病理学

病理学 · C/64

糖尿病性腎症

Diabetic nephropathy

応用トピック
糖尿病の細小血管・大血管合併症
疾患
糖尿病性腎症

🧠 全体像:は「高血糖が構造(AGEによるGBM肥厚)と血行動態(狭小化による)の両方を同時に傷害する」という二重機序で理解する。は腎症の最も早い臨床的な所見で、へ進む過程で高血圧も現れてくる。ただしを伴わずに腎機能が低下する患者もいる。

定義

  • の血管障害による進行性の腎疾患。
  • に至りうると、びまん性の()を特徴とする。授業資料は「diffuse GN」と書くが、炎症性の糸球体腎炎ではなく硬化性の病変である。
  • 長期の糖尿病の結果。

3つの病変

  1. 糸球体病変
  2. ()
  3. 腎盂腎炎(±)

糸球体病変 — 3つの変化

  1. GBM肥厚
  2. — 硬化性の硝子(の増加)
  3. — (の結節性硬化、糖尿病に病理特徴的)

💡 この3所見は連続する重症度スペクトラムとして病理分類(Renal Pathology Societyのコンセンサス分類、Tervaert分類)に組み込まれており、クラスI(GBM肥厚のみ)→クラスII()→クラスIII(などの結節性硬化)→クラスIV(50%超の)の順に重症度が上がる。間質・血管病変は別に評価する1。

発生機序

  • タンパク質の → → ポリペプチドの架橋 → GBM肥厚。
  • +の合成増加 → 。
  • 高血糖 → の濾液 → 濾過能の負荷過剰。
  • 糸球体の(早期)— の抵抗が上がり(進行するとのも加わる)、が拡張する → 圧上昇 → 機械的傷害。
flowchart TD
    A["長期の高血糖"] --> B["タンパク質の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Nonenzymatic glycation'>非酵素的糖化</span>"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='advanced glycation end products (AGEs)'>終末糖化産物</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='advanced glycation end products'>AGEs</span>)"]
    C --> D["ポリペプチドの架橋<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='type IV collagen'>IV型コラーゲン</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fibronectin'>フィブロネクチン</span>増加"]
    D --> E["GBM肥厚・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mesangial matrix'>メサンギウム基質</span>増加"]
    A --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='efferent arteriole'>輸出細動脈</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyaline arteriolosclerosis'>硝子細動脈硬化</span>"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='efferent arteriole'>輸出細動脈</span>の狭小化"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intraglomerular pressure'>糸球体内圧</span>上昇<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyperfiltration'>過剰濾過</span>)"]
    H --> I["機械的傷害"]
    E --> J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nodular glomerulosclerosis'>結節性糸球体硬化症</span><br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Kimmelstiel-Wilson nodules'>Kimmelstiel-Wilson結節</span>)"]
    I --> J

臨床

  • 早期:多尿+上昇()。
  • (30〜299 mg/日)— 腎症の最も早い臨床的な所見2。
  • (300 mg/日以上)— 腎症。この段階へ進む過程で高血圧も現れる2。
  • ⚠️ 現行の用語では、アルブミン・クレアチニン比()30 mg/gCr未満を正常〜軽度増加、30以上300未満を中等度増加(以前の)、300以上を高度増加と呼ぶ3。
  • 後期:硬化 → 低下 → 腎不全()。

⚠️ この「→→腎不全」という経過は代表的な型だが唯一の型ではない。オーストラリアの2型糖尿病患者3,893例の全国代表コホートでは、 60未満の患者(23.1%)の55%で尿中アルブミン排泄が持続的に正常範囲だった(非性の)。ただしこの型の頻度は一般集団よりむしろ低く(0.6)、原因が糖尿病性とは限らない4。が無いことだけで腎障害を否定せず、も合わせて評価する。

腎血管病変

  • 腎の動脈硬化+ — 大血管病変の一部。
  • が輸入・の両方を侵す。
    • の病変は糖尿病に特徴的(非糖尿病では稀)。
    • の狭小化 → 上昇 → による傷害。

糖尿病患者の腎盂腎炎

  • 急性・慢性の、糖尿病患者でより重症。
  • — の糖尿病患者でより多い特殊なパターン。

糖尿病性腎症の病期

古典的な病期(1型糖尿病のに基づく)。現行は共通の区分と区分の組み合わせで重症度を表す。

病期 特徴
1. 期 早期、上昇+多尿 正常 上昇
2. 無症状期 GBM肥厚、 正常 正常
3. 早期腎症期 最早期の臨床徴候 30〜299 mg/日 正常・低下
4. 腎症期 高血圧が出現、Kimmelstiel-Wilson結節 300 mg/日以上 著明に低下
5. 末期 腎不全、透析 大量 < 15

進行の疫学

  • 特段の介入が無い場合、持続的なを生じた1型糖尿病患者の約80%が10〜15年で腎症へ進む2。
  • のある2型糖尿病患者の20〜40%が腎症へ進む2。
  • ⚠️ 授業資料は「1型の80%、2型の20〜40%が腎症を発症」と書くが、これは糖尿病患者全体ではなく、すでにがある患者の割合である。
  • へ進む過程で高血圧も現れる。
  • 腎症になってからは、1型では50%が10年以内、75%超が20年までにに至る。2型では腎症の発症から20年でに至るのは約20%である。の低下速度は年2〜20 mL/分とが大きい2。授業資料は進行の指標を「の75%以上の低下」と書くが、この見解表明で75%が出てくるのは「20年までに75%超が」という割合としてだけである。
  • ⚠️ これらは2004年の見解表明が示した、阻害薬などが登場する前の「特段の介入なし」のの値である。

💡 進行を遅らせる薬物療法も更新されている。ADAの2026年版診療基準は、2型糖尿病とをもつ人に腎・心血管の有益性が示された阻害薬を推奨し、 20 mL/min/1.73 m²以上で開始して腎不全に至るまで継続してよいとしている(A)3。阻害薬は、を伴う患者を対象としたで腎複合(・半減・腎死などの複合)を有意に減らすことが示されており、はDAPA-試験(を伴う、糖尿病の有無を問わず組入れ)で0.61(95%CI 0.51-0.72)5、はCREDENCE試験で0.70(95%CI 0.59-0.82)6と、いずれも大きなリスク低下を示した。

💡 ポイント: = 3病変(糸球体+血管+腎盂腎炎)。特徴的な糸球体所見 = +GBM肥厚+。機序 = +。は輸入・輸出の両方を侵す(輸出 = 糖尿病特異的)。最早期の = (30〜299 mg/日、現行の呼称は中等度増加)、(300 mg/日以上)+高血圧 = 腎症。のある1型の約80%、2型の20〜40%が腎症へ進む(介入なしの)。 = の糖尿病に多い合併症。

まとめ

  • は糸球体病変(GBM肥厚・・結節性硬化=)、(輸入・の)、腎盂腎炎(±)の3病変からなる。
  • 機序はによるAGE形成(GBM肥厚)と、狭小化による(機械的傷害)の二重経路である。
  • のは糖尿病に特徴的な所見で、非糖尿病では稀である。
  • (30〜299 mg/日、現行の呼称は中等度増加)が腎症の最も早い臨床的な所見で、(300 mg/日以上)へ進む過程で高血圧も現れる。を伴わずに腎機能が低下する患者もいる。
  • 介入が無い場合、持続的なのある1型糖尿病患者の約80%、のある2型糖尿病患者の20〜40%が腎症へ進む(糖尿病患者全体の割合ではない)。腎症後の低下速度はが大きい。
  • は糖尿病患者のに特徴的な合併症である。

出典

  1. 1.Pathologic classification of diabetic nephropathy(Journal of the American Society of Nephrology・2010)腎病理学会(Renal Pathology Society)のコンセンサス分類は、1型・2型糖尿病の糸球体病変を4段階(クラスI=GBM肥厚のみ、クラスII=メサンギウム拡大、クラスIII=Kimmelstiel-Wilson結節を含む結節性硬化、クラスIV=50%超の全節性糸球体硬化)に階層化して評価し、間質・血管病変は別に採点すること、この4段階分類の観察者間再現性は良好であった(級内相関係数0.84)ことを確認した。閲覧 2026-08-27
  2. 2.Nephropathy in Diabetes(American Diabetes Association(Diabetes Care 27巻 Suppl 1)・2004)米国糖尿病学会の見解表明の全文(誌面HTMLのWayback保存版)で、腎症の最も早い臨床的証拠が微量アルブミン尿(30 mg/日以上)の出現であること、特段の介入が無ければ持続的な微量アルブミン尿を生じた1型糖尿病患者の約80%が10〜15年で顕性腎症(300 mg/24時間以上)へ進み、その過程で高血圧も現れること、顕性腎症になった1型糖尿病患者の50%が10年以内、75%超が20年までに末期腎不全に至ること、微量アルブミン尿のある2型糖尿病患者の20〜40%が顕性腎症へ進むが、顕性腎症の発症から20年で末期腎不全に至るのは約20%であること、GFRの低下速度は年2〜20 mL/分と個人差が大きいことを確認した閲覧 2026-09-24
  3. 3.11. Chronic Kidney Disease and Risk Management: Standards of Care in Diabetes—2026(American Diabetes Association・2026)PMC12690176の全文で、尿アルブミン排泄が30 mg/gCr未満を正常〜軽度増加、30以上300未満を中等度増加、300以上を高度増加と定義し、別の段落で30〜299 mg/gCrの範囲を「以前の微量アルブミン尿」(high albuminuria (formerly microalbuminuria, 30–299 mg/g creatinine))と書いていること、推奨11.7aが2型糖尿病とCKDをもつ人に腎・心血管の有益性が示されたSGLT2阻害薬を推奨し、eGFR 20 mL/min/1.73 m²以上で開始して腎不全に至るまで継続してよいとしていること(エビデンスレベルA)を確認した閲覧 2026-09-24
  4. 4.Nonalbuminuric renal impairment in type 2 diabetic patients and in the general population (National Evaluation of the Frequency of Renal impairment cO-existing with NIDDM [NEFRON] 11)(Diabetes Care・2009)オーストラリアの2型糖尿病患者3,893例の全国代表コホート(NEFRON研究)で、eGFR 60未満だった23.1%(95%CI 21.8-24.5%)のうち過半数(55%)が持続的に正常範囲の尿中アルブミン排泄(非アルブミン尿性の腎機能障害)を示したこと、非アルブミン尿性の腎機能障害そのものの頻度は一般集団(AusDiab調査、n=11,247)と比べ糖尿病群でむしろ低かった(性別・民族・罹病期間で調整したオッズ比0.6、95%CI 0.5-0.7、P<0.001)ことを全文で確認した。閲覧 2026-08-27
  5. 5.Dapagliflozin in Patients with Chronic Kidney Disease(New England Journal of Medicine・2020)DAPA-CKD試験。eGFR 25〜75 mL/min/1.73m²かつ尿中アルブミン/クレアチニン比200〜5000 mg/gの慢性腎臓病患者(過半数が2型糖尿病を合併)を対象に、ダパグリフロジンが主要複合腎アウトカム(持続的eGFR 50%以上低下・末期腎不全・腎死または心血管死)をハザード比0.61(95%CI 0.51-0.72)で減らしたことを確認した。閲覧 2026-08-27
  6. 6.Canagliflozin and Renal Outcomes in Type 2 Diabetes and Nephropathy(New England Journal of Medicine・2019)CREDENCE試験。2型糖尿病かつアルブミン尿を伴う慢性腎臓病(eGFR 30〜90 mL/min/1.73m²、尿中アルブミン/クレアチニン比300超5000以下)でRAS阻害薬を使用中の4,401例を対象とした二重盲検無作為化比較試験で、カナグリフロジン100 mg/日は主要複合腎アウトカム(末期腎不全・血清クレアチニン倍化・腎/心血管死)の相対リスクをプラセボと比べ30%低下させ(ハザード比0.70、95%CI 0.59-0.82)、中間解析の結果を受けて試験は早期中止となったことを抄録で確認した。閲覧 2026-08-27