病態生理学

病態生理学 · P-2-21

酸塩基平衡障害 症例4

Acid-base disorder, Case 4

前提:病態
代謝性酸塩基平衡障害:代謝性アシドーシスとアルカローシス呼吸性酸塩基平衡障害:呼吸性アシドーシスとアルカローシス

🧠 でを繰り返す75歳男性(数十年間1日2箱の喫煙)が、1週間前からの体調不良とここ4日の悪化ののち、発熱・・重度の呼吸困難で救急搬送された。 pH 7.13 の重度に、PCO₂ 70 mmHg の高CO₂血症と HCO₃⁻ 9 mmol/l の低下が同時にあり、と代謝性アシドーシスの障害と読む。26からは乳酸などの有機酸の蓄積が疑われ、K⁺ 6.5 mmol/l の重度高K血症を伴う。ただし血液ガスの3値は互いに計算が合わず、というは動かないが、の開大はどの値を正とするかで揺らぐ。

症例提示

の長い既往がありを繰り返している75歳男性が、救急搬送された。発熱、、重度の呼吸困難を呈する。独居だが、近隣住民の話では1週間前から体調不良で、ここ4日で悪化。数十年間、1日2箱の喫煙歴がある。

検査値

:

  • pH 7.13
  • PCO₂ 70 mmHg
  • PO₂ 65 mmHg
  • HCO₃⁻ 9 mmol/l

生化学(値 / ):

  • Na⁺ 145(135-146 mmol/l)
  • K⁺ 6.5(3.5-5.1 mmol/l)
  • Cl⁻ 110(98-107 mmol/l)
  • Ca 2.2(2.2-2.65 mmol/l)
  • BUN 7.5(2.8-7.2 mmol/l)
  • クレアチニン 80(45-84 µmol/l)
  • 血糖 6.5(3.9-5.8 mmol/l)

重要な引用と示唆

引用 / 値 解釈
pH 7.13(重度) 生命を脅かす重症アシドーシス
PCO₂ 70 mmHg(高値) 。/低換気によるCO₂貯留(高CO₂血症)。⚠️ PCO₂ 60 mmHg 超・pH 7.25 以下・急性の精神状態の変化()は、 2026 が入院した 増悪に勧める(呼吸不全なし/呼吸不全/換気不全)で最も重い「換気不全」の項目に当たる(呼吸数・心拍数・は記録がない)1
HCO₃ 9 mmol/l(著減) 代謝性アシドーシスも合併。最大限の慢性代償を仮定しても説明できないほど低い——正常な基礎値PaCO₂ 40 mmHgから70 mmHgまで上昇したとして慢性代償係数(10 mmHg上昇ごとにHCO₃⁻約3.5 mmol/L上昇)を当てはめると期待HCO₃⁻は 24 + 3.5 × 3 ≈ 35 mmol/L になるはずで2、示された9 mmol/lはこれよりはるかに低い。実測値を予測式と比べて単純性かかを判定するのが、この種の予測式の使い方である3。⭐ ここで慢性(=最大限)の代償係数をあえて使っているのは、「最も代償が進んだ場合ですら届かない」ことを示すためで、急性の代償係数(PaCO₂ 10 mmHg上昇あたりHCO₃⁻ 約1 mmol/L上昇)を使えば期待値はさらに低く(約27 mmol/L)なる。どちらで計算しても実測を大きく上回るので、は変わらない
= 145 −(110 + 9)= 26(高値) 。AG が18を超えれば pH にかかわらずほぼ必ず有機酸の存在を示すので2、低酸素血症/敗血症によるが疑わしい(は測定されていないので確かめる)。⚠️ この AG は HCO₃⁻ 9 mmol/l を正とした値で、後述のように pH と PCO₂ からした HCO₃⁻(約23)を使うと AG は約12にとどまる
低pHでPCO₂高値かつHCO₃低値 障害。2つのアシドーシスが加算され、単純代償では説明できない
“発熱、、重度呼吸困難”、1週間の病状 重症感染(肺炎/敗血症)が代謝性(乳酸)成分を駆動
K⁺ 6.5 mmol/l(高値)、PO₂ 65 mmHg 高K血症と低酸素血症。アシドーシスでは K⁺ が細胞外へ移行するが、その程度は無機酸による正常AG性アシドーシスで大きく、乳酸などの有機酸アシドーシスやでははるかに小さい4。本例のアシドーシスは主にこの2つなので、6.5 mmol/l をアシドーシスだけで説明しようとせず、腎機能・薬剤・・採血時の溶血なども確かめる(クレアチニンは内)。の記載がないので、PO₂ 65 mmHg がの値かは分からない

⚠️ この症例で示された3値は、互いに計算が合わない。 Henderson-Hasselbalch の式に PCO₂ 70 mmHg と HCO₃⁻ 9 mmol/L を入れると pH は約 6.73 になり、示されている 7.13 とは一致しない(逆に pH 7.13 と PCO₂ 70 mmHg から求めると HCO₃⁻ は約23 mmol/L、pH 7.13 と HCO₃⁻ 9 mmol/L から求めると PCO₂ は約28 mmHg になる)。課題文の数値がそのまま整合していないので、計算で確かめようとすると必ず食い違う。

💡 とはいえ、この症例が問うている枠組み自体は成立する。 「高PCO₂()と低HCO₃⁻(代謝性アシドーシス)が同時にあれば障害で、代償では説明できない」という読み方が学ぶべき点であり、そこは3値のどれを正としても変わらない——HCO₃⁻ 約23 mmol/l なら急性代償の予測(約27)よりも低く代謝性アシドーシスが残り、PCO₂ 約28 mmHg なら Winter の式の期待域(1.5 × 9 + 8 ± 2 = 約19.5〜23.5 mmHg)より高くが残る。一方での開大は HCO₃⁻ 9 mmol/l を正としたときにだけ成り立つので、「」という原因の推定は、を測って確かめるまで仮説にとどめる。個々の数値の整合より、pH・PCO₂・HCO₃⁻ の向きの組み合わせから障害の型を決める手順を身につける。

要点

  • 診断: 。(/CO₂貯留)+ (敗血症/低酸素によるが疑わしい)。ただし乳酸は測られておらず、AG の開大は HCO₃⁻ 9 mmol/l を正としたときにだけ成り立つので、原因の推定はで確かめる。
  • 見抜き方: pHが強く低下し、PCO₂高値とHCO₃⁻低値が同時に存在する(両者とも一次性)。慢性代償係数を使って期待HCO₃⁻を計算しても実測値をはるかに上回ることが、代償だけでは説明できない証拠になる。
  • 機序: 換気不全でCO₂が蓄積する一方、/敗血症で乳酸産生が増え、障害がする。
  • 重症度: pH 7.13 + 高K血症(不整脈のリスク)は緊急対応を要する。
  • 治療の方向性(換気): 呼吸性成分には換気の改善が主体で、 増悪のでは(NIV)が最初の換気様式とされ1、基礎にがあるは非侵襲的または侵襲的なで治療する2。
  • 治療の方向性(酸素): 高CO₂血症のリスクがある患者でも重篤な疾患では血液ガスが出るまで他の重篤な患者と同じ初期目標(SpO₂ 94〜98%)で酸素を投与するが、本例のように血液ガスでを伴う高CO₂血症が分かったら、目標 SpO₂ 88〜92% の調節かへ移る5。
  • 治療の方向性(): は、には pH が7.1未満でない限りルーチンには使わず、も pH 7.1未満でなければ通常は治療しない(死亡率の改善は示されておらず、推奨されるのは2以上のを伴う重度の集団に限られる)2。本例は pH 7.13 でクレアチニンも内なので、どの条件にも当たらない。産生された CO₂ を換気で吐き出せない状態では、がかえって CO₂ を増やす点にも注意する。代謝性(乳酸)成分は原因治療(敗血症の感染源同定・抗菌薬・循環管理)が中心になる。
  • 治療の方向性(高K血症): K⁺ 6.5 mmol/l は英国腎臓学会の区分で重度の高K血症で、持続心電図監視のもとインスリン・ブドウ糖の静注で K⁺ を細胞内へ移す。静注は、心電図に高K血症の所見がある場合にとして投与する6。
  • 対比: 単純なならHCO₃⁻はに上昇するが、本症例では低下しておりを示す。

出典

  1. 1.Global Strategy for the Diagnosis, Management, and Prevention of Chronic Obstructive Pulmonary Disease: 2026 Report(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease (GOLD)・2026)報告書本文(第4章)で確認:入院した増悪に勧める重症度分類(呼吸不全なし/呼吸不全/換気不全の3段階)で「換気不全」は、呼吸数 >24/分・心拍数 >95/分・呼吸補助筋の使用・急性の精神状態の変化・ベンチュリーマスクで改善しないか FiO2 >40% を要する低酸素血症・基礎値より上昇するか 60 mmHg を超える PaCO2 と pH ≤7.25 のアシドーシスで特徴づけられること。非侵襲的換気(NIV)は COPD 増悪で入院した患者の急性呼吸不全に対する最初の換気様式で、死亡率と挿管率を下げること。閲覧 2026-09-24
  2. 2.Acid-Base Disorders in the Critically Ill Patient(Clinical Journal of the American Society of Nephrology・2023)PMC10101555 の全文で確認:Table 1 で急性呼吸性アシドーシスは PCO2 10 mmHg 上昇ごとに HCO3 1 meq 上昇、慢性は 3.5 meq 上昇とすること。AG が18を超えれば pH にかかわらずほぼ必ず有機酸の存在を示すこと。集中治療での呼吸性アシドーシスの最多の原因は基礎の慢性肺疾患で、非侵襲的または侵襲的な機械換気で治療するのが最善であり、pH が7.1未満でない限り呼吸性アシドーシスへの重炭酸のルーチン使用は推奨しないこと。乳酸アシドーシスも pH 7.1未満でなければ通常は重炭酸で治療せず(全体の死亡率改善は示されていない)、ステージ2以上の急性腎障害を伴う重度アシデミア(pH 中央値 7.15)の集団でのみ推奨するとしていること。閲覧 2026-09-24
  3. 3.Simple and mixed acid-base disorders: a practical approach(Medicine・1980)抄録のみ閲覧(本文は取得できていない)。単純性・混合性の酸塩基障害を生理学的原則で解釈する枠組みを示し、一次性の呼吸性障害に対する適切な代謝性代償の程度と、一次性の代謝性障害に対する PCO2 を予測する式を提示していることを確認した。係数の数値は本文で確かめていない。閲覧 2026-09-24
  4. 4.Effects of pH on Potassium: New Explanations for Old Observations(Journal of the American Society of Nephrology・2011)PMC3231780 の全文で確認:無機酸による代謝性アシドーシス(高Cl性・正常AG性)は有機酸アシドーシス(乳酸アシドーシス)よりはるかに大きな K の細胞外移行を起こすこと、呼吸性アシドーシスでの K の移行は代謝性アシドーシスより小さいこと。閲覧 2026-09-24
  5. 5.BTS guideline for oxygen use in adults in healthcare and emergency settings(British Thoracic Society(Thorax 2017;72:ii1–ii90)・2017)全文PDF(Wayback 20200825194843)で確認:COPD など高CO2血症のリスクがある患者が重篤な疾患に陥ったときは、血液ガスの結果が出るまで他の重篤な患者と同じ初期目標 SpO2(敗血症・ショックなどの重篤な疾患では 94〜98%)とし、その後は目標 88〜92% の調節酸素療法か、重度の低酸素血症や呼吸性アシドーシスを伴う高CO2血症があれば換気補助を要しうること。閲覧 2026-09-24
  6. 6.Clinical Practice Guidelines: Treatment of Acute Hyperkalaemia in Adults(UK Kidney Association(旧 Renal Association)・2020)英国腎臓学会のサイトに掲載された PDF(表紙は Final version June 2020)の全文で確認:K 6.5 mmol/L 以上を重度の高K血症とし、持続心電図監視を行うこと(1C)、静注カルシウム塩は心電図に高K血症の所見がある患者に投与すること(1C)、重度の高K血症にはインスリン・ブドウ糖の静注を用いること(1B)。閲覧 2026-09-24