疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 眼科 · 疾患

Fuchs角膜内皮ジストロフィ

Fuchs endothelial corneal dystrophy

別名
FECDFuchs角膜内皮変性症
臓器系
眼科
科目
Microscopic Anatomy and Embryology (Microscopic Anatomy)Microscopic Anatomy and Embryology (Embryology)Medical Genetics and Immunology (Genetics)
トピック
組織学 17.1:感覚器:眼発生学 19.3:眼:水晶体・角膜・脈絡膜・強膜・硝子体遺伝学 3.1:遺伝的変異
鑑別疾患
先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ虹彩角膜内皮症候群
続発疾患
水疱性角膜症
関連疾患
白内障
症状
角膜浮腫霧視視力低下眼痛羞明
検査値
眼圧

🧠 全体像:は分裂しない細胞の在庫であり、はその在庫が寿命より早く目減りしていく病気である。ただし在庫が減ること()と、症状が出ること()は別の出来事で、両者を隔てているのが残存細胞の代償能力である。この一線を越えるきっかけとして最も多いのがであり、「朝に、日中に軽快」という訴えを聞いた時点で内皮の残量を測っておくことが、この疾患の診療のすべてを決める。

角膜内皮という「使い切りの在庫」

角膜が透明でいられるのは、内皮が実質からへ水を汲み出し続けて実質を脱水状態に保っているからである(組織学 17.1)。内皮はに由来する単層の六角形細胞層で、細胞周期のにとどまり実質的に分裂しない。細胞間のが水の受動的な流入を抑えるバリアとして働き、細胞側面のNa-K ATPaseが能動輸送のポンプとして働く——バリアとポンプの二本立てが透明性の実体である1。

分裂しない以上、失われた細胞は補充されない。残った細胞が面積を広げて隙間を埋めるため、細胞の大きさは不揃いになり()、六角形の整った配列も崩れていく()。この代償には限界がある。

状態
2,500〜3,000個/mm² 正常(の実測値)
1,500個/mm²未満 早期ので典型的
1,000個/mm²未満 中等症の目安1
500個/mm²未満 。とに至る1

この「分裂しない在庫」という一点は・にも共通する前提なので、以降のノートでは繰り返さない。

角膜滴状変化があることと、この病気であることは同じでない

変性した内皮細胞はの後面に硝子様の突起を分泌する。これがで、のでは小さな滴、直接照明では打ち出した金属のような外観として見える。ラテン語で「滴」を意味する gutta に由来する呼び名である。

⚠️ は加齢・ぶどう膜炎・・でも生じる。これがあることはがあることを意味しない2。両者を分けるのはの有無である。また周辺部の同様の突起はという加齢性の正常所見であり、中央部のと区別する1。

💡 この区別が臨床で効くのは、の術前診察である。無症候のを「所見なし」と流すか「内皮のが乏しい眼」と読むかで、手術計画が変わる。

遺伝と疫学

IC3D分類(第3版・2024年)はジストロフィをFECD・(PPCD)・(CHED)・(XECD)の4つに分ける2。

  • 晩発型が大多数で、第4十年代以降に始まる。女性優位(2.5:1〜3.5:1)で、喫煙と紫外線曝露がリスク因子に挙がる2。
  • TCF4 のCTG18.1配列の伸長(FECD3)が晩発型と最も強く結びつく遺伝要因である(遺伝学 3.1)。ほかに SLC4A11(FECD4)・ZEB1(FECD6)・AGBL1(FECD8)が報告されている。
  • はまれで、COL8A2(FECD1)の変異による。第1〜2十年代に発症する。
  • 常染色体優性の家系が多く報告されるがは多様でも不完全であり、家族歴のはっきりしない例のほうが多い2。

の適応としては世界最多で、2012年の国際調査では全18万4千件のうち39%がFuchsジストロフィを適応としていた3。

症状と病期

⭐ 朝に強く日中に軽快するがこの疾患の入口である。 中はのによる角膜表面からの脱水が働かないため、夜間に角膜の含水量が増える。開瞼してが再開すると日中にかけて浮腫が引き、視力が回復する2。日中の相対的な脱水は角膜のカーブを変えるためを生じ、患者が時間帯でを使い分けていることがある1。

IC3D分類は所見の進み方を4段階で記述する2。

段階 所見 症状
Stage 1 中央部のの、の不規則な肥厚 無症候。中央部の単独と区別できない
Stage 2 の融合、内皮の非代償による 朝の・・ハロー、
Stage 3 浮腫が上皮に及びを形成() 水疱の破裂による眼痛・・
Stage 4 ()・・周辺部の 高度の。疼痛はむしろ乏しくなる

このほか、Krachmerらが1978年に提唱した臨床的がG0〜G5の6段階で用いられる。G1・G2はのの個数(12個を境とする)で、G3以上は中央部で融合したが占める水平方向の幅(1〜2mm/2〜5mm/5mm超)で定義される1。版を伴わずに「グレード3」とだけ書かれた記載は、この6段階分類か上のIC3Dの4段階かが判別できないので、必ずどちらの分類かを添える。

診断のための検査

  • :の分布と融合の程度、のひだ、実質の、上皮の。
  • :と形態の定量。ただし浮腫が強いとが得られず判読できない。その場合はが優る1。
  • ():が640µm超なら浮腫を示す。連続測定は進行のに使う1。
  • 測定と:の他の原因()を除外する。角膜が厚いとが過大に測定される点に注意する。

⚠️ 白内障手術が引き金になる

⚠️ 手術は、代償ぎりぎりで釣り合っていた内皮を非代償側へ突き落とす。 は機械的・酸化的ストレスを内皮に与え、術前のが低い眼ほど術後にが遷延しへ進む1。

そのため、を持つ患者のでは術前にとを必ず測る。数値によって、単独で進めるか、を同時または段階的に組むかが変わる1。手術を勧める側が内皮を見ていないことが、この疾患で最も起こりやすい事故である。

治療

段階 対応
経過観察。を計画するならを測る
軽度の浮腫 ・、による一時的な症状緩和2
視機能を損なう浮腫 (DSAEK・DMEK)が標準的な2
深部実質の瘢痕を伴う末期 2

⚠️ は角膜から水を引き出しているだけで、内皮細胞は1個も戻らない。 進行を止める治療ではないため、これで症状が和らいでいることを「安定している」と読み替えない。

のみを剥離してを置かない術式(DSO)、rho kinase阻害点眼、提供内皮細胞のはいずれも研究段階である2。は世界的に供給が需要に追いついておらず、必要とされる70眼に対して供給される角膜は1眼にとどまる3。

鑑別

疾患 決め手
(偽性) 歴があり術眼のみ。は対側眼を診て確認する
(PPCD) 常染色体優性。内皮に水疱状・帯状の病変。緑内障を伴いやすい
片眼性での萎縮・偏位・孔形成を伴う
生下時からの両眼性びまん性。

💡 両眼性か片眼性か、いつからか、歴があるか——この3つでほぼ絞り込める。ICE症候群が片眼性であることは、両眼性を前提とするジストロフィ群との最も明快な切れ目である。

まとめ

  • は神経堤由来の単層細胞層でにとどまり分裂しない。バリア()とポンプ(Na-K ATPase)で実質を脱水状態に保つ。
  • はの出現と内皮細胞の減少が進む疾患だが、があることとが出ることは別で、両者を隔てるのは残存細胞の代償能力である。
  • 晩発型が大多数で第4十年代以降に始まり、女性優位(2.5:1〜3.5:1)。TCF4 のCTG18.1が最も強い遺伝要因、は COL8A2。
  • 朝に強く日中に軽快するが特徴で、夜間のにより性の脱水が働かないことで説明される。
  • 病期はIC3D第3版の4段階とKrachmer 1978のG0〜G5があり、どちらの分類かを明示せずにグレードを書かない。
  • ⚠️ が非代償の引き金になる。を持つ患者では術前にとを測る。
  • は対症療法にとどまり、視機能を損なう浮腫にはDSAEK・DMEKによるが標準治療、末期の例ではを選ぶ。

出典

  1. 1.Fuchs Endothelial Dystrophy(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2025)角膜内皮が単層六角形の細胞層で神経堤に由来し細胞周期のG1期にとどまること、タイト結合が細胞間の水の通過を制限しNa-K ATPaseポンプが実質から前房へ水を汲み出すこと、スペキュラーマイクロスコピーでの正常内皮細胞密度が2,500〜3,000個/mm2で早期FECDでは1,500個/mm2未満、進行例では500個/mm2未満に低下すること、パキメトリで中心角膜厚が640µmを超えると角膜浮腫を示すこと、中央部のguttaeを周辺部の加齢性所見であるHassall-Henle小体と区別する必要があること、Krachmerらが1978年に提唱した臨床分類がG0〜G5の6段階でG3以上が中央の融合したguttaeの範囲で定義されること、白内障手術が内皮細胞喪失を加速させ術前の内皮細胞密度が低い例ほど術後の角膜非代償を起こしやすいため術前に角膜厚と内皮機能を評価すべきこと、日中の相対的な脱水により遠視化シフトが起こり患者が時間帯によって眼鏡を使い分けることを確認した。なお同章の病態生理節にある「機能する内皮は通常400〜500個/mm2を含む」という一文は他節(正常2,500〜3,000個/mm2)および角膜非代償の閾値の記述と矛盾しており、本ノートでは採らなかった。閲覧 2026-09-03
  2. 2.IC3D Classification of Corneal Dystrophies-Edition 3(Cornea (International Committee for Classification of Corneal Dystrophies)・2024)内皮ジストロフィの区分がFECD・PPCD・CHED・XECDの4つであること、FECDが晩発型で第4十年代以降に始まり女性優位(比 2.5:1〜3.5:1)で喫煙と紫外線曝露がリスクに挙がること、遺伝子座がCOL8A2(早発型FECD1)・TCF4のCTG18.1三塩基反復(FECD3)・SLC4A11(FECD4)・ZEB1(FECD6)・AGBL1(FECD8)であること、所見が中央から始まり周辺へ広がるguttaeとDescemet膜の不規則な肥厚で、進行するとStage 2の実質浮腫、Stage 3の上皮水疱、Stage 4の上皮下線維化・血管侵入に至ること、朝の視力低下が閉瞼による夜間の浮腫増悪で説明されること、guttae単独では角膜浮腫を来さないこと、guttaeは加齢・ぶどう膜炎・外傷・斑状角膜ジストロフィでも生じるためguttaeがあることとFECDであることは同一でないこと、無症候例は経過観察とし高張食塩水点眼と治療用コンタクトレンズは一時的な対症療法にとどまり、DSAEK・DMEKを含む角膜内皮移植が標準的な根治治療で、深部実質瘢痕を伴う末期例では全層角膜移植を要すること、Descemet stripping only(DSO)とrho kinase阻害点眼・提供内皮細胞の前房内注入は研究段階であることを確認した。閲覧 2026-09-03
  3. 3.Global Survey of Corneal Transplantation and Eye Banking(JAMA Ophthalmology・2016)2012年に116か国で施行された184,576件の角膜移植の適応の首位がFuchsジストロフィ(全体の39%)で、円錐角膜27%、感染性角膜炎の後遺症20%が続くこと、世界人口の約53%が角膜移植を受けられない状況にあり、必要とされる70眼に対し供給される角膜が1眼にとどまることを確認した。抄録のみを閲覧しており全文は未取得。閲覧 2026-09-03