産科学

産科学 · 32

妊娠中の感染症・細菌感染・寄生虫感染

Infectious diseases in pregnancy. Bacterial and parasite infections

前提:病態
トレポネーマ属リステリア・モノサイトゲネストキソプラズマ・ゴンディB群レンサ球菌
疾患
先天性TORCH感染症

🧠 全体像:妊娠中の感染症は、母体症状だけでなく、・分娩時・産後のどこで児へ伝播するかを考える。すべてを一括した「」で調べるのではなく、全妊婦に行う標準スクリーニングと、症状・曝露・所見に基づく標的検査を使い分け、治療可能な梅毒、クラミジア、淋菌、B群溶血性を確実に拾い上げる。

検査の原則

方針 例
全妊婦の標準検査 梅毒、、など。地域の制度に従う
年齢・リスクに基づく検査 クラミジア、淋菌
の保菌検査 B群溶血性
症状・曝露・胎児所見に基づく検査 、、CMVなど
flowchart TD
  A["妊婦の感染症評価"] --> B["全妊婦の標準スクリーニング"]
  A --> C["年齢・行動・地域リスクに基づく検査"]
  A --> D["症状・曝露・胎児所見に基づく標的検査"]
  B --> E["梅毒などを早期発見・治療"]
  C --> F["クラミジア・淋菌などを<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nucleic acid amplification test'>NAAT</span>で評価"]
  D --> G["病原体別の血清・培養・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='polymerase chain reaction'>PCR</span>を選択"]
  E --> H["母体治療・パートナー対応・新生児計画"]
  F --> H
  G --> H

⚠️ 「TORCH」は鑑別の記憶語であり、非特異的なIgMを一律に測定する検査セットではない。偽陽性、感染時期の誤判定、不必要な不安・侵襲的検査につながるため、病原体ごとの適切な検査を選ぶ。また、TORCHはを起こすと分かっていたな病原体の括りに過ぎず、など重大な胎児障害を起こすを含まないため、鑑別の全体像として扱ってはならない1。

リステリア症

感染と臨床像

は、非加熱食肉、加熱不十分な食品、、汚染された冷蔵調理済み食品などから感染する。妊婦では無症状または発熱、筋痛、倦怠感、消化器症状を呈する。

は流産、、早産、、・肺炎を来し得る。分娩時感染では遅発性髄膜炎が問題となる。播種性肉芽腫を伴う重症をという。

診断・治療・予防

  • 発熱など症状がある高リスク曝露では血液培養を採取する。や血清抗体は通常診断に用いない。
  • 治療はアンピシリンが中心で、重症例では併用を感染症専門医と検討する2。
  • 無症状の曝露だけで一律に検査・抗菌薬投与は行わず、発熱や症状出現時の受診を指導する。
  • 肉・魚介・残り物を十分加熱し、や加熱していない高リスク食品を避け、冷蔵庫と調理器具を清潔にする。

梅毒

母子感染と胎児・新生児所見

は妊娠中に胎盤を通過し、病期を問わず胎児感染を起こし得る。早期梅毒ほど伝播リスクが高い。

⚠️ は世界的に再増加している。 2020年の世界は出生10万対425例と推定され、の排除目標である出生10万対50例を大きく上回る。多くの高所得国でも症例数が上昇している3。

  • 流産、、、早産、
  • 早期:、黄疸、肝脾腫、リンパ節腫脹、斑丘疹、骨軟骨炎
  • 晩期:、、、感音難聴
  • は、・・感音難聴である。
  • の(・水頭症・)とは別に、梅毒のがあり、混同しない4。

スクリーニングと診断

  • 初回妊婦健診で全妊婦を血清学的に検査する。
  • 地域法令・流行状況・個人リスクに応じ、28週頃と分娩時に再検する。
  • /などと、/などトレポネーマ検査を組み合わせる。治療反応は定量/で追跡する。

治療

胎児感染を治療しを予防できる実証済み治療は、病期に応じた(benzathine benzylpenicillin)である。ペニシリンアレルギーでもしてペニシリンを投与する。単純に「静注ペニシリンを2週間」とはせず、母体病期、の有無、治療歴に従う。

治療直後のでは発熱・収縮・が起こり得るが、必要な治療を遅らせない。パートナー評価・治療と、新生児の血清・診察・必要な髄液・画像評価を行う。

クラミジア感染症

  • クラミジア・トラコマチスは無症状が多く、早産・・産後に関連する。
  • 児は産道通過時に曝露され、結膜炎または亜急性の無熱性肺炎を発症し得る。
  • 25歳未満、または25歳以上でも新規・複数パートナー、パートナーなどのリスクがあれば初回妊婦健診でを行い、リスク継続時はに再検する。
  • 妊娠中の第一選択はアジスロマイシン1 g単服である。約4週後にで治癒確認し、3か月後にも再検する。
  • パートナー治療と、双方の治療完了までの性交回避が予防に必要である。
  • 新生児へのはクラミジア結膜炎を確実に予防しない。母体スクリーニング・治療が中心で、発症児にはを用いる。

淋菌感染症

淋菌は母体の、、、産後感染を起こし、児では、敗血症、関節炎、髄膜炎を来し得る。

  • 25歳未満または感染リスクが高い妊婦を初回にで検査し、リスクが続けばに再検する。
  • 治療はセフトリアキソン500 mg筋注単回、体重150 kg以上では1 g筋注単回を用いる。クラミジアが除外されていなければ、妊娠に適したクラミジア治療を追加する。
  • 3か月後に再検し、パートナーも治療する。
  • 新生児予防は地域の制度に従いを用いる。銀点眼は現在の標準ではなく、クラミジア眼炎も予防しない。
  • 眼炎を発症した児は局所薬だけでなく、セフトリアキソンなどの全身治療と播種感染評価が必要である。

B群溶血性連鎖球菌

GBS(Streptococcus agalactiae)は腟・直腸に一過性保菌され、分娩・破水時に児へ伝播して敗血症、肺炎、髄膜炎を起こす。を行わない場合、GBS保菌妊婦の約50%が新生児へ伝播し、そのうち1〜2%がGBS感染症を発症する5。

スクリーニング(米国=ACOGの枠)

⚠️ 以下の週数・適応は米国産科婦人科学会(ACOG)Committee Opinion 797 の枠である。 GBSの周産期予防は国によって線引きが違うので、「何週で採るか」「保菌不明のとき何を適応にするか」はどの国の文書の話かを必ず添えて覚える(国内の枠は下の⚠️を参照)。

  • 予定している分娩様式によらず、36週0日〜37週6日に下部腟・直腸から培養する5。
  • 今回妊娠でGBS尿中検出がある、または過去にGBS感染児を出産していれば、培養を待たず分娩時予防の適応である。⭐ この2つはスクリーニング自体が不要——採る前から適応が決まっているためである5。
  • GBS細菌尿が10^5 CFU/mL以上または症候性なら妊娠中にも治療する。低菌量でも分娩時予防の適応だが、無症候の低菌量を除菌目的に治療しない。

分娩時抗菌薬予防

第一選択は静注で、アンピシリンは許容される代替である(同格ではない)5。アレルギーでは重症反応のリスクとの感受性に基づき、クリンダマイシン、バンコマイシンを選ぶ。

⚠️ 代替薬を分ける「高リスク」は、アナフィラキシーの危険だけで決まらない。 ACOG の Table 2 の表題は “Penicillin Allergy: Low Risk or High Risk of Anaphylaxis or Severe Non-IgE Mediated Reaction” であり、Figure 3 の脚注は高リスク側に、IgE介在を示唆する反応(発疹・蕁麻疹・即時の・低血圧・・呼吸困難・アナフィラキシー)に加えて、反復する反応・複数のβラクタムへの反応・ペニシリンアレルギー検査陽性と、まれな重症の反応(好酸球増多と全身症状を伴う、・)を挙げている5。⭐ の既往はアナフィラキシーの既往が無くても高リスク側で、ここを落とすとを選んでしまう。この区分の書き方は本文書の interim update で手が入った箇所である。

状況 分娩時予防(ACOG)
培養陽性 適応あり
今回妊娠のGBS細菌尿 菌量を問わず適応あり
既往児がGBS感染 適応あり
GBS不明で、早産の危険が大きい状態での陣痛発来/早産期の/での破水18時間以上/の発熱(38.0℃以上) いずれかがあれば適応
陣痛前・破水前の GBS目的の予防は不要

⚠️ 国内の枠は同じではない。実務は日本産科婦人科学会『診療ガイドライン産科編』(現行は2026年版)に従う。 取得できた日本会の解説(2017年版の改訂点について書かれたもの)によれば、同ガイドライン2017年版では①検査時期が妊娠35〜37週、②採取は腟鏡を用いずで腟入口部から採り、続いて肛門内へ挿入して採る(腸内細菌が多いための使用が推奨される)、③が不明のまま分娩開始となった場合の適応は「破水後18時間以上」「38度以上の発熱」の2つだけで、2014年版にあった「37週未満」は外れた、④破水も陣痛もないには予防投与が不要、とされていた6。⭐ ③は米国と正面から違う——ACOGは保菌不明のとき「早産の危険が大きい状態での陣痛発来」「早産期の」を適応に残している5。💡 薬剤も違う——同解説は「米国ではpenicillin Gやampicillinが推奨されており…我が国ではやなども使われている」と述べ、ampicillinの2 g→4時間ごと1 gという用量が保険適用範囲を超えることにも触れている6。⚠️ この解説は2017年版についてのものなので、現行の2026年版でも同じかどうかはこの資料からは判定できない。 国内の数字を答えるときは現行版を直接見る。

妊娠中に保菌を発見しても、分娩前の一律除菌は再保菌するため有効でない。分娩時に十分な抗菌薬曝露を確保するが、産科的に必要な分娩を4時間待つために遅らせない。

トキソプラズマ症

感染経路と予防

は、加熱不十分な肉、土壌・未洗浄野菜、猫糞中から感染する。猫を飼っていること自体ではなく、糞便処理・土壌・生肉への曝露が問題である。

  • 肉を十分加熱し、調理器具と手を洗う。
  • 野菜・果物を洗い、園芸では手袋を使う。
  • 猫のトイレは可能なら他者が毎日処理し、妊婦が行う場合は手袋と手洗いを徹底する。

母子感染と所見

妊娠後半ほど伝播率は高いが、妊娠初期感染ほど胎児障害が重い。は、、水頭症、である4。肝脾腫、黄疸、血小板減少、も起こり得る。

診断と治療

  • 一律スクリーニングの有無は国により異なる7。フランス・オーストリアは全妊婦へのを国の予防プログラムとして実施するが、米国では一律スクリーニングを行わず、症状・曝露・胎児所見に基づく標的検査が中心である7。症状、明確な曝露、胎児所見があればIgG・IgM、IgG avidityを専門検査室で解釈する。
  • 母体急性感染後、適切な時期にで胎児感染を評価する。一般に18週以降かつ母体感染から十分な間隔を置く。
  • 18週未満で胎児感染が未確認ならを用いることが多い。
  • 18週以降の母体感染、または胎児感染が確認・強く疑われる場合は、・・を専門医管理で用いる。は第1三半期を避ける。
  • 出生時に無症状でも眼・神経障害が遅れて出るため、感染児は長期追跡する。

まとめ

  • TORCHは鑑別の記憶語であり、妊婦へ非選択的な一括パネルを行わない。
  • 梅毒は全妊婦を検査し、妊娠中は病期に応じたGで治療する。
  • クラミジアはアジスロマイシン後4週で治癒確認、淋菌はセフトリアキソンで治療し、双方ともパートナー治療と再検が必要である。
  • GBSは36週0日〜37週6日に培養し、陽性、今回妊娠のGBS細菌尿、既往児感染では分娩時ペニシリンを行う。
  • は曝露予防、母体血清の適切な解釈、、妊娠週数と胎児感染の有無に応じた治療が重要である。

出典

  1. 1.Infections at the maternal-fetal interface: an overview of pathogenesis and defence(Nature Reviews Microbiology・2022)TORCHは経胎盤バリアを越えて先天感染を起こすことが分かっていた伝統的な病原体を指す括りに過ぎず、Zikaウイルスなど重大な胎児障害を起こす新興病原体を網羅していないこと閲覧 2026-08-26
  2. 2.Epidemiology and Clinical Manifestations of Listeria monocytogenes Infection(Microbiology Spectrum・2019)リステリア症の治療は通常アンピシリンとアミノグリコシド系の併用であり、新生児感染は母体絨毛膜羊膜炎による早発型敗血症と産道通過による遅発型髄膜炎に分かれること閲覧 2026-08-26
  3. 3.Resurgence of congenital syphilis: new strategies against an old foe(The Lancet Infectious Diseases・2023)2020年の先天梅毒の世界発生率は出生10万対425例で、WHOの排除目標である出生10万対50例を大きく上回り、多くの高所得国で症例数が上昇していること閲覧 2026-08-26
  4. 4.Congenital Toxoplasmosis(StatPearls Publishing (NCBI Bookshelf)・2023)先天性トキソプラズマ症の古典的三徴は脈絡網膜炎・水頭症・脳内石灰化の3つであること閲覧 2026-08-26
  5. 5.Prevention of Group B Streptococcal Early-Onset Disease in Newborns: ACOG Committee Opinion, Number 797(American College of Obstetricians and Gynecologists・2020)acog.org が公開している本文全文(Recommendations and Conclusions・本文・図表脚注)で確認した。文書の現行性——ページに「Reaffirmed 2025」と明記されており、2019年6月の Committee Opinion 782 を置き換えた版に、ペニシリンアレルギー検査・低リスク/高リスクの区分(Table 2)・ペニシリンの用量(Figure 3)に限った interim update と2020年4月の訂正が反映されている。以下は本文で確認した内容。米国ではGBSの全妊婦スクリーニングを妊娠36週0日〜37週6日に腟・直腸培養で行い(今回の妊娠中のGBS菌尿またはGBS感染児の出産既往があれば予防投与の適応が既に決まるためスクリーニングは不要)、GBS保菌妊婦のうち約50%が新生児へ伝播し、予防投与がない場合その1〜2%が早発型GBS感染症を発症する。保菌状態が不明で分娩となった場合の適応は、早産の危険が大きい状態での陣痛発来・早産期の前期破水・正期産での18時間以上の破水・分娩中の発熱(38.0℃以上)である。分娩時予防の第一選択は静注ペニシリンで静注アンピシリンは許容される代替。ペニシリンアレルギーの代替選択を分ける「高リスク」は、Table 2 の表題が「Penicillin Allergy: Low Risk or High Risk of Anaphylaxis or Severe Non-IgE Mediated Reaction」であるとおりアナフィラキシーの危険だけで決まるのではなく、Figure 3 の脚注は高リスク側に、反復する反応・複数のβラクタムへの反応・ペニシリンアレルギー検査陽性と、まれな重症遅発型の皮膚・全身反応(薬剤性過敏症症候群、Stevens-Johnson症候群、中毒性表皮壊死融解症)を含めている。⚠️ 本文書は米国の産科診療についての文書であり、他国の推奨を述べるものではない閲覧 2026-09-08
  6. 6.関沢教授の周産期講座 7.妊娠中のGBS検査について(公益社団法人 日本産婦人科医会・2017)公式ページ本文で確認した(記事の公開日は2017年9月27日)。同記事は『産婦人科診療ガイドライン産科編2017』の変更点の解説であり、①検査時期は「妊娠35〜37週にGBS培養検査を行う.(B)」となり従来より遅い時期に設定されたこと、②採取は可能なら腟鏡を用いず綿棒で腟入口部から採り、続いて同じ綿棒または別の綿棒を肛門内に挿入して肛門内部からも採ること、肛門内には腸内細菌が多いため選択培地の使用が推奨されること、③保菌状態が不明のまま分娩開始となった場合の予防投与の適応は、2014年版が「37週未満、あるいは破水後18時間以上経過、または38度以上の発熱」の3つだったのに対し2017年版では「破水後18時間以上経過、または38度以上の発熱」の2つのみになったこと、④破水や陣痛のない予定帝王切開例には予防投与が不要であること、⑤妊娠中に一度でもGBS培養が陽性になった症例は保菌陽性扱いとしてよいと考えられること、⑥米国ではpenicillin G・ampicillinが推奨されるが「我が国では第3世代セフェム系やカルバペネム系なども使われている」こと、ampicillinの用量は初回2 g静注・以後4時間ごとに1 gだが保険適用範囲を超える用量であることを述べる。⚠️ この記事が解説しているのは2017年版で、現行版は2026年4月発行の『産婦人科診療ガイドライン産科編2026』である(同学会サイトの訂正告知で確認)。現行版でこれらが同じかは本記事からは判定できない閲覧 2026-09-08
  7. 7.Prevention and mitigation of congenital toxoplasmosis. Economic costs and benefits in diverse settings(Food and Waterborne Parasitology・2019)妊婦へのトキソプラズマ一律血清スクリーニングはフランス・オーストリアでは国の予防プログラムとして実施される一方、米国では一律実施されておらずリスクに基づく対応が中心であるなど、スクリーニング方針が国により異なること閲覧 2026-08-26