病態生理学

病態生理学 · 2-21

循環血液量減少性ショックの病型

Forms of hypovolemic shock

応用トピック
出血性ショックICUにおける急性出血・出血性ショックの治療多発外傷患者の集中治療小児ショックの認識・病型・治療循環性ショック 症例1鈍的腹部外傷の観察・診断・治療骨盤輪骨折の分類・治療・合併損傷大腿骨骨幹部骨折

🧠 最重要の落とし穴: 出血では CO が先に落ち、BP は遅れて落ちる。だから「BP がまだ正常」でも安心できない。10%(約0.5 L=量)までは CO も BP も不変。

出血性ショックの病期

flowchart TD
  L["出血 10%(~0.5 L)→ CO・BP 不変"] --> C["① <span class='jp-term jp-term-diagram' title='compensated stage'>代償期</span>:CO↓ するが BP は維持<br>(介入なしでも完全可逆)"]
  C --> P["② <span class='jp-term jp-term-diagram' title='progressive stage'>進行期</span>:~20%喪失 → CO と BP が共に低下<br>(負のフィードバックが枯渇)"]
  P --> I["③ <span class='jp-term jp-term-diagram' title='irreversible stage'>不可逆期</span>:正のフィードバック優位<br>→ <span class='jp-term jp-term-diagram' title='survival'>生存率</span>が急激に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='MOF/MODS'>低下</span>"]
  • 10% 喪失(~0.5 L、量):CO も動脈圧も変化なし。
  • さらに喪失 → CO がまず低下、続いて BP → BP 単独は誤解を招く(CO より遅れて落ちる)。

1. 代償期

時間スケール 過程
秒〜分 、アドレナリン↑、
10分〜1h 活性化、ADH↑、ANP↓、口渇・
1h〜2日 ・の補充
3〜4日 RBC 産生(EPO)
  • ・反射: 静脈還流↓ → CO↓ → BP↓ を高圧(、頸動脈)・低圧(心房、大静脈)が感知 → ↑ → HR/収縮力↑(CO↑)、動脈収縮(TPR↑)、静脈収縮(貯蔵血を動員)、腎レニン → ANGII。
  • CO の再分配: 脳血管は 収縮しない(灌流を保つ)、一方で GI 血管は強く収縮。
  • 体液保持: 腎 Na⁺/(、ADH V2)、ADH V1 血管収縮、ANP↓。
  • 体液補充: 間質からの(↓)、肝からの(+新規アルブミン合成)、 による RBC↑。

2. 進行期

  • ~20% 喪失 → CO と BP が共に低下、負のフィードバックが枯渇(髄質↓、ADH・枯渇、、毒素、Starling 力変化で破綻)。
  • が ~50 mmHg で発動 → 脳()の虚血そのものが強い交感神経を起こす → 一過性の BP高止まり(plateau)。
    • 💡 講義ではこれをCushing反射と呼ぶことがあるが、狭義のCushing反射は頭蓋内圧のに対する反応で、脈圧の開大・徐脈・呼吸不整の3徴をもたらす1。では頭蓋内圧の上昇が前提にならないので、「ICP↑ → HR↓+BP↑」の図式をそのまま当てはめない(ここでの反応は低血圧による脳虚血そのものが引き金)。
  • 正のフィードバックの悪循環: ↓ → CO↓、↓ → ↓、 → 血管拡張メディエーター → 、血管壁低酸素 → 血管拡張+透過性↑ → 浮腫 → 血液量/静脈還流↓。
  • 代謝: ()+。ミトコンドリア抑制 → ATP↓ → Na⁺/K⁺ ATPase↓ → → 壊死。

3. 不可逆期

  • 正のフィードバック(悪循環)が優位となり、が急激に下がる → (MOF/MODS)。
  • ⚠️ 「不可逆」は結果からの分類であり、その場で下せる診断ではない。 ある患者が本当にこの病期へ入っていたと言えるのは、治療を尽くしても救命できなかった後から振り返ってのことだけである。臨床では常に「まだ戻せる」という前提で止血・輸血・蘇生を続ける——正のフィードバックが優位に見える臨床像だけを根拠に治療を差し控えてはならない(詳細はの進行)。

治療選択

💡 「失われた場所に補う」が原則。 血管内欠乏には液、ECF 欠乏には晶質液、体総水分欠乏にはブドウ糖液、と欠乏部位で輸液を選ぶ。ただし出血そのものによる血管内欠乏は、この原則を単純に「晶質液を大量に」とは読み替えない(次項)。

  • 血管内欠乏 → 液(アルブミン、ゼラチン、)、ECF 欠乏 → 等張/、体総水分欠乏 → 5%ブドウ糖液、という欠乏部位別の対応は輸液生理の基本モデルとして押さえる。
  • ⚠️ このモデルは「どの区画が足りないか」の整理であって、現行の蘇生指針が勧める輸液の選び方ではない。 欧州の外傷出血ガイドライン第6版(2023)は、低血圧の出血外傷患者では0.9%食塩液または緩衝晶質液で輸液を始め(Grade 1B)、止血への悪影響からの使用を制限し(Grade 1C)、重症ではなどのを避けるよう推奨する(Grade 1B)2。敗血症でも、2026年の敗血症診療国際ガイドラインは晶質液を第一選択とし(強い推奨)、製剤を用いない(強い推奨)、ゼラチンを用いないことを提案する(条件付き推奨)3。
  • 基礎原因を治療し、BP 単独でなく灌流をモニター。

出血性ショックの初期蘇生

⚠️ かつての「まず晶質液を大量に」は、大量出血が疑われる外傷ではもはや第一選択ではない。 晶質液を大量投与すると、凝固因子・血小板を薄めてを起こし、体温を奪い、代謝性アシドーシスを助長する。この3つ(・低体温・アシドーシス)が揃うと出血がさらに止まりにくくなる悪循環(「」、低Ca血症を加えて呼ぶこともある)を作る。そのため初期輸液は必要最小限の晶質液にとどめ、代わりに赤血球・血漿・血小板をできるだけ早期からバランスの良い比率(1:1:1に近い比)で投与するが主体になる。

  • PROPPR試験(赤血球:血漿:血小板 = 1:1:1 vs 1:1:2)では、24時間・30日死亡率そのものに有意差はなかったが、1:1:1群の方が止血達成率が高く(86% vs 78%)、24時間以内の出血死は有意に少なかった(9.2% vs 14.6%)。血漿・血小板の投与量が多いにもかかわらず、有害事象の増加は認められなかった4。
  • ⭐ はの重大出血で受傷後3時間以内に投与すると出血死を減らす(1時間以内の投与でRR 0.68、1〜3時間でRR 0.79)。一方、3時間を超えた投与では出血死がかえって増えたように見えた(RR 1.44。の探索的解析)5。遅い投与で害が出うる理由ははっきりしておらず、止血が進んだ後に線溶を止めることの影響が想定されている。欧州の外傷出血ガイドライン(2023)は、出血している(またはそのおそれのある)外傷患者にできるだけ早く、受傷後3時間以内に1 gを10分で負荷し、続けて1 gを8時間かけて投与するよう推奨する(Grade 1A)2。用法・禁忌の詳細はを参照。
  • ⚠️ 止血できていない出血に対しては、血圧を無理に正常域まで戻そうとしない(低血圧)。 早期から血圧を正常化させようとすると、形成されつつあるが機械的な圧で再び剥がれ、出血がしうる。この考え方の基盤になった穿体幹外傷の試験では、手術室で止血処置が始まるまで輸液をに遅らせた群の方が、即時輸液群より生存退院率が高かった(70% vs 62%)。ただし単一施設・限定の試験であり、やへの一般化には注意が必要6。欧州の外傷出血ガイドライン第6版(2023)は、脳損傷の臨床的証拠が無い例で、大出血が止まるまでの初期は80〜90 mmHg(50〜60 mmHg)を目標とする制限的な輸液を推奨する(Grade 1B)2。ただし重症( 8以下)を合併する例は別——を保つ必要があるため、80 mmHg以上を保つ(Grade 1C)2。同ガイドラインは、低血圧を・では禁忌とし、高齢者では慎重に検討し、の患者では禁忌となりうるとも述べる2。

より詳しい評価・止血手順(C-ABCDE、抗凝固薬の拮抗など)はのの節を参照。

出血の重症度分類の限界

出血の重症度は古典的に推定に応じたクラスI〜IV(心拍数・血圧・脈圧・が段階的に変化するというモデル)で教えられる。⚠️ しかしこの分類は実際のと一致しないことが示されている。 ドイツの外傷登録36,504例では、心拍数・・()の組み合わせがの分類基準どおりに揃った患者はわずか9.3%にとどまり、心拍数で群分けすると頻脈の群でもの低下はわずかだった7。若年者・妊婦・高齢者・β遮断薬使用者・アスリートでは、年齢や薬による心拍数・血圧の反応の違いから、このズレがさらに大きくなりうる。単一時点の分類より、と治療への反応を重視する。

非出血性の循環血液量減少

出血以外にも、消化管喪失(嘔吐・下痢)、熱傷、への喪失(腸閉塞・膵炎・熱傷など、血管内からの非機能的な区画へ体液が移動する病態)はの喪失によってを起こしうる。これらは出血のようなを伴わないため、ではなく晶質液が主体になる。

  • 熱傷では、熱傷が占めるの割合(%TBSA)に応じた計算式(:4 mL/kg/%TBSAを、受傷後最初の8時間で半量・残り16時間で残量)で初期輸液量を見積もり、尿量を指標に調整する。詳細は熱傷を参照。
  • 消化管喪失は、喪失した体液の組成(等張〜)に応じてで補う。
xychart-beta
    title "Parkland公式による予定輸液量の累積割合"
    x-axis "受傷後時間" 0 --> 24
    y-axis "24時間予定量に対する累積割合(%)" 0 --> 100
    line "予定累積量" [0, 25, 50, 62.5, 75, 87.5, 100]

0〜8時間の傾きが8〜24時間の2倍なのは、総量の半分を最初の8時間、残り半分を次の16時間で投与するためである。起点はではなく受傷時で、遅れて来院した場合は最初の半量を残り時間へ配分する。これは初期の見積もりであり、実投与は尿量、、乳酸、肺水腫などへの反応で調整する。

まとめ

項目 要点
病期の骨格 10%(約0.5 L)までは CO も BP も不変 → (CO↓・BP維持、介入なしでも可逆)→ (~20%喪失で CO と BP が共に低下、負のフィードバックが枯渇)→ (正のフィードバック優位、MOF/MODS)
代償の時間軸 秒〜分:・アドレナリン・ → 10分〜1h:・ADH↑・ANP↓・口渇 → 1h〜2日:・の補充 → 3〜4日: による
見逃しの罠 BP は CO より遅れて落ちる。頻脈・・の延長・皮膚の・・でを拾う
~50 mmHg で一過性に BP を高止まりさせる。狭義の Cushing 反射(への反応)とは引き金が違う
「不可逆」 結果からの分類であり、その場で治療を差し控える根拠にならない
輸液の基本モデル 欠乏部位で選ぶ(血管内・ECF・体総水分)。ただし出血外傷では晶質液から始めてを制限し、重症ではを避ける
の 晶質液は最小限にし、赤血球・血漿・血小板を1:1:1に近い比で早期から投与。は受傷後3時間以内のできるだけ早期に
低血圧 脳損傷の無い例で止血まで80〜90 mmHg(50〜60 mmHg)。重症( 8以下)では80 mmHg以上
の限界 心拍数・血圧・ の組み合わせが のクラスI〜IVどおりだった外傷患者は9.3%のみ。と治療への反応を重視する
非出血性 消化管喪失・熱傷・への喪失は晶質液が主体(熱傷は Parkland で見積もり、尿量で調整)

出典

  1. 1.Cushing Reflex(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)NCBI Bookshelf 本体は reCAPTCHA で取得できず、Wayback Machine の保存版(20260206044310、id_付き)で本文を確認した(章の最終更新は2023年3月20日)。Cushing反射を、頭蓋内圧の急上昇に対する神経系の生理的反応で、脈圧の開大(収縮期上昇・拡張期低下)・徐脈・呼吸不整の3徴をもたらすものと定義し、第1段階では交感神経活性化で血圧と心拍数が上がり、第2段階で高血圧のまま徐脈になると述べる。出血性ショックでの低血圧に伴う脳虚血の反応や、それが起こる血圧の閾値には触れていない閲覧 2026-09-24
  2. 2.The European guideline on management of major bleeding and coagulopathy following trauma: sixth edition(Critical Care・2023)Europe PMC の全文(PMC9977110)で次を逐語確認した。推奨13は、受傷後の初期に脳損傷の臨床的証拠が無い例で、大出血が止まるまで収縮期血圧80〜90 mmHg(平均動脈圧50〜60 mmHg)を目標とする制限的な容量補充を推奨し(Grade 1B)、重症頭部外傷(GCS 8以下)では平均動脈圧80 mmHg以上を保つことを推奨する(Grade 1C)。解説は、許容的低血圧は頭部外傷・脊髄損傷では禁忌、高齢者では慎重に検討し、慢性高血圧の患者では禁忌となりうると述べる。推奨15は、低血圧の出血外傷患者で0.9%食塩液または緩衝晶質液による輸液で開始し(Grade 1B)、重症頭部外傷では乳酸リンゲル液などの低張液を避け(Grade 1B)、止血への悪影響からコロイドの使用を制限する(Grade 1C)。推奨23は、トラネキサム酸をできるだけ早く、可能なら病院へ向かう途中で、受傷後3時間以内に1 gを10分かけて負荷しその後1 gを8時間かけて投与することを推奨する(Grade 1A)閲覧 2026-09-24
  3. 3.Surviving Sepsis Campaign: International Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock 2026(Society of Critical Care Medicine / European Society of Intensive Care Medicine・2026)DOI本体(Springer)はbot判定で取得できず、発行元SCCMの推奨一覧ページ(Surviving Sepsis Campaign Adult Guidelines)で輸液の種類に関する推奨を逐語確認した。敗血症・敗血症性ショックの成人で蘇生の第一選択に晶質液を用いる(強い推奨、確実性は中等度)、デンプン製剤を用いない(強い推奨、確実性は高い)、ゼラチンを用いないことを提案する(条件付き、確実性は中等度)、晶質液にアルブミンを追加するより晶質液単独を提案する(条件付き、確実性は中等度)閲覧 2026-09-24
  4. 4.Transfusion of Plasma, Platelets, and Red Blood Cells in a 1:1:1 vs a 1:1:2 Ratio and Mortality in Patients With Severe Trauma: The PROPPR Randomized Clinical Trial(PROPPR Study Group(JAMA)・2015)24時間・30日死亡率そのものに有意差はなかったが、1:1:1群は1:1:2群より止血達成率が高く(86% vs 78%)、24時間以内の出血死が有意に少なかった(9.2% vs 14.6%)ことを確認した閲覧 2026-08-14
  5. 5.The importance of early treatment with tranexamic acid in bleeding trauma patients: an exploratory analysis of the CRASH-2 randomised controlled trial(The Lancet(CRASH-2 trial collaborators)・2011)PubMedの抄録で、CRASH-2試験(受傷後8時間以内の成人外傷20,211例)の探索的解析として、受傷後1時間以内の投与で出血死のRR 0.68、1〜3時間でRR 0.79と出血死が減り、3時間を超えた投与では出血死が増えたように見えた(逐語は seemed to increase、RR 1.44)ことを確認した。受傷から投与までの時間で効果が変わること(交互作用 p<0.0001)が主眼であり、3時間超の害の機序は抄録に書かれていない閲覧 2026-08-14
  6. 6.Immediate versus delayed fluid resuscitation for hypotensive patients with penetrating torso injuries(NEJM・1994)収縮期血圧90 mmHg以下の穿通性体幹外傷患者で、手術室到着まで輸液を意図的に遅らせた群は即時輸液群より生存退院率が高かった(70% vs 62%)ことを確認した。単一施設・穿通性外傷限定の試験であり、許容的低血圧という考え方の基盤になったが一般化には注意が必要閲覧 2026-08-14
  7. 7.A critical reappraisal of the ATLS classification of hypovolaemic shock: does it really reflect clinical reality?(TraumaRegister DGU(Resuscitation)・2013)抄録で、ドイツ外傷登録(2002〜2010年)の36,504例のうち、心拍数・収縮期血圧・GCSの組み合わせでATLSの4クラスに正しく当てはまったのは3,411例(9.3%)にとどまったこと、心拍数で群分けすると頻脈の群でも収縮期血圧の低下はわずかだったこと、著者がATLS分類は臨床の実態を正確に反映していないようだと結論したことを確認した。特定の患者層(高齢者・β遮断薬内服者など)でのずれは抄録に書かれていない閲覧 2026-08-14