の由来
マンニット発酵陽性——培地が黄色に

治療

  • :の変化によりペニシリン耐性を獲得した株
  • の第一選択:バンコマイシン
  • その他:リネゾリド、アミノグリコシド系、テトラサイクリン系

⚠️ の耐性は「既存のが変化した」のではなく、「新しいを外から持ち込んだ」ものである。 耐性の実体は、可動性遺伝因子 SCCmec(staphylococcal cassette chromosome mec)上の mecA 遺伝子がコードするPBP2aという別ので、これはβラクタム薬との親和性が極めて低い。元からあるがβラクタムで潰されてもPBP2aがを肩代わりするため、・・がまとめて無効になる(βラクタマーゼではないので、を足しても回避できない)。の各クローンは、複数のS. aureusクローンがそれぞれ独立にSCCmecを獲得した結果として生じた2。

⚠️ mecA が陰性でものことがある——mecC。 2011年、表現型はなのに mecA が陰性という株から、mecA と約70%しか一致しない新規 mecA(LGA251)(のちの mecC)が発見された。これは新規のSCCmec type-XI 上にあり、英国の乳牛由来株とデンマーク・英国の株の双方から検出された3。従来の mecA 検出では見逃されるため、の陰性だけでを否定しない。

⭐ は「」では判定しない——またはで判定する。 は臨床で使われなくなり感受性ディスクとしても供給されていない。実務ではの、あるいは mecA/mecC の発現を強く誘導する性質を利用したのディスク/をとして用い、これが陽性なら「全βラクタム耐性(など抗活性を持つものを除く)」と読み替える。名前は「」のまま残っているが、検査は別の薬でしている点に注意する。

⚠️ MSSAにバンコマイシンを使い続けない。 「S. aureus=バンコマイシン」ではなく、感受性(MSSA)と判明したら(など)やへ戻すのが原則で、MSSA菌血症ではこれらのほうがバンコマイシンより成績がよい。の結果でかMSSAかが治療をほぼ決める。

💡 バンコマイシンの目標値は「15〜20」から「/ 400〜600」へ移った。 2020年の改訂コンセンサスガイドラインは、重症感染症のTDMについて、従来の15〜20 mg/Lを目標とする方式を推奨せず、/比 400〜600(はブロス微量で1 mg/Lと仮定)を目標とする基準のモニタリングへ改めた4。だけを見る運用は過剰曝露による腎障害を招きやすいことが背景にある。

💡 バンコマイシンへの感受性低下にも段階がある。 バンコマイシンが中間域のVISA、集団の一部だけが低感受性で通常法では検出されにくいhVISA、そして腸球菌由来の vanA を獲得して高度耐性となるVRSA(世界的に報告例は極めて少ない)の順に重い。VISA/hVISAは「は感性域なのに治療に反応しない」という形で現れることがある。

💡 は「誰にでもやる処置」ではない。 鼻腔+清拭による除菌の適応は、①再発を繰り返す皮膚軟部組織感染の、②心臓・整形外科などの術前、③入室患者に限られる。43病院・74 ・74,256例の試験(REDUCE )では、入室患者全員を一律に除菌する戦略が、だけを狙う標的除菌やスクリーニング+隔離より優れ、臨床分離の0.63、あらゆる病原体によるの0.56(54例の除菌につき1件を予防)だった5。一方、無差別な除菌は耐性・低感受性を選択する懸念があるため、適応を絞ることが前提である。

まとめ

  • S. aureusはでブドウ、カタラーゼ・ともに陽性。陽性がとの鑑別点。
  • 病原性は「隠れる」(による形成、による補体・阻害)、「乗っ取る」(毒素による)、「切り離す」(によるの切断)の三軸で理解する。
  • 化膿性感染(骨髄炎・関節炎の第1位原因菌、肺炎、皮膚感染、心内膜炎)は限局性、TSS・はを介した全身性の病態、は血行性に運ばれたが全身の表皮を剥離させる病態。
  • 診断はβ溶血、、でのマンニット発酵陽性が特徴。
  • 治療の要はかMSSAかで、の耐性は mecA/mecC がコードするPBP2aの獲得による全βラクタム耐性であり23、判定はではなく/で行う。にはバンコマイシン(目標はではなく/ 400〜600)4、MSSAには・を用いる。

出典

  1. 1.The role of the Panton-Valentine leucocidin toxin in staphylococcal disease: a systematic review and meta-analysis(The Lancet Infectious Diseases・2013)31か国76研究のメタ解析で、PVL遺伝子は皮膚軟部組織感染と強く関連する一方、肺炎(OR 0.37、95%CI 0.22〜0.63)・骨関節感染(0.44、0.19〜0.99)・菌血症(0.10、0.06〜0.18)・保菌株(0.07、0.01〜0.31)では相対的にまれだった。PVLが侵襲性感染の主因であるという見方に反する結果であり、皮膚軟部組織感染以外では転帰への影響を示す証拠は得られなかった閲覧 2026-08-26
  2. 2.Methicillin-resistant Staphylococcus aureus(Nature Reviews Disease Primers・2018)MRSAの各クローンは、βラクタム薬の大半に対する耐性遺伝子を載せた可動性遺伝因子 staphylococcal cassette chromosome mec(SCCmec)を、複数のS. aureusクローンがそれぞれ独立に獲得したことで生じた。1960年代の出現以降、世界的に拡散して医療関連・市中双方の細菌感染症の主要原因となったが、地域差が大きく、その要因には感染対策の違いと流行クローンの菌側の特性がある閲覧 2026-08-26
  3. 3.Meticillin-resistant Staphylococcus aureus with a novel mecA homologue in human and bovine populations in the UK and Denmark: a descriptive study(The Lancet Infectious Diseases・2011)表現型はメチシリン耐性なのにmecA PCRが陰性となる株から、mecAと約70%しか一致しない新規ホモログ mecA(LGA251)(のちに mecC と命名)が発見され、新規のSCCmec type-XI 上に位置していた。英国の乳牛由来15株とデンマーク・英国のヒト由来株の双方から検出され、従来のmecA検出PCRでは見逃されうる閲覧 2026-08-26
  4. 4.Therapeutic monitoring of vancomycin for serious methicillin-resistant Staphylococcus aureus infections: A revised consensus guideline and review by the American Society of Health-System Pharmacists, the Infectious Diseases Society of America, the Pediatric Infectious Diseases Society, and the Society of Infectious Diseases Pharmacists(American Journal of Health-System Pharmacy・2020)重症MRSA感染症におけるバンコマイシンのTDMは、従来のトラフ値15〜20 mg/Lを目標とする方式から、AUC/MIC比 400〜600(MICはブロス微量希釈法で1 mg/Lと仮定)を目標とするAUC基準のモニタリングへ改められた。トラフ値のみを指標とする方式は推奨されない閲覧 2026-08-26
  5. 5.Targeted versus universal decolonization to prevent ICU infection(The New England Journal of Medicine・2013)43病院・74 ICU・74,256例のクラスターランダム化試験(REDUCE MRSA)で、全入室患者を対象にした一律除菌(クロルヘキシジン清拭+ムピロシン鼻腔塗布)は、MRSA保菌者だけを狙う標的除菌やスクリーニング+隔離より優れ、MRSA臨床分離のハザード比0.63、あらゆる病原体による血流感染のハザード比0.56だった。54例を除菌するごとに血流感染1件が防がれた閲覧 2026-08-26