微生物学

微生物学 · 5/6

消化管の常在菌叢とその意義

Normal flora of the gastrointestinal tract and its significance

応用トピック
クロストリディオイデス・ディフィシル感染症薬剤性有害反応:偽膜性大腸炎
微生物
BifidobacteriumHelicobacter pyloriStreptococcus pyogenes / GAS

🧠 消化管の常在菌叢は「酸のバリア」を境に胃と大腸でまったく別の顔ぶれになる。 胃は強酸(+)でほとんどの菌を殺菌するため、酸に耐えられる特殊な適応(ウレアーゼによるアンモニア産生でpHを中和する)を持つH. pyloriだけが定着できる。一方、酸のバリアを越えた大腸はが主体の高密度フローラとなり、単なる「同居菌」ではなく栄養素の分解・ビタミン合成・病原菌のという積極的な関係を宿主と結んでいる。この「胃=酸適応した少数派」「大腸=嫌気性菌主体の多数派で機能的パートナー」という対比で理解する。

消化管常在菌叢

部位 主な常在菌
胃 Helicobacter pylori——胃の酸性環境(+)に耐えられる特殊な菌
大腸(主に) Bifidobacterium、Bacteroides(および他の嫌気性菌:Prevotellaなど)、Enterococcus(E. faecalis、E. faecium)、腸内細菌目Enterobacterales(旧称は科としての腸内細菌科1。E. coli、Klebsiella、Proteus、Enterobacter、Serratia)

💡 H. pyloriが胃に定着できる理由。 強力なウレアーゼ活性で尿素をアンモニアとに分解し、菌体周囲の微小環境を中和することで胃酸に耐える。この機構がH. pyloriの回の中心テーマであり、による診断の根拠にもなっている。

⚠️ 胃は「H. pyloriだけ」が定着しているわけではない。 生検23例を培養に依らない16S rDNAクローンライブラリで解析した研究では、Proteobacteria・Firmicutes・Actinobacteria・Bacteroidetes・Fusobacteriaを主体とする128のフィロタイプが検出され、しかもH. pyloriの有無は胃内細菌叢全体の構成を左右しなかった2。「胃は強酸でほぼ無菌、例外はH. pylori」という像は培養法だけに基づく古典的な記述であり、H. pyloriは培養できる代表菌として重視されている点に注意する。

常在菌叢の意義

  • はヒトが単独では消化できない栄養素の分解を助ける
  • ビタミンの合成を行う(葉酸、ビタミンKなど)
  • Lactobacillus属は腸内で乳糖などの糖を乳酸へ変換する
  • の存在自体が病原菌の増殖を抑制する( colonization resistance)——栄養素・付着部位の直接競合、による阻害、細菌素産生、・の誘導という複数の機序が重なって成立する複合的な防御である3。抗菌薬投与でこの防御が崩れるとClostridioides difficile(旧Clostridium difficile)のような日和見病原体が増殖する余地が生まれる(詳細はトピック2/27)
  • 一部の有益菌は製品としてされている

まとめ

  • 胃は強酸環境のため培養できる菌はH. pyloriが代表的だが、培養に依らない解析では128フィロタイプもの多様な菌が検出されており「H. pyloriのみが定着」は培養法時代の像である。大腸は主体の高密度フローラ(Bifidobacterium、Bacteroides、Enterococcus、腸内細菌目Enterobacterales)を形成する。
  • H. pyloriはウレアーゼによるアンモニア産生で胃酸を中和し、酸性環境に適応している。
  • 常在菌叢は栄養素の分解、ビタミン(葉酸・ビタミンK)合成、病原菌増殖の抑制という機能的意義を持つ。
  • Lactobacillusは糖を乳酸に変換し、腸内環境を酸性に保つことで病原菌の定着を妨げる。
  • 有益な常在菌の一部はとして製品化されている。

出典

  1. 1.Genome-based phylogeny and taxonomy of the 'Enterobacteriales': proposal for Enterobacterales ord. nov. divided into the families Enterobacteriaceae, Erwiniaceae fam. nov., Pectobacteriaceae fam. nov., Yersiniaceae fam. nov., Hafniaceae fam. nov., Morganellaceae fam. nov., and Budviciaceae fam. nov.(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology・2016)比較ゲノム解析により従来の「Enterobacteriales」目の中に7つの単系統群が存在することが示され、目をEnterobacterales ord. nov.と改め、Enterobacteriaceaeを含む7科に分割することが提案された閲覧 2026-08-26
  2. 2.Molecular analysis of the bacterial microbiota in the human stomach(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America・2006)23例の胃粘膜生検からの16S rDNAクローンライブラリ解析で128のフィロタイプが同定され、Helicobacter pyloriの有無は胃内細菌叢全体の構成に影響しなかった閲覧 2026-08-26
  3. 3.Gut Microbiota and Colonization Resistance against Bacterial Enteric Infection(Microbiology and Molecular Biology Reviews・2019)腸内細菌叢による定着阻止(colonization resistance)は、栄養素・付着部位の直接競合、代謝産物による阻害、細菌素産生、宿主免疫・粘液層誘導という複数の機序からなり、抗菌薬曝露はこの抵抗性を崩してClostridioides difficileなどの日和見病原体の定着を招く閲覧 2026-08-26