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Disease Atlas · 運動器 · 外傷

後十字靱帯損傷

Posterior cruciate ligament injury

別名
後十字靭帯損傷PCL損傷
臓器系
運動器
科目
Traumatology and OrthopedicsMacroscopic Anatomy and Embryology (Macroscopic Anatomy)
トピック
外傷学 29:膝靱帯損傷の受傷機転・診断・治療解剖学 6.3:下肢:膝と膝窩
鑑別疾患
前十字靱帯損傷膝関節脱臼膝後外側支持機構損傷
合併症
変形性関節症
関連疾患
多靱帯膝損傷
症状
腫脹

🧠 全体像:(PCL)は脛骨が後ろへずれるのを止める一次であり、90°以上の屈曲では回旋のも担う1。この一文から、(屈曲した膝の脛骨前面を後ろ向きに突かれる)も、(脛骨を後ろへ押す/で落ち込ませる)も導ける。⚠️ との対比で覚えるのが最短である——ACLは治らないがPCLは治る。ただし「伸びたまま」治る1。だから急いで正しい位置で固定することに意味があり、リハビリテーションはACLの鏡像になる(を使い、を使わない)2。

解剖と機能

PCLは(大きいほう)との2束からなり、膝で最大のである1。の外側面(の天井と)からへ走る。

  • に対する一次。 本総説がまとめる2つの研究では、PCLを完全にさせると90°屈曲位でが11.4〜11.7 mm増加した1。
  • 90°以上の屈曲では・の制限にも関与する1。「だけ」ではない。
  • が脛骨付着部に隣接するため治癒能力が高い1。ACLがに浸されて血流に乏しく自然治癒しないのと、ここが決定的に違う。

⚠️ しかし「治る」は「元に戻る」ではない。 保存治療された慢性は、との後方への牽引によって、伸びた(弛緩した)位置で治癒しやすい1。伸びたまま癒えたPCLは機能を制限し、疼痛とにつながる。だから急性期に、後方への落ち込みを防ぐ姿勢で固定を始めることが治療そのものになる。

受傷機転と疫学

  • ——交通事故で屈曲した膝の脛骨前面が後方へ突かれる1。
  • 足をさせた状態で膝から転倒する1。
  • スポーツでは、屈曲した膝への外力が部を後方へ押す形で起こる1。
  • が6°未満に平坦化している人はリスクが高いと近年報告されている1。後方への力に対してにかかる負荷が増えるためである。

⚠️ 単独損傷はむしろ少数派。 単独の頻度は報告により7〜47%と幅があり、他の構造を伴う複合損傷が53〜58.5%以上と報告されている1。PCL損傷を見つけたら、そこで診察を終えない。

⚠️ 見逃されやすい

ACLのような分かりやすい急性像が出ない。 患者はを聞かず、即時の腫脹もしにくい1。

急性期 亜急性・慢性期
訴え 膝後面の腫脹・疼痛・こわばり、素早い動作での不安定感 、走行中の時や坂・を降りるときの不安定感

💡 「」で受診する慢性PCL損傷という経路が、この疾患を内科的なやの問題として処理させてしまう。と下り坂で困るという訴えが手掛かりになる。

診断

徒手検査

単独の検査では決まらない。感度と特異度が大きく違うので、組み合わせて使う1。

検査 感度 特異度
69.0% 98.0%
(Godfrey)試験 79.0% 100%
75.0% 98.0%
95.5% 97.1%
75.0% 58.0%
reverse pivot shift 22.5% 95.0%

⚠️ はに特異的ではない。 感度75.0%・特異度58.0%であり1(⚠️ この値は総説の表が Norris 2018 から引いたもので、原著のが孤立性に対して掲げる感度・特異度とは一致しない。原著が未取得なので、どの解析に対応するかは確定していない)、PCL・ACL・の損傷でも陽性になりうる。

⚠️ グレードの数字は「何で測ったか」で変わる

同じI〜III度でも、で測るかで測るかで閾値が違う1。文献の数字を比べる前に、どちらの基準かを確かめる。

グレード () ()
I 0〜5 mm未満 0〜8 mm未満
II 5〜10 mm 8〜12 mm()
III 10 mm超 12 mm超(複合損傷)
感度69.0%・特異度98.0% 感度93.5%・特異度84.2%

💡 この表は「検査は取りこぼす(感度が低い)、撮影は取りこぼさないが偽陽性が出る(特異度が下がる)」という関係をそのまま示している。 疑ったらで拾い、確定は所見全体で行う。

画像

  • が急性PCLを描出する標準である1。合併する・・腱・軟骨の損傷も同時に評価できる2。
  • ⚠️ は膝の機能を評価できず、瘢痕を伴う慢性ではが落ちる2。慢性例で「で連続しているからしていない」と判断しない。
  • 単純X線で骨折・を除外し、を伴う例ではが有用である2。

治療

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='posterior cruciate ligament injury'>後十字靱帯損傷</span>を疑う"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='magnetic resonance imaging'>MRI</span>で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='rupture (tear)'>断裂</span>と合併損傷を確認"]
    B --> C{"複合損傷か"}
    C -->|"複合・多<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ligament'>靱帯</span>"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='knee dislocation'>膝関節脱臼</span>を念頭に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neurovascular assessment'>神経血管評価</span><br>専門施設で手術を検討"]
    C -->|"単独"| E{"グレードは"}
    E -->|"I度・II度<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='posterior tibial translation'>脛骨後方移動</span>1〜10 mm)"| F["監督下の構造化された<br>促進的リハビリテーション"]
    E -->|"II度を超えて進行する弛緩性"| G["再建を検討"]
    F --> H["15週以降に診察・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='stress radiography'>ストレス撮影</span>で治癒を確認"]
    H --> I{"弛緩性が残るか"}
    I -->|"残る/活動要求が高い"| G
    I -->|"改善"| J["段階的に活動へ戻す"]

⚠️ どこから手術かは、2つの現行文献で食い違っている。

保存治療でよい範囲 手術を勧める閾値
総説(2026)1 単独のI度のみ。には差8 mm未満の・30°屈曲位でのの異常5°未満・の非合併 II度以上、またはで差8 mm以上
17か国のDelphi合意(2025)2 単独のI度(1〜5 mm)とII度(6〜10 mm) II度を超えて弛緩性が進行する場合、および活動要求のある後方不安定性

💡 食い違いの正体は「II度をどちら側に置くか」だけである。 どちらもIII度は手術、I度は保存で一致している。⭐ II度は「まずリハビリテーションを試し、進行すれば再建」という時間軸で読むと両者は接続する——Delphi合意も「弛緩性がII度を超えて進行するなら手術」としており、固定した閾値ではなく経過で決めている。

  • 単独のI度・II度は、まず保存治療。 17か国90人のによるDelphi合意は、単独のI度(1〜5 mm)とII度(6〜10 mm)では初回再建に代えて監督下の構造化された促進的リハビリテーションを推奨した(適切性7.46・同意7.36)2。
  • 保存治療の中身は3か月の監督下・・・と・・体幹の段階的強化で、通常15週以降に診察やで治癒をに確認する2。
  • 手術へ移る条件は、弛緩性がII度を超えて進行すること(軟骨・のさらなる損傷を防ぐため)、およびの要求がある後方不安定性——とくにアスリート2。再建の時期は受傷からのではなく臨床状態で決める2。
  • 二重束か一重束か。 は一重束より安定性で優れると示されている1が、同意は分かれた——技術的難度が高く、初心者ではが高いためである(この推奨だけ同意6.68と他より低い)2。

⚠️ リハビリテーションは前十字靱帯の鏡像である

ここがPCL損傷でいちばん実務的な要点である。 は脛骨を後方へ引くので、PCLにとっては敵になる。

避ける筋活動 の(脛骨を前方へ引く) の(脛骨を後方へ引く)2
優先する筋活動 の2
可動域を制限する 脛骨の後方偏位を防ぐ。当初はで固定2
  • 経過は最初の1〜6週が保護期、6〜12週が機能回復の移行期2。
  • では、はPCLへの張力が低いためより早期に導入する2。
  • 筋力がの90%に達したら次の段階へ進む2。
  • は、再建後で通常9か月以上のと筋力の回復を要する。保存治療後の復帰時期には明確な基準が無い2。

合併症

時期 内容
保存治療 弛緩性、、、、2
術中 、、脛骨・の骨折、、による合併症2
術後 、、、疼痛、、感染2

⚠️ 初期のは、単独PCL損傷ではなくに由来する2。はしたでありうるので、外観が正常でもを除外する。

⚠️ 推奨の土台になっているエビデンスは弱い

ドイツ学会の2025年Delphi声明は、単独PCL損傷について31の推奨文を作り24項目で80%以上の合意(83〜100%)に達したが、7項目は80%未満(63〜74%)にとどまった3。より重要なのは根拠の格付けで、31項目のうち17項目が(GRADEでは非常に低い)、12項目が症例集積(低い)、中等度に達したのはわずか2項目である3。

意見が最も分かれたのは、と脛骨傾斜の評価およびの適応、補強材の使用、術後リハビリテーションのプロトコルであった3。の数字を「決着した基準」として暗記しない。

まとめ

  • PCLはに対する一次で、90°以上の屈曲では回旋もする。が典型。
  • ACLと違って治るが、伸びたまま治る。 が近く血流はあるが、とが後方へ引き続けるため、早期にを防ぐ固定が要る。
  • 単独損傷は7〜47%にとどまり、複合損傷が53〜58.5%以上。PCLを見つけたら他のと神経血管を必ず評価する。
  • も即時腫脹も出にくく見逃されやすい。慢性期はと、・下り坂での不安定感で現れる。
  • ⚠️ グレードの閾値は(I:0〜5 mm未満、II:5〜10 mm、III:10 mm超)と(I:0〜8 mm未満、II:8〜12 mm、III:12 mm超)で違う。
  • ⚠️ II度の扱いは文献で割れる。 総説は「II度以上または差8 mm以上で手術」、Delphi合意は「単独のI度・II度は監督下の構造化リハビリテーションが第一選択で、II度を超えて進行したら再建」。III度は手術、I度は保存で一致している。
  • ⚠️ リハビリテーションはACLの鏡像。のを避け、を優先し、は脛骨の後方偏位を防ぐ。
  • 推奨の多くはの水準にとどまる。数字を絶対視しない。

出典

  1. 1.Current standards for the objective assessment and management of posterior cruciate ligament tears: a narrative review(Annals of Joint・2026)後十字靱帯が脛骨後方移動に対する一次制動であり90°以上の屈曲では内旋・外旋の制限にも関与すること、前外側束と後内側束の2束からなり膝で最大の関節内靱帯であること、本総説がまとめる2つの生体力学研究では後十字靱帯完全断裂により90°屈曲位で脛骨後方移動が11.4〜11.7 mm増加したこと、脛骨後方傾斜が6°未満に平坦化していると断裂リスクが上がると近年報告されていること、単独断裂の頻度が報告により7〜47%と幅があり、他靱帯を合併する複合損傷が53〜58.5%以上と報告されていること、前十字靱帯損傷と違って断裂音や即時の腫脹を自覚しにくく見逃されやすいこと、中膝動脈が脛骨付着部に隣接するため治癒能力が高い一方、保存治療された慢性断裂は重力とハムストリングスの後方への牽引によって伸びた(弛緩した)位置で治癒しやすいこと、徒手検査の感度・特異度が後方引き出し試験69.0%・98.0%、後方落ち込み(Godfrey)試験79.0%・100%、大腿四頭筋活動試験75.0%・98.0%、内旋試験95.5%・97.1%、ダイアルテスト75.0%・58.0%、reverse pivot shift 22.5%・95.0%と報告されていること、後方引き出し試験による主観的グレード分類(I度0〜5 mm未満、II度5〜10 mm、III度10 mm超の脛骨後方移動)と膝立ちストレス撮影による客観的分類(I度0〜8 mm未満、II度8〜12 mm=完全断裂、III度12 mm超=複合損傷)が別の閾値であること、ストレス撮影の感度93.5%・特異度84.2%が後方引き出し試験の69.0%・98.0%と対照的であること、MRIが急性の後十字靱帯断裂を描出する標準であること、単独I度断裂の保存治療の客観的適応が健側差8 mm未満の脛骨後方移動・30°屈曲位での内旋外旋の異常が5°未満・側副靱帯損傷の非合併であること、II度以上または健側差8 mm以上で手術が推奨されることが多いこと、二重束再建が一重束再建より客観的安定性で優れると示されていること閲覧 2026-09-03
  2. 2.Management of posterior cruciate ligament injuries: an expert consensus from 17 countries(International Journal of Surgery・2025)17か国90人の整形外科・スポーツ医学の臨床家が2巡の修正Delphi法で11の推奨文に合意したこと、病歴と身体所見で後十字靱帯損傷が疑われればMRIを推奨すること(適切性8.45・同意8.45)、単独のI度(脛骨後方移動1〜5 mm)およびII度(6〜10 mm)では初回再建に代えて監督下の構造化された促進的リハビリテーションを推奨すること(適切性7.46・同意7.36)、弛緩性がII度を超えて進行する場合は軟骨・半月板のさらなる損傷を防ぐため手術を推奨すること、身体活動の要求がある後方不安定性の患者、とくにアスリートには再建を推奨すること、単独損傷における再建の時期は受傷からの経過時間ではなく臨床状態で決めるべきこと、二重束は一重束より安定性と生体力学に優れるが技術的難度と初心者での合併症率が高いこと(この推奨は同意6.68と他より低かった)、MRIが膝の機能を評価できず瘢痕を伴う慢性断裂では信頼性が落ちること、保存治療が3か月の監督下理学療法・抗炎症薬・可動域訓練・大腿四頭筋とハムストリングス・股関節内転筋・体幹の段階的強化からなり、通常15週以降に臨床診察やストレス撮影で治癒を客観的に確認すること、リハビリテーションが最初の1〜6週の保護期と6〜12週の移行期からなること、装具で脛骨の後方偏位を防ぎ当初は完全伸展位で固定すること、開放性運動連鎖では大腿四頭筋を優先しハムストリングスの開放性運動連鎖は避けるべきこと、レッグプレスは後十字靱帯への張力が低いためスクワットより早期に導入されること、大腿四頭筋筋力が健側の90%に達したら次の段階へ進めること、再建後の競技復帰には通常9か月以上の理学療法と大腿四頭筋筋力の回復を要すること、保存治療後の復帰時期には明確な基準が無いこと、保存治療の合併症が弛緩性・拘縮・膝痛・変形性関節症・反射性交感神経性ジストロフィーであり、術中合併症に神経血管損傷・大腿骨内顆骨壊死・脛骨や膝蓋骨の骨折・コンパートメント症候群、術後合併症に遺残弛緩性・拘縮・膝前部痛・インプラント疼痛・異所性骨化・感染があること閲覧 2026-09-03
  3. 3.Treatment of isolated injuries of the posterior cruciate ligament-A 2025 Delphi-based structured expert statement by the ligament injury committee of the German Knee Society(Knee Surgery, Sports Traumatology, Arthroscopy・2025)ドイツ膝関節学会の靱帯損傷委員会が15人の膝外科医による修正Delphi法で31の推奨文を作成し、24項目で80%以上(83〜100%)の合意に達した一方7項目は80%未満(63〜74%)だったこと、合意が最も高かったのが画像診断のモダリティ・脛骨側剝離骨折の治療・再建における自家後十字靱帯線維の温存であり、下肢アライメントと脛骨傾斜の評価および矯正骨切り術の適応・補強材の使用・術後リハビリテーションのプロトコルで最も意見が分かれたこと、文献のエビデンス水準が全体に低〜中等度で、31項目のうち17項目が専門家意見(E、GRADEでは非常に低い)、12項目が症例集積(C、低い)に格付けされ、B2(中等度)に達したのは2項目のみだったこと(抄録のみを閲覧しており全文は未取得)閲覧 2026-09-03