微生物学

微生物学 · 2/29

トレポネーマ属

Treponema genus

応用トピック
第一期梅毒と鑑別診断第二期梅毒第三期梅毒・神経梅毒・先天梅毒梅毒の診断法と生物学的偽陽性反応妊娠中の感染症・細菌感染・寄生虫感染
微生物
Fusobacterium nucleatumT. pallidum ssp. endemicumT. pallidum ssp. pallidumT. pallidum ssp. pertenueTreponema carateumTreponema denticolaTreponema vincentii
疾患
梅毒
症状
鞍鼻

🧠 は細すぎてグラム染色では見えない——だからこそ「病期ごとに武器を変えて診断する」という発想が必須になる。 梅毒は()→(全身発疹)→潜伏期(無症状)→(・・)と何年もかけて姿を変える「の」であり、各病期で有効な検査( vs 非特異的血清検査 vs 特異的血清検査)が異なる。この「病期×検査」のマトリクスを軸に覚えると全体が整理できる。

形態・生化学的性状

項目 内容
形態 スピロヘータ——細く長い状の菌体。グラム陰性だが細すぎて通常のグラム染色では観察できない
運動性 (periplasmic flagella=endoflagella)による特有の屈曲・回転運動——組織への侵入を担う
検出法 通常のでは見えないため、またはが必須

💡 スピロヘータ門(Treponema・Borrelia・Leptospira)に共通する弱点。 3属とも細くコイル状の菌体とによる運動性を共有し、通常のグラム染色では観察できないためや(・)が診断の要となる。Borrelia属・Leptospira属も参照。

病原性因子

因子 機能
からの回避
(Tromp I・II・III) 上皮細胞への接着を促進
血管周囲への浸潤を促進しうる
  • :ヒトの
  • 伝播経路:が主だが、()、輸血、臓器移植でも伝播しうる
  • 感染性を持つのは・・潜伏期の最初の2年——それ以降は()のみが起こりうる
  • 発症までのは1〜2週間

臨床像:梅毒の病期

病期 時期 臨床像 診断の中心
感染後10日〜3か月 :無痛性で硬い潰瘍(主に)+(3-6週間持続、未治療なら進行) DF-Mまたは(非特異的血清検査は約50%が偽陰性1)
の1-3か月後 全身性の(に強い)、粘膜の 非特異的・特異的血清検査とも陽性。コンジローマはDF-Mでも検出可
潜伏期 早期潜伏(<1年)/後期潜伏(>1年) 無症状だが感染性は持続(早期潜伏まで) 血清検査陽性のみが手がかり
初感染後3〜30年 (壊死性中心を持つ肉芽腫)、炎・(vasa vasorum破壊による「木の樹皮様」外観)、(tabes dorsalis:後索脱髄による感覚・固有覚障害)、(なしだがは保持——に特異的) 特異的検査は陽性のまま、非特異的検査は陰性化しうる
どの病期でも発症しうる 認知症、脳症、失調、 血清検査では中枢神経への侵襲は判定できず、が要る(血清反応陽性かつ神経症状がある患者にのみ推奨)。髄液の が唯一承認された補助検査だが感度66.7〜85.7%・特異度78.2〜86.7%にとどまり、陰性でもを否定できない12
(妊娠20-28週、約50%)、早期(<2歳:皮疹・貧血・)、後期(、・短小上顎、=状・桑実状臼歯、難聴、実質性角膜炎) 出生後3か月以内に血清が陰性化しなければ感染と判断。⚠️ は減っておらず増えている——2020年の世界は出生10万対425例で、の排除目標(出生10万対50例)を大きく上回る3
flowchart TD
  A["感染<br>(潜伏1-2週間)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='primary stage'>一次期</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='ulcus durum / chancre'>硬性下疳</span>・リンパ節腫脹"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='secondary stage'>二次期</span><br>全身発疹・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='condyloma latum'>扁平コンジローマ</span>"]
  C --> D["潜伏期<br>無症状だが<span class='jp-term jp-term-diagram' title='seropositivity'>血清陽性</span>"]
  D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tertiary stage'>三次期</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='gumma'>ゴム腫</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='aortitis'>大動脈炎</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tabes dorsalis'>脊髄癆</span><br>(3-30年後)"]
  B -.-> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neurosyphilis'>神経梅毒</span><br>(どの病期でも起こりうる)"]
  C -.-> F
  D -.-> F

⚠️ は「娼婦の瞳孔」と語呂で覚える。 はしない(accommodate but do not react)のに、・調節反応はする——に特異的な所見。

診断

  • 妊娠中のスクリーニングは常に実施。が疑われれば併せて検査
  • (DF-M):一次病変からの検体をで増強し直接菌体を検出——💡 正確には、は病変滲出液を無染色のまま観察して運動する菌体を見る方法であり、(Warthin-Starry など)は切片や塗抹で菌体を太らせて見せる別の直接検出法である(は直接検出法として「病変滲出液の暗視野鏡検」「滲出液塗抹・の染色」「核酸増幅」を並列に挙げている)1。一期梅毒が疑われる806検体では53.2%がDF-M陽性で、そのうち48%は/の血清反応がまだ陰性だった——血清反応は最初の5〜15日間は陰性になりうるので、DF-Mは血清を待たずに診断できる4
  • :T. pallidumは人工培地で培養不能なため、ウサギの精巣に接種して増殖させる
血清検査 対象抗原 特徴
非特異的検査(reagin抗体=レアギンを検出) 性の脂質抗原(など) 感染後6週から陽性化。病期判定・検出・治療効果判定に使用。腫瘍、ウイルス感染、自己免疫疾患、妊娠などで偽陽性となりうる
├ VDRL(Venereal Diseases Research Laboratory test) 抗原
├ RPR(Rapid Plasma Reagin test) 抗原 肉眼判定可能。力価低下は治療成功を示す
└ (Wassermann反応) 抗原 血清と抗原を混合
特異的検査(immobilisin抗体を検出) トレポネーマ抗原 確認診断・後期病期の判定に使用。(IM)、薬物使用者、疾患(RF/RA)、ループス、、ライム病で偽陽性となりうる
├ TPHA(T. pallidum Hemagglutination assay)/TPPA(T. pallidum Particle Agglutination assay) —
├ ELISA(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay) immobilisin抗体を検出
├ FTA-ABS(Fluorescent Treponemal Antibody Absorption test) — 非特異的検査の後に実施
├ TPIT(T. pallidum Immobilization Test) ウサギ由来抗原 患者血清中の抗体と反応させる
└ — の確認に使用

💡 2系統をどの順で回すか——従来アルゴリズムと逆順アルゴリズム。 梅毒は必ず2系統を組み合わせる(片方だけでは未治療感染と治療済み既感染を区別できない)。従来アルゴリズムは安価な(/)で始め、陽性をトレポネーマ検査(/など)で確認する。は、自動化されたトレポネーマを最初に回し、陽性をで確認、両者が食い違えばで裁定する——トレポネーマ検査が自動化・大量処理できるようになったことで広まった。2015年の米国CAP調査では従来法63.1%・逆順法15.9%とまだ従来法が多数派だが、検査室・血液センターでは逆順が標準になりつつある1。

⚠️ ——抗体が多すぎて陰性になる。 未希釈の血清では抗体が過剰で、1分子の抗体が1つのエピトープにしか結合できず(ラティス)が作れないため凝集・凝結が起こらない。結果は偽陰性になる。二期梅毒やなどが最も高い場面でこそ起こるのが厄介で、血清を希釈して再検すれば回避できる。プロゾーンが報告されているのはで、凝集法のトレポネーマ検査では報告されていない15。

治療

  • 全病期でペニシリンが第一選択。アレルギーがあればまたはテトラサイクリンを使用
  • ペニシリン(例:)は妊婦にも安全に使用でき、の予防にも用いられる
  • 早期梅毒の標準治療はGの筋注(持続性が長く、組織中の緩慢に分裂する菌に効かせるためこの剤形が要る)
  • ⚠️ 妊婦ではペニシリンの代替が無い。 妊娠中の梅毒に有効性が確立した治療は非経口のみで、ペニシリンアレルギーの既往がある妊婦はしたうえでを投与する。とアジスロマイシンは母体感染を確実に治癒できないため使ってはならず、テトラサイクリン・ドキシサイクリンは妊娠中期・後期を避ける6——上に挙げた「アレルギーならまたはテトラサイクリン」という代替は非妊婦にしか当てはまらない

⚠️ 。 治療開始後24時間以内に起こりうる反応で、大量に死滅したスピロヘータから様のが放出されサイトカインが急増、発熱・悪寒・頭痛をきたす。抗菌薬の副作用と誤認しないよう注意。はこれを治療開始後24時間以内に生じうる急性の(頭痛・筋痛を伴う)と定義し、ペニシリンへのアレルギー反応ではなく治療への反応であること、菌量の多い早期梅毒で最も多いこと、対処は(ただし発症を予防できるとは証明されていない)であることを明記している6——副腎皮質ステロイドは一般例の標準対処としては挙げられていない点に注意する。

非性行為性トレポネーマ症と近縁菌

疾患 起因菌 特徴
Bejel(梅毒) T. pallidum ssp. endemicum アフリカ・アジア・オーストラリアの。汚染された食器を介した。口腔病変で始まり二次皮膚病変に進展
Yaws() T. pallidum ssp. pertenue 南米・中央アフリカ・東南アジアの。肉芽腫性皮膚病変
Pinta Treponema carateum 南米の。感染病変との直接接触で伝播、皮膚病変のみで全身症状なし
Treponema vincentii(Fusobacterium nucleatumとの) 口腔内スピロヘータとの。急性潰瘍性の進展としてを伴う扁桃炎を起こす

まとめ

  • T. pallidumは細すぎてグラム染色不可、でのみ直接観察できるスピロヘータで、・などで伝播する。
  • 梅毒は()→(全身発疹・)→潜伏期(無症状)→(・・・)と数十年かけて進行し、はどの病期でも起こりうる。
  • 診断は病期により使い分ける:はDF-M、以降は血清検査(非特異的=//Wassermannでスクリーニング・評価、特異的=///で確定診断)。2系統は必ず組み合わせ、順序は従来アルゴリズムと逆順アルゴリズムの2通りがある。抗体過剰による(の偽陰性)は希釈再検で回避する1。
  • 治療は全病期でペニシリンが第一選択(早期梅毒はG筋注)。妊婦では代替薬が無く、アレルギーがあればしてを使う(マクロライドは不可)6。治療直後の(LPS様物質によるサイトカイン放出)に注意。
  • Bejel・Yaws・Pintaは同属ので、いずれもにより皮膚・口腔病変を起こすが性感染はしない。

出典

  1. 1.CDC Laboratory Recommendations for Syphilis Testing, United States, 2024(Centers for Disease Control and Prevention(MMWR Recommendations and Reports)・2024)梅毒血清検査は非トレポネーマ(脂質抗原)検査とトレポネーマ検査の2系統からなり、両者を組み合わせて未治療感染と治療済み既感染を区別する必要がある。従来アルゴリズムは非トレポネーマ検査で開始しトレポネーマ検査で確認するが、自動化されたトレポネーマ免疫測定法を最初に実施する逆順アルゴリズム(reverse sequence algorithm)が普及しつつある(2015年CAP調査では従来法63.1%・逆順法15.9%)。未希釈血清では抗体過剰により格子形成が起こらずプロゾーン現象(偽陰性)が生じうるが、これは非トレポネーマ検査で報告され凝集法のトレポネーマ検査では報告されていない。暗視野顕微鏡を基準とした一期梅毒76例の直接比較でRPRの感度48.7%・VDRLの感度50.0%であった。神経梅毒でCSF VDRLは唯一FDA承認された補助検査だが感度66.7〜85.7%・特異度78.2〜86.7%にとどまり、CSF検査は血清反応陽性かつ神経症状のある患者にのみ推奨される閲覧 2026-08-26
  2. 2.State-of-the-Art Review: Neurosyphilis(Clinical Infectious Diseases・2024)神経梅毒には早期型と晩期型があり、臨床像、髄液検査の適応、治療を病期と病型に応じて評価することを確認した。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Resurgence of congenital syphilis: new strategies against an old foe(The Lancet Infectious Diseases・2023)2020年の先天梅毒の世界発生率は出生10万対425例で、WHOの排除目標である出生10万対50例を大きく上回る。多くの高所得国で症例数が上昇しており、依然として胎児死亡・死産・新生児死亡・先天感染の主要な原因である閲覧 2026-08-26
  4. 4.Is dark-field microscopy still useful for the primary syphilis diagnosis in the 21st century?(Enfermedades Infecciosas y Microbiologia Clinica・2022)一期梅毒が疑われる性器潰瘍806検体のうち53.2%(429件)が暗視野顕微鏡陽性であり、そのうち48%はEIA/RPRの血清反応が陰性だった(うち77.6%はTPPA陽性)。血清反応は初期の5〜15日間陰性になりうるため、暗視野顕微鏡は血清反応を待たずに一期梅毒を早期診断できる閲覧 2026-08-26
  5. 5.Syphilis Laboratory Guidelines: Performance Characteristics of Nontreponemal Antibody Tests(Clinical Infectious Diseases・2020)非トレポネーマ検査の感度は病期で異なり、プロゾーン現象による偽陰性や生物学的偽陽性を考慮すべきことを確認した。閲覧 2026-08-26
  6. 6.Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021(Centers for Disease Control and Prevention(MMWR Recommendations and Reports)・2021)妊娠中の梅毒に有効性が確立した治療は非経口ペニシリンGのみで、ペニシリンアレルギーの既往がある妊婦は脱感作したうえでペニシリンGで治療する。エリスロマイシンとアジスロマイシンは母体感染を確実に治癒できないため使用しない。テトラサイクリン・ドキシサイクリンは妊娠中期・後期を避ける。Jarisch-Herxheimer反応は梅毒治療開始後24時間以内に生じうる急性の発熱反応(頭痛・筋痛を伴う)で、ペニシリンへのアレルギー反応ではなく治療への反応であり、菌量の多い早期梅毒で最も多い。解熱薬で対処できるが、反応の予防効果は証明されていない(2026-09-27にCDCのウェブ版 Syphilis の節で再確認)閲覧 2026-09-27