病態生理学

病態生理学 · P-1-6

肥満・糖尿病 症例2

Obesity–Diabetes, Case 2

前提:病態
1型糖尿病の発症機序

🧠 15歳女児が、食欲が保たれたままの3 kgの体重減少に続いて、突然の嘔吐・で入院した(呼吸数38/分)。 鍵は血糖28.5 mmol/L・陽性・pH 7.1・HCO₃⁻ 11 mmol/L(29)で、新規発症1型糖尿病がで初発したと読む。K⁺ 5.6 は欠乏の上に乗った見かけの高値、Na⁺ 132 は高血糖による転位性低Na血症であり、15歳なので小児の管理(脳損傷への警戒)で考える。

症例提示

15歳女児が、突然の嘔吐、めまい、、動けない状態のため に入院した。母親によると、これ以前から倦怠感があり、食欲は保たれていたにもかかわらず 3 kg 体重減少していた。直近24時間は食欲がほぼ消失していた。

  • 身長: 172 cm
  • 体重 入院時: 55 kg
  • 血圧: 111/79 Hgmm
  • 脈拍: 110/min
  • 呼吸数: 38/min (正常: 18-22/min)

入院時検査結果:

  • 血糖: 28.5 mmol/l
  • Na⁺: 132 mmol/l
  • K⁺: 5.6 mmol/l
  • Cl⁻: 92 mmol/l
  • HCO₃⁻: 11 mmol/l
  • 血液 pH: 7.1
  • pCO₂: 18 mm Hg
  • BUN: 8.2 mmol/l
  • クレアチニン: 140 μmol/l
  • AST: 28 U/L
  • ALT: 35 U/L
  • ALP: 48 U/L
  • : 19 μmol/l
  • : 3.1 μmol/l

尿検査:

  • 糖: 強陽性
  • ケトン体: 陽性
  • 蛋白: 陰性
  • 比重: 1009 kg/L

主要な記述と解釈

所見・数値 解釈
「があり食欲良好にもかかわらず3 kg体重減少」 による状態で、新規発症1型糖尿病に典型的
血糖28.5 mmol/L(約513 mg/dL)、強陽性 著明な高血糖(の血糖基準 11.1 mmol/L 以上を大きく超える1)と、による
陽性; pH 7.1; HCO₃⁻ 11 mmol/L ケトン体蓄積による高性代謝性アシドーシス。AG = Na⁺ −(Cl⁻ + HCO₃⁻)= 132 −(92 + 11)= 29 mmol/L と開大しており、高血糖・ケトン・アシドーシスの3つがそろうので()に一致する。重症度は、成人の分類ではpH 7.0〜7.25・HCO₃⁻ 10〜15 mmol/L未満の「中等症」1、小児の分類ではpH 7.1〜7.19が「中等症」、HCO₃⁻ 10〜18 mmol/L未満が「軽症」の帯に入る2
pCO₂ 18 mmHg; 呼吸数 38/min 代謝性アシドーシスへのとしての。⚠️ ただし提示された3値は互いに整合しない。Henderson-Hasselbalch式 pH = 6.1 + log[HCO₃⁻ /(0.03 × pCO₂)]に HCO₃⁻ 11・pCO₂ 18 を入れると pH ≈ 7.41 となり、実測の7.1と合わない(pH 7.1 なら HCO₃⁻ 11 に対して pCO₂ は約37 mmHg、pCO₂ 18 に対して HCO₃⁻ は約5.4 mmol/L のはず)。どれかが誤記か別時点の値の可能性があるので、Winterの式(予測pCO₂ = 1.5 × HCO₃⁻ + 8 ± 2 = 22.5〜26.5 mmHg)より低いことから「の合併」と判定するのは控える。💡 小児では pCO₂ 21 mmHg未満の低血症が脳損傷の危険因子に挙げられており2、本症例の18 mmHgはこれに当たる
K⁺ 5.6 mmol/L(高値) 代謝性アシドーシスとによってKが細胞内から細胞外へ移るための見かけ上の高K血症で、・嘔吐による喪失のため体内総Kは実際には欠乏している(成人では3〜6 mmol/kg)1
Na⁺ 132 mmol/L(低値) 高血糖による浸透圧シフト(細胞内から細胞外への水移動)に伴う転位性低Na血症。「」(・高蛋白血症による)とは別の概念で、体液のNaバランス自体は崩れていない。血糖100 mg/dL上昇ごとに実測Naへ約1.6 mmol/Lを加える概算で補正すると、本症例(血糖28.5 mmol/L=約513 mg/dL)のは約139 mmol/Lとほぼ正常域に収まる1。⚠️ ただし1.6という係数を機械的に当てはめない——健常者6人に急性高血糖を負荷した実験では、100 mg/dLあたりの低下は平均2.4 mEq/Lで、血糖400 mg/dLまでは1.6でよく合うが、400 mg/dLを超えると4.0のほうが実測に近かった3。本症例の513 mg/dLはこの「1.6が合わない」範囲に入るため、真のは139よりさらに高い可能性がある(が「真の低Na血症ではない」であることは変わらない)。なおこの実験は健常者への急速ブドウ糖負荷であり、で水とNaを同時に失っている患者そのものを調べたものではない
クレアチニン 140 µmol/L(約1.6 mg/dL)、 8.2 mmol/L; 「嘔吐と」 脱水によると、重度アシドーシス・脱水に伴う意識障害
・嘔吐 重度のアシドーシス・脱水で説明できるが、小児では低下と嘔吐は脳損傷のでもあり、脳損傷は治療開始前から存在しうる2。治療中の意識の再悪化・頭痛に注意して経過を追う(脳浮腫)
「1009 kg/L」 ⚠️ 単位の誤記と考えられる(は無名数で、1.009 の意味と読むのが自然)。値は課題文のまま残す

要点

  • 診断: ()として発症した新規の1型糖尿病。
  • 病態生理: → 高血糖 + 亢進 → → 高性代謝性アシドーシス。
  • 代償: 深大・頻呼吸()で pCO₂ を下げ、アシドーシスを部分的に代償する(本症例の血液ガス3値は整合しないため、代償の程度は判定しない)。
  • 電解質の注意点: 体内総K欠乏があるのに血清Kは高値になりうる。高血糖に伴う転位性低Na血症(とは別概念)にも注意。
  • 緊急対応(成人の基準): 治療の順序は輸液 → (血清Kを確認したうえで)インスリン → Kの継続的な補正であり、この順序を守る。⚠️ 成人のコンセンサス報告では、血清Kが3.5 mmol/L未満の間はインスリン投与を開始せずKの補充を先行させる(3.5 mmol/Lを超えてから開始)。が欠乏した状態でインスリンを投与すると、細胞内への急激なK移動により重度の低K血症・を来しうるためである1。⚠️ はルーチンには投与せず、pH 7.0未満の重度で考慮する1。
  • 15歳なので小児の管理に従う: このコンセンサス報告は成人向けである。小児の声明では、インスリンは輸液開始の1時間後かつK 3.0 mmol/L超で持続静注を始めはしない、K 5 mmol/L未満かつ排尿を確認したら輸液へKを加える、は脳損傷の危険を高めるため中または症候性高K血症を除いて投与しない、としている2。本症例は血清K 5.6 mmol/L でインスリン開始の基準は満たすが、輸液・インスリン投与後は血清Kが急速に低下しうるため頻回のモニタリングを要する。pH 7.1 は成人の考え方でもの適応ではなく、小児ではなおさら投与しない。
  • 脳損傷への警戒: 新規発症・低血症(pCO₂ 18 mmHg)・受診時のと嘔吐は、小児の脳損傷の危険因子・に当たる2。

出典

  1. 1.Hyperglycaemic crises in adults with diabetes: a consensus report(ADA / EASD / JBDS / AACE / DTS・2024)全文を確認した(PMC11343900 の HTML。Diabetologia 67:1455-1479 掲載版)。成人を対象とするコンセンサス報告で、DKAの重症度表(Table 2)は血糖≥11.1 mmol/L・β-ヒドロキシ酪酸≥3.0 mmol/Lを共通とし、アシドーシスを軽症 pH >7.25〜<7.30 または HCO₃⁻ 15〜18 mmol/L、中等症 pH 7.0〜7.25・HCO₃⁻ 10〜<15 mmol/L、重症 pH <7.0・HCO₃⁻ <10 mmol/L に分ける(全項目がそろう必要はない)。DKAでは総体内Kが3〜6 mmol/kg欠乏していても、代謝性アシドーシスとインスリン欠乏がKを細胞内から細胞外へ移すため血清Kは正常〜高値で来ることが多い。血清Kが5.0 mmol/L未満になってからK補充を始めて4〜5 mmol/Lを保ち、入院時K <3.5 mmol/Lなら10 mmol/時で補充しつつインスリンは>3.5 mmol/Lになるまで遅らせる。重炭酸はルーチンには投与せず、pH <7.0の重度アシドーシスで考慮する。輸液で血糖が5.6 mmol/L(100 mg/dL)下がるごとに血清Naは1.6 mmol/L上がると述べる(転位性低Na血症の補正係数1.6)。閲覧 2026-09-24
  2. 2.Current recommendations for management of paediatric diabetic ketoacidosis(2023)カナダ小児科学会急性期委員会の声明(Paediatr Child Health 28:128-132、PMC10156932 の全文で確認)。小児DKAの重症度表(Table 2)は軽症 pH 7.2〜7.29・HCO₃⁻ 10〜<18 mmol/L、中等症 pH 7.1〜7.19・HCO₃⁻ 5〜9 mmol/L、重症 pH <7.1・HCO₃⁻ <5 mmol/L。脳損傷の危険因子(Table 3)に新規発症の糖尿病・症状の長い持続・重度アシドーシス(pH <7.1 または HCO₃⁻ <5)・重度脱水の検査所見(尿素・ヘマトクリット上昇)・低二酸化炭素血症(pCO₂ <21)・治療1時間以内のインスリン開始やボーラス・重炭酸投与などを挙げ、警告徴候(Table 4)に意識レベル低下・頭痛・嘔吐などを挙げ、脳損傷は治療前から存在しうるとする。小児DKAは成人と管理が異なり、インスリンは輸液開始1時間後かつK >3.0 mmol/Lで始めボーラスは行わない(K ≤3.0 mmol/LならインスリンよりK補充を先行)、K <5 mmol/Lかつ排尿を確認したら輸液へ少なくとも40 mmol/LのKを加える、重炭酸は脳損傷の危険を高めるので心肺蘇生中または症候性高K血症を除いて投与しない、と述べる。閲覧 2026-09-24
  3. 3.Hyponatremia: evaluating the correction factor for hyperglycemia(The American Journal of Medicine・1999)抄録の主要結果を確認した。健常者6人にソマトスタチンで内因性インスリン分泌を抑えたうえで20%ブドウ糖を負荷し血糖を600 mg/dL超まで上げた実験で、血糖100 mg/dLあたりの血清Na低下は平均2.4 mEq/Lと、慣用の係数1.6より有意に大きかった(P=0.02)。Na–血糖の関係は非線形で、血糖400 mg/dLまでは1.6でよく当てはまるが、400 mg/dLを超える範囲では4.0のほうがよく当てはまった。⚠️ 対象は健常者6人への急性ブドウ糖負荷であり、浸透圧利尿で水とNaを失っているDKA患者を調べたものではない。閲覧 2026-08-14