微生物学

微生物学 · 1/23

抗菌薬耐性の機構(例)

Resistance mechanisms against antibiotics (examples)

応用トピック
薬剤耐性と抗菌薬適正使用多剤耐性菌と医療関連感染

🧠 耐性は「元から持っている(内因性)」か「後から獲得した(外因性)」かの2択、機序は「壊す・出す・変える・逃げる・迂回する」の5パターンに集約できる。 酵素で薬を不活化する()、ポンプで薬を排出する(efflux pump)、標的を変える(・の変異)、薬が届く前に透過性を落とす(porin変異)、そして代謝経路自体を迂回する(の別経路)——この5つのレンズで個々の薬剤のを読み解くと暗記量が激減する。

耐性の定義

耐性とは、治療濃度の抗菌薬の効果に抵抗し耐える(withstand / tolerate)細菌の能力である。臨床的には、(minimum inhibitory concentration、)が宿主に投与可能な最大用量を上回っている状態を指す。

  • 耐性は自然現象であり、一部の病原体は特定の抗菌薬クラスに元来抵抗性を持つ
  • すべての細菌は耐性を発達または獲得する能力を持つ
  • 抗菌薬の使用そのものがを生み、耐性の拡大を促す
用語 定義
多剤耐性 化学構造の異なる複数の抗菌薬に同時に耐性を持つ
同一構造を持つ誘導体すべてに耐性を持つ

⚠️ 「抗菌薬が効かない」=「耐性」ではない。 が上がっていないのに治療を生き延びる現象があり、国際的なでは耐性とは別の名前で呼び分けられている1。

用語 は上がるか 中身
上がる 集団全体が高い薬剤濃度でも増殖できる。で検出される
上がらない 増殖が止まっているなどの理由で、に殺されるまでの時間が長い。集団全体がゆっくり死ぬ
上がらない 集団の一部のだけが生き延びる。薬を抜けば元の感受性集団に戻る。内の菌もこの範疇で、耐性ではない
主集団は上がらない 主集団より著しく感受性の低い部分集団が混在する。耐性遺伝子のタンデム増幅など不安定な機序によることが多く、抗菌薬圧が無いと速やかに感受性へ戻る2

💡 臨床的に厄介なのはヘテロ耐性である。 部分集団は低頻度で一過性のため通常のでは見逃されやすく、「感受性」と報告された株が治療中に耐性部分集団を選択されてに至ることがある2。

抗菌薬耐性サイクル

抗菌薬の使用そのものが耐性拡大の悪循環を生む。

flowchart TD
    A["抗菌薬使用の増加"] --> B["耐性株の増加"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='empiric therapy'>経験的治療</span>の無効化<br>→ <span class='jp-term jp-term-diagram' title='incidence rate'>罹患率</span>上昇・抗菌薬追加"]
    C --> D["入院の増加"]
    D --> E["医療資源使用の増加"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='therapeutic options'>治療選択</span>肢の枯渇<br>→ 抗菌薬追加・死亡率上昇"]
    F --> A

耐性の遺伝的基盤——水平伝播

異なる菌種間で耐性遺伝子が広がる仕組みをという。

機構 内容
接合 を介した細胞間の直接接触によるプラスミドの伝達
を介した遺伝子の伝達(ファージ放出による)
形質転換 環境中の遊離を細菌が直接取り込む

💡 (可動遺伝因子)はプラスミドと染色体の間を「飛び移る」ことができる遺伝因子で、上記いずれの伝播経路にも便乗して運ばれうる。複数の耐性遺伝子をひとまとめにして伝播させるため、多剤耐性の拡大に大きく寄与する。

  1. の選択:変異は抗菌薬の有無に関わらず自然に生じる。抗菌薬はより耐性株の生存を有利にする「選択剤」として働くにすぎない。耐性化した菌は死滅せず分裂を続け、最終的に集団全体が耐性化する

    💡 耐性はタダではない——適応度コストという「借金」を負う。 多くのは増殖速度の低下というを伴い、このコストの大きさが耐性の出現速度・安定性・そして「抗菌薬の使用を減らせば耐性が減るか」を規定する3。ただし細菌は代償変異によってこのコストを埋め合わせることができ、そうなると抗菌薬圧が消えても耐性株は生き残る。実際、集団レベルでの耐性の可逆性は遅いと予想されている3——「使用を控えれば元に戻る」という期待が思ったほど当てにならない理由である。

  2. プラスミド媒介耐性:プラスミドは複数薬剤への耐性を同時に媒介することが多く、細胞間の伝達率が非常に高い。宿主染色体とは独立に複製するため、菌体内に多コピー存在しうる。だけでなく異なる種・属にも伝達されうる

  3. 媒介耐性

内因性耐性の基本機序

とは、その細菌が遺伝的にもともとその抗菌薬に抵抗性であることを意味する。文献ではと呼ばれ、後述のと対にして扱われる4。両者を分けるのは臨床上の意味である——はその菌種の全株に当てはまるので「この菌にこの薬は最初から選ばない」という薬剤選択の除外規則になるのに対し、は株ごとに違うのでで確かめるしかない。

  • 受容体(標的)が存在しない
  • 細菌自身がその抗菌薬を産生している(自己耐性)
  • 細胞壁がバリアとなる(グラム陰性菌)、または細胞壁自体が存在しない()
  • 薬剤の輸送システムを欠く
  • 受容体部位での薬剤濃度が低い
機構 具体例
標的が存在しない 細菌の細胞膜にはステロールが存在しないため、抗真菌(、)に抵抗性
標的が存在しない は細胞壁を持たないため、βラクタム系は無効
標的が存在しない は合成を阻害するが、は抗酸菌の細胞壁にのみ存在する成分であるため、他の細菌は
標的部位の薬剤濃度が低い グラム陰性菌は複雑な細胞壁構造を持ち、が(, penicillin-binding protein)に到達できない
標的部位の薬剤濃度が低い リファンピシン(依存性ポリメラーゼ阻害薬)は真菌の細胞壁を透過できず無効
標的部位の薬剤濃度が低い アミノグリコシド系の取り込みには細菌のが維持する膜電位のエネルギーが必要であり、この輸送系の阻害(嫌気性環境など)は耐性につながる

外因性耐性

とは、本来感受性であった細菌が新たに耐性を獲得することを指す。遺伝子発現の変化はプラスミド(染色体外)または染色体にコードされ、他の菌に伝達されうる。

耐性拡大の素因

  • 抗菌薬の過剰使用(不要・無効な軽症感染への使用)
  • 抗菌薬の誤用(処方された治療コースをしない)
  • 感染原因菌に特異的でない抗菌薬の使用
  • 院内感染対策プロトコルの不徹底
  • 新規抗菌薬開発の困難さ
  • 世界的な拡散の容易さ
  • 獣医領域での抗菌薬の過剰使用

獲得耐性の5つの分子機序

機序 説明 具体例
酵素による不活化 新規遺伝子の獲得により合成された細菌の酵素(/など)が薬剤を化学的に分解し不活化する がβ-を加水分解しペニシリン・セファロスポリンを不活化
透過性・取り込みの低下 変異により外膜のポリン(薬剤の通り道になる孔)が失われる・数が減る・が狭まり、薬剤が菌体内へ入れなくなる。標的そのものは正常なまま「薬が届かない」状態4 でのポリン(OmpF/OmpK35・OmpK36など)の欠損。の産生と重なるとになりうる
薬剤の 新規遺伝子の獲得により、多剤耐性ポンプが薬剤を細胞外へ能動輸送する グラム陽性・陰性いずれにも存在するMDRポンプ
標的結合部位の変化 変異または新規遺伝子獲得により、結合部位の数・親和性が低下する ・クリンダマイシン耐性は結合部位の変化による
代謝経路の変更・迂回 変異により本来の酵素の働きが変わり、影響を受けた経路を遮断または別経路を利用する ・耐性は、菌が通常と異なるを利用することで生じる

具体的な抗菌薬ごとの耐性機序

抗菌薬
βラクタム系 ①外膜の孔(ポリン)を形成する蛋白の変異により薬剤の透過が減少
②の修飾(新規の獲得、または既存の組換えによる修飾)
③の産生(200種類以上が報告されており、・セファロスポリナーゼ・などの狭いものから、ESBL(extended-spectrum β-lactamases、)・class C・MBL(metallo-β-lactamases、)など広範な基質を分解するものまで存在する)
バンコマイシン() グラム陰性菌は分子が大きすぎて外膜孔を通過しペプチドグリカン標的に到達できないため。一部の菌はペプチド末端が本来D-Ala-/D-Ala-D-セリンであり、バンコマイシンが結合できない(内因性)。外因性(獲得)耐性は、プラスミド上の遺伝子によるペンタペプチド末端の変化で生じ、腸球菌感染の治療価値を大きく損なっている
アミノグリコシド系 ①の変異②細胞内取り込みの低下③薬剤の排出増加④ホスホトランスフェラーゼ酵素による薬剤の酵素修飾(・アデニル基転移酵素による修飾も同様の原理で働く)
テトラサイクリン系 耐性遺伝子が細胞からのを制御する
マクロライド系 ①23Sのメチル化により抗菌薬の結合を妨げる②23S rRNAおよびリボソーム蛋白の変異
①プラスミドにコードされたがをアセチル化し、50Sサブユニットへの結合を不能にする②染色体変異により外膜ポリン蛋白が変化し、グラム陰性桿菌の透過性が低下する
クリンダマイシン 23S rRNAのメチル化
キノロン系 ①・の構造遺伝子の染色体変異②を制御する遺伝子の変異による取り込み低下③の

耐性菌の略語

略語 正式名称
MRSA Methicillin-resistant S. aureus(黄色ブドウ球菌)
PRP Penicillin-resistant Pneumococcus(ペニシリン耐性肺炎球菌)
ESBL Extended-spectrum β-lactamases()
VRE Vancomycin-resistant Enterococci()
MBL Metallo-β-lactamases(、を分解)
VRSA Vancomycin-resistant S. aureus(黄色ブドウ球菌)
VISA Vancomycin-intermediate S. aureus(バンコマイシン低感受性黄色ブドウ球菌)

💡 どの耐性菌が「今いちばん困る」かは、の優先リストで確認できる。 2024年に改訂されたは、24菌種を死亡・疾病負荷・・10年間の耐性動向・予防可能性・伝播性・治療可能性・新薬開発パイプラインの8基準で採点し、critical・high・mediumの3層に分けている5。最はKlebsiella pneumoniae(84%)で、耐性グラム陰性菌(K. pneumoniae・Acinetobacter属・大腸菌)と菌がcritical群に入る。市中感染では(72%)・Shigella属(70%)・淋菌(64%)がで、最はペニシリン耐性B群レンサ球菌(28%)だった5。やは有名だが、優先度の観点では耐性グラム陰性菌のほうが上に来る——語呂で覚える略語一覧と、上の重みづけは別物である。

⚠️ 感受性か耐性かの線引き()は、とで一致しない。 同じ値でも、欧州の基準では耐性、米国の基準では感受性と判定されうる(あるいはその逆)。どちらの基準で判定した結果かを確認せずに数値だけを比較しない。 欧州の医学部・検査室ではが標準である。

まとめ

  • 耐性は自然現象であり、抗菌薬の使用そのものがとなって耐性株を拡大させる「」を生む。
  • 耐性遺伝子は接合(プラスミド)・(ファージ)・形質転換(遊離取り込み)というにより菌種を超えて拡散し、がこれに便乗する。
  • は標的の不在・細胞壁バリア・輸送系の欠如など、その菌に元から備わった性質による。
  • 外因性(獲得)耐性のは、酵素不活化・透過性低下・・標的変化・代謝経路迂回の5つに整理できる。
  • が上がる「耐性」と、が上がらないまま治療を生き延びる「・持続生残(やpersister)」「ヘテロ耐性」は別の現象であり、に写るかどうかが違う。
  • 耐性は増殖速度の低下という適応度コストを伴うが、代償変異でそれを埋め合わせた株は抗菌薬圧が消えても残るため、耐性の可逆性は集団レベルでは遅い。
  • βラクタム系(、、MBL)、バンコマイシン(・VISA・VRSA)、アミノグリコシド系、マクロライド系、キノロン系はそれぞれ固有のを持ち、・PRPなどの略語とセットで押さえておくと臨床問題に強くなる。

出典

  1. 1.Definitions and guidelines for research on antibiotic persistence(Nature Reviews Microbiology・2019)国際的な合意声明として、persister細胞は「耐性ではないのに強力な抗菌薬治療を生き延びる部分集団」と定義され、耐性(resistance)・ヘテロ耐性(heteroresistance)・耐容(tolerance)・持続生残(persistence)が別々の現象として区別されることを確認した。閲覧 2026-08-26
  2. 2.Mechanisms and clinical relevance of bacterial heteroresistance(Nature Reviews Microbiology・2019)ヘテロ耐性は主集団より著しく感受性の低い部分集団を含む表現型で、多くの菌種・薬剤クラスで高頻度に見られること、耐性遺伝子のタンデム増幅という不安定な機序によることが多く抗菌薬圧が無いと速やかに感受性へ戻ること、そのため感受性/耐性の判定が曖昧になり治療失敗につながりうることを確認した。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Antibiotic resistance and its cost: is it possible to reverse resistance?(Nature Reviews Microbiology・2010)多くの耐性機序は増殖速度の低下として現れる適応度コスト(fitness cost)を伴い、そのコストの大きさが耐性の出現速度・安定性・可逆性を規定すること、しかし代償的な変化により集団レベルでの可逆性は遅いことを確認した。閲覧 2026-08-26
  4. 4.Molecular mechanisms of antibiotic resistance revisited(Nature Reviews Microbiology・2023)抗菌薬耐性の分子機序を、自然耐性(intrinsic)と獲得耐性(acquired)、および薬剤の不活化・標的の改変/保護・透過性の低下・排出ポンプという枠組みで整理する総説。閲覧 2026-08-26
  5. 5.The WHO Bacterial Priority Pathogens List 2024: a prioritisation study to guide research, development, and public health strategies against antimicrobial resistance(The Lancet Infectious Diseases・2025)2024年WHO細菌性病原体優先リストの方法と結果。24菌種を8基準(死亡・非致死的疾病負荷・罹患率・10年間の耐性動向・予防可能性・伝播性・治療可能性・開発パイプライン)で採点し、最高位はカルバペネム耐性Klebsiella pneumoniae(84%)、最下位はペニシリン耐性B群レンサ球菌(28%)。耐性グラム陰性菌(K. pneumoniae、Acinetobacter属、大腸菌)とリファンピシン耐性結核菌が最上位四分位(critical)に入り、市中感染ではフルオロキノロン耐性チフス菌(72%)・赤痢菌属(70%)・淋菌(64%)が高位であった。閲覧 2026-08-26