Genetics

Genetics · 11.1

ファーマコゲノミクスとニュートリゲノミクス

Pharmacogenomics and nutrigenomics

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W13Lecture / 講義

🧠 は「同じ薬・同じ用量でも、なぜ患者ごとに効果も副作用も違うのか」という臨床の疑問への体系的な答えとして読む。 答えの大部分(60〜80%)はにあり、中毒症例とワルファリン用量表という2つの実例が、CYP450酵素多型が「」をどう定量的に決定するかを具体的に示す。後半のは同じ論理を食事に適用する——「あなたに最適な食事は、あなたの遺伝子型に依存する」。

薬物有害反応の基礎

「通常の予防・診断・で生じる、有害かつ意図しない薬物反応」(WHO、1972年)。は米欧の入院の約6%の原因

特徴
A型(Augmented、増強型) よくある、に関連、
B型(Bizarre、=idiosyncrasy) まれ、、予測不能、死亡率が高い

の60〜80%はに起因する——米国で年間10万人超、EUで入院の6%が関連。「治療するか否か」ではなく「個別化・治療(personalized/tailored treatment)」への転換が現代の答え——用量を患者に合わせる、または代替治療を検討する。

用量に影響する多因子: 遺伝子、胎内環境、年齢、因子、、疾患、薬物相互作用、肝・腎機能、等——すべてを考慮して初めて最適な治療となる。

💡 「適切な患者に、適切な時に、適切な治療を」は何千年も前からの理想——目新しいのは、それを可能にする科学の名前だけ。 紀元前5世紀、ピタゴラスの深いうつ状態に対し・禁欲・という個別化された治療が施され改善したという逸話が伝わる——の理想自体は古く、現代のはそれを実現する科学的基盤を与えたにすぎない。

薬理遺伝学 vs 薬理ゲノミクス

定義
性を扱う学問——が薬物反応にどう影響するかを研究
遺伝子プール全体と、遺伝子産物-薬物間相互作用を体系的に研究する学問——治療標的の同定も含む

が変化させうる領域:(pharmacokinetics:生体が薬物に及ぼす作用=の時間変化)(薬物が生体に及ぼす作用)(予測不能な副作用)

薬物動態と遺伝的変異:ADME

遺伝的バリアントは吸収・分布・代謝・排泄の各段階、および受容体・イオンチャネル・酵素・免疫系に影響しうる。非遺伝的要因(肝・腎機能、)もADMEに関与する。

症例:MDR1遺伝子とジゴキシン吸収

多剤耐性タンパク1(MDR1、P-糖タンパク=P-gp)に発現し、ジゴキシン(治療域が狭い薬物)のを規定する。

MDR1遺伝子型 腸管P-gp量 正味の腸管ジゴキシン取り込み 血漿ジゴキシン濃度
2677GG/3435CC
2677TT/3435TT

薬物代謝:解毒の3段階

解毒=異物のクリアランス速度を高める

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Nonpolar'>非極性</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='parent compound'>親化合物</span>"]
  A --> B["第I相:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chemical modification'>化学修飾</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Group'>官能基</span>付加)<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='cytochrome P450, CYP'>シトクロムP450</span>(CYP)、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='FMO'>フラビンモノオキシゲナーゼ</span>、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='MAO'>モノアミン酸化酵素</span>、エステラーゼ(AChE・BChE・PON)、アルデヒド酸化酵素、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ALDH1A1'>アルデヒド脱水素酵素</span>、アルドケト還元酵素"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intermediary metabolism'>中間代謝</span>物"]
  C --> D["第II相:抱合<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='UDP-glucuronosyltransferase, UGT'>UDP-グルクロン酸転移酵素</span>(UGT)、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='SULT'>硫酸転移酵素</span>、N-<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acetyltransferase'>アセチル転移酵素</span>、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='glutathione'>グルタチオン</span>S転移酵素(GST)"]
  D --> E["極性・水溶性分子"]
  E --> F["第III相:排出<br>P糖タンパク、ABCトランスポーター"]

CYP450はの92%に関与する——1,000種を超える酵素ファミリーのうちヒトで機能するのはわずか50種。 CYP450は主に肝臓で発現し、民族集団により頻度の異なる多数の遺伝子をもつ——薬物・異物を酸化し、①極性を高め排泄を促進する(での再吸収を減少)、②第II相代謝の基質に変換する、という2つの機能を担う(反応式:RH + O₂ + NADPH + H⁺ → ROH + H₂O + NADP⁺)。

代謝表現型の4分類

表現型 遺伝子型 血漿中
不活性アレル×2(酵素タンパクが形成されない) 高(毒性域に達しうる)
、片方のアレルが不活性 やや高
(EM:extensive/normal metabolizer) 野生型×2 正常
野生型+アレル、またはアレルの重複(遺伝子重複) 低(治療域に達しない)

主要CYP酵素の集団内多型

酵素 多型の概要
CYP1A2 代謝速度に(速い・中間・遅い)
CYP2B6 白人集団の3〜4%で欠損
CYP2C9 白人集団の1〜3%で欠損
CYP2C19 不活性酵素保有者:白人3〜6%、アジア人15〜20%
CYP2D6 :欧州人5〜8%、白人10%、日本人<1%——アフリカ系・アジア系の一部集団では遺伝子重複によるも見られる
CYP3A4 変異は少ない

薬・ 阻害薬(遮断薬、、スターフルーツ)は酵素活性を低下、、抗ウイルス薬、/St. John’s wort)は酵素活性を上昇させる——薬物単独の効果ではなく、遺伝子型×併用物質の組み合わせで最終的な血中濃度が決まる。

症例:コデインからモルヒネへ——CYP450多型による中毒

両側肺炎・発熱・咳嗽の患者(クレアチニン2.0mg/dL)にを処方——4日後、昏睡状態でモルヒネ中毒の症状を呈し、(抗モルヒネ薬)投与で改善。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='codeine'>コデイン</span>(内服量の約10%が活性化経路へ)"]
  A -->|"CYP2D6"| B["モルヒネ(鎮痛効果)"]
  A -->|"CYP3A4"| C["ノル<span class='jp-term jp-term-diagram' title='codeine'>コデイン</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inactive metabolite'>不活性代謝物</span>)"]
  B -->|"UGT2B6(10〜15%)"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='morphine-6-glucuronide (M6G)'>モルヒネ-6-グルクロニド</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='active metabolite'>活性代謝物</span>)"]
  B -->|"50〜70%"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='morphine-3-glucuronide (M3G)'>モルヒネ-3-グルクロニド</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inactive metabolite'>不活性代謝物</span>)"]

の結果:CYP2D6遺伝子4コピー(遺伝子重複による)——通常はの約10%しかモルヒネに変換されないが、この患者ではCYP2D6の重複により変換が著しく亢進し、モルヒネおよびその)が過剰産生され中毒に至った。加えてによるCYP3A4阻害が、をノル(不活性)へ逃がす経路を減弱させ、CYP2D6経路への振り分けをさらに促進した可能性がある——尿中代謝物濃度は・モルヒネ・両抱合体のすべてでを大きく上回っていた。

CYP2D6は「削除」と「重複」の両極端を示す、的に特異な遺伝子。 世界的に3〜5%のアレル頻度で遺伝子が完全に欠失している一方、2〜12コピーのタンデム重複(集団によりアレル頻度1〜30%)も存在する——コード領域・プロモーター領域に80種類超の多型(SNP・InDel・・遺伝子変換)が同定されている。欧州には2,000〜3,000万人、超高代謝者1,500〜2,000万人が存在すると推定される。

薬理ゲノミクスバイオマーカーとFDA承認薬

FDAの一覧には500行超が掲載され(1薬物に複数のが対応することもある、例:ワルファリンは3行)、腫瘍領域が最多分野——CYP遺伝子ファミリーが最も頻繁に登場する遺伝子群

NAT2遺伝子とイソニアジド(結核治療薬)

N-は第II相で、(結核治療薬)を不活化する。

NAT2遺伝子型 アセチル化表現型 副作用
*5A/*5B、*5A/*6A、*5B/*5B、*5B/*6A、*6A/*6A 遅い(slow acetylator) 肝毒性・肝炎
*4/*5B、*4/*6A 中間
*4/*4 速い(fast acetylator) (治療濃度に達しない)

集団別の高速アセチル化者の頻度: カナダ先住民(エスキモー)95〜100%、ポリネシア人93%、日本人90%、ドイツ人43%、チェコ人40%、エジプト人18%、ハンガリー人43%——結核治療の個別化に直結する民族差。

MRP2遺伝子とメトトレキサート

MRP2メトトレキサート(自己免疫疾患・がん治療薬)とその(7-ヒドロキシメトトレキサート)の排泄を担う——MRP2変異はメトトレキサートの排泄障害・肝毒性・肝細胞がんと関連しうる。

薬力学と遺伝的変異:受容体標的

症例:喘息治療とADRB2遺伝子多型

β2を介したがβ2作動薬の作用機序——薬物反応のは1940年代から報告されており、60〜80%がに起因する。16番・27番アミノ酸位置の2つのコード変異(Gly16Arg、Glu27Gln)が重要。

⚠️ Arg/Arg遺伝子型(人口の16%がホモ接合)の喘息患者はβ2作動薬に耐性——効果が乏しいだけでなく副作用が増強しうる。 治療下でのは、Gly/Gly遺伝子型患者では改善したが、Arg/Arg遺伝子型患者ではと比較してむしろ悪化した——同じ薬・同じ疾患でも、遺伝子型によりそのものを変える必要がある実例。

症例:ワルファリン投与量の個別化

ワルファリンは死亡例の薬物有害事象で報告数第1位、重大出血の頻度は2〜16%(他の多くの薬物の0.1%と比較して著しく高い)。VKORC1(複合体サブユニット1)を阻害することで抗凝固作用を発揮し、CYP2C9により肝臓で代謝される。

の指標:INR()2.0〜3.0——低すぎれば効果不十分、高すぎれば出血リスク増大。

CYP2C9遺伝子型 VKORC1 GG(正常酵素活性) VKORC1 GA(中間酵素活性) VKORC1 AA(低酵素活性)
*1/*1(EM) 5〜7 mg/日 5〜7 mg/日 3〜4 mg/日
*1/*2, *1/*3(IM) 5〜7 mg/日 3〜4 mg/日 0.5〜2 mg/日
*2/*2, *2/*3, *3/*3(PM) 3〜4 mg/日 0.5〜2 mg/日 0.5〜2 mg/日

VKORC1アレル頻度の民族差: 白人でAA型19%・GG型25%、スペイン人でAA型32%、中国人でAA型80%、アフリカ系米国人でAA型0%・GG型79%——アジア系集団はワルファリン感受性が高く、より低用量を要する。VKORC1多型はアジア人・白人での用量変動の11〜32%を、アフリカ系米国人では4〜10%のみを説明する。

💡 INFINITI 2C9&VKORC1マルチプレックスアッセイのような臨床検査が、この2遺伝子の遺伝子型を一度に判定しワルファリン用量の個別化を支援する。

特異体質

の効果だけでは説明できない副作用——でも経路でもないタンパクをコードする遺伝子の変異が原因になりうる。標的臓器は通常肝臓(肝毒性)または皮膚(。例:(抗菌薬)による(24,000〜40,000人に1人)。

薬理ゲノミクスの創薬への応用

現行の治療薬は約400種のにしか作用していないが、潜在的なは少なくともその10倍存在すると推定される——ハイスループット・手法()が新規標的同定を加速しうる。薬の約20%の効果が、酵素をコードする遺伝子の多型に影響される。

の利点:処方の開発、②有害事象の最小化・排除、③有効性・の向上、④合理的の向上、⑤生涯に1回の的検査で足りる、⑥用量決定精度の向上、⑦疾患のスクリーニング・モニタリング、⑧より強力で安全なワクチン開発、⑨・開発の改善。

ニュートリゲノミクス

定義
遺伝子-栄養素相互作用をゲノムレベルで研究——健常者・非健常者双方が
との相互作用を研究

💡 「汝の食事を医療とし、医療を食事とせよ」——ヒポクラテスの箴言が、遺伝子レベルで再解釈される時代。

の重要性: ①栄養不良は健康問題・疾患を招く、②多くの遺伝性疾患の症状は適切な食事で軽減できる、③食品・は遺伝子発現に直接影響する、④食品の効果はに依存する、⑤健康的な栄養は多くの疾患の予防の一部、⑥食事関連疾患の早期段階のマーカーを見つけることで栄養介入による回復が可能になる。

代謝疾患とニュートリジェネティクス

疾患 症状
乳糖持続性の欠如( 下痢、嘔吐 MCM6(08-2-evolution-genetics持続性も参照) 乳糖除去食
精神症状 PAH(04-6-autosomal-recessive-inheritance-ar-i参照) 除去食
傾眠、黄疸、敗血症 GALE・GALK1・GALT 除去食
関節炎、 ビタミンC豊富な食事
セリアック病 潰瘍、腹痛 HLA遺伝子群 除去食
、筋力低下、 ・D・E+の摂取

症例:大豆由来フィトエストロゲンと前立腺がんリスク

ゲニステイン・ダイゼイン・クトロール・エクオール等の大豆由来フィトエストロゲンはα・β(ER-α, ER-β)に結合し、細胞増殖・成長・分化を調節する分子——乳がん・子宮がん・前立腺がんなどホルモン関連がんのリスク低減、閉経症状の軽減(エストロゲン様作用)に関与しうる。

同じフィトエストロゲンが、次第でリスクを下げも上げもする——の核心。 ERαプロモーターSNP(-13950 T/C):TT型ではフィトエストロゲンとの相関なし、TC/CC型では摂取に伴い前立腺がんリスクが低下。一方、ERβのSNP(Ex1-192G>C)保有者では、逆に摂取に伴い前立腺がんリスクが上昇する——同一の食事介入が、遺伝子型によって正反対の帰結を生みうる。

症例:コーヒーとパーキンソン病リスク

「定期的なコーヒー摂取がパーキンソン病リスクを下げる」という一般的な言説を、ゲノムワイドな遺伝子-解析で検証——PD患者1,458人・非罹患者931人を対象に、コーヒー摂取量(多い/少ない)で層別化。

GRIN2Aは「大量のコーヒーを飲む人」だけでリスクを大きく左右する——遺伝子単独でも環境単独でもない作用。 GRIN2A(NMDA型グルタミン酸受容体サブユニットをコードし、脳内の興奮性神経伝達を調節)のrs4998386多型は、大量のコーヒー摂取者に限りパーキンソン病リスクに影響した(OR=0.43)——大量コーヒー摂取者のうちCC遺伝子型で18%のリスク低下、TC遺伝子型で59%のリスク低下という顕著な効果が確認された。

症例:葉酸とMTHFR多型——妊娠前後の推奨と冠動脈疾患予防

MTHFR(メチレン還元酵素)遺伝子のC677T多型(Ala222Val)——熱不安定性バリアント、・低葉酸濃度と関連。

⚠️ 677TT遺伝子型は「葉酸摂取量が少ない場合にのみ」冠動脈疾患リスクが最も高くなる——遺伝子型との組み合わせが真のリスクを決める。 低葉酸摂取者の中で677TT遺伝子型が最もリスクが高いが、十分な葉酸摂取でこのリスクは軽減できる。677TT遺伝子型の母親は、児を出産するリスクが2倍——メチル葉酸を含む食品(Metafolin、DEPLIN等)は、経路の複数のの影響を回避できる。

まとめ

  • はA型()とB型(・予測不能)に分かれ、の60〜80%はに起因する。(個々の遺伝子)と(遺伝子プール全体)は、PK(ADME)・PD・という3つの側面で薬物反応を左右する。
  • CYP450はの92%に関与し、・高という4表現型に分類される。中毒症例はCYP2D6遺伝子重複()+CYP3A4阻害(併用)という遺伝子×薬物相互作用が中毒を引き起こした実例。
  • NAT2()・MRP2(メトトレキサート)・ADRB2(β2作動薬、喘息)・CYP2C9/VKORC1(ワルファリン)は、いずれも遺伝子型に基づく個別化用量決定が確立された代表例で、民族間のアレル頻度差が用量の必要性そのものを左右する。
  • は新規標的の同定(現行400標的の10倍が未開拓)・処方・有害事象最小化に応用される。
  • は同じ論理を食事に適用し、・PKU・・セリアック病・という代謝疾患から、大豆フィトエストロゲン×ER多型(前立腺がん)、コーヒー×GRIN2A多型(パーキンソン病)、葉酸×(冠動脈疾患・)という複合的な遺伝子-栄養素相互作用まで、同じ「個別化」の原理で理解できる。