呼吸器学

呼吸器学 · 02

動脈血液ガス検査と結果の解釈

Arterial blood gas test and interpretation of the results

前提:正常
ガス交換・肺循環・換気血流比酸素・二酸化炭素運搬と低酸素症酸塩基平衡と肺・腎の代償
検査値
動脈血液ガス

ポッドキャスト

🧠 全体像:は、、、(pH、HCO₃⁻、base excess)を同時に評価する。読む順序を固定すると、障害を見落としにくい。

肺胞‐毛細血管ガス交換

ガスはを分圧勾配に従ってする。は次式で表される。

V˙gas=A×D×(P1−P2)T\dot V_{gas}=\frac{A\times D\times(P_1-P_2)}{T}
  • AA:表面積、DD:、P1−P2P_1-P_2:分圧差、TT:
  • A×D/TA\times D/Tをまとめた指標がである。
  • CO₂の分圧勾配はO₂より小さいが、水への溶解度が約20倍高いため十分に拡散する。
  • でまずPaO₂だけが下がり、PaCO₂が保たれるのはこのためである。「CO₂が溜まっていないから換気は足りている」とは限らない。
ガス 肺胞分圧 混合静脈血分圧 分圧差
O₂ 約100 mmHg 約40 mmHg 約60 mmHg
CO₂ 約40 mmHg 約46 mmHg 約6 mmHg
交換様式 特徴 例
毛細血管末端より前に肺胞と平衡し、で移動量が増す 正常時のO₂・CO₂、N₂O
毛細血管末端でも平衡に達しない CO、激しい運動時や・肺気腫でのO₂

適応と採血

適応は急性・、心血管疾患、呼吸不全、敗血症・臓器不全・中毒・高血糖などの代謝異常、、運動負荷、重症患者である。呼吸困難、頻呼吸、頻脈、増大があれば検討する。

が一般的で、も用いられる。穿刺前に、抗凝固薬の使用、を確認する。抜針後は通常3〜5分、出血リスクがあればより長く圧迫し、血腫・動脈閉塞・末梢神経障害の有無をみる。

検体の扱いが結果を変える

ヘパリン処理シリンジへに採血し、は直ちに除去して密栓する。シリンジの検体は室温で30分以内に測定する。 30分を超えて保存するならガラス容器に入れて0〜4℃へ冷却する1。

⚠️ シリンジのまま氷冷しない。 保存中のPaO₂変化は初期PaO₂、温度、時間などに左右される。とくに氷冷したシリンジでは壁を介した酸素拡散によってPaO₂に臨床的に重要な誤差が生じうるため、遅延測定時はガラス容器で0〜4℃に保存する。2

AARCの指針は、次のいずれかに当てはまる検体を測定の禁忌として挙げている1。

検体の状態 補足
抗凝固が適切に行われていない ヘパリン量の不足・偏り
目に見えるを含む 採血直後に除去して密栓する
で室温に30分を超えて置かれた 30分を超えて保存するならガラス容器で0〜4℃へ
シャント検査の検体が室温で5分を超えた 30分ではなく5分が上限。指針は理由を述べていない
またはがある状態で室温に置かれた 時間の長さにかかわらず禁忌として挙げられている

⚠️ 30分の枠を全部の検体に当てはめない。 シャント検査の検体は室温5分が上限で、・の検体は室温に置くこと自体が禁忌に挙げられている1。とくに白血球が非常に多い被検者の検体ではPaO₂が急速に低下するため、直ちに冷却して測定する必要があると明記されている1(採取後も血球が酸素を消費し続けることによる偽性低酸素血症として知られる現象だが、この機序そのものは同指針には書かれていない)。

測定項目と基準範囲

項目 基準の目安 何をみるか
pH 7.35〜7.45 酸血症/
PaCO₂ 35〜45 mmHg 肺胞換気
PaO₂ 約75〜100 mmHg 酸素化。年齢・で変わる
HCO₃⁻ 22〜26 mmol/L 代謝性成分
SaO₂ 通常95%以上
−2〜+2 mmol/L 非呼吸性の酸

PaO₂だけは固定した正常範囲で読めない。加齢とともに低下し、標高・体位・吸入酸素で動くためである。吸入酸素条件を書かない血液ガスは酸素化を評価できない——酸素投与デバイス、流量またはFiO₂、換気設定、採血時刻を必ず添える。同じPaO₂ 80 mmHgでも、なら正常域、高濃度酸素投与中なら重い酸素化障害である。

SpO₂からPaO₂を読むときの「崖」

xychart-beta
    title "PaO₂と酸素飽和度の関係(標準条件での概算)"
    x-axis "PaO₂(mmHg)" 20 --> 100
    y-axis "酸素飽和度(%)" 0 --> 100
    line "ヘモグロビン酸素解離曲線" [32, 58, 75, 85, 90, 93, 95, 96, 97]

PaO₂が約60 mmHgより高い領域では曲線が平坦なため、PaO₂が変わってもSpO₂は大きく動かない。これを下回ると部へ入り、PaO₂のわずかな低下がSpO₂の大きな低下として現れる。したがってSpO₂ 90%前後はPaO₂約60 mmHgの目安になるが3、発熱、、2,3-BPG、ヘモグロビン、末梢循環不良、体動などで対応はずれる。上図は標準条件の概算であり、SpO₂からPaO₂をする換算表ではない。

系統的な読み方

flowchart TD
  A["1 pH:酸血症か<span class='jp-term jp-term-diagram' title='alkalemia'>アルカリ血症</span>か"] --> B["2 PaCO₂とHCO₃⁻:一次性変化を同定"]
  B --> C["3 予測代償と実測値を比較"]
  C --> D{"予測範囲内?"}
  D -->|"はい"| E["単純性障害を支持"]
  D -->|"いいえ"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mixed acid-base disorder'>混合性酸塩基障害</span>を考える"]
  E --> G["4 PaO₂・A-aDO₂で酸素化評価"]
  F --> G
  G --> H["5 <span class='jp-term jp-term-diagram' title='clinical setting'>臨床状況</span>・電解質・乳酸・AGと統合"]
一次性障害 pH PaCO₂ HCO₃⁻ 主な代償の目安
代謝性アシドーシス ↓ ↓ ↓ :予測PaCO₂ = 1.5×HCO₃⁻ + 8 ±2
↑ ↑ ↑ HCO₃⁻が1 mmol/L上がるごとにPaCO₂約0.5〜0.7 mmHg上昇
↓ ↑ 急性:軽度↑、慢性:より↑ PaCO₂ 10 mmHg上昇ごとにHCO₃⁻は急性約1、慢性約3.5 mmol/L(資料により4)上昇
↑ ↓ 急性:軽度↓、慢性:より↓ PaCO₂ 10 mmHg低下ごとにHCO₃⁻は急性約2、慢性約4〜5 mmol/L低下

代償だけでpHが反対側へ越えることは通常ない。予測代償から外れれば障害を考える。4代謝性アシドーシスではも計算する。

AG=Na+−(Cl−+HCO3−)AG=Na^+-(Cl^-+HCO_3^-)

AGが開大していれば乳酸、ケトン体、腎不全、中毒を探す。ではAGが見かけ上小さくなり、を隠すため、アルブミンで補正して読む(と補正式はを参照)。

酸素化:A–aDO₂

読み方の4段階目で使うA–aDO₂(‐較差)は、肺胞まで届いたO₂の圧と実際に動脈血へ移ったO₂の圧の差である。表記では大文字のAが、小文字のaが動脈血を表す。

PaO₂は採血で測れるが、は通常直接測らないため、で推定する。

PAO2=FIO2(Patm−PH2O)−PaCO2RP_{AO_2}=F_{IO_2}(P_{atm}-P_{H_2O})-\frac{PaCO_2}{R}
記号 意味 ・海面上での代表値
FIO2F_{IO_2} 0.21
PatmP_{atm} 760 mmHg
PH2OP_{H_2O} 37℃で加湿された気道内の水蒸気圧 47 mmHg
RR 。CO₂産生量/O₂消費量 通常0.8と近似

したがって、・海面上では次の簡略式で素早く見積もれる。

PAO2≈150−PaCO20.8P_{AO_2}\approx150-\frac{PaCO_2}{0.8}

計算例

・海面上でPaCO₂ 40 mmHg、PaO₂ 60 mmHgなら、

PAO2≈150−400.8=100 mmHgP_{AO_2}\approx150-\frac{40}{0.8}=100\ \mathrm{mmHg}
A-aDO2=PAO2−PaO2=100−60=40 mmHgA\text{-}aDO_2=P_{AO_2}-PaO_2=100-60=40\ \mathrm{mmHg}

つまり、肺胞には約100 mmHgのO₂があるのに、動脈血には60 mmHgしか届いておらず、肺胞から動脈血へ移る途中で約40 mmHgの隔たりが生じていると読む。

正常でも、などからの少量の静脈血混合と軽いがあるため、差はゼロにならない。生理的な差は加齢で広がるので、単一の固定値ではなく年齢・測定条件に応じた施設基準で判定する。

PaO₂低値のとき A–aDO₂ 解釈
肺胞のPAO₂自体が低い 年齢相応 、高地・低吸入酸素。肺胞から血液への受け渡しは比較的保たれる
肺胞のPAO₂に比べPaO₂が低すぎる 開大 、、。肺胞から動脈血までのどこかにがある
flowchart TD
  A["PaO₂が低い"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='alveolar gas equation'>肺胞気方程式</span>でPAO₂を推定"]
  B --> C["A–aDO₂=PAO₂−PaO₂を計算"]
  C --> D{"年齢・条件に照らして開大?"}
  D -->|"いいえ"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='alveolar hypoventilation'>肺胞低換気</span>または低い吸入<span class='jp-term jp-term-diagram' title='partial pressure of oxygen'>酸素分圧</span>を考える"]
  D -->|"はい"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='V/Q mismatch'>換気血流不均衡</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='diffusion impairment'>拡散障害</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='right-to-left shunt'>右左シャント</span>を考える"]

A–aDO₂は「肺胞にO₂が届いていない」のか、「届いているのに血液へ移せない」のかを分ける検査であって、開大の原因を単独で確定する検査ではない。PatmP_{atm}は標高、FIO2F_{IO_2}は酸素投与で変わり、高濃度酸素下では推定誤差も広がる。採血時の酸素条件を必ず確認し、必要に応じてや画像・と統合する。さらに詳しい計算上の注意はにまとめてある。

呼吸不全

呼吸不全は疾患名ではなく、ガス交換を維持できない状態を指す。血液ガスの数値で分類する。

型 血液ガス 主な機序
I型(低酸素血症性) PaO₂ <60 mmHg、PaCO₂は正常〜低値 、、シャント
II型(高CO₂血症性) PaO₂ <60 mmHgに加えPaCO₂ >45 mmHg (抑制、気道閉塞、神経筋・胸郭)

急性のII型では腎によるHCO₃⁻代償が間に合わずpHが下がる。一方、慢性高CO₂血症ではHCO₃⁻が上昇してpHがほぼ保たれる。同じPaCO₂でも、急性か慢性かを分けるのはpHである。

非侵襲的換気(NIV)の閾値はCOPD増悪の話である

/の2017年指針は、増悪による急性あるいは慢性に急性が重なった(pH ≤7.35)に対して二相式NIVを強く推奨している(エビデンスの確実性は高)。運用上の目安として、標準的な薬物治療にもかかわらず pH ≤7.35、PaCO₂ >45 mmHg、かつ呼吸数 >20〜24回/分であればNIVを考慮するとしている。5

⚠️ 3つ目の条件(呼吸数)と、対象が増悪であることを落とさない。 pHとPaCO₂の2つだけを「一般のNIV適応」として覚えると、根拠の範囲を超える。

⚠️ PaCO₂が高くてもpHが正常なら、この指針はNIVを推奨していない。 同じ指針は、PaCO₂が正常または上昇していてもpHが正常な段階で「アシドーシスの予防」としてNIVを使うことに対しては、一貫した有益性の証拠が無く害の可能性があるとして条件付きで反対している。5 pHを見ずにPaCO₂だけでNIVへ進まない。

を必ず記録し、重症度評価では(PaO₂/FiO₂)も用いる(ARDSのがこれを使う)。

まとめ

  • ABGは酸素化・換気・を分けて読む。
  • pH→PaCO₂/HCO₃⁻→予測代償→酸素化、の順序を固定する。
  • 予測代償からの逸脱は障害の重要な手掛かりである。
  • A–aDO₂は低酸素血症を「肺の障害」と「届く空気の問題」に分ける。
  • 呼吸不全はPaO₂ <60 mmHgで、PaCO₂ >45 mmHgを伴えばII型。急性か慢性かはpHで分ける。
  • NIVの「pH ≤7.35・PaCO₂ >45 mmHg・呼吸数 >20〜24回/分」は増悪についての目安である。pHが正常な段階の予防的NIVは推奨されていない。
  • シリンジの検体は室温30分以内に測定し、氷冷しない。・抗凝固不十分・室温30分超は測定しない。シャント検査は室温5分が上限、白血球・血小板著増例は室温に置かない。

出典

  1. 1.AARC Clinical Practice Guideline: Blood Gas Analysis and Hemoximetry: 2013(American Association for Respiratory Care(Respir Care 2013;58:1694-1703)・2013)発行元のPDF全文の 4.0 CONTRAINDICATIONS を読み、禁忌として 4.3 適切に抗凝固されていない検体、4.4 目に見える気泡を含む検体、4.5 プラスチック容器で室温に30分を超えて置かれた検体/シャント検査で室温に5分を超えて置かれた検体/白血球増多もしくは血小板増多のある状態で室温に置かれた検体、が挙げられていること、30分を超えて保存する必要がある検体はガラス容器に採取して0〜4℃に冷却すべきこと、白血球が非常に多い被検者の検体ではPaO₂が急速に低下しうるため直ちに冷却と測定が必要であることを確認した。閲覧 2026-09-21
  2. 2.Changes in oxygen measurements when whole blood is stored in iced plastic or glass syringes(Clinical Chemistry・1991)氷冷したプラスチックシリンジでは条件により酸素分圧に臨床的に重要な誤差が生じうる一方、氷冷したガラスシリンジでは安定していたことを確認した。閲覧 2026-08-09
  3. 3.BTS guideline for oxygen use in adults in healthcare and emergency settings(British Thoracic Society・2017)酸素解離曲線ではSaO₂が90%を超える領域が平坦であり、低酸素血症の目安としてPaO₂ 60 mmHg未満またはSaO₂ 90%未満が広く用いられること閲覧 2026-09-24
  4. 4.Simple and mixed acid-base disorders: a practical approach(Medicine・1980)抄録で、一次性の呼吸性障害に対する適切な代謝性代償の程度を予測する式と、一次性の代謝性アシドーシス・アルカローシスに対して予測されるPCO2を求める式が提示されていることを確認した。全文は非公開(Unpaywallでoa_statusがclosed、リポジトリ版も無し)で、下表の係数そのもの(慢性呼吸性アシドーシスの3.5(資料により4)、慢性呼吸性アルカローシスの4〜5、代謝性アルカローシスの0.5〜0.7)が本論文に逐語で載っているかは未確認。閲覧 2026-09-21
  5. 5.Official ERS/ATS clinical practice guidelines: noninvasive ventilation for acute respiratory failure(European Respiratory Society / American Thoracic Society・2017)誌上版PDF全文(Harvard DASHのリポジトリ版。紙面に Copyright ERS 2017 と Eur Respir J 2017 巻50 論文番号1602426 の表示があり誌上版と判断した)で、COPD増悪による急性あるいは慢性に急性が重なった呼吸性アシドーシス(pH 7.35以下)に対する二相式NIVが強い推奨・エビデンスの確実性は高であること、運用上の考慮事項として、標準的な薬物治療にもかかわらず pHが7.35以下・PaCO₂が45 mmHg超・呼吸数が毎分20〜24回超のときにNIVを考慮するとされていること、PaCO₂が正常または上昇していてもpHが正常な段階での予防的NIVについては一貫した有益性の証拠が無く害の可能性があるとして条件付きで反対する推奨が出ていることを確認した。閲覧 2026-09-21