疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 運動器 · 外傷

膝関節脱臼

Knee dislocation

別名
膝脱臼
臓器系
運動器
科目
Traumatology and Orthopedics
トピック
外傷学 04:関節脱臼の受傷機転・診断・治療外傷学 29:膝靱帯損傷の受傷機転・診断・治療
鑑別疾患
後十字靱帯損傷前十字靱帯損傷膝蓋骨脱臼
合併症
総腓骨神経麻痺コンパートメント症候群変形性関節症
関連疾患
多靱帯膝損傷膝後外側支持機構損傷
症状
関節内出血腫脹知覚異常毛細血管再充満時間延長

🧠 全体像:は「膝の主要4本のうち2本以上が破綻し、多方向に不安定になった状態」であり、整形外科的緊急症である。しかし救急外来でいちばん多い姿は「している膝」ではなく——すでにされて、外見上ただ腫れているだけの膝である。だから覚えるべき順序は逆向きになる:を見て血管を調べるのではなく、を見たらだったと考えてを調べる。は上下2か所で固定されて逃げ場がなく、も乏しいので、見逃せば下肢を失う。

定義と分類

軸 何を見る分類か 臨床での使いどころ
どのが切れているか(KD-I〜V。Vは骨折を伴う) 再建すべき構造の計画。例でも適用できる
脛骨がどちらへ転位したか 受傷時の外力の推定。整復されると使えなくなる

疫学と受傷機転

まれな損傷で、主に若い男性に生じる。多くは・墜落などのによるが、でも起こりうる(スポーツ中の単純な捻転や転倒)。肥満は危険因子である1。

⚠️ 「大した外力ではなかった」は否定の根拠にならない。 と肥満で起こるは、救急での警戒度が下がりやすいうえ、体格のために神経血管の診察そのものが難しい。

見逃しの構造——自然整復

⭐ 初診時にされている率が高く、そのために診断が難しい1。整復されてしまえば、単純X線は正常、外見も「腫れた膝」でしかない。そこで診断の入口が変わる。

⚠️ を見たら、したとして扱う。 の診察で複数方向の弛緩に気づいたとき、それは「が2本切れている膝」ではなく「していた膝」である。⚠️ ただし「された腫れた膝」で最も多いのはである。との圧痛が陽性で、多方向の不安定性が無ければそちらを考える——名前は似ているががまったく違う。高度のと腫脹、著明な、部の皮下出血、皮膚の(内側からのでを示唆する)が手がかりになる。

血管損傷——この疾患の中心

なぜ膝窩動脈が切れるのか

は近位で、遠位でに固定されており、その間の区間は膝が・転位しても逃げられない。膝周囲のは細く、閉塞したときに末梢を養う能力が乏しい。この2点が「膝のだけが下肢を失わせうる」理由である。

頻度

862例のでは、血管損傷が18%(171例)、神経損傷が25%(272例中75例)に生じていた。血管損傷例の80%(160例中134例)がを受け、そのうち12%(134例中22例)が切断に至っている2。

評価

⚠️ 「脈が触れるから大丈夫」とは言えない。 は当初脈拍を保ったまま経過し、遅発性にして虚血に至りうる。脈拍の触知だけを根拠に帰宅させてはならない。

()が実用的な入口になる。38例の前向き研究では、 0.90未満の11例(29%)は全例が手術を要する動脈損傷で、 0.90以上の27例は診察とで血管損傷を認めなかった( 0.90未満の感度・特異度・いずれも100%、0.90以上の100%)。著者らは、全例になを行うことは支持されないとしている3。

⚠️ が正常でも終わりではない。 上の研究で 0.90以上の患者は帰宅させられたのではなく、固定のうえ入院し、な診察となを受けている3。は「造影を省いてよいか」を決めるであって、「観察を省いてよいか」を決めるではない。

💡 診断法に世界的な合意は無い。 上記のレビューでも用いられた診断法は61%、・各22%、 17%、9%とばらついており、著者らは「見逃しの重大さに鑑みて動脈損傷の除外は慎重側に倒すべきである」と述べるにとどめている2。「この検査さえ通れば安全」と言える単一の手順は無いという前提で、除外は慎重側に倒す。

神経損傷とコンパートメント症候群

flowchart TD
    A["高度の腫脹・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='multidirectional instability'>多方向不安定性</span>の膝"] --> B{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dislocation'>脱臼</span>位のままか"}
    B -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dislocation'>脱臼</span>位"| C["ただちに<span class='jp-term jp-term-diagram' title='closed reduction'>徒手整復</span>し<span class='jp-term jp-term-diagram' title='splinting'>副子固定</span>"]
    B -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='spontaneous detorsion'>自然整復</span>済み"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='spontaneous detorsion'>自然整復</span>した<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dislocation'>脱臼</span>として扱う"]
    C --> E["整復前後で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neurovascular findings'>神経血管所見</span>を記録"]
    D --> E
    E --> F{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hard signs'>硬性徴候</span>:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pulsatile bleeding'>拍動性出血</span>・拡大する血腫<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='pulselessness'>脈拍消失</span>・虚血徴候"}
    F -->|"あり"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='emergency revascularization'>緊急血行再建</span>(画像で遅らせない)"]
    F -->|"なし"| H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ankle-brachial index, ABI'>足関節上腕血圧比</span>を測定"]
    H --> I{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ankle-brachial index'>ABI</span> 0.90未満か"}
    I -->|"0.90未満"| J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='computed tomography'>CT</span><span class='jp-term jp-term-diagram' title='angiography'>血管造影</span>と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='extravascular'>血管外</span>科へのコンサルト"]
    I -->|"0.90以上"| K["固定して入院<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='serial'>経時的</span>な神経血管診察と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Doppler ultrasonography'>超音波ドプラ</span>"]
    K --> L["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='compartment pressure'>区画内圧</span>上昇・遅発性虚血の監視"]
    L --> M["安定後に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='magnetic resonance imaging'>MRI</span>で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ligament'>靱帯</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='menisci'>半月板</span>・軟骨を評価"]
    J --> M
    M --> N["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ligament'>靱帯</span>の修復・再建を計画"]

治療

  1. ただちに整復する。 は鎮痛下に牽引で行い、整復の前後で必ずを記録する。皮膚のがある後外側は内側のによりできないことがあり、を要する。
  2. 安定化する。 ・で固定する。不安定性が強い、血管損傷の修復を行った、・であるといった場合にはを用いる。
  3. 血管損傷があれば整形外科より血管の再建を優先する。 虚血時間が予後を決める。
  4. のは損傷の重症度に応じ、再建または修復とを組み合わせる。急性期の腫脹・皮膚状態と、のリスクを見ながら時期を決める1。
  5. 後療法は個別に組む。 膝の安定性と機能の回復が目標で、固定期間との開始時期は実施した術式に合わせる1。

合併症と予後

(可動域制限)、、、術後感染、が起こりうる。長期的には症候性のの発症リスクが高い1。血管損傷を伴った例では切断のリスクを負う2。

まとめ

  • は主要4本のうち2本以上が破綻したの損傷で、整形外科的緊急症である。
  • 初診時にされていることが多い。 を見たらしたとして扱う。
  • 分類はSchenck(関与する)とKennedy(方向)の2系統。整復後はが実用的になる。
  • 血管損傷は18%、神経損傷は25%に生じ、血管損傷例の12%が切断に至る。
  • ⚠️ 脈が触れることは動脈損傷を否定しない。を測り、0.90未満なら・科へ、0.90以上でも入院してな診察を続ける。
  • と(とくに後の再灌流)を繰り返し確認する。
  • 治療は即時整復・安定化・を優先し、の再建は損傷形態と全身状態を見て計画する。長期にはのリスクが残る。

出典

  1. 1.Treatment of acute knee dislocations(Die Unfallchirurgie・2024)膝関節脱臼を、膝の4本の主要な靱帯性安定化機構のうち少なくとも2本が損傷し多方向不安定性を生じる重篤な損傷と定義していること。膝窩動脈と腓骨神経が同時に損傷されうること、血管損傷を伴う脱臼は下肢を脅かしうる損傷であること。初診時に自然整復されている率が高いため診断が困難でありうること。まれな損傷で主に若い男性に生じ、多くは高エネルギー外傷によるが低エネルギー外傷でも起こりうること、肥満が危険因子であること。分類は関与する解剖学的構造と脱臼方向に基づくこと。急性期治療は整復と安定化であり、血管・神経・伸展機構・軟骨の損傷、骨折、半月板損傷といった合併損傷が治療方針と予後を左右すること。最終的な手術治療は重症度により靱帯再建または修復と装具治療を含むこと。合併症として関節線維症・腓骨神経麻痺・コンパートメント症候群・術後感染・再発性不安定性が起こりうること、長期的に症候性の変形性関節症の発症リスクが高いこと(抄録のみを閲覧しており全文は未取得)閲覧 2026-09-02
  2. 2.Vascular and nerve injury after knee dislocation: a systematic review(Clinical Orthopaedics and Related Research・2014)英語文献のシステマティックレビューで膝関節脱臼862例を同定し、うち171例に血管損傷があり重みづけ頻度は18%であったこと。神経損傷の頻度は25%(272例中75例)であったこと。血管損傷の80%(160例中134例)が修復術を受け、血管損傷例の12%(134例中22例)が切断に至ったこと。診断法として選択的血管造影が最も多く用いられ(23件中14件、61%)、非選択的血管造影と超音波ドプラが各22%(23件中5件)、足関節上腕血圧比が17%(23件中4件)、MR血管造影が9%(23件中2件)であったこと。プールしたデータからは理想的な診断法や修復の適応について結論を導けず、診断・治療アルゴリズムについて臨床家の間に合意が無いこと、見逃しの重大さに鑑みて動脈損傷の除外は慎重側に倒すべきであると結論していること(抄録のみを閲覧しており全文は未取得)閲覧 2026-09-02
  3. 3.The value of the ankle-brachial index for diagnosing arterial injury after knee dislocation: a prospective study(The Journal of Trauma・2004)膝関節脱臼38例を対象とした前向き研究で、脈拍の診察と足関節上腕血圧比(ABI)を評価し、ABIが0.90未満の患者に血管造影を行い、0.90以上の患者は固定・入院のうえ経時的な診察と待機的な動脈超音波ドプラで評価したこと。38例中11例(29%)がABI 0.90未満で、その11例すべてに手術治療を要する動脈損傷があったこと。残る27例はABIが0.90以上で、経時的な臨床診察と超音波ドプラでは血管損傷が検出されなかったこと。ABI 0.90未満の感度・特異度・陽性的中率はいずれも100%、ABI 0.90以上の陰性的中率は100%であったこと。ABIは迅速・信頼性が高く非侵襲的であり、膝関節脱臼の全例に定型的な血管造影を行うことは支持されないと結論していること(抄録のみを閲覧しており全文は未取得)閲覧 2026-09-02