病態生理学

病態生理学 · 2-23

循環性ショックの進行

Progression of circulatory shock

応用トピック
ショックの病態・分類・診断・治療
疾患
循環性ショック(心原性・循環血液量減少性・閉塞性・血液分布異常性)
症状
出血性ショック毛細血管再充満時間延長

🧠 進行のエンジンは「正のフィードバック(悪循環)」。 では負のフィードバックが優勢だが、それが枯渇すると、低灌流がさらなる低灌流を生む悪循環に切り替わり、ある点を超えるとが急激に下がる。ただし「不可逆」と呼べるのはあくまで結果からの分類であり、治療の現場ではその場で「もう戻らない」と決めつけず、常に「まだ戻せる」前提で対応する。

進行の全体像

flowchart TD
  C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='compensated stage'>代償期</span>(負のF/B優位)"] --> X["負のF/Bの枯渇"]
  X --> P["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='progressive stage'>進行期</span>(正のF/B=悪循環が始動)"]
  P --> M["代謝破綻(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lactic acidosis'>乳酸アシドーシス</span>・ミトコンドリア抑制)"]
  M --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='irreversible stage'>不可逆期</span> → MOF/MODS(あくまで結果からの分類)"]

💡 この3段階の枠組みは病因を問わない。 の病期では出血を例に代償の中身(・・)を具体的に追ったが、が最も重要な段階であること、は血圧だけでは見逃され頻脈・・・皮膚所見・・などBP以外の徴候で拾う必要があることは、・閉塞性・でも共通する。ここでは病型によらない「進行」の——負のフィードバックの枯渇、正のフィードバックの悪循環、、への流れ——を扱う。

負のフィードバックの枯渇(進行期への入口)

  • ↓(尿濃縮↓)
  • ADH 枯渇
  • 枯渇+
  • 組織からの血管拡張メディエーター・代謝物・毒素
  • の破綻(血管抵抗↓、↑、↓)— 背景にある内皮バリアそのものの障害は次節「」で扱う

正のフィードバックの悪循環

flowchart TD
  H["低灌流・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tissue hypoxia'>組織低酸素</span>"] --> V1["① <span class='jp-term jp-term-diagram' title='coronary perfusion'>冠灌流</span>↓ → CO↓ → 動脈圧↓ → さらに<span class='jp-term jp-term-diagram' title='coronary blood flow'>冠血流</span>↓"]
  H --> V2["② <span class='jp-term jp-term-diagram' title='cerebral perfusion'>脳灌流</span>↓ → <span class='jp-term jp-term-diagram' title='vasomotor center'>血管運動中枢</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sympathetic outflow'>交感神経出力</span>↓"]
  H --> V3["③ 血管拡張メディエーター/毒素 → <span class='jp-term jp-term-diagram' title='venous pooling'>静脈貯留</span>(血が戻らない)"]
  H --> V4["④ 血管壁低酸素 → ATPなし → 血管拡張+透過性↑ → 浮腫+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='electrolyte wasting'>電解質喪失</span> → 血液量/静脈還流↓"]
  V1 --> H
  V2 --> H
  V3 --> H
  V4 --> H
# 悪循環
1 ↓ → CO↓ → 動脈圧↓ → さらに↓
2 ↓ → のが損なわれる
3 → 損傷細胞から 血管拡張メディエーター/毒素 → (血が循環に戻らない)
4 血管壁低酸素 → ATP なし → 血管拡張、透過性↑ → 浮腫+ → 血液量/静脈還流↓

微小循環障害——大血行動態が戻っても組織灌流が戻るとは限らない

⚠️ 以降で壊れていくのは、大血管の血圧・心拍出量だけではない。毛細血管レベル(微小循環)そのものが独立して障害される。

  • 内皮障害: 血管内皮を覆う(負に帯電した多糖・蛋白の層で、を制御するバリア)が、低灌流・炎症・プロテアーゼ活性化によって剥離する。外傷・では、損傷の重症度が大きいほど剥離の程度が大きいと動物とヒトの研究で報告されている1。バリアが壊れるとが間質へ漏れ出す()——の病型で見た「」がむしろ逆流する形になる。
  • ・血流の不均一化: 凝固活性化、、白血球-(での機序も参照)により一部の毛細血管が閉塞する。開通している毛細血管と閉塞した毛細血管が同じ組織内に混在し、酸素の実効が場所によって不均一に延びる。
  • 大血行動態と微小循環の乖離: 蘇生によって・心拍出量という「大血行動態」の指標を正常化しても、障害やで壊れた微小循環は同じペースで回復するとは限らない、という現象が報告されている2。つまり「血圧・心拍出量が戻った=が戻った」ではない。乳酸の遷延高値やの遷延など、大血行動態の指標とは別の灌流指標を併せて追う臨床的な根拠はここにある。

代謝の変化

  • 代謝性アシドーシス:
    • → 乳酸()
    • → 炭酸(CO₂ 除去不足)
  • ミトコンドリア抑制: ATP↓ → Na⁺/K⁺ ATPase↓ → → リソソーム不安定化 → 。

臓器障害の連鎖 → 多臓器不全

の実質は、持続する低灌流が臓器ごとに同じ筋書き(低灌流 → 低酸素 → ATP↓ → )を繰り返すことで(MODS)に至る過程である。臓器ごとの機序の詳細は臓器症状(MODS)に譲り、ここでは連鎖の骨格だけを示す。

これらは独立に起こるのではなく、互いを誘発し合う(例:破綻由来の二次性敗血症が凝固活性化・をさらに悪化させ、他臓器の低灌流を強める)。

不可逆性は結果論——治療を諦める理由にはならない

  • 正のフィードバック(悪循環)が優位になり、臓器障害の連鎖がまで進むとは急激に下がる。
  • ⚠️ しかし「不可逆」は事後的な分類であり、その場で確定診断できるものではない。 ある患者が実際にへ入っていたと言えるのは、治療を尽くしても救命できなかった結果から振り返ってのことだけである。臨床では「まだ戻せる」という前提で蘇生・原因治療(止血、、再灌流など)を継続する——正のフィードバックが優位に見える臨床像だけを根拠に、その場で治療の差し控えを判断してはならない。
  • ~50 mmHg での は一過性の BP高止まりを作るが、低下傾向そのものを逆転できない(講義ではCushing反射と呼ぶこともあるが、狭義のCushing反射はへの反応で引き金が違う。の病型参照)。
  • BP 単独は誤解を招く(CO より遅れて落ちる)— 追加の灌流(乳酸、など)をモニターする。

輸液反応性の評価と輸液過剰の害

💡 「ショック=とにかく輸液」ではない。 輸液が心拍出量を増やせるのは、心臓がFrank-Starling曲線のな部分にあり、前負荷↑がそのままCO↑につながる場合だけ(がある状態)。がない患者に輸液を続けても前負荷は増えず、に漏れて浮腫になるだけである——前述の障害が進んでいればなおさら漏れやすい。

評価法 何をみるか 注意
下肢を挙上し、静脈系に貯留していた血液を一時的にへ動員(自己輸血に相当)したときの心拍出量・の変化を見る 効果は数十秒しか続かないため、連続測定が必要。輸液そのものを追加せずに反応性を評価できる利点がある
・ 中の幅からを推定する 自発呼吸、不整脈、低ではが落ちる
少量輸液チャレンジ 少量をし、心拍出量・の変化を見る 反応がなければ追加を止める

⚠️ 輸液過剰そのものが害になる。 は浮腫(肺・腸管・皮膚)、、酸素化悪化など臓器機能を悪化させうる。1〜3 Lの初期輸液でも低血圧が続く敗血症の成人1,563例を対象としたRCTでは、を優先して輸液量を抑えると、の前に多めの輸液を優先する自由戦略とで、90日までの死亡は14.0%対14.9%と有意差がなかった3——「輸液を増やすほど良い」という前提を支持しない一方、が優れることも示していない。2026年の敗血症診療国際ガイドラインも、30 mL/kgの輸液後になお低灌流が続く敗血症・の成人では、自由・制限的のどちらの戦略も患者と医療の要因に応じて選んでよいと提案する(条件付き推奨・確実性は低い)4。ただしこれらは敗血症での初期輸液後の話であり、の止血前輸液や、・での前負荷管理にそのまま外挿はできない点に注意する。

まとめ

項目 要点
枠組み (負のフィードバック優位)→ (正のフィードバック=悪循環)→ 。病型を問わず共通
への入口 ↓・ADH との枯渇・・血管拡張物質・の破綻
4つの悪循環 ①↓→CO↓ ②↓→↓ ③血管拡張物質→ ④血管壁低酸素→血管拡張・透過性↑→浮腫
剥離・・血流の不均一化。大血行動態が戻ってもが戻るとは限らないので、乳酸やも追う
代謝 と組織の高炭酸ガス → ミトコンドリア抑制・ATP↓ → Na⁺/K⁺ ATPase↓ → ・壊死
臓器障害の連鎖 腎()・肝()・消化管(バリア破綻→二次性敗血症)・肺()・凝固()が互いを誘発する
「不可逆」 事後的な分類。その場で治療を差し控える根拠にならない
・脈圧/・少量輸液チャレンジで評価し、反応がなければ輸液を足さない
輸液過剰 浮腫・・酸素化悪化を招く。敗血症の初期輸液後は自由・制限的のどちらでも死亡に差が無く、指針も個別に選ぶ提案にとどまる。出血性・・閉塞性には外挿しない

出典

  1. 1.Resuscitating the Endothelial Glycocalyx in Trauma and Hemorrhagic Shock(Annals of Surgery Open・2023)抄録(Europe PMC、PMC10513357)で確認した。この総説は、外傷・出血性ショックで内皮グリコカリックスが分解・剥離し、剥離が全身性炎症・微小血管透過性の亢進・血流誘発性の血管拡張の増大と関連すると述べ、動物とヒトの研究が損傷が重いほど剥離が大きく転帰不良と関連することを示したと紹介している(損傷の重症度と剥離の関係は総説自身の結果ではなく、既報の要約である)。閲覧 2026-08-14
  2. 2.Understanding Hemodynamic Incoherence: Mechanisms, Phenotypes, and Implications for Treatment(Shock・2025)蘇生により大血行動態(大血管の血圧・心拍出量)が回復した後も微小循環の機能不全が持続する状態が観察されること、その病態機序と表現型分類の枠組みを総説として整理したことを確認した。閲覧 2026-08-14
  3. 3.Early Restrictive or Liberal Fluid Management for Sepsis-Induced Hypotension(National Heart, Lung, and Blood Institute Prevention and Early Treatment of Acute Lung Injury Clinical Trials Network・2023)抄録(Europe PMC、PMC10685906)で確認した。米国60施設の非盲検優越性試験で、1〜3 Lの初期輸液に反応しない敗血症誘発性低血圧の成人1,563例を、昇圧薬を優先し輸液量を抑える制限的戦略(782例)と、昇圧薬の前に多めの輸液を優先する自由戦略(781例)へ24時間割り付けた。90日までの自宅退院前の全死亡は14.0%対14.9%(差 -0.9ポイント、95%CI -4.4〜2.6、P=0.61)で有意差がなく、重篤な有害事象の報告数も同程度だった。閲覧 2026-08-14
  4. 4.Surviving Sepsis Campaign: International Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock 2026(Society of Critical Care Medicine / European Society of Intensive Care Medicine・2026)DOI本体(Springer)はbot判定で取得できず、発行元SCCMの推奨一覧ページ(Surviving Sepsis Campaign Adult Guidelines)で逐語確認した。30 mL/kgの輸液をすでに受け、なお低灌流が続く敗血症・敗血症性ショックの成人では、患者と医療体制の要因に基づいて自由輸液・制限的輸液のどちらの戦略を用いてもよいと提案する(条件付き推奨、確実性は低い)。備考は、試験間で自由群・制限群のプロトコルと輸液量のばらつきが大きかったこと、考慮する要因として心不全などの併存疾患と、制限的戦略で昇圧薬が必要になる場合のモニター付き病床の確保を挙げる閲覧 2026-09-24