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Disease Atlas · 神経 · 中毒

有機リン中毒

Organophosphate poisoning

別名
有機リン系農薬中毒
臓器系
神経全身
科目
NeurologyInternal MedicinePharmacology
トピック
神経内科 G1-10:神経救急(有機リン中毒の管理)内科学 L-72:中毒患者の一般的管理薬理学 Core48:解毒薬の定義と具体例
鑑別疾患
抗コリン薬中毒
関連疾患
コリン作動性クリーゼ
治療薬
アトロピン
原因薬剤
マラチオン
症状
流涎線維束攣縮縮瞳発作

🧠 全体像は、によりのアセチルコリンが全身で暴走する中毒である。病態そのものはと同じムスカリン・二系統の暴走だが、本項では中毒としての管理——、二次曝露の防止、、そしてによるへの対応——に的を絞る。核心はが効く相手が違うという一点で、を塞ぐだけなのでは止められてもの筋力低下・には無力であり、そこにはによる酵素の再が要る。しかも再にはaging(老化)という時間制限があり、手遅れになる前に投与しなければならない。

病態

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='organophosphates'>有機リン</span>化合物がAChEの<span class='jp-term jp-term-diagram' title='serine residue'>セリン残基</span>をリン酸化"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acetylcholinesterase (AChE)'>アセチルコリンエステラーゼ</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='irreversible inhibition'>不可逆的阻害</span>"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='synaptic cleft'>シナプス間隙</span>にアセチルコリンが蓄積"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='muscarinic receptor'>ムスカリン受容体</span>の過剰刺激(緩徐)"]
    C --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nicotinic receptor'>ニコチン受容体</span>の過剰刺激(急速)"]
    D --> F["SLUDGE/DUMBBELS:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='drooling'>流涎</span>・徐脈・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='miosis'>縮瞳</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='airway secretion'>気道分泌</span>増加・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bronchospasm'>気管支攣縮</span>・下痢・発汗"]
    E --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fasciculations'>線維束攣縮</span>・攣縮性痙攣<br>→脱分極性遮断による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='flaccid paralysis'>弛緩性麻痺</span>"]
    F --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bronchorrhea'>気管支漏</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bronchospasm'>気管支攣縮</span>による呼吸不全(死亡の主因)"]
    G --> H
    B -->|"aging前"| I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pralidoxime'>プラリドキシム</span>で酵素を再<span class='jp-term jp-term-diagram' title='activation'>賦活</span>できる"]
    B -->|"aging後"| J["再<span class='jp-term jp-term-diagram' title='activation'>賦活</span>不能。回復は新規酵素合成を待つのみ"]

作用と作用はが違う。 への刺激はを介さない直接的な脱分極のため・攣縮性痙攣として急速に現れ、やがて持続的脱分極による脱分極性遮断(過量と同じ原理)でに至る。一方作用は共役を介するためより緩徐に発現するが、による窒息が実際の死因の多くを占める1の項が扱うとおり、この2系統は機序も治療の相手も異なる。

臨床像

増加・・徐脈・下痢・発汗というSLUDGE/DUMBBELSに、・筋力低下というが重なる。中枢神経へのアセチルコリン蓄積は意識障害・発作も来しうる。曝露経路(経口・経皮・吸入)と(農薬・殺虫剤・化学兵器用神経剤)により発症速度は変わるが、病態の骨格は共通する。農薬用途で誤用・大量曝露すれば同じ中毒を来しうる化合物の一つに、治療薬としても使われるがある。

中毒とは症状が正反対になる鏡像関係にある。 ・徐脈・発汗過多などが過剰な状態であるのに対し、中毒は・頻脈・皮膚乾燥・口渇というが遮断された状態を呈する。似た「意識障害+自律神経症状」を来す中毒を鑑別する際、瞳・皮膚の湿潤・心拍数の方向をひとつずつ確認すれば取り違えない。

⚠️ 見逃してはいけない2つの遅発性合併症

  • ⚠️ 中間症候群。 発症24〜96時間後、が一旦落ち着いたあとに近位筋脱力とが出現する——頸部屈筋がしばしば最初に侵される。の機能不全が想定されているが機序は完全には解明されていない1。急性期を乗り切っても呼吸筋を反復評価し続けなければならない理由がここにある。
  • ⚠️ 数日〜数週間して、の阻害を介して生じる。クロルピリホス・ジクロルボス・イソフェンホス・メタミドホスなど特定の化合物でより多く報告される1

除染と医療者の二次曝露予防

⚠️ は嘔・下痢便を含む体液に残留するため、前の患者に素手で接触した医療者が二次曝露する。 石鹸と水で患者の皮膚を3回洗浄することが基本手順であり、すべての医療者がを着用してから対応する1を後回しにして治療だけを急ぐと、対応する側が同じ中毒症状を来しうる。

治療

flowchart TD
    A["曝露を疑う症状(SLUDGE/DUMBBELS+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fasciculations'>線維束攣縮</span>)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='personal protective equipment'>個人防護具</span>を装着し<span class='jp-term jp-term-diagram' title='decontamination'>除染</span>(石鹸と水で3回洗浄)"]
    B --> C["気道・呼吸・循環を確保"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='atropine'>アトロピン</span>を先に投与し倍量漸増"]
    D --> E{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='airway secretion'>気道分泌</span>が消失したか"}
    E -->|"いいえ"| D
    E -->|"はい"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pralidoxime'>プラリドキシム</span>をagingが起こる前に投与"]
    F --> G["24〜96時間は中間症候群を反復評価"]
  • の拮抗):初回2〜5 mg(小児0.05 mg/kg)を、が消失するまで3〜5分ごとに倍量漸増する1。⚠️ は瞳や皮膚の湿潤ではない。 心拍数・血圧・呼吸状態の評価のほうが重視され、瞳孔がするかどうかだけを指標にしない1が数十mgに達することも珍しくない。
  • に対する酵素の再:成人で少なくとも30 mg/kgを30分かけて投与し、以後少なくとも8 mg/kg/時でする。数日を要することもある1。⚠️ 酵素のagingが起こる前に投与しなければ再できない。 aging進行の速さは化合物によって大きく異なり、兵器化された神経剤(ソマンなど)では極めて速く、酵素の半減期が1.3分にまで達することもある2。農薬由来の中毒でも一般に曝露後48時間以内の投与が目安とされる2
  • ⚠️ 投与順序:を先に、を後に。 を先行させるとを増悪させうるため、を抑えてからに進む1(筋力低下)に効く一方、にしか効かない——両者は代替ではなく併用が前提である。

コリン作動性クリーゼとの関係

同じ毒性症候群だが、想定する原因と管理の重心が違う。 は主に重症筋無力症治療薬(など)のを扱い、原因薬の中止とが対応の中心になる。は環境曝露・農薬・化学兵器由来の不可逆的なAChE阻害を扱い、・二次曝露予防・による酵素再という的な管理が加わる点が最大の違いである。

まとめ

  • はAChEを不可逆的に阻害し、のSLUDGE/DUMBBELSとを同時に来す。による呼吸不全が主要な死因である。
  • 中間症候群(24〜96時間後の近位筋・)とOPIDN(数日〜数週間後の遅発性)という2つの遅発性合併症を見逃さない。
  • は石鹸と水で3回。医療者はを着用し、体液を介した二次曝露を防ぐ。
  • にのみ有効で、は瞳ではなくの消失・循環呼吸状態である。にはによるAChE再が必要で、aging前の投与と先行という2つの時間的がある。
  • 同じ毒性症候群を扱うとは、原因(薬剤過量 vs 環境曝露)と管理の重心(原因薬中止 vs ・二次曝露予防・酵素再)で役割が分かれる。

出典

  1. 1.Organophosphate Toxicity(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)有機リンがアセチルコリンエステラーゼのセリン残基をリン酸化して不可逆的に阻害すること、ニコチン性の過剰刺激が線維束攣縮・攣縮性痙攣から脱分極性遮断による弛緩性麻痺へ進むのに対しムスカリン性作用はG蛋白共役を介してより緩徐に発現し徐脈・気管支漏・気管支攣縮という致死的病態を来すこと、中間症候群が発症24〜96時間後・コリン作動性クリーゼ終息後に近位筋脱力と脳神経麻痺(頸部屈筋がしばしば最初に侵される)として出現し神経筋接合部機能不全が想定されるが機序は未解明であること、有機リン誘発性遅発性多発神経障害が急性中毒後数日〜数週間して神経障害標的エステラーゼの阻害により生じ被害を受けやすい化合物にクロルピリホス・ジクロルボス・イソフェンホス・メタミドホスが含まれること、除染は石鹸と水で3回洗浄しすべての医療者が個人防護具を着用すべきこと(嘔吐物・下痢便にも残留する)、アトロピンは初回2〜5mg(小児0.05mg/kg)を気道分泌が消失するまで3〜5分ごとに倍量漸増しその評価は瞳孔径・皮膚湿潤より心拍数・血圧・呼吸状態を重視すべきこと、プラリドキシムは成人で少なくとも30mg/kgを30分かけて投与し以後少なくとも8mg/kg/時で持続投与し数日を要しうること、プラリドキシムは酵素の「aging(老化)」が起こり再賦活が不可能になる前に投与する必要があること、ムスカリン症状の増悪を防ぐためアトロピンをプラリドキシムより先に投与すべきことを確認した閲覧 2026-08-12
  2. 2.Pralidoxime(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)プラリドキシムが酵素のアニオン部位に結合し有機リン分子を酵素から解離させて機能を回復させる薬剤でありニコチン性部位に対して主に働く一方ムスカリン性作用はアトロピンが担うこと、神経剤ソマンに曝露した酵素の半減期は短いもので1.3分に達し得るため兵器化された有機リンではagingが極めて速く進むこと、WHOの現行推奨として成人で初回30mg/kgを30分かけて静注し以後8mg/kg/時の持続投与をニコチン症状が消失するまで続けること、agingにより酵素の再賦活が不可能になるため一般に曝露後48時間以内の投与が目安とされることを確認した閲覧 2026-08-12