微生物学

微生物学 · 1/33

受動免疫とそのリスク・副作用。化学予防

Passive immunization, and its risks and side-effects. Chemoprophylaxis

薬剤
ワクシニア免疫グロブリン抗狂犬病免疫グロブリン
疾患
血清病

🧠 受動免疫は「借りた免疫」、は「先回りした薬」——どちらも自分の免疫系が働き出す前に効かせる点で共通する。 受動免疫は抗体そのものを外から補充しはあるが記憶を残さず数週間で消える。は病原体ではなく薬で先手を打ち、曝露前後どちらのタイミングでも使われる。両者とも「今すぐの防御」を優先し、長期免疫の構築はに譲る、という役割分担で理解する。

受動免疫

受動免疫とは、宿主自身が産生したのではない、あらかじめ形成された(された)抗体または免疫反応性リンパ球を宿主に与えることをいう。典型的には短命で、効果は数週間しか持続しない。

免疫は、免疫系が抗原に曝露されなくても獲得できる——免疫を持つドナーから非免疫の個体へ、血清またはを移入することで成立する。免疫を持つ個体のを用いて免疫を移入することもある。

受動免疫の種類

  • :母から胎児へのIgGの、または母乳()を介したIgAの移行によって免疫が伝達される。母が持つ免疫を約6か月間児に与える
  • :他者または免疫を持つのIgG抗体を注射することで人工的に免疫を移入する。免疫グロブリンによる受動免疫移入は、以下のような急性の状況で行われる
    • 感染症:ジフテリア、破傷風、麻疹。曝露後予防で実際によく使われるのは、破傷風・・B型肝炎・水痘の4つのである(の現行製剤はVariZIGで、曝露後できるだけ早く、遅くとも10日以内に投与する)1
    • 中毒:、爬虫類咬傷、
    • 予防的措置:

受動免疫の利点

  • 迅速な防御・治療が可能
  • 免疫不全患者にも使用できる
  • (ワクチン)が利用できない場合の代替となる
  • 毒素が病因となる疾患(破傷風・・ジフテリアなど)に対するとして使える

受動免疫の欠点

  • 効果が一時的で、細胞を残さない
  • 副作用のリスクがある——特にで製造された場合

:。:——外来タンパクとして認識される。

⚠️ ()抗血清は、抗体そのものが「異物」になりうる。 ウマなどの動物で作られた・抗血清は、ヒトから見れば外来タンパクであり、アナフィラキシーやのリスクが()製剤より高い。破傷風・ジフテリア・ボツリヌスのを投与する際は、この副作用のリスクを踏まえて適応を判断する。「まれな副作用」ではない——抗血清(ヘビ)を投与した109例を前向きに追跡した研究では、が32例(29%)(投与後5〜20日に発熱・発疹・関節痛などが3つ以上)、急性の全身性過敏反応が25例(23%)、うち低血圧を伴う重症が8例(7%)に生じ、の頻度は投与量とは相関しなかった2。は「投与直後」ではなく「1〜3週間後」に出るという時間差も、アナフィラキシーとの決定的な違いとして押さえる。

💡 受動免疫の主役は、いま「血清・」からモノクローナル抗体へ移りつつある。 血清由来の製剤は多くのドナーの抗体の混合物だが、モノクローナル抗体はを1つに定めた均一な製剤で、感染症のリスクもの問題もない。代表例がRSウイルスので、融合前F蛋白を標的とし、のでへの結合を高めることでを約71日まで延ばし、単回筋注でシーズン1つ分をカバーする3。同じ枠組みの新しい抗体として(固定105mg、初回シーズン限定)が加わり、月1回のが必要だった第一世代のは2025年12月31日で販売終了となった4。「速いが短い」という受動免疫の弱点のうち、“短い” のほうは抗体工学で押し戻せるようになった、と理解する。

⚠️ 受動免疫はの効きを妨げる——だから接種の間隔を空ける。 外から入れた抗体はの複製をそのまま中和してしまうため、を投与した後は生ワクチンまで一定期間を置く(推奨間隔は国によって異なる)。に対する免疫グロブリン大量療法の6か月後に初回接種した32例の前向き研究では、初回接種後の率が麻疹88%、風疹78%に対しは6%にとどまった5。6か月空けてもなお不十分になりうる。逆向きの順序(生ワクチンを先に打ってから免疫グロブリン)でも同じ干渉が起こる。

化学予防

とは、が現れる前に、感染を予防する目的、または既に接触した感染を抑え込む目的で抗菌薬を投与することをいう。の意義と具体例も参照。

薬の使用は、対象とする感染症の疫学・臨床的影響についての知識に基づいて行われる。一般にが行われるのは、疾患の頻度が高いか、感染による臨床的インパクトが大きい場合である。

薬剤は曝露前(pre-exposure prophylaxis、)または曝露の可能性が生じた後(post-exposure prophylaxis、曝露後予防)に投与される。

化学予防の適応例

  • 免疫不全患者における日和見感染予防のための
  • 流行の拡大を抑えるための
  • 感染の再発予防(例:尿路感染症の再発予防)
  • 結核の初期徴候に対して極めて有効
  • 心臓弁に障害のある患者における歯科処置前の予防的抗菌薬投与

化学予防の限界

  • すべての薬剤に副作用のリスクがある——利益がリスクを上回る場合にのみを行うべきである
  • 治療コストが高い場合や、の発生頻度が低い場合にはされにくい

状況別の化学予防(代表例)

状況 内容
感染者とのへの予防 髄膜炎菌患者のにはリファンピシン、結核患者のにはを投与しうる
歯科処置に対する抗菌薬予防 または心臓弁に障害のある患者に、心内膜炎予防のため(例:アモキシシリン)
消化管・口腔咽頭などが豊富な粘膜を開く手術で特に重要。と全身感染を予防する(例:、アモキシシリン/)
免疫不全患者における抗菌予防 臓器移植・患者(例:フルオロキノロン)。抗真菌薬・抗薬による予防も必要となる
新生児の予防(, Credé eye drop) 経腟分娩後の(例:)。淋菌・クラミジアなどによる新生児を予防する。には点眼が用いられていた
新生児のB群レンサ球菌感染予防 妊娠中に腟内Streptococcus agalactiaeが陽性であった母体には、分娩時に静注ペニシリンまたはアモキシシリンを投与する
渡航地域による。例:。率が高い地域ではを使用。渡航の数週間前から渡航中・渡航後まで継続し、蚊対策も重要。⚠️ ただしはもはや一般的な第一選択ではない——現在の選択肢は・、ドキシサイクリン、で、は耐性のない限られた地域でのみ用いる。マラリア流行地ではによる再発を防ぐため(非妊娠・正常例)を強く考慮する6
(Pneumocystis carinii/jirovecii pneumonia, PCP)の予防。患者・患者が対象。・(trimethoprim-sulfamethoxazole, TMP-SMX、)。💡 ヒトに感染する種の現行名は Pneumocystis jirovecii で、P. carinii はに感染する種に充てられている(Pneumocystis は1909年発見、1988年に原虫から真菌へ分類変更)。旧名は文献・試験で現役なので併記して覚え、略号PCPは今日では “Pneumocystis pneumonia” と読み替える。無症状の気道保菌もしばしばみられ、報告されている保菌率は陽性者20〜69%、免疫正常者0〜65%と幅が広い7
感染の 感染リスクの高い人に、低用量のを継続投与し感染の可能性を下げる。例:・
陽性患者における日和見感染予防 に応じて、潜伏感染の再活性化を予防する(例:結核、、カンジダ症、の予防)

まとめ

  • 受動免疫は抗体・を外から補充する免疫で、はあるがを残さず数週間しか持続しない。自然獲得(胎盤IgG・母乳IgA)と人工獲得(IgG注射)に分けられる。
  • 受動免疫は迅速な防御・免疫不全患者への使用・毒素性疾患への投与に利点があるが、()製剤は特にが高い——はで約3割に生じ、投与の5〜20日後という遅れて出る反応である点がアナフィラキシーと異なる。
  • 受動免疫の担い手は血清・からモノクローナル抗体へ移りつつある(RSウイルスの・。は2025年末で販売終了)。また外から入れた抗体はの効果を減弱させるため、免疫グロブリン投与と生ワクチン接種の間には間隔を空ける。
  • はが出る前に抗菌薬を投与して感染を防ぐ/抑え込む方法で、と曝露後予防に分けられる。頻度が高い・臨床的インパクトが大きい疾患で行われ、利益とリスク・コストのバランスで適応を判断する。
  • 代表的なには、予防(髄膜炎菌にリファンピシン、結核にINH)、歯科・外科手術前予防、免疫不全患者への予防、新生児予防()、GBS周産期予防、、PCP予防、のと日和見感染予防などがある。
  • の適応判断では、常に薬剤副作用のリスクと予防による利益、そしてコストを天秤にかける。

出典

  1. 1.Updated Recommendations for Use of VariZIG — United States, 2013(CDC・2013)曝露後予防に用いる水痘帯状疱疹免疫グロブリンの現行製剤名がVariZIGであり、曝露後可能な限り早期、遅くとも10日以内の投与が推奨されることを確認した。閲覧 2026-08-26
  2. 2.Incidence of serum sickness after the administration of Australian snake antivenom (ASP-22)(Clinical Toxicology・2016)異種抗血清(動物由来の抗毒素)投与後の副作用の頻度を前向きコホートで測定した研究で、追跡できた109例中32例(29%)に血清病(発熱・紅斑性発疹/蕁麻疹・筋肉痛/関節痛・頭痛・倦怠感・悪心嘔吐のうち3つ以上が投与後5〜20日に出現、と定義)が生じたこと、急性の全身性過敏反応は25例(23%)に起き、うち8例(7%)は低血圧を伴う重症であったこと、血清病の頻度は投与量とは相関しなかったことを確認した。血清病は「まれな副作用」ではなく数割に起こる。閲覧 2026-08-26
  3. 3.BEYFORTUS (nirsevimab-alip) injection — Prescribing Information(Sanofi / DailyMed (U.S. FDA)・2023)モノクローナル抗体による受動免疫の現代的な形として、RSV融合前F蛋白のエピトープを標的とするニルセビマブがFc領域のYTE変異で新生児Fc受容体への結合を高め血中半減期を約71日に延ばし、単回筋注でRSVシーズン1つ分をカバーできること、2023年に米国で初回承認され初回RSVシーズンを迎える新生児・乳児が対象であることを確認した。閲覧 2026-08-26
  4. 4.Use of Clesrovimab for Prevention of Severe Respiratory Syncytial Virus–Associated Lower Respiratory Tract Infections in Infants: Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices — United States, 2025(CDC Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP)・2025)ニルセビマブ(体重5kg未満50mg/5kg以上100mg)とクレソロビマブ(固定105mg、初回シーズン限定)の用量・適応、および2回目シーズンはニルセビマブのみ対象であること、初期のRSVモノクローナル抗体であるパリビズマブが2025年12月31日で販売終了となることを確認した。閲覧 2026-08-26
  5. 5.Live attenuated vaccine efficacy six months after intravenous immunoglobulin therapy for Kawasaki disease(Vaccine・2021)外から入れた抗体が弱毒生ワクチンの効きを妨げること、そのため免疫グロブリン大量投与後には生ワクチンまで一定の間隔を空ける必要があり、その推奨間隔が国によって異なることを確認した。川崎病に対する免疫グロブリン大量療法の6か月後に初回接種を行った32例の前向き研究では、初回接種後の抗体陽転率が麻疹88%、風疹78%に対しムンプスは6%にとどまり、6か月という間隔でも病原体によっては応答が不十分になりうることを確認した。閲覧 2026-08-26
  6. 6.Review: Malaria chemoprophylaxis for travelers to Latin America(The American Journal of Tropical Medicine and Hygiene・2011)渡航者のマラリア化学予防の選択肢がアトバコン・プログアニル、ドキシサイクリン、メフロキン、そして**限られた地域でのみ**クロロキンであること、渡航先・旅行の型・期間・季節を踏まえた個別のリスク評価にもとづいて「何もしない」「蚊対策のみ」「蚊対策+化学予防」を選ぶこと、三日熱マラリア流行地では肝内休眠体による再発を防ぐ唯一の薬としてプリマキン(非妊娠・G6PD正常例)を強く考慮すべきことを確認した。クロロキンは既に一般的な第一選択ではない。閲覧 2026-08-26
  7. 7.Transmission and Colonization of Pneumocystis jirovecii(Journal of Fungi (MDPI)・2021)Pneumocystis属が1909年に発見され1988年に真菌へ分類し直されたこと、**ヒトに感染する種は P. jirovecii と呼ばれる**こと(P. carinii はラットに感染する種に充てられている)、主たる感染経路は空気感染と考えられ感染型は嚢子(asci)であること、発症させずに気道に保菌される「コロナイゼーション」がしばしばみられ、その頻度は免疫正常者0〜65%、妊婦15.5%、小児0〜100%、HIV陽性者20〜69%、嚢胞性線維症1〜22%、COPD 16〜55%と報告されていることを確認した。閲覧 2026-08-26