病理学

病理学 · C/65

急性尿細管壊死(ATN)

Acute tubular necrosis (ATN)

応用トピック
尿細管間質性疾患・嚢胞性腎疾患急性尿細管間質性疾患小児急性腎障害
疾患
横紋筋融解症急性尿細管壊死水銀中毒

🧠 全体像:ATNは「虚血性/色素誘発性」と「腎毒性」という2系統の原因が、それぞれ違う尿細管部位を違う重症度で傷害する点が核心である。基底膜が壊れるか保たれるかが、そのまま腎の回復(再生できるか)を決める。

定義

⚠️ 「壊死」という病名だが、実際に広範なを伴うことは多くない。 実験動物へ長時間の温阻血を負荷すると尿細管に広範な壊死が生じるが、ヒトの臨床的なATNの腎生検では、重度のの割に尿細管のな障害は限定的であることが多い。・急性解離など真の温阻血を来す病態では文字通りの壊死が生じうるが、それはAKIのごく一部である1。この乖離から、近年は「(ATI)」という呼称も併用される。ATNは今も臨床で最も広く使われる呼称であり、本ノートでも以下その呼称を用いる。

ATNの3型

A)虚血性ATN

  • ショック → 循環の再分配 → 低下 → O₂・基質供給の低下 → 尿細管の虚血。
  • 原因:重度の、敗血症、出血、熱傷、脱水、CHF。

B)色素誘発性ATN

C)腎毒性ATN

  • 原因:
    • — 、、
    • 薬物 — アミノグリコシド、アムホテリシン、シスプラチン、造影剤
    • 有機溶媒 — 、

💡 「」のリスクは、かつて考えられていたより低いことが分かってきている。 米国放射線学会(ACR)と全米腎臓財団(NKF)の2020年合同声明は、腎機能低下患者での静注によるリスクは過大評価されてきたとした。予防は維持透析を受けていないAKIまたは 30未満の患者で適応とし( 30〜44は個別の高リスク状況で考慮)、行うときはによる等張の補液を望ましい方法としている。は推奨せず、は効果が同等らしいものの調製の手間から優先しない2。救急外来受診17,934件(造影CT・・非施行の3群を含む)を背景因子で揃えたでも、造影剤投与はAKIの上昇と関連しなかった(従来の基準で0.96、95%CI 0.85〜1.08)3。造影剤を腎毒性物質の一覧から外してよいという意味ではなく、適応のある造影検査を腎機能だけを理由に控えないという主旨である。

発生機序

  • 原因が間に合って除かれればATNは可逆的。
  • ショック(脱水、、CHF)→ 血流低下 → 亢進 → 毛細血管前の収縮 → の低下+尿細管へのO₂低下。
  • 尿細管細胞+色素の脱落 → 円柱形成 → 尿流を閉塞 → 尿細管内圧上昇 → 間質への液体漏出(浮腫)→ 低下 → 尿細管の虚脱。
flowchart TD
    A["ショック・重度<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypovolemia'>循環血液量減少</span>"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='renal blood flow'>腎血流</span>低下"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='renin-angiotensin-aldosterone system'>RAAS</span>亢進→毛細血管前収縮"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='glomerular plasma flow'>糸球体血漿流量</span>低下<br>+尿細管への<span class='jp-term jp-term-diagram' title='myocardial oxygen supply'>酸素供給</span>低下"]
    D --> E["尿細管細胞・色素の脱落"]
    E --> F["円柱形成→尿流閉塞"]
    F --> G["尿細管内圧上昇<br>→間質への液体漏出"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='glomerular filtration rate'>GFR</span>低下→尿細管の虚脱"]

AKIと成立したATI/ATNを尿検査で鑑別する際の代表的指標は次の通り。・利尿薬・敗血症・造影・色素腎症などでは典型値を示さないため、あくまで補助所見にとどめる。

指標 を示唆 ATI/ATNを示唆
<20 mmol/L >40〜50 mmol/L
尿浸透圧 >500 mOsm/kg <350 mOsm/kg
FENa <1% >2%
尿沈渣 、

高い尿浸透圧に低いが伴えば尿細管機能が保たれている強い根拠になるが、・良性と決めつけてよいわけではない——糸球体腎炎など、特に早期には尿細管機能自体が保たれる腎性疾患でも同じパターンを示しうる。またでのAKIに最も多く伴う敗血症は、特徴的な尿指標の変化なしに腎機能を変えうる1。

形態

虚血性+色素誘発性ATN

  • 以下での:
    • の
  • 分布 → 尿細管に沿った「」。
  • 基底膜の → 再生のが失われ、腎機能の回復は不良。
  • の尿細管円柱(「」)。

腎毒性ATN

  • 壊死は主にに — 薬物・毒素の再吸収部位。
  • 基底膜は保たれる → 再生が可能で、腎機能の回復は良好。

比較表

特徴 虚血性+色素 腎毒性
原因 ショック、溶血、 薬物、、溶媒
部位 (S3)+TAL —
基底膜 保たれる
腎の回復(再生) 不良(を失う) 良好(再生が可能)

⚠️ この表の「腎の回復」を、患者の死亡率と読み替えない。 表が対比しているのは基底膜というが残るか、すなわちが再生できるかである。虚血性ATNに「致死率約50%」という数字が添えられることがあるが、およそこの水準の死亡率が実際に測定されているのは、で重症AKIに至りの開始が問題になる患者集団の率である——3のAKIで人工呼吸またはを要する620例をしたAKIKI試験(解析619例)では60日死亡率が早期開始群48.5%・群49.7%(P=0.79)4、重症AKIの重症患者を組み入れたSTARRT-AKI試験(修正ITT解析2,927例)では90日死亡率が加速的開始群43.9%・標準戦略群43.7%であった5。⚠️ どちらの試験も組入れの基準はAKIの重症度との必要性であって、虚血性か腎毒性かという組織像ではない。 「虚血性という病型だから半数が死ぬ」という読み方ではなく、「重症AKIに至るような重症患者ではこの水準の死亡率になる」と読む。

臨床経過 — 3つの病期

A)開始期(約36時間)

  • 尿量の急速な低下 → 乏尿。
  • +の上昇。

B)維持期(3〜6日)

  • 尿量が引き続き低下 → 乏尿・。
  • +の徴候・症状。
  • 、代謝性アシドーシス、 → 生命を脅かす。

C)回復期

  • 尿量増加 → 多尿(約3000 mL/日) → 。
  • 重度の電解質異常(K⁺、Na⁺、PO₄³⁻の喪失)。
  • 感染への脆弱性の増加。
  • ⚠️ 中の死亡636例(1956〜1989年)の解析では、死亡に最も寄与した因子はの基礎原因で、敗血症による死亡の67%はの発症時にすでに存在した感染によるものだった6。の感染が死因の筆頭だと一般化しない。
  • 通常数か月以内に完全回復(特に腎毒性)。

💡 ポイント: ATN = 乏尿を伴うことが多い、腎性の最多原因。3型:虚血性(ショック)、色素誘発性(のHb/)、腎毒性(薬物、)。部位:虚血性 = +TAL、基底膜(再生しにくい)、腎毒性 = PCT、基底膜保持(再生できる)。3病期:開始 → 維持(乏尿++)→ 回復(多尿++感染リスク)。可逆的な病態。

まとめ

  • ATNは腎性()の最多原因で、形態学的にはの傷害、臨床的には急性の腎機能抑制として定義される。
  • 虚血性・色素誘発性ATNは+を「」状に傷害し、基底膜がするため再生のを失い、腎機能の回復が不良である。
  • 授業で添えられる「致死率約50%」という数字は病型に付く値ではない。この水準の死亡率が実際に測られているのは、で重症AKIに至った患者集団の率(AKIKIの60日48.5%/49.7%、STARRT-AKIの90日43.9%/43.7%)である。
  • 腎毒性ATNは薬物・毒素を再吸収するを傷害するが基底膜が保たれるため、再生により腎機能の回復が良好である。
  • 色素誘発性ATNの2大原因はヘモグロビン()と()である。
  • 臨床経過は開始期(乏尿の出現)→(・・)→(多尿による・・感染リスク)の3病期をたどる。
  • 原因が早期に除去されれば可逆的な病態である。

出典

  1. 1.KDIGO Clinical Practice Guideline for Acute Kidney Injury(KDIGO・2012)全文PDFで、実験動物へ長時間の温阻血を負荷すると近位尿細管に広範な壊死が生じるが、ヒトの臨床的なATNでは1950年代以来の腎生検データが重度の腎機能障害の割に限られた実質障害を示すこと、Rosen & Heymanの「急性尿細管壊死という語は形態変化を正確に表さない」という指摘を引いていること、動脈瘤破裂・急性解離などの血管破局では動物モデルと同様の真のATNが起こるがAKIのごく一部にとどまること、高い尿浸透圧に低い尿中Naが伴えば尿細管機能が保たれている強い根拠になるが、それを良性や腎前性と解釈してはならず、糸球体腎炎など様々な腎疾患でも特に早期には尿細管機能が保たれうること、集中治療室でのARFに最も多く伴う敗血症は特徴的な尿指標の変化なしに腎機能を変えうることを確認した。「急性尿細管傷害(ATI)」という語は本文書には現れない閲覧 2026-08-27
  2. 2.Use of Intravenous Iodinated Contrast Media in Patients With Kidney Disease: Consensus Statements from the American College of Radiology and the National Kidney Foundation(American College of Radiology / National Kidney Foundation・2020)同時掲載のKidney Medicine版全文(PMC7525144)で、腎機能低下患者での静注ヨード造影剤によるAKIのリスクは過大評価されてきたこと、維持透析を受けていないAKIまたはeGFR 30 mL/min/1.73 m²未満の患者には生理食塩水による予防が適応で、eGFR 30〜44では個別の高リスク状況で担当医の判断により考慮しうること、予防を行うときは生理食塩水による等張の容量負荷が望ましい方法であること、炭酸水素ナトリウムは予防効果が生理食塩水と同等らしいが薬剤師による調製を要するため優先されないこと、N-アセチルシステインは動脈内造影の無作為化試験でプラセボに優らず静注造影剤の予防には推奨されないことを確認した閲覧 2026-08-27
  3. 3.Risk of Acute Kidney Injury After Intravenous Contrast Media Administration(Annals of Emergency Medicine・2017)救急外来受診17,934件(造影CT・単純CT・CT非施行の3群を含む)を対象とした傾向スコア併用の後ろ向きコホートで、静注造影剤の投与はAKI発生率の上昇と関連しなかったこと(造影剤腎症の基準でオッズ比0.96、95%CI 0.85〜1.08、AKIN/KDIGO基準でオッズ比1.00、95%CI 0.87〜1.16)を確認した。閲覧 2026-08-27
  4. 4.Initiation Strategies for Renal-Replacement Therapy in the Intensive Care Unit(New England Journal of Medicine・2016)AKIKI試験。組入れ基準は「KDIGOステージ3のAKIで、人工呼吸・カテコラミン投与のいずれかまたは両方を要し、腎不全に直結する生命を脅かす合併症が無い患者」であり、組織像(虚血性か腎毒性か)は基準に含まれない。60日死亡率は早期開始群48.5%(311例中150例、95%CI 42.6〜53.8)・待機群49.7%(308例中153例、95%CI 43.8〜55.0)でP=0.79と差が無かった閲覧 2026-09-05
  5. 5.Timing of Initiation of Renal-Replacement Therapy in Acute Kidney Injury (STARRT-AKI)(STARRT-AKI Investigators・2020)重症AKIの重症患者を対象とした多国籍無作為化比較試験。主要評価項目は90日時点の全死因死亡で、修正ITT解析の2,927例において加速的開始群43.9%(1,465例中643例)・標準戦略群43.7%(1,462例中639例)、相対リスク1.00(95%CI 0.93〜1.09、P=0.92)であった。組入れは重症AKIであることによっており、組織像による層別ではない閲覧 2026-09-05
  6. 6.Cause of death in acute renal failure(Nephrology Dialysis Transplantation・1992)抄録で、1956〜1989年の急性腎不全中の死亡636例の死因を解析し、出血と腎機能非回復による死亡は減ったが心血管死と積極的治療の中止は増えたこと、死因は急性腎不全が生じた臨床状況によって異なり、死亡に最も寄与した因子は急性腎不全の基礎原因であったこと、敗血症による死亡の67%は急性腎不全の発症時にすでに存在した感染によるものであったことを確認した閲覧 2026-09-24