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Microbe Atlas · 細菌

Helicobacter pylori

ピロリ菌

分類
G− 桿菌・微好気性 / Gram− rods (microaerophilic)Helicobacter
性状
Gram陰性 (G−)桿菌 Bacilli微好気性 Microaerophilic
科目
Medical Microbiology
トピック
2/17: Campylobacter genus and Helicobacter pylori5/6: Normal flora of the gastrointestinal tract and its significance5/7: Pathogens of enterally (faecal-oral route) spreading bacterial infections (list) and their diagnosis
自然耐性薬
スルファメトキサゾール+トリメトプリム
原因となる疾患
MALTリンパ腫(節外性辺縁帯リンパ腫)メネトリエ病リンパ球性胃炎胃炎胃癌機能性ディスペプシア消化性潰瘍食道癌免疫性血小板減少症
作用する薬剤
アモキシシリンクラリスロマイシンシタフロキサシンテトラサイクリンメトロニダゾールリファブチン次サリチル酸ビスマス

🧠 全体像:菌は、Campylobacter jejuniの属するCampylobacter属とかつて同じ属に分類されていたほど形態・生化学的性状の似た兄弟菌だが、生きる場所がヒトの胃という誰も住めない強酸環境である点が全てを決める。ウレアーゼで胃酸を中和して定着し、生涯続く慢性炎症を土台に、消化性潰瘍・胃癌・MALTリンパ腫という異なる3つの病気を作り出す——「定着+慢性炎症が長期的に何を生むか」という一本の軸で理解する菌である。

微生物学的な特徴

グラム陰性の桿菌で、により粘稠なの中でも活発に運動できる。ウレアーゼ強陽性(Campylobacter jejuniなどCampylobacter属は陰性)が最大の鑑別点であり、オキシダーゼ・カタラーゼも陽性。

項目 菌 Campylobacter jejuni
形態 ()
ウレアーゼ 強陽性 陰性
増殖至適温度 体温 42℃()
主な生息部位 ヒトの胃(幽門付近) 動物の腸管

病原性の仕組み

ウレアーゼによる胃酸中和と定着

ウレアーゼが尿素をアンモニアとに分解する(Urea + H₂O → NH₃ + CO₂)。生じたNH₃が胃酸を中和し(NH₃ + H⁺ → NH₄⁺)、菌体周囲の局所的な酸性度を下げることで強酸性の胃内で生存できる。で上皮に接着し、がへの浸透を助ける。

二大毒力因子:CagAとVacA

flowchart TD
  A["Helicobacter pylori<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='gastric mucosa'>胃粘膜</span>への定着"] --> B["ウレアーゼでNH3産生<br>局所の胃酸を中和"]
  A --> C["cagPAI(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pathogenicity island'>病原性島</span>)陽性株"]
  A --> D["VacA産生"]
  C --> C1["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='type IV secretion system'>IV型分泌装置</span>でCagAを<br>上皮細胞内へ直接注入"]
  C1 --> C2["宿主キナーゼによりCagAがリン酸化"]
  C2 --> C3["細胞内シグナル伝達の撹乱<br>(増殖・細胞形態の変化)"]
  D --> D1["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vacuolating cytotoxin'>空胞化毒素</span>として細胞内に<br>孔を形成・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vacuolization (vacuolation)'>空胞化</span>を誘導"]
  D1 --> D2["上皮細胞のアポトーシス<br>免疫応答の修飾"]
  B --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chronic active gastritis'>慢性活動性胃炎</span>の持続"]
  C3 --> E
  D2 --> E
  E --> F["消化性潰瘍"]
  E --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='atrophic gastritis'>萎縮性胃炎</span>→<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intestinal metaplasia'>腸上皮化生</span>→<br>異形成→<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Correa cascade'>胃腺癌</span>"]
  E --> H["MALTリンパ腫"]

💡 CagA陽性株は臨床的により危険な株とされる。 cag(cagPAI)を持つ株は でCagA蛋白を胃上皮細胞内へ直接注入し、宿主キナーゼによるリン酸化を介して細胞内シグナル伝達を撹乱する(in vitroでは細胞が伸長する「」を示す)。CagA陽性株は陰性株に比べ消化性潰瘍・胃癌のリスクが高いとされる。

💡 VacA()は分泌型ので、上皮細胞にを形成させて傷害するとともに、T細胞の活性化を抑制して菌の(免疫からの回避)を助ける。

感染経路と疫学

  • 糞口感染または口口感染で伝播する。多くは幼小児期に家族内感染として成立し、未治療なら生涯にわたりする
  • 衛生状態・社会経済水準とが相関し、発展途上国で高頻度。世界人口の半数近くが感染しているとされるが、大多数は無症候のまま経過する
  • 胃は強酸環境のため通常の常在菌叢はほとんど定着できず、菌はこの環境に適応した数少ない常在的病原体である

起こす疾患

疾患 要点
感染者のほぼ全例に生じる。無症候のことが多い
消化性潰瘍 がソマトスタチン産生低下・産生増加を介して酸産生を増加させ、・の主要な原因となる
胃炎(・) 長期の慢性炎症が→→異形成というのを作る
前述のの連鎖を経て発生する。をしても萎縮・以降の変化は完全には戻らず、癌化リスクは残存しうる
MALTリンパ腫(リンパ腫) B細胞のな抗原刺激により発生する。はにより退縮しうる——との対比が重要(下記)
() 一部の成人患者でがの改善に寄与することが報告されている

⚠️ とMALTリンパ腫は「除菌で治るか」が対照的。 同じ菌関連病変でも、は既に生じた異形成・癌化をだけでは治せないのに対し、早期のMALTリンパ腫は除菌により退縮しうる(腫瘍細胞の増殖が持続的な抗原刺激に依存するため)。ただしt(11;18)を持つ株化した病変は除菌に反応しにくい。

診断

検査 主な用途 注意点
の診断、除菌後の治癒判定 患者に標識尿素を服用させ、ウレアーゼ活性で生じたCO₂を呼気から検出する。・抗菌薬・の使用で偽陰性になりうる
の診断、除菌後の治癒判定 非侵襲的で小児にも使いやすい。国内の主要キット(モノクローナル抗体)はの不要(はキットごとの検証待ち)
(内視鏡時) 内視鏡時の簡便な診断 出血直後・使用中・高度萎縮では感度が低下しうる。⚠️ 治療後は感度のばらつきが大きく、には推奨されない1
内視鏡時の診断、菌の形態・胃炎の重症度評価を同時に行える ・で観察
血清抗体 未治療集団での補助的スクリーニング 既感染と現感染を区別できないため、通常のには使わない。ただし薬中止後6か月以降に、除菌前と同一の測定キットでが半分以下に低下していれば判定に用いうる1
培養 が必要な場合 微好気環境・特殊培地を要し感度が低いが、が疑われるでは有用

⭐ は薬の内服終了後4週以降に、またはモノクローナル抗体を用いた測定で行う。 ウレアーゼ活性を見るは、ウレアーゼ活性に影響する薬物・菌に静菌作用を有する薬物(・など)を少なくとも2週間中止することが望ましいが、国内の主要な測定キット(モノクローナル抗体)はを直接検出するためについてはこのを要しない(はでもキットごとの検証が必要とされ、不要は確立していない)。抗菌薬はいずれの検査でも4週間以上中止することが望ましい1。

💡 なぜ待つのか。 や抗菌薬が残っていると菌量が一時的に抑えられ、ウレアーゼ活性を見る検査(・)が偽陰性になる。抑え込まれているだけの状態を「陰性」と読むと、除菌成功と誤判定してを見逃す。

治療と予防

菌陽性は無症候でも原則として全例がの適応となる(消化性潰瘍治療、MALTリンパ腫退縮、胃癌リスク低減が目的)。菌胃炎はICD-11に独立した疾患単位として収載され、これは症状や合併症の有無にかかわらず感染者全員を治療することを含意すると位置づけられた2。

一次除菌は地域のクラリスロマイシン耐性率で分かれる

⚠️ 「国際的には、日本では」を対にして覚える。 どちらか一方だけを「現行の第一選択」として覚えると、もう一方の国で誤った処方に倒れる。

指針 をしないときの一次除菌 期間
Maastricht VI/Florence合意(欧州、2022) 率が高い(15%超)か不明な地域では(BQT)=PPI++テトラサイクリン+メトロニダゾール。BQTが使えなければ、を含まない4剤療法(+アモキシシリン++を同時に投与する)を考慮する。耐性率が低い地域では、局所で有効性が示されていればBQTまたはでもよい BQTは14日間(10日間で有効な治療が利用できる場合を除く)2
(北米、2024) 未治療で感受性不明ならBQTが推奨レジメン。ペニシリンアレルギーの無い例ではまたは二剤療法が経験的な代替 14日間3
日本ヘリコバクター学会(2024年版 CQ2-5) +アモキシシリン+、または+アモキシシリン+メトロニダゾールのいずれか(推奨の強さ「強い」、合意率90.5%、エビデンスの確実性A) 7日間4

💡 日本だけが残るのは、耐性率が低いからではなくが無いからである。 本邦の菌率は30%以上で、どの地域でも15%以上あり、Maastricht VIに従えば本来はが推奨レジメンになる。しかし本邦ではを使用することができないため、日本ヘリコバクター学会2024年版はCQ2-5の2レジメンを強く推奨している4。

⚠️ CQ2-5の2レジメンは「は何でもよい」という意味ではない。 推奨されている組み合わせは(1)20 mg・アモキシシリン750 mg・200 mgをそれぞれ1日2回で1週間、(2)通常量・アモキシシリン750 mg・メトロニダゾール250 mgをそれぞれ1日2回で1週間、の2つであり、はと、メトロニダゾールはと組む4。「または+アモキシシリン+」という束ね方は保険認可の範囲(一次除菌として保険認可されているのはこの、二次除菌はをメトロニダゾールへ変更したもの)を述べたものであって、CQ2-5の推奨そのものではない4。

日本の除菌ライン

レジメン 要点
一次除菌 +アモキシシリン+、7日間 保険認可はでもでも可だが、を用いたの除菌率89.4%はを用いた同レジメンの79.1%より有意に高い4
一次除菌(もう一方の推奨) +アモキシシリン+メトロニダゾール、7日間 本邦は率が高くメトロニダゾール耐性率が低いという地域特性がこの推奨を支える4
二次除菌 アモキシシリン+メトロニダゾール+もしくは、7日間 一次除菌でを使って不成功だった場合に、をメトロニダゾールへ変更する(推奨の強さ「強い」、合意率85.0%)4
除菌以降 +アモキシシリン+シタフロキサシン、7日間を提案(推奨の強さ「弱い」) 保険請求が認められているのは二次除菌までで、以降は保険外。では+アモキシシリン+シタフロキサシンを基準として、を用いた同型のレジメンは0.36(95%CI 0.17〜0.76)と有意に劣っていた4

⚠️ 除菌成功は症状の消失では判定できない。は薬の内服終了後4週以降に、またはモノクローナル抗体を用いた測定で行う1。ACGも全例で治療後の治癒確認を行う必要があるとしている3。

  • ワクチンは実用化されていない。予防は上下水道整備などの衛生環境改善が中心

まとめ

  • 菌はCampylobacter jejuniなどCampylobacter属と形態が似るが、ウレアーゼ強陽性によりヒトの胃という強酸環境に定着できる点で決定的に異なる。
  • 二大因子はCagA(で注入され細胞内シグナルを撹乱)とVacA()で、いずれもを持続させる。
  • は消化性潰瘍・からのCorrea cascade(→)・MALTリンパ腫という異なる転帰を生む。
  • はだけでは治らないが、早期MALTリンパ腫は除菌により退縮しうる——「除菌で治るか」が対照的。
  • 診断はの判定(・)と既感染の指標(血清抗体)を区別する。は薬の内服終了後4週以降に行い、は・を少なくとも2週間あけるが、国内の主要な測定キットはについてこのを要しない(はキットごとの検証待ち)。抗菌薬はいずれの検査でも4週間以上あける1。
  • 一次除菌のレジメンは地域で分かれる。Maastricht VIはができず、率が高い(15%超)か不明な地域の一次推奨をとし2、ACG 2024は未治療で感受性が不明ならを推奨レジメンとする3。
  • 日本ではを使用できないため、日本ヘリコバクター学会2024年版はをしない一次除菌に+アモキシシリン+または+アモキシシリン+メトロニダゾール(いずれも7日間)を強く推奨している。はと、メトロニダゾールはと組む4。

出典

  1. 1.H. pylori感染の診断と治療のガイドライン2024 第1章「診断」(日本ヘリコバクター学会・2024)BQ1-7が、除菌判定は除菌治療薬内服終了後4週以降に行うとし、除菌判定には尿素呼気試験およびモノクローナル抗体を用いた便中H. pylori抗原測定が有用とすること。H. pyloriに静菌作用を有する薬物やウレアーゼ活性に影響する薬物(PPI・P-CAB等)が投与されている場合は当該薬剤投与を少なくとも2週間中止し、抗菌薬投与時は4週間以上の中止が望ましいとすること。BQ1-2が、迅速ウレアーゼ試験は感染診断には推奨されるが治療後は感度のばらつきが大きく除菌判定には推奨されないとすること。表1が除菌判定を除菌治療薬中止後4〜6週以降に行うとし、抗H. pylori抗体検査(血清)については除菌治療薬中止後6か月以降に除菌前と同一測定キットで抗体価が半分以下になることをもって判定すると注記していること閲覧 2026-09-08
  2. 2.Management of Helicobacter pylori infection: the Maastricht VI/Florence consensus report(Gut(European Helicobacter and Microbiota Study Group ほか、29か国41名の専門家)・2022)H. pylori胃炎がICD-11に独立した疾患単位として収載され、それが感染者全員の治療を含意すると述べていること(原文は treatment of all H. pylori-infected patients)。治療のStatement 2(Grade B1、合意率92%)が、個々の感受性検査を利用できない場合、クラリスロマイシン耐性率が高い(15%超)か不明な地域の一次推奨治療はビスマス四剤療法であり、それが利用できなければビスマスを含まない4剤併用療法(concomitant therapy)を考慮してよいとすること。Statement 3がビスマス四剤療法の治療期間を14日間(10日間で有効な治療が利用できる場合を除く)とすること。Statement 6(Grade B1、合意率94%)が、クラリスロマイシン耐性率の低い地域では局所で有効性が示されていればビスマス四剤療法またはクラリスロマイシンを含む三剤療法を一次経験的治療としてよいとすること。図1の凡例がビスマス四剤療法の構成をPPI・ビスマス・テトラサイクリン・メトロニダゾールと定義すること閲覧 2026-09-08
  3. 3.ACG Clinical Guideline: Treatment of Helicobacter pylori Infection(American College of Gastroenterology・2024)未治療例で抗菌薬感受性が不明な場合は14日間のビスマス四剤療法(BQT)が推奨レジメンであり、ペニシリンアレルギーの無い例では14日間のリファブチン三剤療法またはP-CAB二剤療法が経験的な代替になること。既治療の持続感染例では「最適化」BQTの14日間が優先されること。クラリスロマイシンまたはレボフロキサシンを含む救済レジメンは感受性が確認された場合にのみ用いるとされること。除菌後は全例で治癒確認を行う必要があるとされること。⚠️ 誌上版本文は取得できておらず、以上はいずれも抄録に記載された内容である。BQTの構成薬の内訳と除菌判定の待機期間の数値は抄録に無い閲覧 2026-09-08
  4. 4.H. pylori感染の診断と治療のガイドライン2024 第2章「治療」(日本ヘリコバクター学会・2024)CQ2-5が、本邦で感受性検査をしない一次除菌治療にボノプラザン+アモキシシリン+クラリスロマイシン、またはPPI+アモキシシリン+メトロニダゾールのいずれかを推奨すること(推奨の強さ「強い」、合意率90.5%、エビデンスの確実性A)。推奨除菌レジメンとして(1)VPZ 20 mg bid+AMPC 750 mg bid+CAM 200 mg bid 1週間、(2)PPI通常量 bid+AMPC 750 mg bid+MNZ 250 mg bid 1週間の2つを挙げること。総論が、本邦のクラリスロマイシン耐性菌率は30%以上でどの地域でも15%以上でありMaastricht VIに基づけばビスマス製剤を含む4剤療法が適切な推奨レジメンとなるが、本邦ではビスマス製剤を使用することができないと述べること。同じ総論が、本邦ではPPIもしくはP-CAB+アモキシシリン+クラリスロマイシンの3剤療法が一次除菌治療として、クラリスロマイシンをメトロニダゾールに変更したレジメンが二次除菌療法として保険認可されていると述べること。CQ2-5がボノプラザンを用いた三剤療法の除菌率89.4%(95%CI 87.2〜91.4%)はPPIを用いた同レジメンの79.1%(95%CI 76.1〜81.8%、いずれもITT解析)より有意に高いとすること。CQ2-6が二次除菌にアモキシシリン・メトロニダゾール・ボノプラザンもしくはPPIによる7日間の3剤併用療法を推奨し(推奨の強さ「強い」、合意率85.0%、確実性A)、その解説で本邦の保険診療では発刊時点で二次除菌までの保険請求が認められていると述べること。CQ2-8が三次除菌にボノプラザン+アモキシシリン+シタフロキサシンの3剤7日間治療を提案し(推奨の強さ「弱い」、合意率は強い推奨36.8%・弱い推奨63.2%、確実性A)、そのネットワークメタ解析でPPI+アモキシシリン+シタフロキサシンを基準としたレボフロキサシン版の相対リスクが0.36(95%CI 0.17〜0.76)だったとすること閲覧 2026-09-08