病態生理学

病態生理学 · P-2-18

酸塩基平衡障害 症例1

Acid-base disorder, Case 1

前提:病態
代謝性酸塩基平衡障害:代謝性アシドーシスとアルカローシス
検査値
代謝性アシドーシス

🧠 喘息のある35歳女性が、3か月続く頻回の下痢と数日来の39°Cの発熱で受診した。 立位で血圧が下がり脈拍が増える容量減少、pH 7.31・HCO₃⁻ 12 mmol/l の代謝性アシドーシス、Cl⁻ 112 mmol/l の高Cl血症と正常、K⁺ 3.4 mmol/l の低K血症がそろい、下痢による HCO₃⁻ の喪失と読む。Winter の式でを確かめる練習にもなるが、血液ガスの3値が互いに計算で合わないため、「代償不十分」という判定は数値の取り方に左右される。

症例提示

35歳女性。喘息があり外来を受診。過去3か月、頻回の下痢が続いているという。ここ数日は発熱(39°C)も認める。

: 体格は良好でやせ型、中等度の興奮状態。

:

  • 血圧 100/60 mmHg(仰臥位)、脈拍 100/min
  • 血圧 80/40 mmHg(立位)、脈拍 125/min
  • 呼吸数 18/min

診察所見:

  • 肺: 、呼気終末に軽度喘鳴
  • 腹部は軟で圧痛は軽微
  • は著明に亢進
  • は陰性
  • チアノーゼや浮腫なし

検査値

:

  • pH 7.31
  • PCO₂ 32 mmHg
  • PO₂ 90 mmHg
  • HCO₃⁻ 12 mmol/l

生化学(値 / ):

  • Na⁺ 136(135-146 mmol/l)
  • K⁺ 3.4(3.5-5.1 mmol/l)
  • Cl⁻ 112(98-107 mmol/l)
  • Ca 2.32(2.2-2.65 mmol/l)
  • BUN 8(2.8-7.2 mmol/l)
  • クレアチニン 85(45-84 µmol/l)
  • 血糖 4.5(3.9-5.8 mmol/l)

重要な引用と示唆

引用 / 値 解釈
pH 7.31、HCO₃ 12 mmol/l(低値) + 低HCO₃で代謝性アシドーシス
PCO₂ 32 mmHg Winterの式で期待PaCO₂を求めると 1.5×12+8=26±2 → 24–28 mmHg。示された32 mmHgはこの範囲を上回り、字面どおりに読めば代償として不十分ということになる1。呼吸数18/minもとは言えず、喘息による(・喘鳴)がなを制限している可能性は考えうる。⚠️ ただし後述のとおり課題文の3値は互いに整合していないため、この「代償不十分」という判定は数値の取り方に依存する
= 136 −(112 + 12)= 12、Cl⁻ 112(高値) 正常の。正常AGは8〜12で、K⁺ をに含める定義では12〜16とされる2。K⁺ を含めると 136 + 3.4 −(112 + 12)≈ 15 で、どちらの定義でも正常域に入る。は ΔAG(12 − 12 = 0)÷ ΔHCO₃⁻(24 − 12 = 12)≈ 0 で、0.4未満は高Cl性の正常AG性アシドーシスを示す区分に当たる3。⚠️ アルブミンは測定されていない。AGの陰性電荷の主体はアルブミンで、1 g/dL 下がるごとに AG に 2.5 を加えて補正するため4、があれば補正後のAGは12より大きくなる。正常AGと言い切るにはアルブミン値が要る
“過去3か月の頻回下痢”、 腸管からのHCO₃喪失がアシドーシスの原因
K⁺ 3.4(低値) 下痢に伴うK喪失で低K血症
血圧 100/60(仰臥位)→ 80/40(立位)、脈拍 100→125 /頻脈で、体液喪失による容量減少を示唆
陰性 出血を伴う腸炎を示す所見はない。HCO₃⁻ 濃度の高いはより正常AG性アシドーシスを起こしやすいとされ2、本例の酸塩基所見と合う。ただし39°Cの発熱があり、が陰性でも感染性・炎症性の下痢は否定できない
(尿素)8 mmol/l、クレアチニン 85 µmol/l(いずれもをわずかに超える) 起立時のバイタル変化と合わせ、下痢による容量減少でが落ちたの変化として矛盾しない

⚠️ この症例の3値は、互いに計算が合わない。 Henderson-Hasselbalch の式(pH = 6.1 + log₁₀[HCO₃⁻ ÷ (0.03 × PCO₂)])に PCO₂ 32 mmHg と HCO₃⁻ 12 mmol/L を入れると pH は約 7.20 で、示されている 7.31 とは一致しない。すると、pH 7.31 と HCO₃⁻ 12 mmol/L から求まる PCO₂ は約 25 mmHg、pH 7.31 と PCO₂ 32 mmHg から求まる HCO₃⁻ は約 16 mmol/L になる。

💡 どの2値を正とするかで「代償の適否」の答えが変わってしまう点に注意する。 示された PCO₂ 32 をそのまま使えば Winter の式の期待域 24–28 mmHg を外れて「代償不十分(軽度の併存=障害)」と読めるが、pH と HCO₃⁻ を正としてした PCO₂ 約25 mmHg は期待域の内側に入り、「代償は適切な単純代謝性アシドーシス」になる。課題文の値は書き換えないが、この症例から「障害である」とづけるのは数値の不整合に依存した読みであり、根拠としては弱い。⭐ この症例で確実に身につけるべきは、下痢 → HCO₃⁻ 喪失 → 正常高Cl性アシドーシス、という因果と、Winter の式の当てはめ方そのものである。

要点

  • 診断: 慢性下痢による正常(高Cl性)代謝性アシドーシス(アルブミン未測定のため補正AGは確かめられない)。
  • 代償: 示された PCO₂ 32 mmHg を使うと Winter の式の期待域 24–28 mmHg を上回り「代償不十分」と読めるが、課題文の3値が互いに整合していない(上記)ため、障害の併存はこの数値だけからは断定できない。喘息(・喘鳴)がなを制限しうるという機序自体は成り立つので、鑑別としては挙げておく。
  • 機序: HCO₃に富む腸液の喪失 → 減ったHCO₃⁻をCl⁻の増加が埋めて電気的中性が保たれる2 → は正常。
  • 随伴異常: 持続する下痢に伴う低K血症と容量減少(起立時バイタル、尿素・クレアチニンの軽度上昇)。
  • 対比: 高アシドーシス(例: )とは異なり、未測定酸の蓄積が主ではない。

出典

  1. 1.Respiratory Compensation in Metabolic Disorders(Life in the Fast Lane (LITFL)・2020)代謝性アシドーシスの呼吸性代償を評価するWinterの式(期待PaCO2 ≈ 1.5×HCO3+8±2 mmHg)を確認した。本症例のHCO3 12 mmol/Lからの期待域は24–28 mmHgで、示されたPaCO2 32 mmHgはこれを上回る(ただし課題文の3値は互いに整合しておらず、本文のとおり判定は数値の取り方に依存する)。閲覧 2026-08-14
  2. 2.Anion Gap(StatPearls Publishing (NCBI Bookshelf)・2025)2026-09-24 に Wayback(20260613171537、最終更新 2025年8月6日)の本文で再確認:正常アニオンギャップは8〜12(Kを含めると12〜16)であること、正常AG性(高Cl性)アシドーシスでは Cl⁻ の増加が HCO₃⁻ の減少を埋めて電気的中性が保たれ AG が変わらないこと、消化管性の原因では下痢が最も多く、HCO₃⁻ 濃度の高い分泌性下痢は炎症性下痢より正常AG性アシドーシスを起こしやすいこと。閲覧 2026-09-24
  3. 3.Delta Ratio(Life in the Fast Lane (LITFL)・2021)Wayback(20260607071318)の本文で、デルタ比 <0.4 は高Cl性の正常AG性代謝性アシドーシスを示す(酸が実質的に塩酸で、Cl⁻ の上昇が AG の計算に織り込まれるため)ことを確認した。閲覧 2026-09-24
  4. 4.Acid-Base Disorders in the Critically Ill Patient(Clinical Journal of the American Society of Nephrology・2023)PMC10101555 の全文で、AG の主な未測定陰イオンはアルブミンで、アルブミンが 1 g/dL 下がるごとに AG に 2.5 を加えて補正すること、正常 AG は検査室により 6〜12 meq/L(実用上 10)とされることを確認した。閲覧 2026-09-24