疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 内分泌・代謝 · 疾患

卵巣過剰莢膜症

Ovarian stromal hyperthecosis

別名
Ovarian hyperthecosisStromal hyperthecosisOHT
臓器系
内分泌・代謝生殖・産婦人科
科目
Translational Medicine and PathophysiologyPathology
トピック
病態生理学 1-25:女性ホルモン調節の異常病理学 C/75:卵巣腫瘍
鑑別疾患
アンドロゲン産生腫瘍
治療薬
メトホルミン
症状
高アンドロゲン血症多毛症
検査値
血清テストステロンDHEA-S性ホルモン結合グロブリンHbA1c
原因となる疾患
妊娠黄体腫

🧠 全体像:は、の中にLeydig様細胞(した)が過形成し、自律的にアンドロゲンを産生するようになった状態である。名前に「莢膜症」と付くが真の腫瘍ではない。と症状が瓜二つ(の男性化)でありながら、閉経後のではむしろ腫瘍より頻度が高いという点が臨床上の核心である。

病態生理:閉経後に何が起こるか

⭐ 閉経後は「作る側が刺激され続け、消費する側が失われる」状態になる。 卵巣に卵胞がほとんど残らないため、アンドロゲンをエストロゲンへする経路が失われる一方、が外れては高濃度で持続する。のLeydig様細胞はの支配下でアンドロゲンを産生する細胞であるため、この「路の消失+刺激の持続」が過剰なアンドロゲン産生の土台になる1。

💡 は二重の悪循環を作る。 卵巣にはとがあり、インスリンそのものが間質のLeydig様細胞へのとアンドロゲン産生を直接促す。同時に、は肝臓での(SHBG)産生を抑え、結合していないをさらに増やす。逆方向にも作用があり、はの蓄積と炎症経路の亢進を介してを悪化させ、インスリン抵抗性を強める——とインスリン抵抗性は互いを増幅する2。

組織学的には、好酸性でのない細胞質と類円形の核を持つが、の中にストリフォーム状(き状)に増殖する像を呈する2。

疫学:閉経後の高アンドロゲン症では腫瘍より多い

生殖年齢女性の1%未満にしか生じない一方、閉経後女性でより多く、閉経後に発症する患者の平均年齢はおよそ50歳である3。

⭐ 高アンドロゲン症の閉経後女性のうち、が9.3%を占めるのに対し、卵巣は2.7%にとどまる1。「閉経後の緩徐な男性化=腫瘍」という直感は誤りで、非腫瘍性の過剰莢膜症のほうが約3倍多い。ただし両者を合わせても閉経後の高アンドロゲン症全体の1割強に過ぎず、大多数は別の原因である。

⚠️ 症状出現から診断までの期間は平均4〜5年に及ぶ3。という性質そのものが、受診・診断の遅れを生みやすい。

臨床像:真の男性化徴候が緩徐に進む

・に加え、・・声の低音化・の増加といった真の男性化徴候を来す。ある研究では97%の患者にを認めた3。

⚠️ 「男性化が強いほど腫瘍を疑う」と単純化しない。 ある報告では、声の低音化と筋肉肥大を伴う患者はむしろ過剰莢膜症である可能性が8.5倍高かった3。男性化徴候の有無や強さだけでは腫瘍と過剰莢膜症を見分けられず、次に述べる生化学的・画像的な評価が要る。

診断:腫瘍との鑑別が核心

flowchart TD
  A["閉経後の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='slowly progressive'>緩徐進行性</span>男性化<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyperandrogenism'>高アンドロゲン血症</span>"] --> B["血清テストステロンを測定"]
  B --> C{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='markedly elevated'>著明高値</span>か"}
  C -->|"軽度〜中等度"| D["過剰莢膜症を積極的に疑う"]
  C -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='markedly elevated'>著明高値</span><br>目安200 ng/dL超"| E["卵巣<span class='jp-term jp-term-diagram' title='virilizing tumor'>男性化腫瘍</span>の可能性が上がる<br>ただし過剰莢膜症でも超えうる"]
  D --> F["経腟<span class='jp-term jp-term-diagram' title='color Doppler ultrasonography'>カラードプラ超音波</span>"]
  E --> F
  F --> G{"腫瘤を検出したか"}
  G -->|"検出せず、疑い残る"| H["骨盤<span class='jp-term jp-term-diagram' title='magnetic resonance imaging'>MRI</span><br>感度83%・特異度80%"]
  G -->|"検出"| I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ovarian tumor'>卵巣腫瘍</span>として扱う"]
  H --> J["決着しなければ<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='gonadotropin-releasing hormone'>GnRH</span>アナログ試験(反応は重なる)"]
  J --> K["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bilateral oophorectomy'>両側卵巣摘出</span><br>術後に病理組織で最終診断"]

⭐ テストステロン値は「傾ける」だけで確定しない。 140 ng/dL超は非腫瘍性より腫瘍を示唆し、200 ng/dL超は年齢を問わずを予測し、312.5 ng/dL超では腫瘍である可能性が31.7倍に上がるとされる一方3、過剰莢膜症でもテストステロンが10 nmol/L(およそ290 ng/dLに相当)を超えることがあり、この閾値は確率を傾けるだけで鑑別を確定しない1。

💡 DHEA-Sは正常にとどまる。 の項で述べたとおりは副腎由来に限られるため、の過剰莢膜症では通常正常範囲を示す。

画像は経腟が第一選択で、卵巣の腫大とヘテロな間質パターンが過剰莢膜症を示唆する所見になる。超音波で腫瘍を検出できなければ骨盤へ進み、はと過剰莢膜症の鑑別について感度83%・特異度80%とされる13。

⚠️ 通常の画像検査は基礎病変の検出に失敗することがある。 ・を含む従来の画像検査でも過剰莢膜症の病理は写らないことがあり、確定診断には手術後の病理組織学的検査を要する2。低用量デキサメサゾン抑制試験・抑制試験・と副腎静脈の同時カテーテル採血も補助的な鑑別手段として挙げられるが、静脈サンプリングは侵襲的で通常は推奨されない3。アナログ試験の反応も過剰莢膜症と卵巣で重なるため、局在診断の決め手にはならない1。

治療

閉経後で明らかな片側病変が無ければ、が標準治療である1。術後にテストステロンは劇的に低下する(ある症例では483.42 ng/dLから1か月後に13.4 ng/dLへ)3。

⚠️ すべての男性化徴候が可逆というわけではない。 術後、は改善する一方で、との改善はわずか、あるいはまったく見られないことがある3。組織が不可逆的に変化した徴候(毛包の男性化・クリトリスの)は、原因を取り除いても元に戻りにくい。

💡 手術以外の選択肢として、による内科的管理が試みられることがある。 あるでは、糖尿病のない健常閉経後女性への投与によりが19%減少した2。ただし手術ほど確実な効果は示されておらず、手術が第一選択であることに変わりはない。

⭐ とインスリン抵抗性の悪循環は、で断ち切れる。 ある症例ではの6か月後にが9.2%(77 mmol/mol)から6.5%(48 mmol/mol)へ改善しており、に伴う異常が、そのものに起因し可逆的でありうることを示している2。

まとめ

  • は、のLeydig様細胞()が過形成した非腫瘍性の病態で、閉経後女性の男性化の原因になる。
  • 機序は「する卵胞の消失+の持続的刺激」に、によるSHBG抑制とを介した直接刺激が加わる。とインスリン抵抗性は互いを増幅する。
  • 高アンドロゲン症の閉経後女性のうち、過剰莢膜症は9.3%、卵巣は2.7%——腫瘍よりも過剰莢膜症のほうが多い。
  • テストステロン値・男性化徴候の強さだけでは腫瘍と確定的に鑑別できない。は正常にとどまり、画像は→と進めるが検出に失敗することもあり、確定診断は手術後の病理組織で行う。
  • 治療はが標準。術後テストステロンは劇的に低下しも改善しうるが、・など不可逆的な徴候も残りうる。は手術に代わる確実な選択肢ではない。

出典

  1. 1.Society for Endocrinology Clinical Practice Guideline for the Evaluation of Androgen Excess in Women(Society for Endocrinology・2025)Table 1が卵巣過剰莢膜症(OHT)と卵巣男性化腫瘍(VOT)を並べて比較し、OHT行に"Increased serum T ranging from mild to severe (sometimes > 10 nmol/L) elevation"、VOT行に"Increased serum T usually > 5 nmol/L. T > 10 nmol/L more likely VOT than OHT."と明記していること(10 nmol/Lの閾値はOHTとの対比で述べられている)、同表でOHTの有病率が高アンドロゲン症の閉経後女性の9.3%、VOTが2.7%であること、閉経後は卵胞がほとんど残らずアンドロゲンをエストロゲンへ芳香化できなくなる一方でLHは高濃度で持続し、間質のLeydig様細胞がLHの支配下でアンドロゲンを産生すること、高インスリン血症も駆動因子として働くこと、MRIが卵巣腫瘍と卵巣過剰莢膜症の鑑別について感度83%・特異度80%であること、GnRHアナログ試験でテストステロンが50%以上抑制されればゴナドトロピン依存性の卵巣性高アンドロゲン症を確認できるがOHTとVOTで反応が重なること、閉経後女性で明らかな片側病変が無ければ両側卵巣摘出を選ぶことを確認した。閲覧 2026-09-07
  2. 2.Ovarian Hyperthecosis Presenting With Postmenopausal Virilization and New-Onset Type 2 Diabetes(JCEM Case Reports・2025)高インスリン血症それ自体が卵巣のインスリン受容体・IGF-1受容体を介して間質のLuteinization(黄体化)とアンドロゲン産生を促し、同時に肝臓でのSHBG産生を抑制して遊離テストステロンをさらに増加させるという双方向性の機序があること、高アンドロゲン血症が内臓脂肪沈着と炎症経路の亢進を介して脂質代謝に悪影響を及ぼしインスリン抵抗性を悪化させること、組織学的には好酸性で空胞を伴わない細胞質と類円形の核を持つ黄体化した卵巣莢膜細胞がストリフォーム状(渦巻き状)に増殖する像を呈すること、通常の画像検査(経腟超音波・CT・MRI)が基礎病変の検出に失敗しうるため確定診断には手術後の病理組織学的検査を要すること、本症例で両側卵管卵巣摘出後6か月でHbA1cが9.2%(77 mmol/mol)から6.5%(48 mmol/mol)へ改善したこと、糖尿病のない健常閉経後女性35例を対象とした無作為化比較試験でメトホルミン投与により遊離テストステロンが19%減少したことを確認した。閲覧 2026-09-07
  3. 3.Postmenopausal Hyperandrogenism due to Ovarian Hyperthecosis(Case Reports in Obstetrics and Gynecology・2023)原文で"ovarian stromal hyperplasia or hyperthecosis is a functional, non-neoplastic disorder"であり"luteinized thecal cells within a hyperplastic ovarian stroma"を特徴とすること、生殖年齢女性の1%未満に生じ閉経後女性でより多いこと、閉経後の過剰莢膜症患者の平均年齢が50歳で症状出現から平均4〜5年を経て診断されること、症状として脱毛症・進行性多毛症・クリトリス肥大・声の低音化・筋肉量増加を来し多毛症は97%に見られること、テストステロン140 ng/dL超は非腫瘍性より腫瘍の存在を強く示唆し200 ng/dL超は年齢を問わず卵巣腫瘍を予測し312.5 ng/dL超では腫瘍である可能性が31.7倍に上がること、声の低音化と筋肉肥大を伴う患者はかえって過剰莢膜症である可能性が8.5倍高いこと、経腟カラードプラ超音波が画像検査の第一選択で卵巣の腫大とヘテロな間質パターンが過剰莢膜症を示唆すること、腫瘍を検出できなければ骨盤MRIを追加すること、低用量デキサメサゾン抑制試験・GnRHアゴニスト抑制試験・卵巣静脈および副腎静脈カテーテル採血という補助的鑑別法があること(後者は通常は推奨されない)、両側卵管卵巣摘出術後にテストステロンが483.42 ng/dLから1か月後13.4-13.77 ng/dLへ劇的に低下したこと、術後に多毛症は改善する一方で脱毛症とクリトリス肥大の改善はわずかまたは無いことを確認した。閲覧 2026-09-07