微生物学

微生物学 · 2/30

ボレリア属

Borrelia genus

応用トピック
ライム病(ボレリア症)ライム病
微生物
Borrelia afzeliiBorrelia burgdorferiBorrelia gariniiBorrelia recurrentis
疾患
ライム病回帰熱(シラミ媒介性)

🧠 Borrelia属は「抗原を着替えることで再発する菌」と「ダニに咬まれて多段階の病気を起こす菌」の2つの顔を持つ。 を起こす菌(B. recurrentis・B. hermsiiなど)は、によって表面蛋白の抗原を次々と変える(antigenic variation)ことでから逃れ、発熱と無熱を周期的に繰り返す。一方ライム病を起こすB. burgdorferi群は、梅毒同様に病期(1期→2期→3期)を追って病像が変わる。ベクター(//)の違いが、そのまま疫学(集団発生 vs 森林地帯の)の違いに直結する点も押さえる。

形態・生化学的性状

項目 内容
形態 Treponema属と同じスピロヘータだが、コイル数は少なく菌体は大きい
運動性 7〜20本のが両端から伸びて中央で重なり合い、独特の「ねじれ運動」を生む
染色法 グラム陰性だが細すぎて通常のグラム染色では見えないため、を用いる
培養 でが複雑なため培養は困難で、成功しないことが多い

病原性因子・臨床像:3つの疾患群

疾患 起因菌 媒介動物 疫学的背景
Borrelia recurrentis ヒトのみ(動物宿主なし) 戦争・災害時など、過密で不衛生な環境で感染リスク上昇
Borrelia hermsiiなど複数種 (人獣共通感染症, zoonosis) 森林・げっ歯類生息域
ライム病(Lyme disease/Borreliosis) Borrelia burgdorferi・Borrelia afzelii・Borrelia garinii 野生シカ(マダニ成虫の必須宿主)・野生げっ歯類(マダニ幼虫) 米国北で多発

💡 ライム病の「起因菌の違い」は地理と症状の違いに直結する。 B. burgdorferi sensu lato 複合体には10種以上が記載されているが、ヒトに疾患を起こすことがよく知られているのは B. burgdorferi sensu stricto・B. garinii・B. afzelii の3種で、種ごとに異なる臨床像と結びつき、世界的な分布も異なる1。北米は B. burgdorferi sensu stricto がほぼ唯一の起因菌で関節炎が目立つのに対し、欧州は B. afzelii と B. garinii が主体で、欧州のの最多原因は B. garinii、次いで B. afzelii である2。ハンガリーを含む欧州の症例を考えるときは、「北米=関節炎寄り、欧州=皮膚・神経寄り」という違いを踏まえる。

💡 の「発熱→無熱→発熱」を生むの。 に菌血症が起こるが、には特異的IgMが補体依存性に菌を溶解し血中から一時的に消失する。しかしBorreliaはによって表面蛋白(外膜抗原)を作り替え、免疫系にとって「新種」として再出現する——これが周期的な発熱の正体である。

ライム病の病期

病期 時期 臨床像
第1期 3〜10日(自然消退) =「ブルズアイ(牛の目)様紅斑」(マダニ刺咬部の皮疹)、発熱・頭痛・倦怠感などの
第2期 数日〜数週間(未治療で血行性に播種) 頭痛・発熱・関節痛・筋炎、心筋炎による、両側性に類似した、髄膜炎・などの神経症状
第3期(慢性期) 数か月〜数年後 (膝など)の、髄膜炎・脳症などの神経症状、心筋症・不整脈
  • 中枢神経系が侵された状態はと呼ばれ、通常すでに慢性期にある
flowchart TD
  A["Borrelia属"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='antigenic variation'>抗原変異</span>で再発する型<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='relapsing fever'>回帰熱</span>)"]
  A --> C["病期を追って進行する型<br>(ライム病)"]
  B --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='epidemic relapsing fever'>流行性回帰熱</span><br>B. recurrentis・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='louse'>シラミ</span>媒介"]
  B --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='endemic relapsing fever'>地方病性回帰熱</span><br>B. hermsii等・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='soft-shelled tick'>軟マダニ</span>媒介"]
  C --> F["第1期:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='erythema migrans'>遊走性紅斑</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='hard-shelled tick'>硬マダニ</span>刺咬部"]
  F --> G["第2期:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Hematogenous Spread'>血行性播種</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='heart block'>心ブロック</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='facial nerve palsy'>顔面神経麻痺</span>"]
  G --> H["第3期:慢性期<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='polyarthritis'>多関節炎</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neuroborreliosis'>神経ボレリア症</span>"]

診断

検査 内容
塗抹染色 :のを。ライム病:からまたは(・・アズールBで菌体と血球を鑑別)
血清学(ライム病で特に重要) ELISA(IgM・IgG)、——で確認。⚠️ 2019年7月、が第2段階をではなく2つ目のとする修正2段階検査(MTTT)の適応で複数の血清検査を承認し、はこれを推奨手順として扱うよう勧告した——はもう必須ではない3
から実施(ライム病)。髄液からのも可能
培養 :人工培地での発育は遅く、成功しないことが多い

⚠️ があれば血清学は要らない——臨床診断でよい。 欧米7か国の16ガイドラインを比較した方法論的レビューでは、各病期の診断について世界的な合意があり、全病期で2段階血清学に基づく一方、早期限局性の状であるだけは例外として血清学によらず臨床診断とする点でも一致していた4。理由は単純で、この時期はまだ抗体が上がっておらず血清学が陰性に出やすい——待てば治療が遅れるだけである。

⚠️ 「慢性ライム病」に対する長期抗菌薬は推奨されない。 ライム病に起因するとされたに対し、長期抗菌薬治療は短期治療を上回るの改善を示さなかった5。/AAN/ACRのガイドラインも、治療後の非特異的症状に対して、やの根拠なしに追加の抗菌薬を投与しないことを推奨している6。長期投与は・C. difficile 感染・薬剤性有害事象という実害を伴うため、「効かないうえに有害」という位置づけになる。

治療・予防

疾患 治療 予防
テトラサイクリン系、 媒介を避ける(衛生環境の改善)
テトラサイクリン系、マクロライド系(など) 防護服の着用、の使用
ライム病(早期) アモキシシリン()、doxycycline(テトラサイクリン系) 防護服・の使用、マダニ付着後12〜24時間以内に除去。💡 曝露後の単回抗菌薬予防は、①マダニがIxodes属と同定できる、②高蔓延地域である、③付着が36時間以上——の3条件をすべて満たす場合に限る6
ライム病(後期) ceftriaxone(アモキシシリン・ドキシサイクリンも可) 同上
  • 治療期間の目安:は通常14〜21日間、ライム関節炎は経口28日間が初期治療となる。ドキシサイクリンは「8歳未満には禁忌」とされてきたが、14日程度までの短期使用は安全というコンセンサスに転換した6

まとめ

  • Borrelia属はTreponema属と同じスピロヘータだがコイルが少なく大型で、グラム染色不可のためを用いる。
  • (流行性=媒介のB. recurrentis、=媒介の複数種)は、によるで周期的な発熱・無熱を繰り返す。
  • ライム病(B. burgdorferi・B. afzelii・B. garinii、媒介)は(第1期)→による・(第2期)→慢性・(第3期)と進行する。起因菌は地域で異なり、北米は B. burgdorferi sensu stricto、欧州は B. afzelii・B. garinii が主体で、欧州のの最多原因は B. garinii である21。
  • 診断は・血清学(+Western blot確認)・を組み合わせる。培養は困難。ただしライム病の血清学は、2019年以降修正2段階検査(MTTT=+2つ目の)がに代わる選択肢として承認されており3、があれば血清学を待たず臨床診断する4。
  • 治療はテトラサイクリン系・が中心。ライム病後期はセフトリアキソンを用いる。「慢性ライム病」に対する長期抗菌薬投与は有効性が示されず推奨されない56。

出典

  1. 1.Molecular typing of Borrelia burgdorferi sensu lato: taxonomic, epidemiological, and clinical implications(Clinical Microbiology Reviews・1999)DNA-DNA再会合解析に基づき Borrelia burgdorferi sensu lato 複合体には10種が記載されているが、ヒトに疾患を起こすことがよく知られているのは B. burgdorferi sensu stricto・B. garinii・B. afzelii の3種のみである。種ごとに異なる臨床像との関連が示され、また種は世界的に異なる分布を示す閲覧 2026-08-26
  2. 2.Comparison of findings for patients with Borrelia garinii and Borrelia afzelii isolated from cerebrospinal fluid(Clinical Infectious Diseases・2006)欧州における神経ボレリア症の最も多い原因は Borrelia garinii で、次いで Borrelia afzelii である。髄液から B. garinii が分離された23例と B. afzelii が分離された10例の比較では、髄液培養前の時点で神経ボレリア症と臨床診断できた割合が B. garinii 群で高く(23例中19例 vs 10例中1例)、根性疼痛・髄膜刺激徴候・リンパ球優位の髄液細胞増多も B. garinii 群で多かった閲覧 2026-08-26
  3. 3.Updated CDC Recommendation for Serologic Diagnosis of Lyme Disease(Morbidity and Mortality Weekly Report (Centers for Disease Control and Prevention)・2019)1994年以来の標準2段階検査は感度の高い酵素免疫測定法(EIA)または蛍光抗体法を第1段階、ウェスタンブロットを第2段階としてきたが、2019年7月29日にFDAが第2段階をウェスタンブロットではなく2つ目のEIAとする修正2段階検査(MTTT)の適応で複数の血清検査を承認し、CDCはFDAが当該用途で承認した検査をCDC推奨手順として扱うよう勧告したことを確認した。閲覧 2026-08-26
  4. 4.Review of European and American guidelines for the diagnosis of Lyme borreliosis(Medecine et Maladies Infectieuses・2019)欧米7か国の16のライム病ガイドラインを方法論的に評価したところ、各病期の診断について世界的な合意があり、すべてのガイドラインが全病期で2段階血清学に基づく診断を示す一方、早期限局性の皮膚症状である遊走性紅斑だけは例外として血清学によらず臨床診断とすることで一致していた閲覧 2026-08-26
  5. 5.Randomized Trial of Longer-Term Therapy for Symptoms Attributed to Lyme Disease(The New England Journal of Medicine・2016)ライム病に起因するとされた遷延症状に対し、長期抗菌薬治療が短期治療を上回る健康関連QOLの改善を示さなかったことを確認した。閲覧 2026-08-26
  6. 6.Clinical Practice Guidelines by the Infectious Diseases Society of America (IDSA), American Academy of Neurology (AAN), and American College of Rheumatology (ACR): 2020 Guidelines for the Prevention, Diagnosis and Treatment of Lyme Disease(Infectious Diseases Society of America / American Academy of Neurology / American College of Rheumatology・2021)ドキシサイクリンは8歳未満でも14日程度までの短期使用は安全というコンセンサスに転換、単回曝露後予防はマダニがIxodes属と同定・高蔓延地域・付着36時間以上の3条件を満たす場合に限る、神経ボレリア症は通常14〜21日間、ライム関節炎は経口28日間を初期治療とする、治療後の非特異的症状に再感染・治療失敗の客観的根拠なく追加の抗菌薬を投与しないことを推奨閲覧 2026-08-26