病態生理学

病態生理学 · P-2-22

循環性ショック 症例1

Circulatory shock, Case 1

前提:病態
循環血液量減少性ショックの病型循環血液量減少性ショックの病期

🧠 全体像: ワルファリンとアスピリンを内服し、長年の飲酒問題がある63歳男性がし、で肝硬変と腹腔内の異常液体貯留を認めた。輸液・・ビタミンKの投与後も血圧測定不能・脈拍150/分・蒼白でを伴う湿潤した皮膚へ進んだ。によるを最も疑う出血性()ショックと解釈し、輸液とに加えて・予防的抗菌薬・内視鏡による止血を早期に組み合わせる。

症例提示

63歳男性。朝からしており、救急搬送された。

病歴:

現病歴: 今朝、で覚醒し、痛みは腹部正中へ放散した。その後複数回嘔吐し、初めは暗色、その後はも嘔吐した。正午に救急外来へ到着。

入院時検査:

  • : 10.7 g/L
  • ヘモグロビン: 128 g/L(低値)
  • : 0.39 L/L(低値)
  • 血小板: 132 g/L(低値)

画像: 腹部で肝硬変と腹腔内異常液体貯留を認めた。

ICUでの経過

直後にへ搬送。意識清明では保たれていたが、間欠的頭痛を訴えた。

  • 血圧 70/30 mmHg、脈拍 120 beats/min
  • 90%以上維持のためO2投与を40%へ増量
  • 中心静脈カテーテル挿入。3 litres、 3 units、ビタミンKを
  • からの尿量は50 mlのみ

輸液後検査:

  • : 13.4 g/L(高値)
  • Hb: 89 g/L(低値)
  • Ht: 0.30(低値)
  • Thr: 115 G/L(低値)

悪化: 全身状態はさらに悪化。皮膚は蒼白・・湿潤。血圧測定不能、脈拍150/min。努力呼吸を呈し、40% O2投与下でもは86%。ショックに至った。


重要な引用と示唆

引用 / 値 解釈
嘔吐は“当初は暗色で後に” による。暗色は部分消化血、は活動性出血を示唆
“で覚醒し、腹部正中へ放散” 腹痛を伴うでは、アスピリン内服と飲酒を背景とする消化性潰瘍・病変も鑑別に残る。出血源は内視鏡で確定する
入院時の“10.7 g/L”・血小板“132 g/L” ⚠️ 血球数の単位としては G/L(=×10⁹/L)の誤記と考えられる(同じ症例の輸液後の血小板は“115 G/L”と書かれている)。値は G/L として読む
: “肝硬変と腹腔内の異常液体貯留” 肝硬変 → 門脈圧亢進 → 腹水・食道/(出血源として最も疑わしい)
“アスピリン100 mg/日とワルファリン内服中” + 抗凝固の併用は止血能を低下させ出血を増悪
Hb 128 → 89 g/L(12.8 → 8.9 g/dL)、Ht 0.39 → 0.30 持続する有意な失血を支持(生食投与後の希釈影響も含む)
BP 70/30 → 測定不能、脈拍 120 → 150/min 低血圧に対する代償から破綻へ進む頻脈
皮膚“蒼白・を伴い湿潤” 強い(交感神経代償)→ 高SVR。の典型
“尿量50 mLのみ” 腎低灌流による乏尿
40% O2下でSpO₂ 86% ショックで・が障害
“生食3 L、FFP 3単位、ビタミンK投与” ワルファリン関連の重大出血に対する古典的な是正手段。現在は2つの軸で考える。①ワルファリンの作用の中和: 米国血液学会の2018年指針は、の治療でを内服中に生命を脅かす出血を起こしが上昇している患者で、中止と静注ビタミンKに加えてよりを用いることを提案する(条件付き推奨、確実性は非常に低い)1。無作為化試験では投与30分後の 1.3以下への是正達成率が62.2%対血漿9.6%だった2。⚠️ ただし本例のには示されていないので、推奨の条件(上昇)はまず測って確かめる(抗凝固薬関連出血の扱いはも参照)。②肝硬変のとしての凝固管理: Baveno VII(2022)は、急性ではの輸注を推奨しない(を是正せず、と門脈圧亢進の悪化を招きうる)とし、進行した肝疾患では・が止血能を正確に反映しないこと、出血中の肝硬変患者でのの役割がまだ研究課題であることを述べている3。またの初期輸液は大量晶質液を避けを早期からバランス良く投与する方針が現在優先されており、晶質液3Lの単独大量投与はを助長しうる

要点

  • ショック型: 肝硬変/門脈圧亢進に伴う(静脈瘤が最も疑わしい。出血源は内視鏡で確定する)による(出血性)ショック。
  • 増悪因子: 慢性飲酒、、アスピリン + ワルファリン併用。
  • 病態生理: 循環血液量喪失 → 静脈還流低下 → 心拍出量低下 → 交感神経性血管収縮・頻脈で代償 → 破綻。
  • 臨床的特徴: 冷たく湿った蒼白皮膚(高SVR)は、温かいと対照的。
  • 経過: 3 L生食、FFP 3 U、ビタミンKでも進行し、重篤な持続出血で根本的止血介入が必要な状態。
  • 輸血閾値: 重症の急性921例の無作為化試験では、ヘモグロビン7 g/dL未満で輸血する制限戦略が9 g/dL未満で輸血する自由戦略より6週が高かった(95%対91%、0.55)。肝硬変では A/Bで制限戦略の生存が有意に高く、 Cでは差がなかった4。⚠️ ただしこの試験は大量の失血性出血やなどを除外しており4、血圧測定不能のショックに至った本例はその除外側に近い。Baveno VIIもではを控えめに行って目標ヘモグロビンを7〜8 g/dLとしつつ、心血管疾患・年齢・血行動態・出血の持続を個別に考慮するとしている3。本例の輸液後Hb 89 g/L(8.9 g/dL)は数値上この目標を上回るが、冠動脈疾患の既往があり出血と循環不全が続いているので、数値だけで輸血の要否を決めない。
  • 現行ガイドラインとの対比: ⚠️ Baveno VII(2022)の急性の管理は次のである3。①を疑った時点でできるだけ早く(・ソマトスタチン・)を始め、2〜5日続ける。②で来院した肝硬変患者では、入院時から予防的抗菌薬を治療の一部として投与する(進行した肝硬変やキノロン耐性の多い施設ではセフトリアキソン1 g/24時間を考慮)。この②の対象は「の肝硬変患者」なので、出血源が静脈瘤と確定する前から本例に当てはまる。③循環を蘇生したうえで来院12時間以内に上部内視鏡を行い、不安定なら安全に可能になりしだい行う。④からの出血にはを行う。予防的抗菌薬は、肝硬変・12試験1,241例ので細菌感染を減らし(RR 0.36)、も減らしたとみられている(RR 0.79)5。本例の経過記録には・抗菌薬・内視鏡の記載がない点に注意する。
  • 難治例と高リスク例: 薬物療法と内視鏡でも止血できない場合は、または(のほうが安全)を、PTFE()による()までの橋渡しに用い、救済的で止血する。 C(14点未満)、または内視鏡時に活動性出血のある B(7点超)などの高リスク例では、72時間以内(理想的には24時間以内)の先制的が適応になる3。本例では分類を決めるための(ビリルビン・アルブミン・)が示されていない。根本的な止血が遅れれば、輸液・だけでは出血源のコントロールにならない。

出典

  1. 1.American Society of Hematology 2018 guidelines for management of venous thromboembolism: optimal management of anticoagulation therapy(American Society of Hematology・2018)PMC6258922 の全文で推奨17を逐語確認した。静脈血栓塞栓症の治療でビタミンK拮抗薬を内服中に生命を脅かす出血を起こしINRが上昇している患者では、ビタミンK拮抗薬の中止と静注ビタミンKに加えて、新鮮凍結血漿ではなく4因子プロトロンビン複合体製剤を用いることを提案する(条件付き推奨、効果についての確実性は非常に低い)。閲覧 2026-09-24
  2. 2.Efficacy and safety of a 4-factor prothrombin complex concentrate in patients on vitamin K antagonists presenting with major bleeding: a randomized, plasma-controlled, phase IIIb study(Circulation・2013)ビタミンK拮抗薬関連の重大出血202例を対象とした無作為化試験で、4因子プロトロンビン複合体製剤(4F-PCC)は投与30分後のINR 1.3以下への是正達成率が62.2%と新鮮凍結血漿群の9.6%を大きく上回り優越性を示した(有効な止血自体は4F-PCC 72.4% vs 血漿65.4%で非劣性)閲覧 2026-08-26
  3. 3.Baveno VII – Renewing consensus in portal hypertension(Journal of Hepatology・2022)2026-09-24 に PMC11090185(著者最終稿。J Hepatol 76(4):959–974 の誌上版とは別)の全文で急性静脈瘤出血の声明を逐語確認した。6.1 蘇生の目的は組織灌流の維持で、血行動態の安定を回復・維持するよう容量補充を始める。6.2 赤血球輸血は控えめに行い目標ヘモグロビン7〜8 g/dL、ただし心血管疾患・年齢・血行動態・出血の持続も考慮する(A1)。6.5 静脈瘤出血を疑えば血管作動薬(テルリプレシン・ソマトスタチン・オクトレオチド)をできるだけ早く開始し2〜5日続ける(A1)。6.7 上部消化管出血で来院した肝硬変患者では予防的抗菌薬は治療の一部で入院時から始める(A1)。6.9 進行した肝硬変やキノロン耐性の多い施設ではセフトリアキソン1 g/24時間を考慮。6.17 循環の蘇生後、来院12時間以内に上部内視鏡、不安定例は安全に可能になりしだい。6.21 食道静脈瘤の急性出血には結紮術。6.27 Child-Pugh C 14点未満、または内視鏡時に活動性出血のあるChild-Pugh B 7点超、または出血時HVPG 20 mmHg超では72時間以内(理想的には24時間以内)の先制的PTFE被覆TIPS(A1)。6.29 難治性出血ではバルーンタンポナーデまたは自己拡張型金属ステントをTIPSまでの橋渡しに用い、ステントは同等に有効でより安全(B1)。6.30 薬物療法と内視鏡を併用しても止血できない場合は救済的PTFE被覆TIPSが最善(B1)。6.35 進行した肝疾患ではPT-INR・APTTは止血能を正確に反映しない。6.36 急性静脈瘤出血では新鮮凍結血漿の輸注は凝固障害を是正せず容量過負荷と門脈圧亢進の悪化を招きうるので推奨しない(B1)。研究課題に、出血中の肝硬変患者でのプロトロンビン複合体製剤の役割の確定が挙がっている。なお後継のBaveno VIII(J Hepatol 2026、10.1016/j.jhep.2026.07.030)が2026年8月に公表され、抄録は改訂されなかった従前の推奨は有効なままとするが、全文は出版社・リポジトリとも取得できず、急性出血の声明が改訂されたかは確認できていない。閲覧 2026-08-26
  4. 4.Transfusion strategies for acute upper gastrointestinal bleeding(New England Journal of Medicine・2013)抄録と Wayback 保存版(2013-10-10)の全文で確認した。重症急性上部消化管出血921例(肝硬変の有無で層別化)を、ヘモグロビン7 g/dL未満で輸血する制限戦略(461例)と9 g/dL未満で輸血する自由戦略(460例)に無作為化した。輸血を受けなかったのは制限戦略群225例(51%)、自由戦略群61例(14%)で、6週生存率は制限戦略群が高かった(95%対91%、死亡のハザード比0.55、95%CI 0.33〜0.92)。肝硬変ではChild-Pugh A/Bで制限戦略の生存が有意に高く(ハザード比0.30)、Child-Pugh Cでは差がなかった(1.04)。除外基準に大量の失血性出血(massive exsanguinating bleeding)、急性冠症候群、症候性末梢血管疾患、脳卒中、一過性脳虚血発作、90日以内の輸血、最近の外傷・手術、下部消化管出血などが含まれ、著者は大量の失血性出血では赤血球輸血が救命的になりうるため除外したと考察で述べている。閲覧 2026-08-26
  5. 5.Antibiotic prophylaxis for cirrhotic patients with upper gastrointestinal bleeding(The Cochrane Database of Systematic Reviews・2010)抄録で確認した。肝硬変・上部消化管出血1,241例を含む12試験のメタ解析で、抗菌薬予防はプラセボ・無治療と比べ死亡率(RR 0.79、95%CI 0.63〜0.98)・細菌感染による死亡(RR 0.43)・細菌感染(RR 0.36)・再出血(RR 0.53)の減少と関連した。全試験にバイアスのリスクがあり、著者の結論は細菌感染を有意に減らし、全死亡・感染死亡・再出血・入院期間は減らしたとみられる(seems to have reduced)という書き方である。閲覧 2026-08-26