遺伝学

遺伝学 · 3.1

遺伝的変異

Genetic variations

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W3Lecture / 講義
応用トピック
薬理遺伝学・薬理ゲノム学:定義と例
疾患
Fuchs角膜内皮ジストロフィRothmund-Thomson症候群コケイン症候群色素性乾皮症

🧠 は「原因( vs 誘発)」「体細胞か生殖細胞系列か」「大きさ(ゲノム/染色体/小規模)」「位置(プロモーター/エクソン/イントロン等)」「機能への効果(/機能喪失)」「適応度への影響(中立/有害)」という6つの軸で分類できる、と読む。 変異と多型は歴史的には「病気を起こすか・頻度1%を超えるか」で区別されてきたが、現在は中立的な「」という呼び方が推奨される——同じ変化でも、それをどう呼ぶかは臨床的意味づけの問題であって、変化そのものの性質ではない。

変異 vs 多型:用語の変遷

立場 変異 多型
旧来の定義 疾患を引き起こす変異、稀な変異 人口頻度1%超の変異、非有害・中立な変異
推奨される定義 の突発的な遺伝性変化 既知の人口頻度をもつ変異(頻度の下限なし、研究に利用可能)

💡 現在は「変異」「多型」という価値判断を含む言葉より、中立的な用語が推奨される。 「」「」「」——これらは病原性の有無を前提としない中立的表現。「変異」は今なお、同一個体の生殖細胞系列を参照配列として検出された最近の変異イベントの結果を指す場合に使われることもあるが、慣用的には依然「証拠のある疾患原因バリアント」の意味でも使われ続けている。

ゲノム内変異の種類

分類 内容
SNP/SNV(single nucleotide polymorphism/variation) 1塩基の置換として生じる短い変異
欠失・重複などの(CNV)に加え、・転座などを含む。サイズ境界は解析法や定義により異なる

⭐ 個人間のゲノム差はSNPだけでは表せない。 CNV領域は多数の遺伝子・機能領域を含み、個人間でSNPより多くの塩基内容の差に寄与しうる。ただし「全差異0.5%=SNP 0.1%+CNV 0.4%」のようなな内訳は、や検出法によって変わるため用いない。1

変異の原因:自然発生 vs 誘発

flowchart TD
  A["変異の原因"]
  A --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='spontaneous'>自然発生</span>"]
  A --> C["誘発:環境因子=<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mutagen'>変異原</span>"]
  B --> D["塩基の自然<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chemical reaction'>化学反応</span>:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tautomerization'>互変異性化</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='depurination'>脱プリン化</span>(depurination)・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deamination'>脱アミノ化</span>(deamination)"]
  B --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deoxyribonucleic acid'>DNA</span>関連過程のエラー:複製・組換え・修復"]
  C --> F["物理的:放射線・熱・UV・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ionizing radiation'>電離放射線</span>"]
  C --> G["化学的:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='natural toxin'>天然毒</span>素・合成物質・実験室試薬・汚染物質・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chemotherapeutic agent (chemotherapeutic drug)'>化学療法薬</span>"]
  C --> H["生物学的:ウイルス"]

⚠️ 変異ホットスポットになるのは、主にメチル化されたCpGジヌクレオチドである。 5-メチルシトシンは自然によりへ変わりやすく、修復されなければC→T変異として固定される。したがって、変異ホットスポットとしてのCpGジヌクレオチドと全体を同一視しない。2 メチル化( 機能 regulationの一部、03-2-epigenetics参照)が同時に変異の偏りを生むという二面性がある。

細胞周期チェックポイントとDNA修復

多細胞生物の細胞周期(G0→G1→S→G2→M)にはがあり、の正確性・、および全染色体の微小管への適切な結合が監視される。機構の構成要素(センサー・トランスデューサー・エフェクター)の1つがBRCA1。

⭐ 修復の欠陥はそれぞれ特徴的な疾患を生む——と疾患の対応表を押さえる。

修復機構 内容 関連疾患
鋳型不要、主に原核生物 —
鋳型が必要、真核生物 (酵素の欠損)
ポリメラーゼのに続く誤りの訂正 遺伝性非大腸がん(HNPCC/:常染色体優性、7つの異なる遺伝子、大腸がんより若年(44歳)で発症、最も頻度の高い遺伝性疾患の1つ)
(homologous recombination:・を鋳型に、交差あり/なし)と(NHEJ:non-homologous end-joining、鋳型不要) ATM遺伝子変異(:ataxia-telangiectasia、の、・多発腫瘍)

💡 にもは存在する。 核との双方で修復不全がと関連し、酸化的な損傷の蓄積は加齢関連に関与しうる。「には修復機構がない」とする説明は不正確である。3

CRISPR/Cas9による: NHEJを利用すれば遺伝子不活化、HDR()を利用すれば新規が可能。HDRは非分裂細胞で効率が低いが、相同性非依存的な標的挿入法では分裂細胞・非分裂細胞の双方を編集できるため、CRISPR/Cas9全体を「分裂中の細胞でのみ機能する」とは限定できない。4

体細胞変異 vs 生殖細胞系列変異

発生場所 体細胞 減数分裂前の合成中
伝達 他の体細胞へは伝わるが、次世代へは伝わらない 次世代へ遺伝する
効果 細胞種・に依存(例:vs ) 遺伝性疾患の原因になりうる

⭐ がんの大半はが原因で、複数の変異の蓄積を要する。 =クローンに選択的増殖優位性を与える変異、=クローンの適応度に影響しない変異——はがん遺伝子・に生じる(09-1-genetics-of-biological-processes参照)。

💡 単一細胞解析は、が健常組織にも広く存在することを示した。 健常者由来のでは、1細胞あたり平均約1,035個の主に良性のモザイクSNVが推定された。成人で細胞あたりSNV数の明確な増加がみられなかったことから、その多くは発生中に生じると考えられる。5

の頻度: 新生児は両親から平均60〜80個の新規点変異を受け継ぐ(父の方が多い)。STR()の変異率はSNVより著しく高い(6.9×10⁻⁴/遺伝子座/世代 vs SNVの10⁻⁸/世代)。

変異の分類:大きさ・位置・機能・適応度

①大きさによる分類

規模 内容
染色体数の変化
染色体構造の変化(02-2-chromosomal-aberrations参照)
小規模(分子遺伝学的手法でのみ検出可能) 欠失・挿入(長を変える)、塩基置換・(長を変えない)

②位置による分類

部位 効果
転写量の変化
エクソン変異 アミノ酸変化または短縮タンパク()
イントロン変異 スプライシングエラーまたは調節異常
部位変異 mRNA安定性の低下
5’/3’ UTR変異 量の低下、翻訳・局在の障害
・等の変異 転写量の変化(通常は低下)

💡 スプライスドナー変異は「1つのエクソンを丸ごと消す」ことがある。 第2イントロンのが失われると、スプライシング機構はその前のスプライスドナーを使ってしまい、エクソン9がエクソン11にされ、エクソン10が完全に省略される——1塩基の変異が1つのエクソン全体の運命を左右する例。

③機能による分類

型 定義 遺伝形式 例外
遺伝子産物が新規・異常な機能を獲得 通常優性(でも発現) —
遺伝子産物の機能低下・喪失 通常劣性 ・はでも発現するため優性

⭐ FGFR3のは「成長の過剰」で骨を短くする。 (FGFR3)は本来、活性と成長を抑制する。その(、achondroplasia)はこの抑制を過剰にし、を招く。治療研究では、受容体活性化の遮断やの抑制など、FGFR3シグナルを弱める戦略が検討されている。6

の例: MC4R()変異は病的肥満(>40)の最も頻度の高い原因——患者の6%がMC4R変異を保有し、高脂肪量・高・・を呈する。POMC-MC4R系はで食欲調節に働く。もの代表例。

の例: 9遺伝子のはを起こす——変異はすべて、に重要とされるロッドドメインのコイル1A領域という高度に集中する。正常アレルの機能を積極的に阻害するという点が単純な機能喪失と異なる。

④適応度による分類

大半の変異は見かけ上中立、ごく一部が有害(疾患を起こす)。しかし「中立」に見える変異も、①遺伝子-(環境因子への反応性を左右)、②遺伝子-(他の変異の効果を修飾)、③疾患リスク・形質への寄与、という形で機能をもちうる。

💡 一部の「遺伝子欠損」はむしろ有利に働く。 CCR5-Δ32は抵抗性を、FUT2欠損はノロウイルス抵抗性を、LPA欠損は心筋梗塞・脳卒中リスク低下をもたらす——大半のこうしたバリアントは数千年前に1個体に生じ、選択的優位性により集団に広まった(08-2-evolution-genetics参照)。

反復配列とその変異

ヒトゲノムの46%が(大半は非コード領域)。

分類 単位長 例
VNTR: 10〜60 bp テロメア
VNTR: 2〜6 bp 反復数拡大が原因の疾患8種、変異率が高い
(由来) — SINE(例:Alu、ゲノムの10.6%)、LINE(例:L1)

⚠️ は「」——世代を経るごとに悪化しうる。 遺伝子のようなはコード領域・非コード領域のどちらにも存在しうるが、反復数が病的閾値を超えて拡大するを起こすものはごく一部。

InDel(挿入・欠失、insertion-deletion)と: 挿入・欠失した塩基数が3の倍数でなければ、3の倍数なら——複製時のすべり(replication slippage)が原因になりうる。

⭐ との違いは「か、インフレームか」で説明できる。 同じの欠失でも、を起こす欠失は機能的タンパクを全く作れず重症のに、インフレームの欠失は部分的に機能するタンパクを作れる比較的軽症のになる——同じ遺伝子・同じ(欠失)でも、「3の倍数か否か」だけで重症度が劇的に変わる好例。

挿入によるの例: 第VIII因子遺伝子(F8)のイントロン22内とF8遺伝子外にあるL1()のによる染色体内(intrachromosomal homologous recombination)が遺伝子を引き起こし、血友病A(Hemophilia A)症例の40%の原因になる。

塩基置換の型

分類 内容
プリン⇔プリン、またはピリミジン⇔ピリミジンの置換
転換 プリン⇔ピリミジンの置換
アミノ酸変化なし
アミノ酸変化、または生成

💡 は「症状を起こさない」わけではない——鎌状赤血球症がその反証。 一見軽微な1(、missense mutation)でも、鎌状赤血球症(sickle cell anemia、HBB遺伝子のGlu6Val置換)のように重篤な疾患を起こしうる。

多型の3つの意味

型 内容 例
正常だが異なる形質
— 免疫グロブリン
見かけ上中立なバリアントという意味で今も使われる —

DNAバリアントの応用

一般的なSNP・STRは、①的マーカー(forensic genetics:・)、②研究(06-1-population-genetics参照)、③移住研究(人類史の追跡)、④における染色体マーカー、という多岐にわたる用途に応用される。

染色体変異と種分化

⭐ 極端な染色体変異は稀に新種の形成につながる——ヒト2番染色体はその生きた証拠。 ヒトの2番染色体は、類人猿の2本の染色体が末端同士で融合した結果生じたと考えられている——染色体レベルの大変異が、種としてのになった実例。

まとめ

  • 変異と多型の区別は歴史的には頻度・病原性に基づいていたが、現在は「」という中立的用語が推奨される。ゲノム内変異はSNP/SNV(最多)とCNV(、量的にはより大きく寄与)に大別され、個人間差異0.5%(SNP0.1%+CNV0.4%)を生む。
  • 変異は(塩基の自然・関連過程のエラー、がホットスポット)と誘発(物理的・化学的・生物学的)に分かれ、と修復機構(直接・除去・・)がこれに対抗する。各の欠損は特徴的な疾患(・HNPCC・)を生む。
  • は次世代に伝わらないが腫瘍の主因(ドライバー/)となり、健常者でもは想像以上に高頻度。は新生児あたり60〜80個(父が多い)、STRの変異率はSNVよりずっと高い。
  • 変異は大きさ(大/中/小規模)・位置(プロモーター〜UTR〜)・機能(=優性、機能喪失=通常劣性だが・は例外的に優性)・適応度(中立/有害、時に有利)という多軸で分類される。FGFR3/MC4R/9がそれぞれ・・の好例。
  • (ゲノムの46%)はミニ/・SINE/LINEに分類され、はとして世代を超えて悪化しうる。 vs インフレームの違いが/の重症度差を説明する。
  • 塩基置換は転位/転換、同義/非同義に分類され、バリアントは・・移住研究・に応用される。極端な染色体変異は種分化にもつながりうる(ヒト2番染色体の融合起源)。

出典

  1. 1.Global variation in copy number in the human genome(Nature・2006)CNV領域は多数の遺伝子・機能領域を含み、個人間でSNPより多くの塩基内容の差に寄与しうる閲覧 2026-08-24
  2. 2.Methylation-mediated deamination of 5-methylcytosine appears to give rise to mutations causing human inherited disease in CpNpG trinucleotides, as well as in CpG dinucleotides(Human Genomics・2010)メチル化CpGの5-メチルシトシンは自然脱アミノ化によりCからTへの病的変異を生じやすく、CpGジヌクレオチドが変異ホットスポットとなる閲覧 2026-08-24
  3. 3.DNA repair deficiency in neurodegeneration(Progress in Neurobiology・2011)核DNAとミトコンドリアDNAの双方に修復経路があり、その修復不全と損傷蓄積が神経変性や加齢関連疾患に関与しうる閲覧 2026-08-24
  4. 4.In vivo genome editing via CRISPR/Cas9 mediated homology-independent targeted integration(Nature・2016)相同性非依存的標的挿入により、分裂細胞と非分裂細胞の双方でCRISPR/Cas9によるDNAノックインが可能である閲覧 2026-08-24
  5. 5.One thousand somatic SNVs per skin fibroblast cell set baseline of mosaic mutational load with patterns that suggest proliferative origin(Genome Research・2017)健常小児の皮膚線維芽細胞1個あたり平均約1,035個の主に良性のモザイクSNVが推定され、その多くが発生中に生じること閲覧 2026-08-24
  6. 6.Advances in treatment of achondroplasia and osteoarthritis(Human Molecular Genetics・2016)軟骨無形成症はFGFR3機能獲得変異により成長板と長管骨成長への抑制シグナルが過剰となり、治療研究はFGFR3シグナル低減を標的とする閲覧 2026-08-24