病態生理学

病態生理学 · 2-17

呼吸性酸塩基平衡障害:呼吸性アシドーシスとアルカローシス

Respiratory acid-base disorders: respiratory acidosis & alkalosis

応用トピック
酸塩基平衡とその異常代謝性・呼吸性アシドーシス代謝性・呼吸性アルカローシス酸塩基平衡障害 症例4
疾患
サリチル酸中毒急性高山病
症状
テタニー

🧠 呼吸性障害は「CO₂ そのもの」が一次変化。 CO₂ は水と反応して酸(H₂CO₃)になるので、CO₂ が溜まればアシドーシス、飛べばアルカローシス。代償は主に腎が HCO₃⁻ を増減して行うが、腎は遅いので「最大代償に数日」かかる(発症直後はだけの小さな代償にとどまる)。このの遅さゆえに、代償の大きさから「急性か慢性か」をできるのが臨床上の要点。

呼吸性アシドーシス

定義と指標

  • (pO₂ <60 mmHg、pCO₂ >45 mmHg。講義資料は pCO₂ >50 mmHg としており、閾値は資料によって異なる)で CO₂ が蓄積 → 。値の読み方はを参照。
  • pH < 7.4
  • pCO₂ > 40 mmHg(→ pH 低下)
  • 標準[HCO₃⁻] 不変(24 mM。ごく急性期の値。代償が進むにつれて変化する——詳細は後述)

原因:4群に整理する

⚠️ 「を伴う肺疾患」だけで原因を覚えると、中枢・神経筋・胸郭が原因の症例を見落とす。 肺自体は健常でも、からポンプ(呼吸筋・胸郭)までのどこかが壊れれば同じ性アシドーシスになる。

群 代表例
中枢(の抑制) オピオイド・鎮静薬過量(呼吸抑制)、
神経筋(呼吸筋を動かせない) 、重症筋無力症クリーゼ、
胸郭(ポンプが動かせない) などの、
気道・肺実質(V/Q不均衡) COPD、喘息増悪、ARDS、気胸

代償:急性は緩衝、慢性は腎

💡 代償には2段階ある。 発症直後は血液・組織の非(ヘモグロビン・蛋白・リン酸)が数分〜数時間で反応するが、HCO₃⁻の上昇はわずか。数日かけて腎が新生HCO₃⁻を作り始めると、はるかに大きくHCO₃⁻が上がる。このの違いが「急性か慢性か」を見分ける手がかりになる。

  • 急性代償: pCO₂ が 10 mmHg 上昇するごとに HCO₃⁻ は約 1 mEq/L 上昇する(非緩衝のみ、腎はまだ動いていない)。
  • 慢性代償: pCO₂ が 10 mmHg 上昇するごとに HCO₃⁻ は約 3.5 mEq/L 上昇する(腎代償が立ち上がった後、最大代償に数日を要する)1。係数は資料によって多少幅がある。急性と慢性で予測される HCO₃⁻ の変化量が違うこと自体が、急性・慢性を見分ける根拠になる2。
  • ⚠️ 実測 HCO₃⁻ が予測代償の範囲から外れたら、単純性のではなくを疑う。 例えば急性のはずなのに HCO₃⁻ が慢性レベルまで上がっていれば、もともとが併存している可能性がある。
  • ⚠️ pH が正常域だからといってが正常とは限らない。 慢性で代償が効いていれば pH はほぼ正常になりうるし、とのように逆方向の2つの障害が同時に存在して打ち消し合っても pH は正常域に収まる。pCO₂・HCO₃⁻が正常から外れているなら、pH 単独で「異常なし」と判断しない。
flowchart TD
  A["pCO₂↑(慢性)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='proximal tubule'>近位尿細管</span>でグルタミンを<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deamination'>脱アミノ化</span> → NH₃を管腔へ分泌"]
  B --> C["新生HCO₃⁻を再吸収(+濾過HCO₃⁻も再吸収)"]
  C --> D["血漿 HCO₃⁻↑ で pH を引き戻す"]
  B --> E["⚠️ グルタミンは骨格筋蛋白の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='catabolism'>異化</span>から → 筋喪失"]
  A --> F["腎の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acid excretion'>酸排泄</span>は数日かけて徐々に↑(最大代償に数日)"]
  • 腎は 濾過HCO₃⁻の再吸収と 新生HCO₃⁻の生成で血漿HCO₃⁻を上げる。これは NH₃ の生成/排泄と密接に連動。
  • での → NH₃を管腔へ、新生HCO₃⁻を再吸収。必要に応じアンモニア産生を亢進(グルタミンは 骨格筋蛋白の → 筋喪失に由来)。
  • : は数日かけて徐々に↑。最大代償には数日が必要。

臨床と治療

  • 基礎疾患が前面(麻痺、胸壁損傷、)。CO₂ 貯留が進むと傾眠から昏睡(CO₂ナルコーシス)に至りうる。
  • 急性の治療は換気の改善そのもの(気道確保、原因治療、必要なら非侵襲的または侵襲的な補助)。
  • ⚠️ は投与しない。 投与された HCO₃⁻ は H⁺ と反応してさらに CO₂ を生成するため、換気が追いつかない状態でこれを行うと CO₂ 蓄積をむしろ悪化させる。
  • ⚠️ 慢性(など)の患者に高濃度酸素を投与すると CO₂ ナルコーシスを招きうる。 機序は「の消失」だけでは説明しきれない。英国胸部学会(BTS)の指針は少なくとも6つの機序を挙げ、推定される重要度の順に①()の解除による V/Q 不均衡の悪化 ②の低下 ③(は CO₂ を運びにくくなる)④ ⑤空気より密度の高い酸素 ⑥低流量マスクでのとしている(機序の重みづけ自体はなお議論がある)3。だからといって低酸素血症の治療を差し控えてはならず、 など高CO₂血症性呼吸不全のリスクがある患者では、血液ガスの結果が出るまで目標 SpO₂ を 88〜92% に設定して過不足なく酸素を投与し、で再評価する3。詳細な機序は高CO₂血症ととの影響に譲る。
  • 急性は緊急で、直ちに介入を要する。次の2群を見分ける:
病態 対応
は高い(速い呼吸・の動員)が空気を十分に動かせない があれば・喉頭閉塞などの急性を考える → Heimlich法、挿管または
換気の効果が不十分で、問題が肺そのものにある(より多い — ・喘息による高度の全般的、、) 講義では高濃度O₂(例 60%)を投与して速やかにを診察しを測る、で2.5 mgを酸素とともに投与、必要なら。には緊急のが要る
  • ⚠️ 講義の「高濃度O₂」と上の「目標SpO₂ 88〜92%」は場面が違う。 BTS 2017 は、 など高CO₂血症のリスクがある患者でも、重篤な急性疾患(危機的状態)に陥ったときは血液ガスの結果が出るまで他の重篤な患者と同じ初期目標(SpO₂ 94〜98%)で酸素を投与し、結果を見てから 88〜92% の調節かへ移るとしている3。
  • を定期的にモニターして経過を評価する。

呼吸性アルカローシス

定義と指標

  • → pCO₂↓ → 血漿 pH↑。
  • pH > 7.4
  • pCO₂ < 40 mmHg(→ pH 上昇)
  • 標準[HCO₃⁻] 不変(24 mM。ごく急性期の値。代償が進むにつれて変化する——詳細は後述)

原因

代償:ここでも急性と慢性を区別する

  • 急性代償: pCO₂ が 10 mmHg 低下するごとに HCO₃⁻ は約 2 mEq/L 低下する(非による即時の反応)。
  • 慢性代償: pCO₂ が 10 mmHg 低下するごとに HCO₃⁻ は約 5 mEq/L 低下する(腎の H⁺ 分泌低下・HCO₃⁻ 排泄増加が数日かけて進んだ後)1。
  • と同様、実測 HCO₃⁻ がこの予測範囲から外れればを疑う。妊娠や高地のような慢性のでは HCO₃⁻ が大きく下がっていても、それ自体は代償が効いている証拠であり異常ではない。

臨床と治療

💡 なぜ手足や口がるのか: アルカリ性のECFではアルブミンへのCa²⁺結合が増え、遊離Ca²⁺が下がる(機能的)。だから発作で口周り・指の、重症では/、が出る。

⚠️ 紙袋や閉じた袋へのは行わない。 講義資料や古い教科書には CO₂ を上げる手段として載っているが、不安によると誤って判断され、実際には低酸素血症やが原因でしていた患者にこれを行って死亡した3例が報告されている。健常ボランティアでも、紙袋へので吸気のは3分間で平均約 27 mmHg 低下した4。など、低酸素を伴うな原因の患者でも同じ危険がある。

⚠️ 「」と決める前に原因を除外する。 低酸素血症、、、敗血症、、代謝性アシドーシスの——いずれも「速い呼吸」で現れる。不安のせいに見えても、まず酸素化と代謝性アシドーシスの有無を確かめる。

まとめ

項目
一次変化 pCO₂↑(CO₂ の蓄積) pCO₂↓()
主な原因 中枢(オピオイド・鎮静薬)、神経筋、胸郭、気道・肺実質(・喘息・・気胸) 不安、高地、妊娠、肺塞栓・肺炎、、
急性代償(pCO₂ 10 mmHg あたり) HCO₃⁻ 約1 mEq/L 上昇 HCO₃⁻ 約2 mEq/L 低下
慢性代償(pCO₂ 10 mmHg あたり) HCO₃⁻ 約3.5 mEq/L 上昇 HCO₃⁻ 約5 mEq/L 低下
治療の軸 換気の改善(は投与しない) 低酸素があれば酸素、なければ原因の是正と不安の軽減
  • 腎の代償は数日かけて立ち上がるので、代償の大きさから急性か慢性かを推定でき、予測から外れれば障害を疑う。
  • 高CO₂血症のリスクがある患者の酸素は、血液ガスの結果が出るまで目標 SpO₂ 88〜92% で投与する。ただし重篤な急性疾患では初期目標を 94〜98% とし、血液ガスを見て調節する。
  • 酸素による CO₂ 上昇の主因は V/Q 不均衡の悪化で、の低下やも関わる。
  • と決める前に原因を除外し、紙袋へのは行わない。

出典

  1. 1.Acid-Base Disorders in the Critically Ill Patient(Clinical Journal of the American Society of Nephrology・2023)PMC10101555 の全文 Table 1(Expected compensation for acid-base disorders)で、急性呼吸性アシドーシスは PCO2 10 mmHg 上昇ごとに HCO3 1 meq 上昇、慢性は 3.5 meq 上昇、急性呼吸性アルカローシスは PCO2 10 mmHg 低下ごとに HCO3 2 meq 低下、慢性は 5 meq 低下とする予測式を確認した。閲覧 2026-09-24
  2. 2.Simple and mixed acid-base disorders: a practical approach(Medicine・1980)呼吸性アシドーシス・呼吸性アルカローシスとも急性代償と慢性代償で予測されるHCO3⁻の変化量が異なる(急性は数分〜数時間の非重炭酸緩衝、慢性は数日かけての腎代償)ことを確認した。閲覧 2026-08-14
  3. 3.BTS guideline for oxygen use in adults in healthcare and emergency settings(British Thoracic Society(Thorax 2017;72:ii1–ii90)・2017)公式PDF(Thorax 2017;72 Suppl 1、Wayback 20250705180645 の全文)で確認:推奨A3として、COPDなど高CO2血症性呼吸不全のリスク因子をもつ多くの患者では血液ガスの結果が出るまで目標SpO2を88〜92%とする(COPDはグレードA、その他はD)。COPDなど高CO2血症のリスクがある患者が重篤な疾患に陥ったときは、血液ガスの結果が出るまで他の重篤な患者と同じ初期目標(94〜98%)とし、その後に目標88〜92%の調節酸素療法か換気補助を要しうる。酸素誘発性高CO2血症には少なくとも6つの機序があり、推定される重要度の順にV/Q不均衡・換気ドライブ・ハルデン効果・吸収性無気肺・空気より高い酸素の密度・低流量マスクでの再呼吸を挙げ、機序はなお議論があるとすること。閲覧 2026-08-14
  4. 4.Hypoxic hazards of traditional paper bag rebreathing in hyperventilating patients(Annals of Emergency Medicine・1989)Europe PMC の抄録(PMID 2499228)で確認:不安による急性過換気と考えて紙袋再呼吸を行ったが、実際には低酸素血症または心筋虚血があった患者3例が死亡したこと。健常ボランティア20人の試験で、再呼吸中の袋内の酸素分圧は室内気から30秒で平均15.9 mmHg、180秒で平均26.6 mmHg低下したこと。閲覧 2026-09-24