病態生理学

病態生理学 · P-1-9

内分泌疾患 症例1

Endocrine disorder, Case 1

前提:病態
クッシング症候群の発症機序・症状・診断

🧠 関節リウマチで10年間ステロイドを内服してきた41歳男性が、オーブンの扉で下肢を受傷して出血し受診した。 鍵は腹部優位の肥満と細い四肢・皮膚の菲薄化と紫紅色線条・のと頸部肥厚・時期の異なる血腫・高血圧・低K血症・・気分変動で、大部分をグルココルチコイド過剰で説明できる(低K血症と血腫には併用薬の影響も考える)。長期内服歴があるので外因性(医原性)と読み、軸が抑制されている前提で急な中止を避け、骨粗鬆症などの合併症を評価する。

症例提示

41歳男性が妻同伴で救急外来を受診した。右下肢から出血していた。妻によると、民放テレビ番組の料理リアリティショー準備中に、開いたままのオーブン扉で下肢を受傷したという。受診時は軽度混乱がみられたが、急性期処置後にはは回復した。妻の話では、この数年で行動変化が目立ち、著しく高揚して話し続ける時期と、抑うつ的になる時期があった。病歴から、関節リウマチに対して10年間 ステロイド を内服していることが判明した。下肢外傷処置後に以下の所見を得た。

: 全身状態は比較的保たれているが肥満。肥満は腹部優位で、四肢は細い。皮膚は著明に菲薄化し、膨隆した腹部には紫紅色の目立つ()を認める。が顕著で頸部肥厚あり。下肢には時期の異なる複数の血腫を認める。

胸部: 呼吸音・に明らかな異常なし。腹部: 著明な膨隆と皮膚変化以外に異常なし。 は。血圧: 166/104 mmHg、脈拍 at 安静 68/min。呼吸数: 16/min。

: 上記 ステロイド に加え、をほぼ毎日使用。高血圧に対して治療(阻害薬、)を受け、既知のに対しスタチンを内服中。既知の薬剤不耐性なし。

: 注目すべき結果は以下。: 38 mm/h、著明な。血糖: 7.1 mmol/L。血清: 5.8 mmol/L。血清ナトリウム: 140 mmol/L。: 3.2 mmol/L。

主要な記述と解釈

所見・数値 解釈
「関節リウマチに対して10年間ステロイド内服」 長期の投与が原因(医原性)。で外因性の曝露が明らかなら、内因性を探す生化学検査の前にまずこれを原因として扱う1
「体幹優位肥満で四肢は細い」; と頸部肥厚 体幹中心の脂肪(、の)。では・も典型だが、本例の記載には無い
「皮膚の著明な菲薄化」; 「膨隆腹部の紫紅色」 グルココルチコイドの作用により皮膚・コラーゲンがし、菲薄化と紫紅色のを来す
「時期の異なる複数血腫」 毛細血管・皮膚のによる(時期の異なる皮下出血)。をほぼ毎日使っており、それがならの抑制でを助長しうる(薬剤名は記載なし)
血圧 166/104 mmHg; 血糖 7.1 mmol/L グルココルチコイド誘発の高血圧と高血糖(ステロイド糖尿病の傾向)。血糖は空腹時かどうかの記載が無いので、この1回の値だけで糖尿病とは判定しない。2剤(阻害薬と)を使っていても血圧は高い
血清 5.8 mmol/L(高値) グルココルチコイドによる亢進と肝での/産生増加はを助長する。ただし本症例はもともとの診断がありスタチン内服中でもあるため、この値をステロイドだけに帰属させない
K⁺ 3.2 mmol/L(低値) がを活性化することによる低K血症。⚠️ ただしこの機序の強さは「どのステロイドか」で大きく変わる——内因性のコルチゾール過剰では腎の(コルチゾール→コルチゾンへの)が飽和し、コルチゾールが直接を活性化する2が、外因性のではその薬剤自体ので決まり、・コルチゾンでは強く、では弱く、ではほぼ無い。本症例は内服ステロイドの種類が記載されておらず、しかも()と阻害薬というKを上げる方向の2剤を併用しているため、この機序だけで K 3.2 mmol/L を説明しきれない(それでもなお低K血症が残っている点には注意を要する)
「著明な」 グルココルチコイドによるリンパ球・免疫抑制
「時期により著しい高揚と抑うつ」 ステロイドによる(気分変動)

要点

  • 診断: 関節リウマチに対する10年間のグルココルチコイド治療による医原性(外因性)。⭐ で最も多い原因は内因性の腫瘍性病変ではなく、この症例のような医療で処方された副腎皮質ステロイドによる医原性であり、内因性はまれである1。
  • 病態生理: グルココルチコイド過剰の持続により、、(・・易出血)、高血圧、高血糖、低K血症、免疫抑制を来す。
  • 内分泌軸: はと()軸を抑制する(依存性の内因性クッシングと対照的)。
  • 注意点: ステロイドの急な中止は禁忌であり、下ではの危険がある。
  • 合併症: 高血圧、、骨粗鬆症、感染リスク上昇、。💡 換算で1日2.5 mg以上のグルココルチコイドを3か月を超えて使う成人では、骨密度・の評価と、40歳以上ではによる骨折リスク評価をできるだけ早く行い、以上なら薬物治療(・・製剤など)を行うことが強く推奨されている3。10年間内服している41歳の本症例は、まさにこの評価の対象である。

出典

  1. 1.The Diagnosis of Cushing's Syndrome: An Endocrine Society Clinical Practice Guideline(Endocrine Society・2008)全文(PMC2386281)で確認した。クッシング症候群の最も多い原因は医療で処方された副腎皮質ステロイドによる医原性であり、内因性クッシング症候群はまれ(欧州の人口ベース研究で年間100万人あたり2〜3例)と述べる。推奨3.1で、生化学検査の前に詳しい薬歴をとって外因性グルココルチコイドによる医原性クッシング症候群を除外することを推奨する(1⊕⊕⊕⊕)。閲覧 2026-09-24
  2. 2.The hypertension of Cushing's syndrome: controversies in the pathophysiology and focus on cardiovascular complications(Journal of Hypertension・2015)重度のCushing症候群では上昇したコルチゾールが腎の11β-HSD2の「防御的」変換能を上回り、ミネラルコルチコイド受容体を直接活性化する機能的なミネラルコルチコイド過剰状態が生じ、大半の研究でこの11β-HSD2飽和が低K血症発生の主要機序とされている。閲覧 2026-08-26
  3. 3.2022 American College of Rheumatology Guideline for the Prevention and Treatment of Glucocorticoid-Induced Osteoporosis(American College of Rheumatology・2023)抄録(Europe PMC、PMID 37884467)で確認した2022年版(Arthritis Care Res 75:2405-2419、2023年掲載)。対象の用量がプレドニゾン換算であることは本文の表2(eScholarship の掲載版PDF)で確認した。プレドニゾン換算で1日2.5 mg以上のグルココルチコイドを3か月を超えて使う成人では、開始後できるだけ早く、臨床的な骨折の評価、骨密度測定と椎体骨折の評価(VFAまたは脊椎X線)、40歳以上ではFRAXによる骨折リスク評価を行うことを強く推奨する。中・高・超高リスクには薬物治療を強く推奨し、経口・静注ビスホスホネート、デノスマブ、PTH製剤の選択は共同意思決定で行い、高・超高リスクでは骨形成促進薬を初回治療として条件付きで推奨する。閲覧 2026-09-24