微生物ノート一覧へ

Microbe Atlas · 蠕虫

Toxocara canis

イヌ回虫

分類
線虫・組織 / Nematodes (tissue)Toxocara
科目
Medical Microbiology
トピック
4/32: Toxocara canis, T. cati4/23: General characterisation and taxonomy of helminths5/11: Zoonotic infections (list) and their prevention
原因となる疾患
トキソカラ症眼トキソカラ症眼内炎好酸球性肺炎

🧠 全体像:はヒトの体内で決して成虫になれない線虫として読む。本来の終宿主はイヌであり、ヒトは行き場を失った幼虫がさまよい続ける「」にすぎない——これがという病態概念そのものである。子イヌへの・経乳感染という独自の伝播路を持つため、子イヌが主な虫卵排出源になり続け、土壌汚染が絶えず補充されるのが上の難しさになる。

微生物学的な特徴

  • 回虫科の線虫。終宿主はイヌ(および他のイヌ科動物)。
  • ヒトはで、幼虫は肝・心・肺・脳・筋・眼へ運ばれるがそれ以上発育せず、成虫にならない1——腸管内で産卵しないため糞便中に虫卵は検出されないという診断上の急所につながる。
  • ⭐ に特徴的な伝播路:(主)と経乳感染(副)の両方が成立する。 年長のイヌでは幼虫が組織内で休眠しやすく、雌イヌではに再活性化して子イヌへ移行する1。子イヌは出生前から感染しうるため、虫卵を排出する感染は成犬より子イヌに多く、環境中(特に子イヌが排便する場所)の持続的な虫卵汚染源になる。

生活環

flowchart TD
    A["イヌの糞便中に未成熟卵が排出される"] --> B["土壌中で1〜4週間かけて<br>感染性<span class='jp-term jp-term-diagram' title='embryonated egg'>幼虫包蔵卵</span>へ成熟"]
    B --> C["ヒトが成熟卵を経口摂取<br>(砂場遊び・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pica'>異食症</span>が典型)"]
    B --> P["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='paratenic host'>待機宿主</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='domestic animals'>家畜</span>・鶏など)が摂取<br>組織内に幼虫が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='encystment (to encyst)'>被嚢</span>"]
    P --> Q["ヒトが加熱不十分な肉・肝臓を摂取"]
    C --> D["小腸内で幼虫が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hatching'>孵化</span>するが<br>ヒト体内では成虫にならない"]
    Q --> D
    D --> E["幼虫は血流に乗り<br>諸臓器へ無秩序に移行し続ける"]

土壌中の卵は1〜4週間で感染性になる1ので、排出直後の糞便より、放置されて時間の経ったのほうが危険である。

💡 ・経乳感染がイヌ側の生活環を「効率化」している。 成犬の組織内で休眠していた幼虫がに再活性化して子イヌへ移行するため、子イヌは生まれた時点ですでに感染していることがあり、その糞便がヒトへの主要な感染源になる。

病原性の仕組み

  • した臓器での幼虫の機械的なと、虫体抗原に対するTh2型免疫反応()が病態の主体。
  • :肝・肺・筋肉など多臓器へ幼虫が拡散し、発熱・発疹・著明な好酸球増多・肝脾腫を来す。心筋炎・脳炎・肺炎を合併することもある。
  • :単眼性に眼球内(網膜下・)へ幼虫がし、肉芽腫を形成する。
  • ⚠️ は小児のとされうる。 片眼性の・肉芽腫様病変を呈するため、悪性腫瘍との鑑別が臨床上重要になる。

感染経路と疫学

  • イヌの糞便で汚染された土壌・食物中のの経口摂取が主で、となる・鶏などの加熱不十分な肉・肝臓の摂取でも感染する1。
  • 小児の砂場遊び・土を口にする行動()が典型的なリスク因子で、重症例もで遊ぶ・食べる幼児に多い。
  • イヌの飼育密度が高い地域、野良犬対策が不十分な地域で率が高い。

起こす疾患

病型 特徴
多臓器性:発熱、発疹、著明な好酸球増多、肝脾腫。心筋炎・脳炎・肺炎を来すこともある
とぶどう膜炎を特徴とし、失明に至りうる(との鑑別が重要)
腹痛・咳嗽など非特異的な症状にとどまり、明確な臓器病変を同定できないが、血清抗体陽性・好酸球増多を示す

多くの感染は無症状で、症状の強さは移行する幼虫の数・移行先・炎症の程度で決まる2。

診断

  • による血清抗体の検出が診断の中心——ヒトは終宿主でなく腸管内で産卵しないため、糞便中に虫卵は検出されない。
  • 推奨される抗原は培養幼虫の排泄分泌抗原。の測定法では1:32以上を陽性とし、感度は内臓型78%・眼型73%、特異度は92%・91%で、T. canisとT. catiは区別できない1。
  • ⚠️ 抗体陽性は過去の感染や無症状の感染でも起こるため、臨床像と合わせて解釈する(での有意な上昇はの確認に役立ちうる。回虫とのにも注意)。眼型では発症していても血清抗体が低い・陰性のことがあり、・の抗体検査が確認を補う2。
  • 好酸球増多は内臓型を支持するが、眼型では正常のことがあり、正常値だけで除外しない。

治療と予防

  • 内臓型:400 mgを1日2回5日間、または100〜200 mgを1日2回5日間(成人・小児とも同量)。ただし最適な治療期間は確立していない。炎症の制御に副腎皮質ステロイドを含む対症療法を加えることがある3。
  • ⚠️ のある患者でを数週〜数か月続けるとが起こりうるため、長期投与では血算を追う3。
  • 眼型:目標は眼の障害を最小限にすること。局所またはで眼内の炎症を抑え、では内臓型と同量のが有益な場合がある。幼虫の外科的摘出は成功しないことがあり、鎮静化した病変では慢性炎症による障害を防ぐための手術が転帰を改善しうる3。詳細はを参照。
  • 予防:イヌ・ネコ(とくに幼若な個体)の定期的な検査と、糞便の適切な処理、砂場の管理、土に触れたあとの手洗い、土を口にしないよう子どもに教えること、肉・肝臓の十分な加熱。

まとめ

  • はイヌを終宿主とする線虫で、ヒトは幼虫のまま発育が完結しない「」である。
  • イヌでは・経乳感染が成立し、子イヌが持続的な環境汚染源になる——これが本種の伝播を支える構造。
  • 感染はイヌの糞便で汚染された土壌・食物中のの経口摂取が主で、の加熱不十分な肉・肝臓でも起こる。小児の砂場遊び・が典型的な曝露機会。
  • 多くの感染は無症状で、有症状の病型は(多臓器性、好酸球増多)と(ぶどう膜炎、失明——との鑑別が重要)が中心になる。
  • ヒトの腸管内で産卵しないため糞便虫卵検査は無効で、血清のが診断の中心。血清抗体は過去の感染でも陽性になり、眼型では陰性のこともある。内臓型の治療は/5日間、眼型はステロイドによる炎症制御を中心に眼科的処置を組み合わせる。

出典

  1. 1.Toxocariasis(Centers for Disease Control and Prevention (DPDx)・2019)2019年7月9日最終確認のDPDxページ(2026年9月8日のウェブアーカイブで本文を取得)で、終宿主の糞便中に排出された未成熟卵が環境中で1〜4週間かけて第3期幼虫を含む感染性の卵になること、年長のイヌでは幼虫が組織内で休眠しやすく、雌イヌでは妊娠後期に再活性化して経胎盤(主)・経乳(副)で子イヌに感染すること、虫卵を排出する感染は成犬より子イヌに多いこと、ヒトは偶発宿主で感染卵または待機宿主(家畜・鶏など)の加熱不十分な肉・内臓の摂取で感染し、幼虫は肝・心・肺・脳・筋・眼に運ばれてそれ以上発育しないこと、ヒトの糞便に虫卵は出ないこと、推奨される血清検査は幼虫排泄分泌抗原を用いた酵素免疫測定法で、CDCの測定法では抗体価1:32以上を陽性とし感度は内臓型78%・眼型73%、特異度は92%・91%であること、眼型は前房水・硝子体液の抗体検査で確認を補えること、T. canisとT. catiは区別できないことを確認した。閲覧 2026-09-27
  2. 2.Clinical Overview of Toxocariasis(Centers for Disease Control and Prevention・2024)2024年2月9日付のページ(2026年7月25日のウェブアーカイブで本文を取得)で、症状は移行する幼虫の数・移行先・免疫反応と炎症の程度を反映し、多くの感染は無症状であること、血清抗体陽性は過去の感染や無症状の感染でも起こるため臨床像を考慮して解釈し、ペア血清での有意な上昇が活動性感染の確認に役立ちうること、回虫(Ascaris lumbricoides)との交差反応がありうること、眼型では臨床的に発症していても血清抗体が低いか検出されないことがあり、前房水・硝子体液で抗体を検出できる場合があること、眼型は通常片眼性で白色瞳孔・視力低下を呈し網膜芽細胞腫と紛らわしいことを確認した。閲覧 2026-09-27
  3. 3.Clinical Care of Toxocariasis(Centers for Disease Control and Prevention・2024)2024年2月9日付のページ(2026年7月25日のウェブアーカイブで本文を取得)で、内臓型の治療がアルベンダゾール400 mg 1日2回5日間またはメベンダゾール100〜200 mg 1日2回5日間(成人・小児とも)であること、最適な治療期間は定まっていないこと、肝機能障害のある患者でアルベンダゾールを数週〜数か月使うと汎血球減少が起こりうるので長期投与では血算を追うこと、炎症の制御にステロイドを含む対症療法が必要なことがあること、眼型の治療目標は眼の障害を最小限にすることで、活動性病変では内臓型と同じ用量の駆虫薬が有益な場合があり、幼虫の外科的摘出は成功しないことがあり、局所または全身ステロイドで眼内の炎症を抑え、鎮静化した病変では慢性炎症による障害を防ぐ手術で転帰が改善しうることを確認した。閲覧 2026-09-27